35-3 家族と家臣と……
頼朝一行は那加城を後にし、京へ向かう。
過剰とも映る家臣たちの護衛隊に囲まれながら、常に頼朝の傍に付き添うのは愛娘・源桜。
京都で待ち受けるであろう厳しい戦いの前に、頼朝は桜との何気ないひとときを噛み締めていた。
■都に向けた行軍
頼朝一行が京へ向かう道中、各城代は大袈裟なまでの部隊を出撃させ、頼朝の護衛についた。
岐阜城までは娘の里が、岐阜城から大垣城まではトモミクが、大垣城から安土城までは源頼光とその妻・本願寺悠が――まるで戦に出撃するかのような規模の、武装した部隊を率いて頼朝一行を護衛する。
さらに、大垣城から安土城までの道中には、長浜城代・赤井輝子も手勢を率いて合流した。
頼朝「……桜よ。我が領内を進軍するのに、これほどまでに大袈裟な部隊など必要はなかろうに」
頼朝は苦笑しながら、隣を進む娘に言った。
桜「いいえ、父上」
桜は、きっぱりと答えた。
桜「秀長様も、そのように皆へお伝えしたそうなのですが、誰も聞く耳を持たなかったそうでございます。
これもひとえに、父上のご人徳のなせる業かと」
桜は、悪戯っぽく笑った。
桜「しかし父上。我らが支配する領内とはいえ、まだ治めて日は浅うございます。
それに旧織田家の家臣たちの中には、一旦は降ったものの、離反している者も少なからずおります。
これだけ錚々(そうそう)たる将たちが守備を固めておれば、いかなる者であっても父上に手出しなどできませぬ」
頼朝「わしに人徳、とはのう」
頼朝は、自嘲気味に言った。
頼朝「そなたも、過去の父をよく知っておろう。どうにも心地の悪き言葉よ……」
桜「わたくしは、そのようには思いませぬが」
桜は、父の顔をじっと見つめた。
桜「この時代へお越しになられてから為されてきたこと、そしてこれから成し遂げられようとしておられること――
過去の罪など、もはや何ほどのこともございません!」
頼朝「……知ったようなことを、抜かすようになったではないか、桜!」
頼朝は、娘をたしなめるように言ったが、その口元には、隠しきれない笑みが浮かんでいた。
■安土城入城
早雲「ようこそ安土に、頼朝殿!」
頼朝一行が安土城へ到着すると、満面の笑みで北条早雲が出迎えた。
早雲「山城はもう目と鼻の先でござる!
この安土城にて、長旅の疲れをしばし癒されよ」
秀長が、早雲に向かって口を開いた。
秀長「早雲殿。我ら家臣は二条城に急がねばなりませぬゆえ、どうぞお構いなく……」
早雲「相変わらず無粋なことを申すな、秀長!」
早雲は、秀長を叱りつけた。
早雲「よいか! この安土城にて、わしの注ぐ酒を飲まぬ者は、たとえ誰であろうと我が騎馬隊が一兵たりとも通さぬ!
がははは!」
秀長「そ、早雲殿……」
秀長は困り果てた表情を浮かべた。
頼朝「秀長よ。この後、京での務めは大変であろう。せめて今宵くらいは、ゆっくり休むが良い」
頼朝が助け舟を出す。
早雲の横に控える者の中に、秀長の側室・北条都がにこやかに立っていた。
北条都は優れた内政手腕を買われ、軍団の最優先事項のひとつであった安土城下の整備のため、安土に配属されていた。
都「秀長様、お待ち申し上げておりました」
秀長は、美しい側室・北条都と目が合うと、何も言えなくなってしまったようであった。
頼朝「早雲殿、久しぶりじゃな」
頼朝は、改めて早雲に近づいた。
早雲「お身体の方は、大丈夫でござるか」
頼朝「ただの知恵熱のようなものであろう」
早雲「くれぐれも大事になされよ。この老体よりも先に逝くようなことがあれば、この早雲、決して許しませぬぞ」
頼朝「はっはっは! ご健勝な早雲殿より長生きできる自信などござらぬ。
しかし、今はもう大丈夫じゃ。ご心配をおかけした」
早雲「頼朝殿……」
早雲の声の調子が、少しだけ真剣なものに変わった。
早雲「先代の頼朝殿の件は……お聞き及びになられたと伺った。
どうか皆のためにも、くれぐれもご自愛くだされ」
そこに、出雲阿国がそっと割って入ってきた。
阿国「まあ、早雲様ったら」
阿国は、早雲をたしなめるように、しかし優雅な微笑みを絶やさずに言った。
阿国「到着早々、早雲様にそのように凄まれましては、治る病も治らなくなってしまいまする。どうぞ程々に」
早雲「なんと! それほどまでに頼朝殿に凄んでおったか! いやはや、これは失礼仕った! がははは!」
早雲は、悪びれる様子もなく、豪快に笑った。
一行が安土城内に案内され、源桜が頼朝に話しかけた。
桜「父上、まずは道中のお疲れを癒していただき、よろしければ安土城の天守までいらしてくださいませ。
かの織田信長が、なぜこの地にこれほどまでの城を築き上げたのか。
なぜ戦力の消耗を覚悟しながらも、近江を取り返そうとしたのか。
父上にもお分かりいただけると存じます」
頼朝「そうか、桜。では、後ほど城内の案内を頼む」
桜「はい!」
■安土城・天守
すでに日は落ち、冬の夕暮れが迫っていた。
だが、安土城の天守閣から望む景色は、それを補って余りあるほど壮大で、美しく、見る者すべてを圧倒した。
この城が近江国、ひいては天下を制するうえで極めて重要な戦略的要衝であることは、頼朝も理解していたつもりであった。
だが、実際にこうして天守から眼下に広がる景色を目の当たりにすると、この城がいかに軍事上、そして政治上の重きを担っていたかを、身をもって実感することとなった。
高く、天を突くように築かれた五層七階の壮麗な天守。
そこからは、西は遥か大津の先の山城国境まで、北東は琵琶湖の対岸、近江一円、さらにはその先の美濃国の入り口までも――文字通り一望の下に見渡すことができた。
お読みいただきありがとうございました。
上洛する前に立ち寄った安土城で、頼朝はこの巨大な城の存在が意味するところを肌で知ることとなります。
次回、安土で北条早雲はじめ側近たちの宴が開かれます。
新たな戦いの前に、家臣たちが等身大で楽しむひととき――どうぞお楽しみに!




