41-2 勝利の光と影
全てが、宝の想定通りに進んだ戦い。
しかし――
宝も、義経も、素直にその勝利を喜ぶことはできなかった。
一方、二条城では、北条早雲と源桜が頼朝と謁見する。
和やかな戦勝報告のはずのその場で、
早雲の老練な眼差しは、静かに“影”を見抜いていた。
■刈谷城下 緒戦の勝利
徳川軍はここに至り、軍勢を刈谷城へ退却させ、
再編成と迎撃態勢を整えるまで籠城戦に持ち込み、時間を稼ぐことを考えた。
しかしすでに、刈谷城下深くまで頼朝軍の進軍を許しており、
徳川軍が刈谷城へ退却する道筋は、完全に塞がれていた。
残存する徳川軍は、頼朝軍の徳川領内への進軍を食い止めるべく、
渾身の力を振り絞り、最後の攻勢を仕掛けてきていた。
だがその攻撃も、
残酷なまでに練り上げられた頼朝軍の布陣の前に、
ほぼすべての部隊が完膚なきまでに叩き潰されていった。
徳川軍で、なお戦列を保っていたのは、
猛将・本多忠勝の率いる一隊のみとなった。
本多忠勝に、撤退という選択肢は、みじんも無かった。
忠勝「これ以上、好きにやらせはせぬ!」
忠勝は、大軍に囲まれながらも、
密集した騎馬隊を整然と走らせ、頼朝軍へと突撃をかけた。
道灌「これは、頼もしき部隊よ!
こちらも礼を尽くせ! 力の限り、突撃をかけよ!」
太田道灌隊が、まず本多隊へ正面から突撃を仕掛けた。
本多隊はその猛攻を耐え抜き、
なおも態勢を立て直し、再び突撃を仕掛けようとする。
だが、その瞬間――
源頼光隊の突撃隊が、本多隊の側面を鋭く突いた。
残酷なまでの苛烈な挟撃を受けた本多隊は、ついに戦列を崩し、壊滅した。
頼光「犬死にするな! 生きよ!」
源頼光の勝利の咆哮は、
最後まで善戦した本多隊への、武人としての賛辞でもあった。
天正十六年(1588年)二月。
徳川軍との決戦は、頼朝軍の圧勝に終わった。
刈谷城下で決戦に及んだ徳川軍は壊滅し、
刈谷城も、時を移さず開城した。
しかし宝は、複雑な表情を浮かべながら、
敗走していく徳川軍の背を、じっと見つめていた。
義経「どうした、宝殿。
何か、引っ掛かることでもあるのか」
宝「はい、義経様……。
此度の戦、家康様の軍旗が見当たりませんでした。
家康様は、大事な戦には必ず自ら出陣されると聞いております。
多くの徳川の兵が、この刈谷城に集結したのは間違いないはずですが……」
義経「徳川軍が大兵力を集結させ、決戦に挑んだことは疑いあるまい。
兄上のように、大将自らが前線に立たずとも、
家臣がよく働くこともある。
三河武士と、家康殿との絆が、それほど強いということだろう」
宝「……はい、義経様」
宝は、義経の言葉に、わずかに安堵したようにうなずいた。
だが――
そう語った義経自身も、胸の奥に残る違和感を拭い切れずにいた。
義経は、家康自らが采配を振るう戦を警戒しての出陣であった。
勝鬨が上がり、誰もが戦勝に酔う中で、
義経はこの勝利を、手放しで喜ぶことができずにいた。
宝もまた、同じ眼差しで戦場を見つめていたのである。
■織田軍駆逐――丹波平定
刈谷城が開城したのと、ほぼ時を同じくして、
丹波における織田軍最後の拠点・八上城も、
頼朝軍・里見伏の降伏勧告を受け、開城した。
だが、そこに織田信長の姿は無かった。
ともあれ、これにより丹波から織田軍は一掃され、
丹波一帯は、頼朝軍団の直轄領となった。
織田家と同盟関係にあった別所家は、
黒井城周辺に部隊を集結させていた。
桜「早雲様。追い払いますか」
源桜が、北条早雲に問いかけた。
早雲「がはは!
桜殿の眼差し、まさに将としてのものになってきておるな。
さて、桜殿はいかに考えておるのじゃ」
桜「はい、早雲様」
桜の視線は、近隣の山々に布陣する別所軍へと向けられていた。
桜「あの別所軍の旗の動きからは、
我らに刃向かう気概は感じられませぬ。
織田への義理を示すため、あるいは、
万が一我らが黒井城へ攻め込むことを警戒しての布陣でしょう。
我らが退けば、彼らも退くと見ます。
此度の出陣の目的は、丹波から織田を追い払うこと。
仮に――我らが退いた後、別所軍が八上城を奪ったとしても――
また取り返せば良いだけのこと。
我が軍に、痛手はございませぬ」
早雲「その通りじゃ。
別所家に、我らと事を構える覚悟は無い。
八上城どころか、友軍である一色家や山名家に
侵攻することもあるまい。
我らの力を、十分に思い知ったであろう」
桜「はい、早雲様!」
源桜は部隊の前へ進み出て、はっきりと号令をかけた。
桜「全軍、退却!」
早雲と桜の見立て通り、
別所軍は頼朝軍の退却を確認すると、静かに軍を退いた。
■二条城での戦勝報告
丹波を平定した頼朝軍各隊は、
京の街を凱旋行軍したのち、それぞれの居城へと帰参していった。
頼朝軍が京を治めてから一年半。
軍団による街の整備や開発の成果もあり、
京の民は、頼朝軍の凱旋を温かく迎えていた。
北条早雲は、源桜を伴い、二条城に立ち寄った。
二条城の一間で、頼朝との面会を待つ。
桜に対して、ただならぬ愛情を注いでいた頼朝に、
戦功を重ね、一段と成長した桜の姿を引き合わせる。
それこそが、頼朝への何よりの土産になると、
早雲は考えていたのである。
しかし――
早雲と桜は、珍しく長く待たされることになった。
早雲「……京へ戻られてから、頼朝殿もお忙しいのかの」
やがて、篠を伴って、頼朝が姿を現した。
頼朝「これはこれは、早雲殿。
そして桜。此度も、誠にご苦労であった。
一色家も無事で、何よりであった」
頼朝は、精一杯のねぎらいの言葉を、二人にかけた。
桜「父上、母上。
お目通りが叶い、この桜、まことに嬉しゅうございます」
それに対し、篠が微笑みながら応じた。
篠「まあ……母上だなんて。
喜んでよいのやら、複雑でございますね」
だが、北条早雲は――
頼朝が現れ、顔を上げた、その瞬間から、
険しい表情を浮かべていた。
早雲「桜殿。
せっかくの対面ではあるが、少し席を外してもらえぬか。
頼朝殿と、二人で話をさせていただきたい」
早雲は、篠に目配せをした。
篠はすぐに意を汲み、
「さあ、桜様。どうやら男同士の話があるようです。
私たちは、別間で女子同士、楽しみましょう」と、
穏やかに促した。
桜「……はい」
桜は訝しげな表情を浮かべつつも、
篠に導かれるまま、部屋を後にした。
お読みいただき、ありがとうございました。
徳川との決戦、そして丹波平定。
頼朝軍の戦は、順調に進んでいるように見えます。
しかし、義経、宝、そして早雲――
それぞれの眼差しの先には、
まだ晴れぬ黒雲が、確かに漂っていました。
この先の展開も、ぜひお付き合いいただけましたら幸いです。




