39-3 家康と信長
天下静謐――
その理想を前にしても、人はそれぞれの立場から逃れることはできない。
守るべき家臣がいる。
積み重ねてきた領土がある。
過去に選び、信じてきた道がある。
正しさだけでは、世は動かぬ。
徳川家康が選んだ「譲れぬ理由」と、
その選択がもたらす新たな戦乱の始まり……。
■茶屋の決別
家康「いかに頼朝殿が正しき道を歩まれておられるとて、
今の徳川の領土を得るため、どれほど我が家臣たちの血と涙が流されてきたことか。
当主であるこのわしが、おめおめと我が領土や家臣たちを、
頼朝殿に差し出すことなど、できはせぬ。
頼朝殿の家臣たちが、頼朝殿のために、
ここまで必死となって尽くしてこられたことも、無論、理解しておる。
だからこそ、あれほどの力を持った信長公を、
京より追い払うことができたのであろう。
しかし――」
家康は一度、言葉を切った。
家康「わしの家臣たちもまた、
このような頼りなきわしごときのために、
命を懸け、ここまで支え続けてきてくれたのだ。
彼らの忠義を、
このわしが無下にすることなど、
到底、できはせぬ」
北条早雲が、重々しく口を開いた。
早雲「……重ね重ね、残念である。
徳川殿の言葉は、いちいちもっともじゃ。
だからこそ、どうにもならぬ。
だからこそ、こうしてお願いに参ったのだ。
受け入れられぬという徳川殿の言葉もまた、道理……
実に、残念じゃ」
早雲は、常には見せぬほど深く息を吸い込み、
厳粛な口調で家康に告げた。
早雲「……こちらの勝手ではあるが――
今の関東の複雑怪奇な情勢が再び乱れる前に、
駿河の地を押さえておかねばならぬ。
徳川殿が武田や北条を抑えることも、
我らには受け入れられぬ。
我らは何があろうと、
頼朝殿に『日ノ本静謐』の号令をかけていただかねばならぬのだ」
家康は、静かに頷いた。
家康「……我が軍は、頼朝軍に及ばぬやもしれぬ。
されど、侮るなかれ」
お市の方は、力なく肩を落とした。
お市「家康様……」
その声は、かき消えそうであった。
家康「我らの領土を組み込んだとして、
果たして朝廷は『日ノ本静謐』の号令を許すであろうか。
仮に許されたとしても――
伊達を見よ、毛利を見よ、島津を見よ。
何より、頼朝殿が必死に守って来られた武田を見よ。
果たして、頼朝殿は、
さらに新たな道を切り開くことができるであろうか」
家康は、茶を一口含んだ。
家康「わしは、争いの無い世を望む。
じゃが――鎌倉にて頼朝殿がなされたことこそ、
正しいと信じておる。
他に、武家が日ノ本を静謐にする道筋など、考えられぬ」
家康は、あらためてお市に向き直った。
家康「皮肉なものじゃ、お市殿。
そなたは、頼朝殿が、
過去の自分自身や信長公の歩まれた道を乗り越え、
否定し得たからこそ、心服しておる。
しかし、わしは――
過去の頼朝殿、
そして信長公が歩もうとされた道筋こそが、
唯一、日ノ本を静謐にできる道であると信じておる」
お市に、返す言葉はなかった。
早雲は静かに帰り支度を整え、座から立ち上がった。
早雲「……これ以上の話は無用じゃ。
我らは、間もなく徳川殿に対し、戦を仕掛けることになろう。
そのための備え、怠りなくなされよ。
なお、我らは武田や北条への援軍要請などは、一切行わぬ」
家康「……では、次は戦場で会おうぞ」
家康はそう言い残し、
茶屋を後にする早雲とお市の背を、静かに見送った。
■織田軍、一色家への侵攻
天正十五年(1587年)十月。
頼朝の体調は、回復の兆しを見せていた。
二条城内で家臣たちに顔を見せる機会も増えていたが、
長時間の政務をこなせるまでには至っていない。
そのような折、太田牛一が血相を変えて、
頼朝のもとへ駆け込んできた。
牛一「頼朝様!
丹波の織田軍が、
我らに従属しております丹後の一色家領へ向け、
進軍を開始したとの報せにございます!」
頼朝の表情が険しくなる。
頼朝「信長めが……この期に及んで……由々しき事態じゃ」
牛一「残念ながら、
寡兵の一色軍は、すでに苦戦を強いられているとのこと……」
頼朝「……信長め……!」
頼朝は、即座に命じた。
頼朝「直ちに、近江方面より出陣の触れを出せ!」
病み上がりとは思えぬ覇気が、
その声には宿っていた。
頼朝「一色家の居城・建部山城へは、
後瀬山を越えるのが最も早かろう。
長浜の赤井輝子殿を向かわせよ。
丹波に点在する織田軍の諸城には、
安土城の早雲殿、
音羽城の里見伏殿、
伊賀上野城の世良田元信殿――
この三部隊を、山城経由で差し向け、包囲せよ。
信長も、自らの本拠たる丹波諸城が攻撃を受ければ、
慌てて軍を一色領から引き揚げさせるであろう。
織田軍が城へ引き返したところを叩き、殲滅せよ!」
頼朝の号令が、二条城に高らかに響き渡った。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
家康は、頼朝の理想を否定したわけではありません。
むしろ、その正しさを理解した上で、
それでもなお「選べなかった」のだと思います。
家臣たちの血と忠義、
積み重ねてきた歴史と責任――
それらを背負う者にとって、
正しさよりも重いものがある。
そしてこの決別を境に、
頼朝軍は再び、戦の中へと足を踏み入れていきます。
しかし頼朝の家臣たちは、終わらせるための戦いにするため、
西に東に軍をむけることとなります。
次章からは、
また頼朝軍は軍事行動が続くこととなり、
頼朝自身の命の行く末にも、大きく関わっていくことになります。
引き続き、お付き合いいただけましたら幸いです。




