41-1 若き迷参謀の戦場
徳川の動きを見据えながら、義経は傍らの源宝に問いかけた。
それは、若く、なお迷いを抱えながらも、
戦場を読む才を見せ始めた参謀への問いであった。
北東の知立方面からは、源義経率いる第三狙撃隊と、太田道灌率いる第三突撃隊。
北西の江端方面からは、武田梓率いる第六狙撃隊と、源頼光率いる第二突撃隊。
それぞれが刈谷城に刃の切っ先を向け、敵軍の動きを窺いながら進軍していた。
やがて、知立方面へ向け、徳川軍の水野勝成隊と渡辺守綱隊が動き出す。
安祥城と刈谷城、二方向からの進軍であった。
だが、両隊の兵数はいずれも二千程度。
加えて、急な出撃であったためか、行軍の隊列にはわずかな乱れが見て取れた。
義経は遠眼鏡を下ろし、短く命じた。
義経「――好機だ。
まずは、目の前の水野勝成隊を叩け」
号令とともに、義経隊の鉄砲が一斉に火を噴いた。
太田道灌隊が本格的な突撃に移るまでもなく、水野勝成隊は猛烈な弾幕に晒され、隊形を保てぬまま崩れ始める。
やがて統制を失い、刈谷城方面へと雪崩を打って退いた。
その混乱が伝わっていなかったのか、あるいは退くに退けなかったのか。
渡辺守綱隊が、義経隊と道灌隊へと突進してくる。
第二射、第三射と続く間断なき斉射が浴びせられ、渡辺隊もまた短時間のうちに壊滅する。
義経は、結果を見届けると、傍らに控える源宝へと視線を向けた。
言葉はない。
だが、その沈黙は、宝の見立てが現実となったことを示していた。
一方、江端方面。
源頼光隊と武田梓隊は、刈谷城下に布陣する徳川軍本隊――酒井忠次隊、成瀬正成隊、水野忠重隊――と対峙していた。
武田梓隊の鉄砲が、まず敵陣を揺さぶる。
続いて、源頼光隊の騎馬が、崩れた一点へと突撃を敢行する。
頼朝軍が幾度も勝利を重ねてきた、最も得意とする陣立てであった。
梓「焦る必要はありません。
引き付けてから、確実に撃ってください」
その声は冷静で、揺らぎがない。
徳川軍は無理に前へ出ることなく、後続部隊の到着を待ちながら陣を保っていた。
梓はその様子を見極めると、即座に判断を下す。
梓「頼光殿に伝令を。
敵が態勢を整える前に、例の策を実行します」
左右に広がっていた狙撃隊が、合図とともに後退し、瞬時に縦列へと組み替わる。
その動きを待っていたかのように――。
頼光「……この時を待っておったわ」
頼光は、不敵な笑みを浮かべる。
頼光「五右衛門殿!
右翼へ回り込み、突撃せよ!
悠! わしと共に左翼へ!」
悠「はい、参りましょう」
両翼後方から、騎馬隊が旋風のごとく駆け出した。
徳川軍も迎撃を試みるが、左右同時の騎馬突撃に備えるには遅すぎた。
両翼は次第に崩れる。
これ以上の突破を妨げるべく、徳川軍は中央から兵を両翼に動かさざるを得ない。
その瞬間を逃さず、縦列となった武田梓隊の鉄砲が、間断なく中央へと斉射を浴びせた。
知立の本陣。
義経は遠眼鏡越しに江端方面の戦況を確認し、宝に問いかけた。
義経「……戦況は、どう見る」
宝は戦況図に目を落とし、静かに答える。
その横顔からは、先ほどまでの怯えは消えていた。
何かに集中している宝は、いつものおどおどした態度が消えるらしい。
宝「刈谷城の本隊が動けぬのは、水野様、渡辺様の両隊が短時間で崩れたためかと存じます。
戦力を分散させることの不利を、身をもって知ったのでしょう」
宝は視線を上げ、続けた。
宝「安祥城の部隊も、我らの動きを恐れ、踏み出せずにおります。
この知立の地を離れれば、刈谷城下の本隊は壊滅を恐れ、安祥城の兵を呼び戻すはず……」
義経は、思わず笑った。
義経「――その通りだ」
義経は即座に命じる。
義経「太田道灌殿に伝えよ。
刈谷城下へ突撃を。
我が隊も続く」
やがて、太田道灌隊が刈谷城下へと雪崩れ込み、徳川軍の側面を突いた。
頼光隊、梓隊の攻勢に耐えていた徳川軍も、ここで限界を迎える。
酒井忠次隊、水野忠重隊は相次いで崩れ、戦線は瓦解した。
安祥城に布陣していた徳川軍も、刈谷城下の劣勢を悟り、
急ぎ全軍をもって刈谷城へと援軍に向かった。
しかし、それこそが頼朝軍の狙いであった。
行軍中の徳川軍は、左右から張り巡らされた挟撃の網に絡め取られ、
刈谷城へ辿り着くことすら叶わぬまま、壊滅していった。
義経は深く息を吐き、宝を見た。
義経「……宝殿。
そなたの眼が、この戦を導いておる」
宝は、はっとして頭を下げる。
宝「と、とんでもございません……!
わたくしは、ただ……」
義経は、その言葉を遮る。
義経「よい。
これからも、見たままを語れ。
わしは、それを信じる」
宝の瞳が、わずかに潤んだ。
決戦を挑んだ徳川軍であったが、
集結の遅れと焦り、そして若き参謀の慧眼によって、
その勝敗は、すでに決しつつあった。
お読みいただき、ありがとうございました。
緒戦において、源宝の見立てと、頼朝軍の名将たちの連携は、
徳川軍を大きく揺さぶる結果となりました。
次なる局面では、丹波における織田軍の戦況、
そして刈谷城の前に立ちはだかる、徳川随一の猛将・本多忠勝が描かれます。
若き迷参謀の戦いは、まだ始まったばかりです。
戦場は常に一手先で牙を剥きます。
この先も、ぜひお付き合いください。




