36-1 京都に落ちる雷鳴
安土を出立した頼朝軍は、京へと進軍する。
轟音と共に鳴り響く鉄砲の祝砲――“雷雨策”の幕開け。
頼朝は民の恐怖と朝廷の驚愕を見つめながら、己の使命を問う。
◼️頼朝軍、盛大なる上洛
天正十五年(一五八七年)一月。
京の居城・二条城を目指し、源頼朝一行は安土城を出立した。
北条早雲率いる安土城の主力、赤井輝子率いる長浜城の精鋭。
二つの城から選び抜かれた兵が合流し、総勢――騎馬二万、鉄砲二万。
そのうち、洛中へ入るのは鉄砲一万五千。
雪の名残を踏みしめ、白き息を吐きながら、列は延々と続く。
戦国の世にも前例を見ぬ規模であった。
鉄砲二万――それは、当時どの大名家をも凌ぐ数。
だが頼朝軍にとっては、全軍のほんの一部に過ぎぬ。
もはや“未来の軍”と称しても差し支えないほど、経済も技術も他国を圧倒していた。
その威容は、ただ上洛の行進ではなかった。
それ自体が、天下への宣言であった。
京の都には、すでに太田牛一の指揮のもと、約五千の歩兵が先行して布陣していた。
南の羅城門から北の二条城へ――朱雀大路の両側には彼らが寸分の乱れもなく整列し、頼朝の進む道を示す。
まるで京そのものが頼朝軍を迎え入れるために息を潜めているようであった。
先頭を行くは、安土城代・源桜。
その背に、頼朝の近衛隊、長大な鉄砲隊が続く。
武具の金具が陽光を反射し、列は一条の光の蛇のように都へと滑り込んでいく。
やがて頼朝軍が八条あたりに差し掛かると、進軍が止まった。
沈黙の一瞬――。
次の瞬間、空気を裂く法螺貝の音。
大地を揺るがす陣太鼓。
そして、万を超える鉄砲が天に向かって一斉に火を放った。
轟音が、雲を突き破り、比叡の峰にこだました。
硝煙は空を覆い、雷鳴のような音が京の都を包み込む。
母は子を抱きしめ、僧は耳を塞ぎ、御所の公家たちは青ざめて空を仰いだ。
――まるで、天が怒り狂っているかのようであった。
頼朝は馬上でその光景を見つめながら、眉をわずかにひそめた。
(……これが、わしの軍か)
その胸中にはわずかな苦味があった。
静かなる古都を震撼させるこの轟音。
果たして、これが天下静謐への道なのか――。
だが、すでに引き返すことはできない。
それはこの時代に生を受けた己への試練でもあった。
頼朝の脳裏に、安土を出立する前、北条早雲が笑いながら語った言葉がよみがえる。
早雲『――頼朝殿。京都の街中で鉄砲を放てば、公家どもは“無礼者”“野蛮な田舎武者”と罵るでしょうな』
早雲『それで良いのです。彼らに我らの力を、恐怖として刻ませねばなりませぬ。
あれほどの轟音を耳にすれば、もはや軽んじることなどできまい』
早雲『恐怖を刻み、次に金で抱きしめるのです。
御所の修繕、街の整備、そして献金――。
“脅しの雷”と“恵みの雨”を交互に与えれば、いずれ朝廷は頼朝殿を離れられぬ』
早雲『……つまり、“雷雨策”でござるな。がはははは!』
頼朝は苦笑を漏らした。
雷と雨。――脅威と慈悲。
まさに早雲らしい、狡猾にして的確な策。
(だが……この轟音を耳にした民は、恐怖の中で何を思うのだろうか)
目に映る京の街は美しくも、どこか怯えたように沈黙していた。
頼朝は手綱を握りしめ、ただその空を見上げた。
(……朝廷は、我らの行いをどう見ておることやら)
◼️二条城入城
“雷鳴の儀式”が終わると、頼朝率いる一行は二条城へと入った。
大改修の最中とはいえ、その規模と威容はかつての比ではない。
仮の天守ですら、都を見下ろすようにそびえていた。
城門前では、太田牛一、お市、大村由己らが整然と並び、深々と頭を下げる。
新たに造られた広間へと案内されると、京の名工による襖絵が陽光に輝き、静かな威厳を放っていた。
頼朝は一歩踏み入れただけで、その場を満たす緊張と誇りを感じ取った。
先に京へ入っていた家臣たちの努力が、そこかしこに刻まれていた。
牛一はじめ、家臣一同が一斉に頼朝に頭を下げる。
牛一「ようこそおいでくださいました、頼朝様。長旅、さぞお疲れのことと存じまする」
頼朝「太田殿、皆の者、まことにご苦労であった。見事な働きよ」
牛一「御覧の通り、まだ改修中ではございますが、ご不便なきよう手配しております。どうぞご安心を」
頼朝「うむ。この短期間でこれほどとは、見事の一言に尽きる。
……軍の資金も人手も、民の暮らしのためではなく、いまは“見栄え”のために費やしておるようじゃな」
頼朝は苦笑しつつも、静かに言葉を続けた。
頼朝「だが、もしそれが惣無事令への一歩であるならば、よしとしよう。
引き続き、よしなに頼む」
牛一「ははっ。――なお、本日の派手な“雷鳴の祝砲”、何とぞお許しを。
頼朝様のご不興を買わぬかと、皆、気を揉んでおりました」
頼朝「……案ずるな、皆の判断を信じておる。民を驚かせたことは確かだが、それもまた、時代を動かす音かもしれぬ」
その言葉に、広間の空気がふっと和らいだ。
頼朝は周囲を見渡し、静かに息を吐いた。
ここに集う家臣たちは、皆、頼朝自身の迷いなどとうに超えている――そう思えた。
お読みいただきありがとうございました。
“雷鳴の行軍”は、天下静謐の序章であり、頼朝の内なる葛藤の始まりでもあります。
次回、太田牛一より語られる朝廷の思惑と、頼朝の新たな決意。
どうぞお楽しみに。




