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41-3 罪を背負う鬼

北条早雲は、力なくその場に座り込んだ。


隠そうとしていた頼朝の病状。

数え切れぬほど多くの友を見送り、

生と死の境を見続けてきた早雲の眼は、

その変化を、決して見逃さなかった。


静寂の中で、頼朝は語り始める。


「わしは、こう思うておる。

やはり、わしは業を背負うておるのじゃ。

しかも――鬼としての宿命をな」

桜と篠の足音が聞こえなくなってから、

言葉よりも真実を確かめるように、早雲は頼朝のもとへ歩み寄った。

そして突然、頼朝の袖をまくり上げた。


早雲「……っ!!」


着物の下から現れた、あまりにも細くなった頼朝の腕。

それを目にした瞬間、早雲は力なくその場に座り込んだ。


早雲「数え切れぬほど多くの友の旅立ちを見送って参った……。

気丈に振る舞われておられたが……このやせ細った腕……

隠しておられたか……」


早雲は、頼朝の体調の異変を一目で悟った。


頼朝「早雲殿にはかなわぬな。しかし、良くなっておる。

心配には及ばぬ」


早雲「頼朝殿……!

そのお身体、ただ事ではござらぬ……!」


それ以上、早雲は言葉を継ぐことができなかった。

しばし、二人の間に重い沈黙が落ちる。


挿絵(By みてみん)


頼朝「……早雲殿。


わしは、こう思うておる。


やはり、わしは業を背負うておるのじゃ。

しかも――鬼としての宿命をな」


早雲「頼朝殿、しっかりなされよ……」


だが、その声には、いつもの勢いはなかった。


頼朝「この時代に来て、少しばかり良き夢を見た。

家族に恵まれ、家臣に恵まれ、

ひと時なりとも、安寧を得ることができた。


……じゃがな。


神とやらは、罪深きわしに、安寧を許してはくれぬのじゃ。


この時代に来て、未来のために、

わしが罪を引き受け、鬼の道を歩む。

それが、鎌倉にてわしが犯した罪への、償いなのじゃよ」


早雲「頼朝殿……!

今の民を、家臣を、ご覧なされ!

頼朝様のおかげで命永らえている武家が、どれほどおると……!


頼朝殿以外に、誰がこれを成し遂げられましょう!」


頼朝「ありがたい言葉じゃ。

……だが、だからこそ、なのじゃ。


家康殿の言葉は、正しかった。


力――すなわち領土がなくば、

民も、家臣も、武家も守れぬ。


そのためには、罪を背負う鬼が、どうしても要る」


早雲「な……何を……」


頼朝「しかもな、早雲殿。


甲斐・相模・越後の一時の和平も、

今のままでは、長くは続くまい。


織田を滅ぼさぬと言いながら、

織田を敵として、他の武家とよしみを結んでおる。

下手をすれば、織田は滅ぼされる。


……それを、守ることすら、できぬのじゃ」


頼朝の声は、かすかに震えていた。


頼朝「家康殿を味方とすべく、

平和という大義のもと、わしが選んだ道は、

多くの兵を犠牲にする、血塗られた道じゃ。


此度も、我が軍は大勝利であったそうじゃな。


……だが、圧倒的な力を見せつけ、

決戦を挑んだ徳川兵に、すでに数万の犠牲が出ておる」


早雲は、歯を食いしばった。


頼朝「どうあがこうとも、

日ノ本をまとめるには、多くの命を捧げねばならぬ。


その犠牲とした命の責――

それを負うべきは、わし以外におらぬ。


……だからこそ、

わしは命を永らえては、ならぬのじゃ」


早雲「頼朝殿……!

先ほどから、何を申される……!


我ら将は、皆、罪びとじゃ!

わしとて大罪人じゃ!

なぜ、頼朝殿だけが……!」


叫ぶように言い放った早雲であったが、

そのまま両手を床につき、大粒の涙をこぼし始めた。


このような早雲の姿を、頼朝は想像したことすらなかった。

だが、この時ほど、心が通じ合っていると感じた瞬間もなかった。


早雲「……順番があるのじゃ。順番が……

もう、友を見送るのは、耐えられぬ……」


その涙は、

訪れるであろう悲劇に、何もできぬ己への悔恨の涙であった。


挿絵(By みてみん)


頼朝「のう、早雲殿。


わしは、まだ死ぬと決まったわけではない。


だがな、

この軍団を、まだ他の者に継がせるわけにはいかぬ。


今しばらく、罪を引き受ける者が要る。

それは、わしでなくてはならぬ」


頼朝は、静かに息を吐いた。


頼朝「己の体が発する悲鳴が、

日増しに大きくなっておるのも、確かじゃ……覚悟を、決めておかねばならぬ。


秀長には、すでに伝えておる。

万が一の時は、この軍団を義経に継がせよ、と」


頼朝の声は、どこか柔らいだ。


頼朝「桜も、里も、立派に育った。

養女の梢も、宝も、なんと有能な女子たちじゃ。


……だが、

その者たちを、決して天下人にはしたくない。


わしの罪を引き継ぐのは、義経がよい。


後継争いなど、決して起こしてはならぬ。

そのためにも、早雲殿の力添えが必要なのじゃ」


早雲「……この老いぼれ、

もう流す涙など残っておらぬと思うておりましたがな」


早雲は、顔を上げた。


早雲「もし、この世に神がおるのなら――

頼朝様の命を奪おうとするその手を、

この命に代えてでも、止めてみせましょうぞ……!」


しばし、沈黙。

言葉を選ぶための、長い時間。


やがて早雲は、強き眼差しを取り戻し、頼朝を見据えた。


早雲「お話、この早雲、確かに承った。


義経殿の罪を、少しでも軽くすべく、

このわしも、いくらでも罪を被りましょう」


頼朝「かたじけない、早雲殿」


頼朝は、早雲に頭を下げた。

そして近江、美濃の方角に視線を向けて、言葉を続ける。


頼朝「……家康のことじゃがな。


すでに多くの徳川の血が流れてしまった。

もはや、やすやすと臣従するかは分からぬ。


臣従したとして、

我が軍団を任せるに足る男か――

それを、早雲殿にも見極めてほしい。


そして……鎌倉でも、この世でも、

わしは義経にとって、酷い兄じゃ。


下手をすれば、鎌倉での仕打ちより、

この軍団を継がせる方が、

よほど惨いことかもしれぬ」


頼朝は、ふっと息を吐いた。


頼朝「桜のことだけでも感謝しきれぬが、

さらに義経のことまで頼むのは、心苦しい。


……万が一の時は、早雲殿。

義経を、助けてやってほしい。


不憫な弟よ……」


早雲は、拳を強く握りしめ、深く頭を下げた。


早雲「はっ。

この早雲、身命を賭しても!」


* * *


離れた部屋では、篠と桜が、出雲阿国に茶を点ててもらっていた。


桜「……まあ。

こんなお茶は初めてです。

この香ばしさ……薬草のようでいて、どこか懐かしい……

まるで、心の奥を撫でられるような香り……」


源桜は、素直な感嘆を、阿国に伝えた。


阿国「それはそれは。

ようこそ、二条城へお越しくださいました」


阿国も、優雅に微笑んだ。


挿絵(By みてみん)


その時――

遠くで、早雲の怒号のような声が聞こえた気がした。


桜「……どうしたのでしょう」


桜は、驚いたように、先ほどの部屋の方へ目を向ける。


その、父の病をまだ知らぬ桜の姿を見て、

篠も、阿国も、言葉を失っていた。

お読みいただきありがとうございました。


この時代に来て、過去の自分と決別し、

新しき世を作ろうとした頼朝。

しかし、時代が変わっても、

人の世の在りようは、容易には変わらない。


頼朝は、自らの命の灯が消えかかっていることを悟りながら、

この時代に呼ばれた意味を、静かに見つめ直します。


過去の業を背負った罪人として。

そして、今を生きる者たちの罪を代わりに引き受ける鬼として。


滅ぼさぬ戦いだけでは守れぬものがある――

そう悟った頼朝は、

ついに「力を示す戦い」をも選び取ろうとします。


その決意は、義経や家臣たちにどう映るのか。

そして、最後の望みを託された家康は、

迫り来る“鬼の軍団”を前に、何を選ぶのか。


この先の物語も、

どうかお付き合いいただければ幸いです。

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