30-4 散らす覚悟、散らせぬ迷い
信長の軍も尽き、霧山御所も包囲された不利な戦局。
義の猛将・佐久間盛政はなお覚悟を決めて突撃する。
一方、トモミクは一方的な蹂躙に心を痛め、覚悟が定まらない。
頼光はそれを察知し、副将・石川五右衛門を動かす――。
■義に熱い猛将・佐久間盛政
頼朝軍が霧山御所を包囲したところで、大和方面から険しい東吉野の山道を越え、佐久間盛政率いる織田の援軍が現れた。佐久間盛政は、霧山御所が包囲されている事態を目の当たりにする。
盛政「遅かったか! 信長様がやられたというのか!」
盛政は信長と合流し、ともに背水の陣で頼朝軍に一矢を報いる決意で、厳しい山越えを決行した。同時に、援軍を信じて霧山御所の守備兵が籠城し、包囲する頼朝軍に死力を尽くして戦う光景が目に飛び込む。
盛政「ええい! 霧山御所を見捨てるわけには参らぬ!
山の斜面を利用し、敵の中央突破を図る!
何としても霧山御所にたどり着き、城にて戦おうぞ!」
今や織田軍に残る数少ない猛将の一人、義に厚く一本気な佐久間盛政。力を失いかけている主君・信長を見捨てず、寡兵にて戦う友軍をも見捨てない。その生き様が、彼自身を駆り立てていた。
しかしその盛政隊も、大和国の国人衆を合わせて五千足らずの軍勢に過ぎなかった。隊を密集させ、山の斜面を利用して勢いを増しながら頼朝軍へ突撃していく。
頼光は、新たな織田の援軍が勢いを増して迫る様を見て、吐き捨てる。
頼光「ふん、信長と合流するはずであったのだろう。
じゃが、遅すぎたな――信長はもうおらぬ。
援軍を見越して、トモミク殿が鉄砲隊を配しておる。
わが隊は、城から打って出る部隊に備える!」
(トモミク殿……やらねば、こちらがやられる……)
頼光は部隊に指示を出したのち、鉄砲隊を布陣させたトモミクの方へ視線をやった。しばし考え込み、もう一人の副将・石川五右衛門を呼ぶ。
頼光「五右衛門殿、急なことじゃが……槍隊を率い、トモミク隊に合流してくれぬか」
五右衛門「は! 仰せの通りに!」
頼光「この不利な状況を目にしてなお、敵は覚悟を決めて攻めかかってくる。
密集した死兵どもが山を駆け下りてくるのだ――こちらに迷いがあれば、取りつかれ、分断されるのは必定。
決して敵を鉄砲隊に取りつかせてはならぬ。厳しき戦いとなろうが、頼めるか」
五右衛門は力強く頷いた。
五右衛門「委細承知! 何があろうとも、トモミク殿をお守りいたす。
もとよりあの娘は、武士でなかった者。常より気の毒に思うておりました……。
ここは拙者にお任せを!」
頼光「頼んだぞ。トモミク殿はいま揺れておるが、無理もないことよ……」
五右衛門は一礼し、部隊をまとめて砂塵を上げ、山道へ駆けていった。
■トモミクを守る守護神たち
岩のごとき密集となり、山道を駆け下る織田軍。その勢いに、真冬にも関わらず頼朝軍鉄砲隊の最前列の背に冷や汗が流れた。
(容赦なく斉射せねば取りつかれる……。
しかし、なぜ勝てぬ戦を……)
トモミクには戦況が見えていた。同時に、自らの迷いが命取りになることも。先の長野城と同じく、決意を固めて声を張り上げた。
トモミク「怖がらず、敵をしっかりと引き付けてください……!
今です、第一陣――撃ってください!」
轟音とともに、多くの織田兵が倒れ伏す。その光景は長野城での惨状をはるかに超え、生き地獄のようにトモミクの胸に刻まれた。
(これ以上は……退いてください……!)
しかし、屍を踏み越えて迫る後続。密集縦陣ゆえに、先鋒は潰えたが佐久間盛政の本隊は健在だった。
慌てたトモミクは第二列の確認を怠り、早すぎる号令を放ってしまう。
二重の失策――
ひとつは、体勢が整わぬまま放たれた散発的な斉射。
もうひとつは、敵を十分に引き付けぬまま撃ったため、敵の本隊をほぼ無傷で残したこと。
盛政「ひるむな! 次の斉射までに敵を分断せよ! かかれぇ!」
第三列の準備も間に合わず、佐久間隊が取りつこうとする。
(しまった……!)
トモミク「鉄砲を置いて、刀を抜いてください!」
悲鳴のような指示が響いた、その刹那。後方から颯爽と一団が躍り出て、迫る佐久間隊に激突する。石川五右衛門率いる頼光隊の槍兵であった。
決死の突撃を敢行する盛政隊と、五右衛門率いる精鋭槍兵の激突。瞬く間に前衛同士が串刺しとなり、戦場は血飛沫に染まる。
だが数で勝り、斜面の勢いを得た盛政隊が押し込み始める。精強な頼光隊もじりじりと後退を余儀なくされた。それでも、五右衛門はトモミク隊再編のため、必死に時間を稼ぐ。
五右衛門「トモミク殿! 長くは持たぬ! 隊列を整えよ!」
トモミクは自ら頬を叩き、迷いを断った。
(しっかりしないと……頼朝様に叱られてしまう!)
トモミク「五右衛門様、下がってください!
第三列は左翼を援護! 第一列は右翼を援護!
第二列は弾を込め、五右衛門様が退いたら一気に放つのです!
残りの鉄砲隊は、続けざまに撃ち込んでください!」
五右衛門隊に迫る敵を、第一列と第三列が左右から撃ち崩す。銃撃を終えた兵はすぐに後退。
五右衛門「皆の者、もう十分じゃ! 退けい!」
退いた五右衛門隊の前に、整然と並ぶ新たな鉄砲隊列が姿を現す。
(もう迷いません!)
トモミク「撃て!」
第二列の斉射、そして立て続けの次列。至近距離からの集中射撃に、さしもの佐久間隊もなぎ倒される。盛政自身も足を撃ち抜かれ、近習に担がれて退いた。
■嵐が去り……
トモミクはその場に崩れ落ち、呆然と惨状を見つめていた。石川五右衛門が近寄り、声を掛ける。
五右衛門「よくぞ部隊を立て直された」
トモミク「……! 五右衛門様! なんとお礼を申し上げてよいやら……」
彼女は深々と頭を下げた。
佐久間隊の壊走により援軍の望みも絶たれ、霧山御所はついに開城を決意する。
城の引き渡しと捕虜の取り扱いを終えた頼光のもとへ、五右衛門が戻った。
五右衛門「頼光様! 石川五右衛門、ただいま戻りました!」
頼光「ご苦労であった! ようやってくれた!」
頼光は五右衛門の肩を力強く叩き、労った。
五右衛門「頼光様の仰せの通り、死兵と化した敵は想像以上に強うございました。
トモミク殿のとっさの采配で、我らも深手を負わずに済みました」
頼光「トモミク殿は優れた武将。
しかし今は……自らの采配で散った多くの骸に胸を痛め、迷いから味方を危うくした己を責めているであろう……」
五右衛門は哀しげに顔を伏せる。
五右衛門「あの娘に寄り添える者は、今は……」
頼光は静かに空を仰ぎ見た。
頼光「先代の頼朝殿だけよ……それができるのは。
今の頼朝殿は、まだ何も知らぬであろう……」
天正十四年(1586年)五月。頼朝軍は、電撃的な速さで伊勢国を完全に平定した。
お読みいただきありがとうございました。
伊勢が平定され、越前では上杉軍と頼朝軍による織田軍への挟撃が始まります。
上洛へのカウントダウンは進むものの、本当の目的はその先――惣無事令の発布。
まだ遠き道のりの続きに、ぜひお付き合いください。