3-2 外交と亀裂 ー家臣たちの心の内ー
評定の間に走る一言――北条早雲の怒声が、軍団に深い亀裂をもたらす。
武田と上杉、そして北条。それぞれの大義と矜持が交錯するなか、秀長が示す意外な一手とは?
対立の中にこそ、外交の光はあるのか。
今回は「感情」と「理」の狭間で揺れる、重臣たちの覚悟の物語です。
<北条早雲の怒り>
北条早雲の一言で、沈黙が場に走る。さすがの秀長も口ごもった。
かつて伊豆で堀越公方を討ち、下剋上の魁となった男――北条早雲。
この軍団の目的とされる、源氏の血筋を保つ、武田家を守る、ということは当然、北条早雲も理解しており、時を越えて合流してくれていたはずである。しかし、当然のこととして、武田勝頼の裏切り、上杉景勝による上杉家居城・春日山城占拠など、忸怩たる思いで見守っていた事であろう。
場の緊張を切り裂くように、トモミクが口を開いた。
トモミク「早雲様、ご心配には及びません」
その声はいつも通り平板であったが、どこか柔らかさも滲んでいた。
トモミク「北条家は大丈夫です。
武田家は上杉と結んだとはいえ、南の徳川への備えに手いっぱい。
景勝殿も内乱と織田、さらには一向宗勢力への対応で手いっぱい。
佐竹家にしても、北条を圧倒する力は持ち得ません。
どうかご安心を」
早雲「……机上の空論など、わしとて百も承知!されど――問題は景虎じゃ!」
トモミク「――万が一の折は、私が景虎様をお連れします」
淡々と、しかし確固たる口調でそう言い切った。
早雲「……この軍団が武田家を優先するのは分かる。だが、上杉にまで与するとは……。裏切ったのは武田側ではないか?景虎を陥れたのは景勝ではないのか!」
早雲の叫びに、義経の妻で、武田勝頼の娘でもある武田梓が顔を曇らせる。
梓「お、お許しを……早雲様! 父にも何か深い考えがあって……!」
とっさに弁護しようとするが、到底早雲の怒りを収めるには至らない。
義経も深く頭を下げる。
義経「早雲殿、お願い申し上げる……」
早雲「分かっておる……分かっておるが……!」
声が震え、老練の武人でさえ抑えきれぬ無力感が滲む。場の空気は重く沈んだ。
(軍団は武田の存続が最優先。北条の安泰や景虎の命までは保証できないーー)
頼朝は早雲の苦しみを察しながらも、言葉が見つからない。
<上杉外交担当>
しかし、棟梁として今できる最善のことは、秀長の発言を認め、その上で軍団全体の方針を固めるしかない、頼朝はそのように判断した。
頼朝「……秀長、話を続けよ」
頼朝の低い声が場を収める。
秀長「は、はっ……」
秀長は早雲から目をそらし、再び一座に向き直った。
秀長「よって、この機を逃さず上杉景勝殿に正式な同盟を打診したく存じます。肝要の使者は、もっとも適任の方にお願いしたい。それは――」
そう言うと秀長は、ゆっくり北条早雲を振り返る。
秀長「早雲殿、どうか貴殿に上杉との交渉役をお引き受けいただきたいのです」
早雲「……貴様、何を言うか、秀長!」
早雲は驚きとあきれが入り混じった表情を見せるが、秀長は必死で食い下がる。
秀長「どうかお願い申し上げます、早雲殿!この任、他にできる者はおりませぬ!」
頼朝も驚いたが、すぐに制した。
頼朝「秀長、そなたの提案、実に見事だ。
大草城の商業化、上杉との同盟は急務。
だが……使者の人選は一旦、このわしに預けよ。早雲殿と話したいこともある」
秀長「は、ははっ。御意にございます……」
頼朝は軍配を伏せ、静かに立ち上がった。評定はここで終わりだ。
評定は、織田との連戦からの疲弊による重苦しい空気から始まった。最後は重臣間の対立により、家臣団は誰一人として口を開かず、評定の間から退出していった。
<深淵なる参謀、秀長>
評定が散会し、頼朝は秀長とトモミクだけを残した。
頼朝「秀長、そなたの事じゃ、何か考えがあっての事であろう。率直なところを聞かせてもらえぬか」
秀長はあらためて頭を下げ、神妙に口を開いた。
秀長「先ほどもお話したように、上杉家は武田との甲越同盟があるとはいえ、我々が織田を押さえ込んでいるからこそ、上杉も武田も余力を残せているのです。
我々との連携は先方から欲しております。交渉はこちらが有利。
ゆえに北条早雲殿を使者にして、景虎殿の安全や北条家の将来についても、交渉の条件として提示することはできるでしょう。また早雲殿の老獪な交渉力は、我が軍団においても代わりになるものはおりませぬ」
頼朝は秀長の話を聞いて、つい自らの膝を打った。
頼朝「……なるほど、恐れ入った」
(我が軍団の至宝というべき男だ……)
頼朝「では、わしが直接、早雲殿と話をするとしよう。血こそ繋がってはいないが、“北条”という名には苦い因縁があってな……」
頼朝はちらりとトモミクを見る。相変わらずすべてを見透かしたように微笑んでいる。
(早雲殿をどう説得して、どう軍団に加えたのか……彼女は他の者がいる前では話さないであろう)
秀長「頼朝様、何卒よろしくお願いします。北条早雲殿にしか成し得ぬ交渉ですから……」
秀長は深く頭を下げた。
頼朝は評定の間を出た。
いずれにしても、北条早雲とは一度話をしてみたかった。
頼朝がこの時代に来てから初めて見かけた、我が娘とされている源桜も、北条早雲が父親代わりとして育ててくれていたとも聞いた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました!
北条早雲の怒りと苦悩、そして秀長の冷静な戦略――それぞれの立場から見える、異なる「正義」の輪郭が浮かび上がる章となりました。
次話では、頼朝と早雲の“個別対話”が実現します。父としての過去、名門の因縁、そして未来を託す覚悟とは。
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