27-2 精鋭織田軍の猛攻
北近江の清水山城をめぐり、義経の策が動き出す。
だが――織田軍の手は一枚上手。
里の進言を取り入れた義経は、自ら挟撃される危険を背負いながらも兵を進める。
「軍神」に誤算はあるのか、それとも覚悟の采配なのか――戦場の空気は張りつめていく。
■武田梓の動揺
佐和山城を発ち、清水山城で義経隊と合流すべく進軍していた武田梓隊。義経隊が挟撃されているとの報を受け、動揺する武田梓のもとに別の早馬が届く。
書状には、ただ短く、こう記されていた。
『我がこと、心配には及ばず。ただ、目前の敵に集中すべし』
梓「…義経様が、この状況で、『心配無用』と……?
いったい、何を思ってのことでございましょう……」
梓は、夫・義経の言葉を信じようとするも、戸惑いを禁じえない。
清州城代を務める梓の部隊には、副将格として前田利家が従っていた。その利家もまた、首を傾げながらも梓に話しかけた。
利家「…梓殿。わしも此度の義経様の進軍は不思議でなりません。
琵琶湖の北東を進軍するということは、越前の北ノ庄方面から続く街道を横切ることになり申す。越前から織田軍の増援に挟撃される危険性が極めて高かったことは明らか。
しかし……あの軍神義経様が、そのような初歩的な危険性をお考えにならぬはずはありますまい。この状況にあって、なお『心配無用』との伝令を、わざわざこちらへ差し向けて来られた……。
全てをご承知の上で、何らかのお考えがあってのことでは無いかと……」
梓「…利家様。ありがとうございます」
梓は、利家の言葉に、少しだけ気持ちが落ち着くのを感じた。
梓「お言葉を頂戴し、少し安心いたしました。
…そうですね。我らは、まず、目の前の敵に集中いたしましょう。
いずれにせよ、義経様を助けに参るにしても、まずは我らに襲いかかってくる敵を、突破しなくては……!」
梓はあらためて気を引き締め、敵の攻撃に備えて部隊の隊列を整える。
■義経隊挟撃
一方、挟撃を受け激戦の続く義経の本陣。
源里が血相を変えて、叔父・義経のもとへと駆けつけた。
里「叔父上! まことに申し訳ございませぬ! わたしの浅慮ゆえ、こんな惨事を招いてしまい…!」
里は、義経の前ではらはらと涙を流しながら、平伏した。
義経「里。…過ぎたことを、悔やんでも仕方あるまい! それよりも、この後いかにしてこの状況を切り抜けるか、考えよ!」
義経は厳しく、しかし、姪を励ますように言った。
里「はいっ! この命に代えましても、背後から迫る織田軍を、必ずや撃ち破ってまいります!」
里は顔を上げ、涙ながらも決意に満ちた表情で答えた。
義経「よくぞ申した! さすがは、我が兄・頼朝の娘!
自らの進言の責任は自らの手で取る、その覚悟や良し!」
義経は頷いた。だが、すぐに厳しい表情に戻る。
義経「ただし、一つだけ約束せよ。
『この命に代えても』と申したが、命を落とすまで戦うことは決して許さぬ。
危うくなったら、必ずや逃げて参れ。
良いな!」
里「……はいっ!」
義経は里が力強く頷いたところを目にした後、部隊の布陣を整えるため急ぎ指示を送る。
義経「我が隊は、前面と背後の敵に同時に対応するため、部隊を二つに分ける!
前面の敵(清水山城からの部隊)は、この義経が直接叩く!
後背より攻め寄せる敵(越前からの増援部隊)は、里、そなたと阿国殿の指揮のもと、鉄砲隊を率いてこれを討ち果たして参れ!」
義経は、傍らに控える出雲阿国と、視線を合わせた。阿国は、「万事、承知いたしました」とでも言わんばかりに、静かに頷き返した。
義経は、保有する鉄砲隊の大多数を、後背の敵に対応する源里と阿国の部隊へと割いた。義経自身が率いる前面の部隊には、わずかな騎馬隊を主軸とし、鉄砲隊も“必要最低限”の数しか残さない、という、危険な編成とした。
里に何かあっては、と里の部隊に万全を期す配慮であった。
これで武田梓に伝令を送ったように、何とかなると信じていた義経であった。
■義経分隊の危機
源里と出雲阿国率いる後方の部隊は、保有する鉄砲の数に物を言わせ、背後からの織田軍増援部隊を釘付けにし、寄せ付けずにいた。だが、背後の織田軍は無謀な攻撃は行わず、里と阿国も戦線を前進させる危険も冒せず、戦線は膠着していた。
一方、前面の義経の分隊は、清水山城から打って出てきた、信長重臣の一人・丹羽長秀、そして旧浅井家猛将・磯野員昌を相手に苦戦を強いられていた。
丹羽長秀も、磯野員昌も、歴戦の勇将として知られる存在。その二つの部隊が、巧みな連携をもって、交互に極めて有効な攻撃を、執拗に義経の分隊に加え続けてきた。
丹羽隊が槍衾を押し立てて突撃し、丹羽隊に対応する義経隊を、磯野隊がその背を狙うように鉄砲を撃ち込む。義経隊の動きが鈍ったところを、さらに磯野隊が騎馬兵に鞭打ち、義経隊を突き抜け、後方の里や阿国の鉄砲隊の背後を狙おうとする。
背後への突破を阻むことに兵力を割くと、丹羽隊が前面からさらなる激烈な突撃を加えてくる。
義経は、後背で戦う源里たちの隊を庇いながら戦わざるを得ないため、前面の敵に対し、渾身の突撃を敢行することもできずにいた。
その義経隊の弱みを完全に見越したかのような、丹羽隊と磯野隊による連携攻撃であった。
(我らの弱点が、良く見えておる……!織田軍は良将ぞろいよ!
いや――拙者が甘く見ていたか!)
そこへ、羽柴秀吉率いる部隊が、丹羽・磯野隊へと合流、攻撃に加わってきた。
その旗印を見た瞬間、義経の胸がざわついた――(羽柴秀吉……!)
義経は、二部隊の攻撃に対しては辛うじて対応していた。だが、羽柴秀吉隊が攻撃に加わったことで、陣形を立て直す間もなく乱戦状態へと陥ってしまった。
義経麾下の部隊は加速度的に消耗し、その数を減らしていく。
(ある程度の苦戦は、覚悟の上であったが……少し後方に部隊を回し過ぎたわ……)
義経は、内心で呻いた。
(だが、ここで退くわけには参らぬ! 一兵たりとも、ここを通すわけにはいかぬの!)
義経「怯むな! 騎馬隊は何としても敵の突入を食い止めよ! 鉄砲隊は、近づいてくる敵を、片っ端から撃ち払え!」
義経は、傷つき、数を減らしていく麾下の将兵たちを、必死に鼓舞し、檄を入れる。
だが、織田軍三部隊による容赦ない猛攻の前に、ついに義経隊の戦線が崩れ始めた。
お読みいただきありがとうございました!
義経は確かに織田軍の挟撃を読んでいました。しかし、里を守ろうとするあまり兵を割き、自軍を危地に追いやったのも事実。
次回、義経の戦線が崩壊の淵に立たされる中――“奥方”武田梓の救援は果たして間に合うのか!?
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