38-3 覚悟の対話
家康の条件提示に、義経は怒りを押し殺し、
早雲は老獪な笑みで静かに家康を追いつめる。
だが――
その裏には、互いに退くことのできぬ領土、武士の矜持、
そして“時代の行き場”が絡み合っていた。
家康が語りだす「徳川の真の事情」。
早雲が見抜く「家康の覚悟」。
密談はついに、本音と本音のぶつかり合う段へと進んでいく。
■家康の覚悟
早雲「いや、脅すつもりはござらぬ」
早雲は、静かに首を振った。
早雲「我が主・頼朝殿は、家康殿との真の誼を、何が何でも模索したいと心より願っておる。
いかにして武家同士の無益な争いを無くすか。
頼朝殿は、その絶望的とも思える問いかけを、この戦国の世に投げかけておるのじゃ。
であるならば、徳川殿。
ただの同盟よりも、さらに一つ深き間柄……
同じ源氏の御旗のもとに共に集い、戦ってはくれまいか。
……形は、あるいは『臣従』ということになるやもしれぬがな」
家康「むむ……」
さすがの家康も、早雲のあまりにも大胆な提案に言葉を失っていた。
これまでの温和な表情は、どこにもない。
まるで――
早雲が一枚、また一枚と、家康の心の奥底にまとわりついた鎧を剥がし続けているかのようであった。
やがて、家康は重い口を開いた。
家康「……この徳川が総力を挙げて頼朝殿に戦いを挑んだとしても、万が一にも勝ち目はあるまい。
忌まわしき大草城の築城を阻止できなかった、まさにあの時から……我らの負けは、すでに決まっておったようなもの……」
天正八年(1580年)五月、大草城を築いた頼朝軍を、徳川軍は破壊すべく襲撃した。
だが武田との連携により背後を突かれ、無念の撤退を余儀なくされた。
家康は続けた。
家康「頼朝殿と直接事を構えることは、その時から諦めておった。
そこで我らは矛先を変え、南信濃に全力で攻め入った。
……まさか頼朝殿が、美濃の織田軍を粉砕したうえで、武田への援軍にまで参るとは、夢にも思わなんだ。
そこで隙を突き、信長殿に『今こそ好機到来』と攻めかかるよう打診した……が……
まさか、あの絶望的な状況から頼朝殿が織田軍を追い払うとはな……」
実際は、頼朝不在のなか義経が獅子奮迅の働きをした、退路の無い死線であった。
それを裏から仕掛けたのが、目の前の家康である。
家康は、深くため息をついた。
家康「……もはや、我らに打つ手は無しでござるよ。
まこと、恐るべき軍団がこの日ノ本に現れたものよ。
某が震え上がっておるのは、嘘偽らざる真のこと。
しかし――」
家康の声が低く沈む。
家康「同盟も、臣従も、あるいは攻め滅ぼされるも……
そのいずれも、この徳川家にとっては、結局『滅びる』道にござる。
頼朝殿の圧倒的な軍備、城下を瞬く間に変貌させる革新的な技術、
恐るべき領国統治力に、外交と流言の手腕。
今の我らが太刀打ちできる術はない」
早雲は言葉を返さなかった。
家康の声には、もはや虚飾が一つもなかった。
家康は視線を上げる。
その奥底には、これまで誰にも見せなかった“本物の家康”がいた。
家康「どうせそうであるならば……頼朝殿に怯えながら滅びを待つより、
攻め来る日までに、領土を広げ、強くなるより他に道はない。
当主たるもの、民と家臣のため、何もせずただ滅びを待つわけには参らぬ。
また、やすやすと旗を下げれば、これまで命を懸けてきた家臣たちへの不義理にもなる」
家康は、早雲の目をまっすぐに見据えた。
家康「どうかな、早雲殿。
すでに我ら徳川には、選択肢など残されてはおらぬ。
それは貴殿がよくご存じであろう?
いずれ散るのであれば、みすみす臣従するのではなく、
三河武士の最後の意地を見せ、華々しく散る。
あの大草城が完成した、その時から……この家康、覚悟はできておる」
その言葉には、虚飾も演技もなかった。
ただ――一族を背負う男の腹の底から絞り出した覚悟があった。
早雲は、さすがにこれ以上攻めることはしなかった。
早雲「……徳川殿。本日はまことに、良きお話ができ申した。
徳川殿が、強き覚悟をお持ちの御方であると、感じ入った次第でござる。
しかし……互いの妥協点を模索するには、時が遅すぎたのかもしれぬな。
ただ、一つだけ覚えておいていただきたい。
我らが徳川殿との真の誼を望む気持ち――
その一点に、偽りはないということを」
家康は再び朗らかな、つかみどころのない表情に戻っていた。
家康「……早雲殿。
良き知恵が浮かばれた際には、いつでもまたここへ参られよ。
歓迎いたす」
早雲と義経は深々と頭を下げ、茶屋を後にした。
大草城下へ向かう道中、早雲は一言も発しなかった。
■北条早雲の決意
那加城の茶室に戻ると、義経と早雲は向かい合って座った。
早雲「義経殿、どうご覧になったかな」
義経「いやはや……早雲殿がおられねば、拙者は手も足も出ず、這うて逃げ帰るか、
あるいは、かっとなって家康殿に斬りかかり、取り返しのつかぬことを仕出かしていたやもしれませぬ」
義経は苦笑した。
義経「まことに圧倒されました。
……ですが、あの家康殿が、兄上に代わって我らの軍団を継ぐ器量を持つや否や。
兄上からのその問いに、今の拙者が答えるのは、あまりに難しゅうございます。
……早雲殿は、いかがお考えかな?」
早雲「ふむ。あっぱれな、武人の鑑よのう。
あれでなくてはならぬ」
早雲は腕を組んだ。
早雲「徳川を攻める決意がつき申した」
(あっぱれ? 攻める?)
義経はただただ困惑していた。
お読みいただきありがとうございました。
家康は “滅びを待つくらいなら、攻めて散る” と語り、
早雲はその覚悟を見て、ついに決断します。
――徳川を攻めるべし、と。
義経には理解できない老獪な判断。
しかし、この一手が後に「頼朝軍団の後継者」をめぐる、
大きな転換点となっていきます。
次回、
早雲が語る“攻める理由”。
そして義経がその答えに辿り着くとき――
運命の歯車が、またひとつ動き始めます。
この後の展開も、どうぞお付き合いください。




