2-3 血の山に咲く決断
佐久間・堀の突撃、福島正則の新手――頼朝軍は疲弊し尽くした状態で最後の波を迎える。囮作戦、大筒再投入、トモミクの命令違反。血と決断の末、頼朝が下すのは「撤退」の檄だった。
※本作は歴史改変を含む創作です。
柴田勝家隊、お市隊という織田の強力な部隊を撃退したものの、頼朝軍の損害も甚大だった。
なかでも頼朝隊とトモミク隊は混乱を収拾できず、ようやく到着した北条早雲隊との交代すら容易には進まない。
織田軍は頼朝軍の現状を掴んでいたかのように、清州城に控えていた佐久間信盛と堀直政が頼朝軍に襲い掛かって来た。
頼朝隊とトモミク隊が応戦できる陣形を整えられない。
義経「阿国殿、梓――ここは我が隊が守り切る!」
阿国/梓「はい!」
義経「敵は我が軍が混乱しているこの機を逃さぬよう、勢いをつけて向かってきている。
逆に、勢いが止まらぬ猛獣は、鉄砲の格好の餌食!
阿国殿、我が軍を5列に。
敵から見れば、頼朝隊とトモミク隊が無防備に見えるように、わざと道を開け――我ら義経隊はその脇腹に布陣する。
敵が兄上の隊に猛然と向かっていくところを、射程に入り次第断続的に斉射を浴びせようぞ!」
義経の見立て通り、頼朝軍が立ち直る前に部隊に取り着けるよう、佐久間隊と堀隊が一つの塊となり、密集して突撃してくる。
義経「頃合いじゃ。撃て!」
義経隊の鉄砲隊が一斉に火を吹く。さらに、断続的な斉射を浴びせ、確実に佐久間隊と堀隊を削り続けた。
義経の見事な采配で、短時間のうちに追い払った。
梓「さすが義経様です!」
義経「いや、梓。もうこの作戦は二度と取りたくないものよ。何せ、兄上を餌にした作戦だったからの……」
梓「はい、しかし他に選択肢は御座いませんでしたでしょ?」
義経「はは、そう申してもらえると、拙者も救われる……」
ようやく清州城に布陣している織田の軍勢の黒雲が晴れてきた。――その刹那、南に土煙が上がっていた。伊勢方面からあらたな織田方の部隊、若き猛将・福島正則の新手が激しく突入してきたのだ。
(これほど撃退し続けても、まだ後詰めの戦力を残しているとは……)
頼朝は、その恐るべき物量と決断力を改めて思い知らされる。
頼朝軍とトモミク隊は、この頃ようやく陣形が整いつつあった。
しかし、目の前に敵が迫っている中で、後ろに控える北条早雲隊との入れ替えは出来ていない。今の陣容で戦うしかなかった。
頼朝「トモミクに厳命する! 福島隊への対処は、わしの頼朝隊と義経隊だけで行う! トモミク隊は戦線から離れ、決して攻撃に加わるでない!
今度こそ無理をすれば全滅しかねん!」
(義経隊と二部隊であれば……
死兵と化す里見伏の存在も頼りになる……)
福島隊の先鋒が視界に入ってきた。
(今度こそ、我が軍の被害を最小限に抑える……!)
頼朝「秀長、大筒を撃ち込み、敵の勢いを削ぐ!」
秀長「は!全力で取りかかりまする!」
しかし連戦の混乱のせいか、準備が遅れ、福島隊が迫る。
義経「いかん!これでは兄上の部隊が危ない!」
大筒を組み立てている部隊に取り着かれては、ひとたまりも無い。義経隊は盾となるべく、急ぎ福島隊の前に立ちふさがった。
しかし、福島隊は槍と鉄砲を併せ持つ重厚な混成隊であり、勢いそのままに押し切る戦いを得意としていた。
義経隊は鉄砲隊が有効に斉射できる距離も陣形も取る事ができず、乱戦となり、甚大な被害を受ける形となってしまった。
義経隊が盾となって福島隊に苦戦を強いられている様を、後方から見ていた頼朝は自らの判断を悔いた。
頼朝「何という事……!これでは本末転倒じゃ!」
それでも大筒の発射準備が整い、福島隊の後方に砲弾を撃ち込み、多少福島隊の勢いを削ぐことができた。
しかし、義経隊の損耗はすでに深刻だった。
頼朝「退くのじゃ、義経……!」
その時、後方に下がっていたはずのトモミク隊が、命令を破って戦場へ突入した。戦場の混乱を目にし、黙って見過ごせなかった。
トモミク「義経様、もう大丈夫です!!」
トモミクが福島隊の側面から斉射を行い、ようやく福島隊が壊滅した。
(命に背いたトモミクに救われた形か……)
大筒によって被害を最小限にすべく立てた作戦、結果的に義経隊を危険にさらしてしまう。さらに、トモミクの独断による介入で救われた。
この時代の戦場での指揮が、まだ自分にとって手探りであると痛感させられる。
***
こうして福島隊も壊滅し、ついに織田軍の攻撃は止んだ。
しかし、初戦に刃を交えた滝川一益の部隊が、清州城に布陣していた。
(ここが退きどきか……)
兵を引けば織田も矛を収めよう――賭けだが、それしかない。
頼朝「全軍に告ぐ!これより撤退を開始する。
義経隊、トモミク隊は先に戦場を離脱せよ。われら頼朝隊が殿を務める!」
最も兵数が多く、相対的に物資・弾薬を持ち合わせていた頼朝隊が殿となり、義経隊、トモミク隊の退却を見届けた。
頼朝は改めて戦場を見渡した。
折り重なる無数の屍と返り血に染まる小牧山の斜面は、まさに地獄さながらだ。
頼朝隊もやがて静かに戦場を後にし、織田軍の追撃はなかった。
伝令「殿! 滝川軍は清州城へ退却を始めています!」
斥候の報告に、頼朝は思わず安堵の息をついた。長かった戦いがようやく終わったのだ。
***
半年近くに及ぶ織田軍の断続的かつ執拗な波状攻撃を、なんとか凌ぎきった頼朝は、織田信長という存在の底力を思い知らされた。
波状攻撃を各個に受け止め、辛うじて駆逐できたが、同じ消耗戦を仕掛けられたら、兵も減り、兵糧も乏しく、後詰を出す余力も少ない頼朝軍は窮地に陥る。ここで痛み分けとなり、織田も退却したのは幸運であった。
(鎌倉の戦は、もっと単純だった――)
弓矢と馬、声と信。鉄砲も大筒もなかったあの時代、戦術も、もっと直線だった。
鉄砲や大筒といった恐るべき破壊力の兵器が台頭し、織田もこちらも、高度な戦術眼と用兵で状況に合わせて戦う。
さらに、一兵卒に至るまで、錬度が格段に高い。
過酷な戦を経て、「なぜこの時代にいるのか」という疑問は霞んでいた。
今は、ここで生き抜く術――それだけだった。
ご覧いただきありがとうございます! 本章では福島正則の突撃と「撤退」を描き、第一次小牧山会戦の幕を閉じました。次話では那加城帰還と戦後処理、そして新たな外交戦へ。感想・誤字報告などお気軽にどうぞ!