40-1 織田信長の断末魔
頼朝が下した「徳川討伐」の命は、軍団内に大きな波紋を呼びつつも、
着々とその準備が進められていた。
一方で、丹波の織田信長直属の部隊が、
頼朝軍に臣従した丹後の一色家に対し攻撃を開始した、
との報せが京の二条城へもたらされた。
頼朝は近江周辺の部隊を出撃させ、織田軍を丹波から追い払う事を命じた。
■一色家防衛隊
天正十五年(1587年)十月末。
以前に比べ、格段に戦力が削がれたとはいえ、
丹波の織田軍の戦力は、依然として丹後一色家のそれを凌駕していた。
一色家の主力は、砲術頭・稲富祐直が率いる鉄砲隊。
地の利を生かし、山間と街道の要所に部隊を配備し、織田の攻撃をよく凌いでいた。
祐直「これ以上は一歩たりとも先には進ませぬ!」
しかし、織田の先鋒を率いるのは明智光秀である。
無理な突撃を加えず、敵の攻撃拠点を冷静に見極めていた。
光秀「秀満、右手の斜面の中腹に鉄砲隊が潜んでおる。
やれるか」
光秀が語りかけたのは、長年その側近として支え続けてきた明智秀満であった。
秀満は、光秀の少ない言葉から意図を瞬時に理解し、軍を動かす。
秀満「お任せを!」
秀満は別動隊を率い、光秀が指し示した箇所へと向かった。
音を立てず忍び寄った別動隊は、秀満の合図とともに、
潜伏していた一色軍鉄砲隊へ一斉に槍を突き立てた。
もともと寡兵であった一色軍は、
被害を抑えるため斜面に潜伏しつつ分散配置を取っていたが、
それが明智隊の別動隊に捕捉され、裏目に出てしまう。
明智軍は、着実に一色軍の兵力を削っていった。
そこへ、織田信長本隊が合流する。
織田軍の猛攻を受け、一色軍の戦線が大きく崩れ始めた、
まさにその時であった。
攻撃を仕掛けていた織田軍の動きが、突如として止まった。
頼朝軍の主力部隊が、
織田丹波領の重要拠点・籾井城へ迫っている、
との急報が、織田軍本陣にもたらされたのである。
さらに、一色家の本城・建部山城にも、
頼朝軍の援軍が到着したとの知らせが、
稲富祐直のもとへ届いた。
祐直「頼朝軍が駆けつけてくれた!
もう安心じゃ!
者ども、再び腹の底に力を入れよ!」
一色軍の士気は一気に高まり、
崩れ始めていた戦線も、次第に持ち直し始める。
■籾井城の戦い
安土城代・源桜が率いる突撃隊、
伊賀上野城代・世良田元信が率いる突撃隊、
そして岐阜城代・里見伏が率いる狙撃隊。
総勢八万近くに及ぶ大軍勢であった。
摂津の荒木軍団の頼朝軍への寝返りにより、
領国を分断されている今の織田軍にとって、
この八万という兵数は、絶望的な数である。
織田軍は一色家への攻撃を急遽中止し、
籾井城へ向けて慌ただしく居城への退却を開始した。
頼朝軍が捕虜を殺さぬことは、
今やほぼすべての織田軍将兵が知るところである。
包囲され、守備兵が城を明け渡す前に、
何としても部隊を居城へ再集結させねばならなかった。
しかし、今回の頼朝軍出兵の目的は、
織田軍を丹波から完全に駆逐することにあった。
その織田軍の動きは、
まさに殲滅のための筋書きそのものであった。
桜「早雲様、籾井城が見えて参りました」
霞む城影を見据えながら、
馬上の源桜は、傍らの北条早雲に声をかけた。
早雲「今のまま、丹波と河内の二国を領する大名として、
大人しくしておれば、頼朝殿も
織田信長に手出しはなさらなかったであろうに……。
まこと、愚かなことじゃ」
吐き捨てるように、早雲は言った。
早雲「思えば、この時代へ来た当初、
あの織田信長という男、すべてが見事であった。
じゃが、一度勝敗が決してからは……
まるで、断末魔の苦しみの中でもがいているだけのようじゃな」
桜「はい……」
桜は静かに頷いた。
籾井城下には、急ぎ軍を退いてきた明智光秀が、
残る守備兵を率いて迎撃態勢を整えていた。
一色軍に対しては優位な兵数を誇っていた明智隊も、
万を超える頼朝軍主力の前では、
有力国人衆が単独で大大名に挑むかのような、
歴然とした戦力差があった。
桜「では、早雲様。事前の策に従い、
細切れとなった織田の部隊を、
各個に、順次殲滅いたします」
その声に、かつての少女の面影はない。
一軍を預かる将としての覚悟と、
冷徹な決意が満ちていた。
桜「此度の戦は、友軍である一色家、
そして山名家のための戦でございます。
この丹波の地より、
織田を完全に追い出します。
もともと丹波国は、
我らが友軍であった波多野家の領地。
織田の領土ではございませぬ。
もはや戦う前より勝敗は決しております。
それでもなお刃向かうというのであれば、
一切の容赦はいたしませぬ。
……信長殿の掲げた『天下布武』。
あの理念にも、かつては多くの者が惹かれましたが……
それを越えるべき時が、今、来たのです」
桜は一呼吸置き、
全軍に聞こえるよう高らかに号令した。
桜「みな様、出陣いたします!」
源桜は愛馬に力強く鞭を打ち、
冷静さを保ったまま、
燃える闘志を胸奥に秘め、
麾下の部隊へ出撃の命を下した。
此度の戦場は、山間の狭隘な道が続く地形である。
頼朝軍は、あえて前面に鉄砲隊を出さず、
桜を先鋒とする騎馬隊による突撃で敵陣をこじ開け、
これを崩す。
その後、里見伏率いる狙撃隊が、
陣形の乱れた残敵を容赦なく掃討する。
少数の敵を、確実に、完全に殲滅するための陣立てであった。
城下に布陣する明智光秀隊。
かつては鉄砲隊を巧みに操り、
頼朝軍を散々に苦しめた強敵である。
此度も狭い山間の道に鉄砲隊を配備し、
兵力差を地の利で覆そうとしていた。
しかし、その目論見を無視するかのような、
源桜の苛烈かつ断続的な騎馬突撃の前に、
急造の馬防柵は瞬く間に倒され、
山崩れのような騎馬の塊に呑み込まれた。
多くの兵が蹴散らされ、あるいは踏み潰され、
突撃を凌いで生き残った者たちも、
夜空の星が一斉に鉛玉へ変わったかのような、
里見伏隊の一斉射撃を浴びる。
明智光秀隊は、文字通り「全滅」した。
その後、二千五百あまりの織田信長本隊が、
遅れて進軍してきた。
街道筋に布陣した頼朝軍は、
山間の各所に伏せていた鉄砲隊を、
里見伏が的確に指揮し、
絶妙な間合いで一斉射撃を浴びせる。
頼朝軍は信長隊を城へ寄り付けることなく、
味方の被害をほとんど出すこともなく、
信長本隊を籾井城から敗走させた。
■一色軍本城・建部山城
丹後国・建部山城。
救援のため布陣していた赤井輝子隊は、
頼朝軍が籾井城を完全に包囲したとの報を受けた。
籾井城を押さえれば、
一色領へ侵攻する織田軍の街道は、
すべて遮断される。
報を受け、赤井輝子隊は、
丹波における織田軍のもう一つの重要拠点、
八上城へ向け進軍を開始した。
輝子「鶴姫、わが隊も織田を丹波から追い出すため、
八上城で合流するよ!
今さら弱った織田を、
北から挟撃するまでもないけどね。
目の前に現れたら、
わが隊だけでも打ち破るよ!」
鶴「はい、輝子様!」
一色家の危機は、
頼朝軍の迅速かつ圧倒的な軍事行動によって、
完全に回避されたのである。
■徳川討伐軍:義経軍副将・源宝
一方、東国の守りの拠点・那加城では、
徳川討伐の準備が着々と進められていた。
討伐軍の総大将である源義経は、
新たに自身の副将となった、
一色義道の娘にして頼朝の養女、
源宝と言葉を交わしていた。
宝は、実家である丹後国が織田に攻められているとの報に加え、
徳川討伐軍の一員として間もなく初陣を迎えるという、
言い知れぬ不安と緊張を抱えていた。
眠れぬ夜が、続いていたのである。
義経「宝殿……
そなたの父君・一色義道殿より、
良き知らせが入った……!」
義経は、努めて優しい口調で語りかけた。
義経「わが軍は援軍を送り、
義道殿を攻める織田軍を駆逐した。
さらに丹波から織田を追い払うべく、
攻撃を続けておる。
戦況は、わが軍が優勢じゃ」
宝「まことですか、義経様!」
宝の顔は、安堵と喜びにぱっと輝いた。
義経「うむ。
もはや余計な心配は無用じゃ。
初陣のことのみを考えるが良い」
宝「義経様、お心遣い誠にありがとうございます。
初陣でお役に立てるよう、
精一杯、務めさせていただきます」
義経は、宝の類まれなる砲術の技量、
数多の兵法書に通じた深い戦略理解について、
以前より話には聞いていた。
しかし、その並外れた実力とは裏腹に、
宝は常に自信なさげで、
どこかおどおどした様子を崩さない。
義経の目には、
それがひどく不思議に映っていた。
お読みいただきありがとうございました。
頼朝の養女として一色義道より差し出された、源(一色)宝、
前評判が高く、義経自ら願い出て副将として迎えておりました。
このおどおどとした態度で、自信のかけらも無さそうな源宝、
難敵徳川軍との戦いで敵味方の名将たちを唸らせる活躍をします。
この後の展開も、お付き合いくださいませ。




