表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
136/167

35-4 安土の宴

大垣城攻略、近江攻略――常に織田軍に先手を打たれ、苦戦を強いられてきた頼朝軍。

頼朝は安土の天守に登り、自らがいかに難しい戦いを挑んでいたかを思い知る。

同時に、桜の成長ぶりにも目を細める頼朝であった。

■安土城の恐ろしさと桜の輝き


頼朝は天守の最上階に立ち、北風を受けていた。


伊吹の白き稜線の向こうに、美濃の地が霞んで見える。

あの山の頂にもし狼煙が上がれば――安土のこの地からでも、美濃・尾張の様子は一目で見て取れる。


背を向ければ、湖の彼方に比叡の山並み。その向こうには、帝の御座す都がある。


東西の戦も、南北の政も、すべてこの一城の掌の内にある。


頼朝は、信長という男の恐ろしさをあらためて理解した。

思わずその口から、感嘆の言葉が漏れ出た。


頼朝「この城は、天下を“見下ろす”ためではなく、天下を“制御する”ために築かれたのだな……」


東からの頼朝軍の進軍も、手に取るように分かったであろう。

近江へ出兵する前に、この天守からの眺めを知っていたなら、躊躇したかもしれない。


頼朝「我らが大垣城や長浜城を攻略する際、織田軍に先手を打たれたのは、この城があったからこそであったか。


この近江へ攻めかかったのは……今にして思えば、“知らぬが仏”であったからこそ決断できた、というわけか」


桜「そうなのです、父上」


桜も、頷いた。


桜「あれほどまでに、われらが近江攻略において苦戦を強いられたのも、

そして落城の後、戦力を枯渇させていたはずの信長が、それでもなおこの城を奪い返しに、ほぼ全軍で押し寄せてきたのも――。


この天守に登り、この景色を目にして、わたくしにもその理由がよく分かりました。


それに、父上。この城の複雑かつ堅牢な縄張り、その築城技術もまた相当なものでございます。


父上や早雲様も絶賛しておられた岐阜城も、まことに立派な城ではございましたが……この安土城は別格にございます」


頼朝「……これは、まことに恐れ入った」


頼朝は改めて、安土城の巨大さ、そしてそれを築き上げた織田信長という男の底知れぬ器量、

さらに安土という要衝がもつ戦略的意義に、感嘆せざるを得なかった。


頼朝「この安土城を攻略できたかどうかは、京へ上れるかどうかの大きな試金石であったのだな……。


我が軍団が誇る精鋭部隊が束になってかかりながらも、多大な犠牲を払い、何とかこの近江を落とし、守りきれたこと……。

まことに幸運であった、と言うべきなのかもしれぬな」


桜「父上」


桜は、力強く言った。


桜「この天下無双の安土城を我が軍が手に入れたことにより、京より東の街道・交通網、そして情報網の整備を進め、

交通も情報も我らの管理下に置くことができましょう。


そうなれば、軍事・経済・情報、あらゆる面から見て、我が軍団にとって計り知れぬ力となるはずです。

東西を結ぶ要衝を押さえれば、忍びの潜入も大幅に封じられましょう」


挿絵(By みてみん)


頼朝は、安土城の眼下に広がる世界に驚嘆しながらも、

戦略的な思考を淀みなく語る娘・桜の成長ぶりに、目を細めていた。


その様子を見ていた北条早雲が、満足げに口を開いた。


早雲「がははは! 頼朝殿、いかがかな!

最近の桜殿は、もはやわしが余計な口を挟むまでもなく、この安土城の立派な城代として、ようものが見えておりまするぞ!」


頼朝「……すべては、早雲殿のご指導のお陰じゃ。まことに感謝申し上げる。

我が軍に、この安土城と早雲殿がおられる限り、安泰じゃな」


そう言いながら、頼朝は桜の肩を軽く叩いた。

桜の成長は、頼朝にとって何よりの安心であり、喜びであった。



■安土城での宴席


その夜、安土城の本丸御殿。

頼朝一行の到着を歓迎し、北条早雲をはじめ安土の家臣団が用意した盛大な宴が催された。


宴席では、諸将の強い希望もあり、出雲阿国が皆の前で舞を披露する。

その優美でありながらどこか神秘的な舞は、見る者の心を不思議と惹きつけてやまない独特の踊りであった。


宴に参加した面々は、日頃の戦や政務の疲れを忘れ、一様に歓声を上げながら出雲阿国の舞を心ゆくまで楽しんでいた。


挿絵(By みてみん)


(平和の祈りを、神に奏上するための踊り……か)


頼朝は、阿国との語らいを思い出していた。


(これほどまでに人々の心に響く踊りであるからこそ、天上の神々にも祈りが届くのかもしれぬ……)


まさにその時。

それまで満足げに舞を眺めていた北条早雲が、突如として叫んだ。


早雲「そこじゃ!」


鋭い一声に、一座の者たちは皆、はっと息を呑んだ。

直ちに舞を中断した出雲阿国が、北条早雲の前へと進み出て、恭しく頭を下げた。


阿国「……申し訳ございませぬ、早雲様」


阿国は恥じ入るように言った。


阿国「実は、ふと……義経様とこの安土城を攻略した際、

この天守にてこの舞を義経様に披露しようとお約束していたことを思い出してしまいまして。


その瞬間、舞に込めるべき“気”が一瞬乱れてしまいました。

踊り手として、まことにあるまじきこと。


その心の隙を、早雲様に見抜かれてしまったようでございます」


早雲「いやいや、阿国殿! こちらこそ申し訳ない!」


早雲は慌てて手を振った。


早雲「あまりにも貴殿の舞が素晴らしかったゆえ、つい時を忘れ、見入ってしもうたわい!

完璧なる舞は、一点の隙もなき武芸にも通ずるもの。


じゃが、ほんの一瞬だけ、わずかな“揺らぎ”が見えたゆえ……思わず騒いでしもうた!

わしの不徳じゃ、まことに申し訳ない!」


一瞬凍りついたかに見えた宴の席も、互いに芸道を極めた者同士による、常人には計り知れぬ高次のやり取りを耳にし、

場は再び活気を取り戻した。


やがて酒に酔い、興が乗じて、阿国と共に見よう見まねで踊り出す者たちが次々と現れた。


(……)


那加城での義経との別れの夜も、そして今宵の安土城の夜も――

自らを無防備にして、心の底から素直に楽しむことができる、温かい夜。


頼朝は、このかけがえのないひとときを、静かに堪能していた。


ふと周りに目を向けると、側室となった若く美しい北条都に甲斐甲斐しく酌をされ、

完全に鼻の下を伸ばしている秀長の姿が目に入った。


挿絵(By みてみん)


(ふふ……。あの秀長が、あのような顔をするとはな……)


秀長がこれまで背負ってきた幾多の苦労を思うと、彼の心からの笑顔を目にできるのは喜ばしいことだった。


しかし同時に、その父の姿をどこか複雑な表情でじっと見つめる、我が妻・篠の姿にも気づいていた。


頼朝「……篠。酒を注いではくれまいか」


頼朝がそっと声をかけると、篠ははっとしたように顔を上げ、頼朝の傍らへと寄ってきた。


篠「はい、頼朝様」


篠が、頼朝の盃に酒を注ぐ。


頼朝「あの父御の姿……やはり、気分の良いものではないかの」


頼朝が静かに尋ねる。


篠「……いいえ。……ただ……」


篠は少し俯いた。


篠「正直申し上げまして、複雑な思いでございます。

あれほどまでに母には優しくも厳格であった父が、母以外の女性にあのような腑抜けたお顔をされておられるのは……。


ですが――」


篠は顔を上げた。


篠「ですが、日頃の父の身を粉にしての働きぶり、そしてその苦労も、誰よりも近くで見ておりますゆえ……。

頭では良きことなのだと、そう思うようには努めております」


挿絵(By みてみん)


頼朝「……そうか」


頼朝は優しく頷いた。


頼朝「わしも、あのような秀長を見るのは初めてじゃ。

だが今宵は、わしにとっても特別に楽しく、心安らぐ夜じゃ。


秀長にも、しばしその重荷を下ろしてもらい、楽しく過ごしてくれていたら何よりじゃと思う」


頼朝は、篠の肩にそっと手を置いた。


頼朝「……そなたの父上を、許してやってはくれまいか」


篠「……はい、頼朝様。……わたくしも、精一杯努力いたしまする」


篠は肩に置かれた頼朝の手に自らの手をそっと添え、小さく、しかしはっきりと頷いた。



お読みいただきありがとうございました。

安土城の戦略的価値をあらためて理解した頼朝は、そのまま上洛の途へ。

次回、いよいよ頼朝が京に入ります。


気乗りしないまま、家臣たちが考案した二条城への進軍計画に従う頼朝。

天下静謐のための新たな戦い――引き続きお付き合いいただければ幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ