42-4 二条晴良と源頼朝 ― 言葉の戦
柔らかくも、刃のごとき言葉を、
二条晴良は頼朝に投げかける。
「さて、大納言殿。
帝は――大きな不安を抱いておられる。
なぜか、お分かりですかな」
頼朝は即座に答えた。
「帝のご心配とは……
この頼朝の存在であろう」
鎌倉の世の記憶。
戦国の世の警戒。
帝を想う忠臣・二条晴良は、
何を確かめるために、この場に現れたのか――。
頼朝は、茶を置き、穏やかに口を開いた。
頼朝「是非とも、本日はこの城にて、ごゆるりとされてはいかがであろうか」
晴良「では、大納言殿」
二条晴良は、静かに背筋を正した。
晴良「ご存知のとおり、帝はすでに高齢にあらせられる。
皇太子・誠仁親王は三年前に早世され、その悲しみはいまだ癒えてはおられませぬ」
晴良の声には、飾りのない痛切さがあった。
晴良「帝はこの戦国の世で、言葉に尽くせぬご苦労を重ねてこられた。
その上での、皇太子の早世……」
*静かに悲しみを受け止める、正親町天皇
晴良「この晴良は、帝の御ためであれば、いかなることでも致す覚悟でおります。
それは、牛一殿や阿国殿が、大納言殿に抱いておられるお気持ちと、何ら変わるものではありませぬ」
頼朝は、黙って聞いていた。
晴良「主のために命を賭す。
それは武家であろうと、公家であろうと、変わらぬこと。
佞臣が群れをなすのも、また同じことでございましょうが……」
晴良は、視線を頼朝に戻した。
晴良「さて、大納言殿。
帝は、孫にあたる和仁親王への譲位をお考えであられる。
しかし――その決断に、大きな不安を抱いておられる。
なぜか、お分かりですかな」
その問いは、試すようでもあり、確かめるようでもあった。
頼朝は、静かに答えた。
頼朝「帝のご心配とは……この頼朝の存在であろう」
晴良「ははは……さすがは」
二条晴良は、わずかに笑みを浮かべた。
晴良「話が早い。
帝が望まれているのは、ただ一つ。安寧の世でございます。
織田信長には不安もあった。
しかし、安寧をもたらす“力”を持っていた点において、帝は彼を評価されておられた。
朝廷をないがしろにされようとも、世が静まるのであれば――と」
晴良の声が、わずかに硬くなる。
晴良「その信長を追い払い、突如として現れたのが大納言殿。
しかも、鎌倉幕府の征夷大将軍・源頼朝が、この時代に現れた」
頼朝は、表情を変えなかった。
晴良「過去、帝を入内によって縛り、権力基盤を固め、
やがて帝をないがしろにした者が、どれほど多かったことか。
失礼ながら――
史書に名を残す征夷大将軍・源頼朝も、その一人として、内裏には刻まれております」
晴良は、苦笑する。
晴良「もっとも、我が藤原も同じことをしてきた血筋ではありますがな」
一口、茶を含む。
晴良「若き和仁親王に譲位した後、
もし大納言殿が入内を求められるようなことがあれば――
帝の余生は、決して穏やかなものにはなりませぬ」
晴良の目が、鋭くなった。
晴良「この晴良は、それを看過するつもりはない。
もしそのようなお考えであれば――命に代えても、阻みます」
頼朝は、ゆっくりと首を振った。
頼朝「関白様。お話、よく分かり申した。
幸いと申しあげるべきか……我が娘たちは武辺者ばかり。
入内など、滅相もない話にござる。
何よりも、本人たちが嫌がりましょう……」
少し、間を置く。
頼朝「それに――
これ以上、過去の亡霊の名を、この時代に残すつもりもありませぬ。
源氏は、この時代でも生きていた。
それだけで、わしは満足しております」
頼朝の声は、静かだった。
頼朝「今の世の安寧を見届けられたなら、
退位された上皇とともに、阿国の茶を静かにいただきたい。
それが、この頼朝の願いにござる。
征夷大将軍など、ふさわしき者が名乗ればよい。
天下静謐が叶うのであれば、武家が前に出ずとも良いのではありませぬか」
晴良「ほう……」
晴良は、目を細めた。
晴良「史書の頼朝殿とは、ずいぶん異なるお方であらせられる」
頼朝「悲しきかな……それが同じ頼朝でござる。
この時代に来て、同じ過ちを繰り返さぬ夢を見ておりましたが――
結局は、同じ鬼。
ただし、入内や称号で権力を固めることには、興味はござらぬ」
声が、わずかに低くなる。
頼朝「だが――
安寧の世のため、他に選択肢がなきときは、
再び鬼の仮面を手に取らねばならぬ」
晴良「……惣無事令をお考えとか」
頼朝「左様。
鬼の毒を、帝の薬に変えていただきたい。
それだけのことでござる。
武家同士の争いすら止められぬ我らが、
今も徳川領に侵攻している。
結局、武家は力を示すしかない。
であれば、その力を朝廷のものとし、
惣無事令をもって、天下に睨みを利かせるーー今のわしには、それしか思いつかぬ」
二条晴良は、長く沈黙した。
その間、誰一人として口を開かなかった。
言葉の消えた部屋に、
重たい静けさだけが降り積もる。
やがて晴良は、頼朝から視線を外し、
阿国を見た。
晴良「阿国殿。
……もう一服、茶を願えるか」
阿国が茶筅を振る。
しゃっ、しゃっ。
その茶筅の音だけが、
二条城の間を支配していた。
お読みいただきありがとうございました。
二条晴良は、祝辞のために二条城を訪れたわけではありません。
頼朝の覚悟を確かめ、
帝の不安を代弁し、
そして――条件を示すためでした。
また、これまで神に仕え、
掟を守り続けてきた卑弥呼・出雲阿国も、
頼朝の苦悩を前に、
ついに心の均衡を失いはじめます。
言葉で交わされた約束は、
いずれ血と涙で試されることになるでしょう。
この後の展開も、
引き続きお付き合いいただけましたら幸いです。




