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42-5 巫女の叫び

二条晴良は、頼朝に惣無事令への道筋を突きつけた。


「帝に惣無事令を奏上するためには――

全国の半分を治めていただきたい」


うなだれる頼朝を前にして、晴良の言葉は続く。


「……残酷なお話であったかな、大納言殿」


そして、二条晴良を見送る出雲阿国。

雨の中で、ついに――。

二条晴良は、ゆっくりと茶を待つ。


やがて阿国が、もう一服、丁寧に茶を点てる。

湯気が立ちのぼり、場に張りつめていた緊張が、わずかにほどけた。


晴良は茶碗を受け取り、改めて一口含み、静かに息をついた。


晴良「いやはや……まことに結構ですな、阿国殿」


その表情には、先ほどまでの鋭さはなく、満面の笑みが浮かんでいた。

晴良は、茶に、そして阿国に、礼を示すように深く頷く。



晴良「さて、大納言殿。こういたしましょう」


場の空気が、再び引き締まる。


晴良「この晴良が責任をもって、大納言殿を内大臣といたしましょう。

それにより、頼朝軍は官軍としての名分を得ることができる」


頼朝「ありがたきご配慮……しかし……それで他の武家が黙るとは、思われませぬ」


晴良は淡々と、しかし容赦なく続けた。


晴良「さよう。

想像はつくでしょう、朝廷内にも多くの者がおりますが――

帝を心より案じ、世の安寧を願う公家が、どれほどいることか……」


一拍、置く。


晴良「惣無事令を出すためには、その者たちを黙らせる力も必要」


晴良の視線は、頼朝から一瞬も外れない。


晴良「残念ながら――

力とは、誰の目から見ても、力でなくてはなりませぬ。


この晴良が公家たちを説き伏せるためにも。

そして、人の業が渦巻く“人の世”で、

その業を抑えるためにも。


天下静謐を目指されるのであれば、

“誰もが認める力”が、どうしても必要なのです」


頼朝は静かに問い返す。


頼朝「関白様……さらに多くの領土を獲得せよ、とおっしゃるか」


晴良「大納言殿は、全国を手中に収める野心はお持ちでない。

それは、よく伝わっております。


しかし、この晴良が帝に惣無事令を奏上するためには――

全国の半分を治めていただきたい」


その言葉は、静かでありながら、重かった。


晴良「それが叶いましたならば、この晴良、力を尽くしましょう」


頼朝を見据えながら、晴良はわずかに苦笑する。


晴良「……残酷なお話であったかな、大納言殿」


場に沈黙が落ちる。


晴良「しかし、天下静謐とは、武力なくして成し遂げられぬ。

同時に、大納言殿が申される通り、

鬼の武力だけでは、天下静謐は実現できぬでしょう。


朝廷の武力となる、というお申し出は誠に結構なお話。

であれば、なおさら、公家を黙らせねばなりません」


静かに、しかし断言する。


頼朝「関白様……それでも、これ以上の領土拡大に、何の意味がありましょう」


晴良「……この晴良も、力が及ばぬことばかりにて……。


帝のためにできること。

大納言殿にお願いできること。


これが、精一杯でございます」


頼朝の落胆を、晴良はじっと見つめていた。

同じ部屋にいた誰一人として、言葉を発することができない。


やがて、沈黙を破ったのは、二条晴良であった。


晴良「内大臣叙任の折には、帝とお話しされてはいかがでしょうか。

大納言殿さえよろしければ、この晴良が、拝謁の段取りをいたしましょう」


頼朝「関白様……帝への拝謁、誠に光栄に存じます。

よしなに、お願い申し上げる」


晴良「それは、良うございました」


立ち上がり、阿国に向き直る。


晴良「阿国殿の茶、十分に堪能いたしました。

本日は、これにて失礼いたします」


頼朝「本日はご足労いただき、この頼朝、心より感謝申し上げる」


二条晴良は一礼し、静かに部屋を後にした。



関白の供回りが待つ二条城の城門まで、出雲阿国は二条晴良を静かに見送っていた。

夕刻の雨は次第に強まり、石畳を濡らし、城の輪郭を曖昧にしていく。


輿へ乗り込む直前、二条晴良はふと足を止め、振り返った。


晴良「……大納言殿は、ご体調が優れぬのですかな」


その問いに、阿国は一瞬言葉を失った。

やがて小さく頷き、視線を伏せる。


晴良「そうでございましたか……」


その声音には、先ほどまでの政治家としての鋭さはなかった。


晴良「阿国殿のご心痛、察するに余りあります」


一拍、間を置いて、晴良は続けた。


晴良「であれば、なおさら急がねばなりませぬな」


阿国は顔を上げる。


晴良「大納言殿は……阿国殿が語られた通りのお方でした。

理を知り、力を恐れ、そして、力を使うことを最も嫌っておられる。

そして何よりも、自らのことを……恐れておられる……」


静かに、しかし確かな調子で言い切る。


晴良「この晴良も、微力ながら最善を尽くしましょう。

帝のため、そして――この日ノ本のために」


それだけを告げると、晴良は輿に乗り込み、二条城を後にした。


挿絵(By みてみん)



雨脚はさらに強まっていた。


出雲阿国は、城門の前に立ち尽くしたまま、遠ざかる輿を見送る。

やがて視界から完全に消えたその時、阿国はゆっくりと空を仰いだ。


重く垂れ込めた雲。

どこにも、光の兆しはない。


阿国は静かに両手を合わせた。


阿国「……神よ」


声はかすれ、雨に溶けていく。


阿国「もし、この卑弥呼の祈りが、まだ届くのであれば……

どうか、あの方の命だけは……」


返ってくるのは、雨音だけだった。


冷たい雨が、容赦なく阿国の髪と衣を濡らしていく。


阿国「……神よ」


震える声が、次第に怒りを帯びていく。


阿国「あなたは……何も、してはくださらぬのですか」


膝が、ゆっくりと崩れ落ちた。

ぬかるんだ地面に、着物が触れる。


阿国「この卑弥呼が……神を裏切ったというのであれば……

罰は、この私に与えたまえ……!」


雨に打たれながら、阿国は叫ぶ。


阿国「頼朝様に罰を与えるというのなら――

私は、あなたを生涯、恨みます……!」


両手で地面を掴み、阿国は顔を上げた。


阿国「……何もできぬ神の力など……

もう、いりませぬ……!!」


雨はさらに激しさを増した。


かつて“巫女”と呼ばれ、

神と人とを繋ぐ存在であった出雲阿国――古の女王卑弥呼。


その美しい着物は、

今や泥に汚れ、雨に叩きつけられている。


清らかな涙が大地を濡らしても、

その穢れを洗い流すには、

この世はあまりにも広く、

あまりにも、汚れすぎていた。


挿絵(By みてみん)

お読みいただきありがとうございました。


頼朝に厳しい条件を突きつけた二条晴良。

しかし、朝廷という伏魔殿において、

彼はもっとも信頼し得る公家として、

頼朝の志に理解を示しました。


この後、帝は頼朝に何を語るのか。

頼朝は、天下静謐への道筋を見いだせるのか。


抑えきれぬ心の洪水の中で、

神との決別を選んだ巫女・出雲阿国。

家康を迎えるために、家康と戦う義経。

頼朝の命の灯と覚悟を知る、北条早雲――。


それぞれの選択が交錯する物語は、

次なる局面へと進んでいきます。


この後の展開も、ぜひお付き合いくださいませ。

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