3-1 守るための力
【今回の見どころ】
・秀長の戦後戦略――「守るための力」とは?
・商都・大草城の未来構想
・上杉家との同盟交渉案、その裏にある北条早雲の葛藤
小牧山の激戦に勝利した頼朝軍。その代償は大きく、秀長は“次なる戦い”に備え、内政・外交・朝廷との連携を提言する。
だが、上杉同盟の陰で静かに怒る者がいた――北条早雲。軍議の空気は、やがて一陣の風にかき乱されてゆく。
小牧山の激戦に辛くも勝利し、大草城の築城を果たした頼朝軍。しかしその代償は大きく、軍議の席には、いまだ戦の煙が漂っていた。
――信長が、この屈辱を放置するはずがない。
必ず兵を増強し、再び襲い来る。
その重い沈黙を破ったのは、羽柴秀長であった。
秀長「皆様の奮戦により、なんとか織田軍を退け、大草の石垣をつみおえました」
秀長は居並ぶ諸将を見渡し、さらに口を開いた。
秀長「今後の戦いは、より厳しいものとなりましょう。それに備え――
一、国力の充実。
一、諸大名との外交による包囲網の形成。
一、朝廷との関係強化による後ろ盾の確保。
この三点が、我らの急務にございます」
頼朝は内心で考える。
(我らのような素性も定かでない軍勢に、果たして力を貸してくれる大名がいるのか?朝廷とて、まともに取り合ってくれるのであろうか……)
それでも、頼朝は秀長の構想に耳を傾けた。
<国力の充実>
秀長「最優先は、国力の充実でございます。
その鍵となるのが、大草城の商業都市化。
大草城には、飯坂猫殿を中心とした内政担当の者たちに、城下町の開発、軍団財政立て直しをお願い申し上げる。
現状、財政を圧迫しているのは兵農分離と刀狩り政策。しかし、これらの政策を撤回すれば、農民に武器が戻り、農繁期の兵力は激減。収穫も落ち、軍の力も衰えます。
ゆえに、兵農分離を堅持しつつ経済を支えるには、大草の商業収入の増加を何としても成し遂げねばなりませぬ。」
秀長は大草城下発展のための策を示した。
秀長「具体的には、
一、城下町の急速な整備。
交易所の拡張に加え、能楽堂などの娯楽施設を設け、町人の流入と税収を促します。
一、人の流入を増やす。
忍びを使い、“あそこでは商いがしやすい”“珍しい品が手に入る”などの風聞を広めます。
一、商業拠点の優先。
大草城は商業拠点に特化するため、常駐兵は数百名が限界。いざ有事には周辺からの援軍を前提とします。
兵糧は――領内の新田開発が進む限り枯れませぬ。当面は農業よりも商業発展を優先すべきと考えます。
以上、これが私からの提案でございます」
秀長の明快な論旨に、一座からの異論は出なかった。
しかし頼朝は、理解の及ばない事が多かった。
――“遠征はしない”――そう言外に聞こえる。守りに徹するだけが、この軍団の使命なのか……?
ふと、出雲阿国の言葉が脳裏をよぎる。
阿国『…あくまで守るための力――、滅ぼすためではない……』
(だが今は、その問いを口に出すべき時ではない)
頼朝は軍団長としての役割を果たすべく、口を開いた。
頼朝「飯坂殿、大草城発展の大役、よろしく頼む」
頼朝は末席に控える飯坂猫へと視線を向けた。
頼朝「大草城に派遣される者たちも、軍団の将来を担う重任。力を尽くして欲しい。もし有事があれば、この頼朝も必ず駆けつけよう」
飯坂猫はじめ、大草城に配属される家臣たちが一斉に頼朝に頭を下げた。
<外交政策>
内政について話を終えた秀長は一礼し、外交方針について語り出す。
秀長「織田家は各地に精強な軍を派遣し、驚くべき速さで版図を広げてきました。しかし、我らの抵抗もあって、近頃はやや勢いが鈍っているように思われます。
まず信濃の状況です。
武田家が信濃の地を守れているのも、美濃で我らが織田を引きつけているからこそ。岩村、苗木、鳥峰など東美濃の織田拠点だけでは、武田を押さえるには力が足りません。徳川家も、単独では武田家を圧倒できておりません。
西方も同様の状況です。
播磨、丹波、丹後、但馬、紀伊などでは織田の支配が不完全です。その主因も当軍団に対応するために織田の主力が集中しているからです。
関東では、北条・上杉・武田の三家が睨み合い、均衡を保っております。
そこで、我らは上杉家との同盟を模索する事を提案いたします」
秀長は、越後の複雑な情勢を図示しつつ説明してゆく。
かの越後の雄・上杉謙信が、後継を定めぬまま急死したことで、養子の上杉景勝と上杉景虎(北条家からの養子、北条氏政の実弟)が家督を争う「御館の乱」が勃発。
武田家は当初、同盟関係にあった北条家と歩調を合わせて越後へ進軍。しかし、武田勝頼は途中で方針を転じ、景勝と手を結び、景虎を追い詰めた。
北条氏政は武田の裏切りに激怒し、甲相同盟を破棄。代わって織田家との提携を模索し、上杉・武田を東西から挟撃しようと動き出す。
*左:上杉景勝/ 右:上杉景虎
だが――
織田が美濃にて頼朝軍との戦いに兵を割かれている今、北条家は実効性のある武田、上杉に対する軍事行動に出ることができない。
秀長「景勝殿はいま、内乱・織田・一向宗の三正面に翻弄されています。我らとの同盟で背後の不安を減らせるなら、景勝殿にとっても、決して悪い話ではないはず。
特に越前方面からの織田軍に備えるうえで、我らが岐阜城から、近江を牽制できることは、景勝殿にとって大きな利点となるでしょう」
*現在武田ー頼朝軍同盟と対抗している、(左から)織田信長、徳川家康、北条氏政
*羽柴秀長が画策している、上杉ー武田ー頼朝軍の三国の同盟
(左から)上杉景勝、武田勝頼、源頼朝
一座の面々は深く頷いた――ただ一人を除いて。
北条早雲である。
今の北条氏当主・北条氏政、そして景虎は、いずれも北条早雲の血を引く者たち。その眼差しには、抑えた怒気と激しい感情が宿っていた。
早雲「……つまり我が北条とは組まぬ、と?」
その北条早雲が発する凄みに、場はぴたりと静まった。
――早雲殿のお立場は、当然そうであろう……軍団の中での嵐の予兆であろうか――
ご覧いただきありがとうございます。
今回は戦後編の第一章として、「戦わずして勝つ」ための備え――経済と外交の布石を描きました。
羽柴秀長の“実務家”としての本領が発揮される一方、北条早雲の憤りが軍議に緊張を生み出します。
次回、「3-2 外交と亀裂」では、その感情がついに噴き出します。
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