42-3 刃と言葉
龍の口に呑み込まれたかのように、太田道灌隊は崩れた。
家康は、その隙を逃さぬ。
巧みな用兵で、さらに道灌隊を追い詰めてゆく。
その光景に、源頼光は咆哮し、
源宝は、涙を浮かべながら己の未熟を責めた。
それでも義経は、戦場から目を逸らさない。
「――この後、いかがする」
冷酷とも思える問いを、参謀・宝に投げかける。
◾️宝の震え
勢いづいた太田道灌率いる騎馬隊は、もはや進軍を止めることもできず、
次々と、口を開けた龍に呑み込まれるかのように、地表に現れた数え切れぬ槍の餌食となった。
後方よりその惨状を目にしていた義経は、思わず舌打ちした。
義経「しまった……!
このわずかな期間に、大規模な空堀を掘っておったというのか……!
しかも土と草で巧妙に覆い隠し、我らを誘い込んだ……!」
家康の仕掛けた周到な罠により、太田道灌隊は甚大な被害を受け、大混乱に陥った。
その瞬間を見逃さず、徳川家康は麾下の全部隊に号令を下す。
家康「今ぞ! 全軍、ただちに突撃を開始せよ!」
家康本隊は、槍の罠が仕掛けられた窪地を巧みに迂回しつつ、動きの鈍った道灌隊の騎馬へと、精鋭の長槍隊をぶつけた。
正面衝突を避け、斜めから角度をつけて槍を繰り出す。
騎馬の衝撃をいなし、側面から刺突を加え、隊列を切り裂いていく。
別の隊は、騎馬へ向けて槍を投げ込み、進軍を妨げ、
そこへ弓隊が追い打ちをかけるように、集中的に矢を放った。
最後に、精鋭の切り込み隊が、隊列を失った騎馬武者たちへ直接斬り込み、
とどめを刺す。
――その連携は、あまりにも見事であった。
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頼光「道灌殿、ご無理なさるな! 一旦退き、態勢を立て直されよ!」
源頼光が叫ぶ。
後詰として戦況を見守っていた頼光隊は、もはや見過ごすことができず、騎馬に鞭を打った。
“丘”を避け、迂回しながら、家康本隊の側背へと猛然と突撃をかける。
足の止まった道灌隊に対しては優勢であった家康本隊も、
源頼光率いる、ほぼ無傷の騎馬隊による側面攻撃を防ぎきれず、陣形が崩れる。
家康「無念……! この兵数では、第二波までは支えきれぬか!
全軍、戦線を離脱せよ! 岡崎は捨てる!」
一進一退の激しい戦いを、義経は固唾を呑んで見守っていた。
傍らの宝は、口を押さえ、目を見開いたまま動けずにいる。
それでも義経は、参謀・源宝に声をかけた。
義経「宝殿。あの家康の戦術を、そなたはどう見る」
宝「義経様……まことに、申し訳ございませぬ……」
宝は、凄惨な戦場を前に、自らの未熟さを呪うように、
それでも必死に言葉を絞り出した。
宝「忍びからも、あの空堀につきましては、何の報告も上がっておりませんでした……。
酒井隊は、空堀と槍衾が最も効果を発揮する地点を正確に測り、
その場所で、命を賭して我らを引き止めていたのでしょう。
……その深謀遠慮、私には思い至りませなんだ……」
宝の声は、か細く震えている。
宝「さらに家康様の部隊……。
長槍の扱い、弓の運用、歩兵一人ひとりの練度……
鉄砲が少ないにもかかわらず、あれほどまでの連携を……。
わたくし、あのような戦いは、初めて目にいたしました……。
三河武士の、一人ひとりの強さを……。
……私の具申が、裏目に出てしまいました……」
宝は目を伏せたまま、それでも責任と、次の一手を探していた。
義経は、改めて問う。
義経「では、この後、家康と戦うには、いかがすべきか」
宝「……油断すれば、我らの被害がさらに広がります。
力を抑えすぎれば、必ず見抜かれましょう……」
眉をひそめ、涙を溜めたまま、宝は必死に考え続ける。
やがて顔を上げ、言葉を紡いだ。
宝「騎馬を必ず三隊以上に分け、時差と角度をつけて波状攻撃を。
主攻を悟らせぬよう、鉄砲の威嚇を交え、敵の判断を狂わせるほかございませぬ……」
義経は、宝の必死の思考に、静かに頷いた。
義経「宝殿。浜松城へ進む前に軍議を開く。
作戦参謀として、その策を示してくれるか」
宝「……はい。最善を尽くします」
自信なさげではあるが、宝の眼は、すでに次の戦を見据えていた。
五月に入り、包囲された岡崎城は開城した。
――しかし、城内に家康や酒井忠次の姿は、なかった。
◾️公家の難敵、二条晴良の来訪(修正稿)
京の都では、改修が進められていた二条城が、ついに完成の時を迎えていた。
その完成を祝する名目で、頼朝が想定もしていなかった人物――
武家に対して一貫して距離を保ち、時に敵対的な立場すら取ってきた関白・二条晴良が、城を訪れたのである。
五月に入り、頼朝の体調は前月よりはいくぶん回復していた。
外交の場に姿を現すことはできる程度には、気力も保たれていた。
この日の応対には、頼朝のほか、大村由己、太田牛一が同席し、
出雲阿国が自ら茶を点てていた。
⸻
晴良「大納言殿。此度は二条城の完成、まことに慶賀に存じます」
頼朝「これは関白様。
御自らお越しいただけるとは、この頼朝、光栄の極みでございます」
晴良は、穏やかな微笑を浮かべながら、室内を一巡り見渡した。
晴良「同じ“二条”の名を持つ者として、ご挨拶に伺ったまでのこと。
それに――」
そう言って、視線を阿国へと向ける。
晴良「以前、阿国殿に点てていただいた茶の雅さが、どうにも忘れ難くてな。
城の完成を口実に、また一服願おうと思い立った次第です」
頼朝は、このとき初めて知った。
自らが病床に伏していた間、太田牛一と阿国が、晴良と茶の席を共にしていたことを。
阿国「まあ……関白様にそのようなお言葉をいただけるとは、生涯の誉れにございます」
晴良は差し出された茶を一口含み、ゆっくりと頷いた。
晴良「まことに結構。
茶というものは不思議なものですな。点てた者の心が、そのまま味に現れる。
阿国殿の茶には、深さがある。
言葉では、とても言い尽くせぬ」
頼朝も、そこで言葉を添える。
頼朝「誠に。
この頼朝も、阿国の点てる茶を日々味わえることを、何よりの贅沢と感じております」
阿国は、いつものように柔らかな微笑を浮かべた。
阿国「まあ……。
本日は何と幸運な日でしょう。関白様と大納言様、お二方からお褒めにあずかるとは」
⸻
しばし和やかな空気が流れたのち、
二条晴良は、ふっと表情を改めた。
晴良「さて――大納言殿」
その声音は穏やかなまま。
だが、空気がわずかに張り詰める。
晴良「阿国殿の茶をいただき、
大納言殿のご尊顔も拝した。
本日の目的は、ほぼ果たされた――と言いたいところではありますが」
一拍、間を置く。
晴良「もう少しだけ。
お話をしても、よろしいかな」
射抜くような眼差しが、まっすぐに頼朝を捉えた。
その視線に、敵意はない。
だが、逃げ道もまた、存在しなかった。
頼朝は、静かに背筋を伸ばし、晴良の言葉を待った。
お読みいただき、ありがとうございました。
徳川家康の牙に苦戦を強いられながらも、
頼朝軍は重要拠点の一つ、岡崎城を攻略します。
その一方、二条城では、朝廷との静かな折衝が続いていました。
出雲阿国の点てた茶は、
二条晴良に頼朝の心意気を伝える一服となったのか。
それとも――
武家に向けられる、朝廷の刃を研ぐ時間となったのか。
この後の展開も、ぜひお付き合いください。




