37-1 『異能』たちの軍団
二条城に居を構えて数か月。
領国の管理に忙しく走り回る秀長が、頼朝のもとを訪ねてくる。
頼朝は再会の喜びを伝える間もなく、秀長は神妙な面持ちで報告を行った。
敵対する大名、朝廷、京の整備、領国の民への新たな対応を余儀なくされるなか、
人が多く集まる軍団の内部にも火種が――。
■荒木軍団後継者・荒木村次
天正十五年(1587年)三月。
頼朝軍による御所の修繕、町割りの整備、二条城の改修――
京の街は、再び槌音に包まれていた。
上洛前から常に傍らで頼朝を支えていた筆頭家老・羽柴秀長は、太田牛一を新たな参謀に推薦して以来、急速に広がった領国の管理に東奔西走していた。
その秀長が、やや険しい表情で頼朝のもとを訪れた。
頼朝「……いかがした、秀長。何か、良からぬ報せでもあるのか」
離れてわずかひと月余り。
秀長の顔を見なくなって初めて、頼朝はその存在の大きさを痛感していた。
あらたな難題を抱えているのだろうか。沈んだ眼差しは、再会を喜ぶ間を与えなかった。
秀長「はっ、頼朝様。実は――」
声を潜めた秀長の報告に、頼朝の表情が引き締まる。
秀長「当家に臣従された摂津の荒木村重殿、病にて急逝されたとの報せが……」
頼朝「……まことか」
荒木村重は摂津一帯を支配していた織田家の有力な軍団長であったが、頼朝軍の説得に応じて味方となったばかりであった。
その帰順は、上洛戦の流れを決定づけた。
戦略的要衝・摂津を掌握したことは、織田領を丹波と河内に分断し、戦略的にも極めて重要な意味を持っていた。
頼朝「……荒木殿あってこそ、上洛を果たせたと申しても過言ではない。
今も荒木軍団が織田を分断し、西からの脅威の盾となってくれているおかげで、京の復興に専心できておる。
して、荒木軍団はどうなっておる」
秀長「はっ。荒木村重殿亡き後は、その甥・荒木村次殿が跡を継ぎ、軍団を率いておりまする。ですが……」
言葉を濁す秀長。頼朝の眉がわずかに動いた。
秀長「実は、その荒木軍団の有力な家臣筋から、早速に密告がございまして……」
頼朝「秀長がそのような顔をする時は――良き話であった試しがない」
秀長「おそれ入りまする……」
秀長はおそるおそる密告状を開いた。
秀長「村次殿は自らを“無能”と嘆き、
『異能たちの揃う頼朝軍団はいずれ無能な自分を追放する』と口にしているようでございます。
酒に溺れ、家臣たちに悪言を吐き、無体なる手打ちまでしてしまうこともあるとか……。
ただ、荒木軍団は帰順したばかり。下手に介入すれば、かえって家中を乱しかねませぬ。
この件、慎重に扱う必要があろうかと」
頼朝「……難しいのう」
頼朝は、視線を茶室の外へと移し、軽く息を吐いた
『火の無きところに煙は立たぬ』とは言うが、
佞臣の讒言によって忠臣が命を落とすのも、この世の常である。
頼朝「村次という男がどのような者か、見極めねばならぬ」
これまでの秀長の話を厳しい眼差しで聞いていた頼朝だったが、ふと苦笑いを浮かべた。
頼朝「だが、わが軍団の家臣たちを『異能』と呼んでおったとすれば、その通りよ。
わし自身も、己の凡庸さを思い知らされる」
秀長はさらに困惑した。
秀長「この期に及んで何を申されるのですか、頼朝様。
皆、頼朝様のご人徳とその志に、命を捧げる覚悟で働いておりまする!」
頼朝「相変わらず真面目な男よ、そなたは。
じゃが、だからこそ信を置ける。
秀長よ、今しばらく荒木軍団の様子を探ってくれぬか」
秀長「はっ、仰せの通りに!」
頼朝の厳しさの奥に、信頼の情を感じ取った秀長は、深く頷いた。
鎌倉にいた頃であれば、真偽を確かめることすらせず、ただちに誅殺していたであろう。
軍団が大きくなるにつれ、このような問題は増えていく。
(……かつての己へと戻ることだけは、二度と……)
頼朝は深く息をついた。
■飯坂猫、前田利家
頼朝は我に返り、あらためて秀長に尋ねた。
頼朝「して、他の軍団の様子はどうじゃ。伊勢、越前は」
秀長「はっ!」
わずかに表情が和らぎ、秀長は報告を続けた。
秀長「猫殿にお任せした伊勢、さすがでございます。
予想通り、驚くべき速さで復興と発展が進んでおります。
兵糧の備蓄、街の再興、民の信頼――すべてが整いつつございます。。
いざという時、伊勢だけで長期戦を支えられるほどに」
頼朝は、あの掴みどころのない明るい娘――城や街を驚異的な速さで整え、突然伊勢長島の悲劇と民への思いを語り出すーー飯坂猫を思い出していた。
戦場には出ずとも、まさに“異能”の才を持つ女。
秀長「また、越前の前田利家殿も見事にございます。
領国の経営に加え、兵の再編、軍備の増強、家臣・領民の掌握、そのすべてが秩序立っておりましょう」
頼朝「任せられる御仁に恵まれておる……。幸いなことじゃ」
満足げに頷く頼朝。
だが飯坂猫にしても前田利家にしても、秀長への要望や相談は絶えなかったに違いない。
秀長がやつれて見えるのは、荒木村次の件の苦労だけではなさそうであった。
頼朝「そなたには、広がりゆく軍団と領国の管理、そのすべてを任せてしまっておる。苦労が絶えぬと思うが……引き続き頼りにしておるぞ」
秀長「はっ! どうぞお任せください!」
■有力な公家:吉田兼見
天正十五年(1587年)五月。
二条城の大規模な修繕工事は着々と進んでいた。
かつて足利将軍家、あるいは織田信長の権威の象徴であったこの城は、頼朝軍の手でさらに巨大かつ堅牢な城郭へと生まれ変わろうとしていた。
広がった敷地には新たな堀が穿たれ、巨大な出城がいくつも築かれ、三の丸の建設も始まっていた。
その威容は、すでに京のどこからでも目にすることができた。
城下の復興もまた目覚ましく進んでいた。
戦乱で荒れ果てていた街は、わずか数ヶ月で活気を取り戻し、多くの民と商人が京へ戻り始めていた。
御所の修繕も進み、傷んだ塀や屋根を直すのみならず、内裏そのものの造営、帝の新たな御常御殿の建設にも着手していた。
また、困窮する多くの公家たちの屋敷も、家格の高い者から順に援助を受けて修繕が進められていた。
二条城の改築と並び、頼朝軍内部で掲げられた“雷と雨”――脅しと恵み――の方針が、まさに形をとって現れ始めていた。
そんな折、朝廷との交渉役・大村由己が、一人の公家を伴って現れた。
参内三十余年の老臣にして、兼見卿記を記した人――吉田兼見。
太田牛一や大村由己と協議を重ねる中、複雑な朝廷事情を知る人物として、吉田兼見が最適と判断されたのだ。
当代きっての知識人でありながら、政治にも深く関与し、朝廷内で隠然たる影響力を持つ男――吉田兼見。
二条城内に設けられた、豪華すぎずとも力強く上品な「評定の間」。
その一室で、頼朝と太田牛一、大村由己、出雲阿国が、吉田兼見を出迎えた。
腰に刀を帯びぬままでも、幾多の戦場を渡り抜けた老将のような威風を、頼朝は感じていた。
その眼差しは敵意でも友好でもない。
しかし扇を扱う指先には、宮中で“言葉の刃”を振るってきた者ならではのしなやかさがあった。
出雲阿国がそっと湯を注ぐ音だけが、静寂の中に響いていた。
お読みいただきありがとうございました。
いよいよ頼朝が天下を治めるために動き出しましたが、
有能な家臣たちも必死の働きを見せて、みなが模索しています。
次回――言葉が剣となる評定の間で、
頼朝は再び己の信念と向き合うこととなります。
この後の展開も、どうぞお付き合いくださいませ。




