27-3 羽ばたけぬ軍神
とうとう戦線が崩壊する義経率いる小隊。
戦場にて初めて“敗北”の二文字が義経にのしかかった時、義経は動けずにいた。
その義経を守ろうとする麾下の近衛兵達、そして自ら駆けつける出雲阿国。
軍神を呑み込もうとする織田軍。その時、北近江の空に轟いたのは――。
■義経小隊、包囲される
義経が生涯初めて目にする光景だった。
策を講じる間もなく自らの部隊が総崩れ、多数の敵の連続した攻撃に対してもはや打つ手も無い。
なだれ込む敵を、屈強な義経直属の近衛兵たちが必死に義経を守る。
近衛兵「後退を!義経様……!」
義経は背後の源里や出雲阿国に救援の伝令を送ることもできる。戦線を離脱することもできる。
なぜか体が、自らの意思が動かない。
里を危ない目にあわせるわけにはいかない――いや、この期に及んで敗北を認めることが恐ろしくて、足が動かないのだろうか――。
そこに後背から鉄砲が放たれる音が聞こえ、敵の動きが一瞬止まる。
鉄砲隊を率いて駆けつけた出雲阿国であった。
阿国「義経様!なぜ私たちに伝令を送らず……!」
阿国は里を守るのみならず、寡兵の義経小隊の様子も逐次物見からの報告を指示していた。義経小隊危機の報を受け、急ぎ鉄砲隊の一小隊を隊列から離脱させて駆けつけてきたのであった。
しかし織田軍もひと時動きが止まったとはいえ、急ぎ駆けつけた阿国の鉄砲隊の隊列が十分に整っていないところを瞬時に見抜く。
義経「えーい!これ以上好きにさせるか!」
義経は、自らの無策を振り払うかのように叫んだ――阿国隊めがけて波状攻撃を仕掛ける織田軍に、残存する兵力で盾になろうとする。
阿国「義経様!無理です!お退きを!」
さすがの阿国も義経の無策な突撃に動揺する。
義経率いる小隊は丹羽隊の横腹を突き、阿国の部隊に肉薄する勢いを削ぐ。しかし、すぐに磯野隊がその義経隊の後背から襲いかかる。義経隊は丹羽隊と磯野隊に呑み込まれるように、阿国の視界から消えてしまう。
阿国「義経様ぁ!!」
阿国が絶望的な景色を目にした、まさにその時であった。
突如として、織田軍の攻撃の手が弱まる。
織田軍の後方より鬨の声と共に、鉄砲の爆音と大きな硝煙が上がる。
武田梓率いる、第六狙撃隊であった。
阿国「義経様……!
槍隊はわたくしに続いてください!」
阿国は自ら槍隊を率いて、義経隊の救援に走る。
大量の鉄砲隊に後背を狙われた織田軍は、義経隊の攻撃どころでなくなる。阿国の槍隊が勢いの弱まった丹羽隊・残存部隊の中央を突破する。
傷つき、深手を負いながらも、義経の近衛兵は必死に義経を守り切り、義経の周りを固めていた。その中に呆然と立ち尽くす義経がいた。
阿国「義経様!ご無事ですか!」
義経「阿国殿……。あれは、梓か……」
義経は、思わずその場に座り込んだ。
阿国は、震える手で槍を握りしめながら、その姿を見つめた。
戦場で何度も奇跡を起こした軍神――その人が、今はただ傷ついた一人の男として膝を折っている。
(……軍神もまた、人なのですね……)
阿国がそう心の内で呟いた、その瞬間――織田軍の背後から雷鳴が轟いた。
■武田梓隊の雷鳴
武田梓隊は進軍を阻んでいた織田軍の別働隊を蹴散らし、義経隊と激しく交戦していた丹羽隊、磯野隊、羽柴隊の背後から、猛烈な射撃を浴びせかけた。
梓「義経様!」
梓が叫ぶ。
梓「『心配ない』と仰せられながら、何という戦い方を……!
全軍! 目の前の織田軍の背後へ向け、断続的な砲撃を続けてください!」
武田梓隊は、万を超える鉄砲隊を五列に並べる。一列目の斉射後、二列目は一列目の前に出て斉射。後列が火縄銃の準備が整い次第、最前列に出て斉射をしながら積極的に織田軍との間合いをつめる。取りつかれると一気に戦況は不利に傾くが、武田梓は前に出る以外、義経を救う選択肢は無かった。
武田梓隊が整然と斉射を行うたび、北近江一円は雷鳴のごとくに発射音が響く。
戦況を眺める羽柴秀吉が苦虫を潰したような顔で呟いた。
秀吉「あと少し……あと少しで目前の部隊を挟撃、撃破できたものを……!」
武田梓隊が戦線へと加わったことで、阿国も自ら率いる鉄砲隊の陣形を整え、波状攻撃を仕掛けていた織田軍を、今度は挟撃できる態勢となった。
前後から猛攻を受け、武田梓の攻撃に備えていなかった丹羽隊と磯野隊は、ほどなく壊滅した。
羽柴秀吉は清水山城の別動隊が突破されることを警戒し備えていた。粘り強く抵抗を続けてはいたが、鉄砲隊に間を詰められた挟撃、集中斉射には防御を固める事しかできない。
秀吉「くっ!この数の鉄砲隊に挟まれては、どうすることもできぬわ!
退却する!」
羽柴隊も越前に向け壊走した。
織田軍の潰走を目にして、義経は阿国とともに、急ぎ後背の源里分隊に合流する。
里は目前に布陣する越前の織田軍を見据え、射撃できる体勢を維持していた。
義経「里…… よくぞ、ここまで持ちこたえてくれた!」
義経は、後方で奮戦していた里をねぎらった。
里は尊敬する叔父の凄惨な姿を目にして驚く。
里「叔父上、どうなされたのですか……!」
義経は少しだけ口の端を上げるが、すぐに里に指示を出した。
義経「里、今しばらく敵を近づけぬよう、踏みとどまれるか!」
里「はい! 敵は無用に間合いをつめてきませぬ! 近づけば撃ちまする!」
心配そうに義経を見る里であったが、自らがこれ以上の失態を招かぬ、決意の眼差しは揺らいでいなかった。
義経隊が、越前からの織田軍増援部隊を牽制し続けている間、武田梓隊は一気に清水山城へ攻めかかり、組織的な抵抗が止んだところで城を包囲する。城内に残っていたわずかな城兵たちは、断続的に打ち込まれる銃弾を恐れ、援軍が期待できない実情を目の当たりにし、戦意を喪失。清水山城は降伏、開城した。
義経隊と対峙していた越前織田軍増援部隊も、清水山城陥落を目にし、越前金ヶ崎城方面に退却していった。
■清水山城攻略、されど……
北近江の戦いが終わり、義経隊も清水山城に向かった。源里は、道中に叔父・義経麾下の部隊の多くの兵士たちが倒れ伏している惨状を目にし、思わず、その場に膝をついた。
里「……叔父上……」
里は、嗚咽を漏らした。
里「この、里めの、いたらぬ進言のせいで……こんなにも、多くの兵たちの命が……うっ……うっ……」
義経「……里」
義経は、力なく立ちすくむ里に近づいた。
義経「そなたの進言のせいではない。
どのような進言であれ、判断を下すのは大将じゃ。
全ては大将が背負わなくてはならぬ……」
源里は己の浅慮、その結果招いた惨状と思い、ただただその場で泣き崩れていた。
義経自身もまた、自らの見立ての甘さ、何よりも“敗北”に直面した時の己の脆弱さを思い知らされた。里にかけるべき言葉を見つけられずにいただけでなく、自らも、己の無策や采配の誤りから多くの兵が命を落とした惨状を、呆然と眺めていた。
お読みいただきありがとうございました!
軍神義経の危機でした。しかし、義経をとりまく頼朝軍の将兵は必死に義経を守りました。
次回、武田梓が夫・義経に真意を問い、傷つく里に手を差し伸べます。
どうぞお楽しみに。
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