26-4 つよがりは優しさ
音羽城では、織田の大軍の力攻めを、織田軍から下った武将たちが必死に防いでいた。しかし多勢に無勢、三の丸が陥落する。
ようやく音羽城へ頼朝軍の援軍が到着し、それまで強がっていた音羽城の猛将達も幼き城代源梢の前で、ほっとして座り込む。
安土城東方、愛知川からの狼煙が上がった。源頼光隊、そしてトモミク隊が着陣、出撃準備が整った知らせであった。これでやっと音羽城の織田軍を、西の武佐と、東の愛知川から進軍して挟撃できる体制が整った。
同時に、武佐に布陣する源桜と北条早雲のもとに、これまで以上に悲鳴に近い絶望的な状況を伝える伝令が、音羽城の源梢から駆け込んできていた。
梢からの伝令「城へ大軍が押し寄せております!どうか一刻も早く、お助けくださいませ!」
悲痛な伝令の報告を聞いていた北条早雲が、隣にいた源桜に静かにつぶやいた。
早雲「…まあ、無理もないことよ。
山名家がこれまで戦ってきた、国人衆や地方の小大名とは訳が違う。今相手にしておるのは、信長が総力を挙げて差し向けてきた大軍。
急造の音羽城で大軍に力攻めをされては、わしが籠っておっても心穏やかに過ごせぬわ」
桜「…梢様は、わたくしの大切な妹! こちらも狼煙を上げ、愛知川の部隊の出陣を促します!すぐにでも音羽城救援に参りましょう!
早雲様! もし、信長の部隊がこの砦を突破して、背後を突いてくるようであれば、わたくしが自ら部隊を率いて盾となります!」
早雲は桜の言葉に頷く。
早雲「音羽の救援に向かうのであれば、わが隊の一部を安土の守備に回さねばならぬ。武佐は捨てる」
桜「はいっ!では出撃いたします!」
源桜はそう言い放つと、部隊の最前列へと自らの騎馬を進め、全ての将兵に聞こえるよう、あらん限りの声で叫んだ。
桜「皆さま! 音羽城の梢様を救うべく、打って出ます!
続いてください!」
桜は馬首を返し、鞭打った。武佐の騎馬隊は桜に続き砂塵を上げて出撃する。
■音羽城の攻防
才蔵「城門が鉄で補強されているのは良いが、城壁がまだ脆弱とは……」
織田軍は鉄で頑強に閉じられていた城門の破壊をあきらめたが、敵将佐久間盛政は急造の城壁の弱点を見極め、破壊した。破壊された城壁に織田兵が押し寄せる。
才蔵「喜内殿に伝えよ!城壁を乗り越える兵は、鉄砲隊に何とかさせよ!
わが隊は、穴から出てくる蟻の行列を順番に踏みつぶす!」
才蔵は尋常ならざる強さを発揮して、次々と敵をなぎ倒す。
しかし、織田の軍勢の数にものを言わせ、才蔵の部隊を徐々に押し込んでいく。
そこに敵将の佐久間盛政も自ら乗り込んできた。
盛政「才蔵か!貴様まで裏切るとはの……!」
才蔵「今は貴様に関わってる暇は無さそうじゃ!昔の誼でその首は落とさずに見逃してやろう!」
才蔵は槍を振るいながら声を張り上げる。
盛政「そのようなことが言える立場ではあるまい!
貴様は変わった男だったが、忠義だけはあると思っておった!
降伏して命乞いするならば、信長様に貴様の助命をお願いしよう」
才蔵「はっはっは!
わしの忠義は――日ノ本の民に対してじゃ!」
盛政「貴様……もう手加減はせぬ!
みなのもの、遠慮せず目の前の敵を蹴散らせ!」
その時、突入してきた織田の部隊に、複数の櫓と二の丸の城壁から、組織的な鉄砲隊の斉射があった。その攻撃が佐久間盛政の馬に命中し、佐久間盛政は落馬する。
才蔵「喜内殿!ここはわが部隊で大丈夫と申したであろう!
城壁から侵入されたらどうするのじゃ!」
喜内「強がりもいい加減にせよ!
己一人で戦うつもりか!自分の部隊を見よ!
二の丸に退け!富田隊も二の丸に向かっておる!」
才蔵「ちっ!弱兵を率いるのも苦労するの!
ものども、退けい!」
音羽城の頼朝軍は、佐久間隊が横山隊の集中的な斉射に乱れる間に、三の丸を捨て、二の丸に籠る。
すると、二の丸に源梢みずから姿を現した。
喜内「梢様、ここは危のうございます!三の丸は不覚にも落ちましたが、二の丸は三の丸より頑強です」
しかし梢は落ち着いていた。
梢「皆様、天守からすぐ近くまで笹竜胆の旗が続々とこちらに向かっているのが見えました!援軍です!」
二の丸の兵たちの表情に光が差した。
梢「よくぞ持ちこたえてくれました!」
そして、城外から大量の鉄砲が放たれた音と、大量の硝煙が立ち上っていた。織田の兵の城への攻撃が急速に弱まった。
寡兵ながら良く持ちこたえていた猛将たちも、梢の知らせを聞いて、肩で息をしながらその場に座り込んだ。可児才蔵も例外では無かった。
才蔵「遅いではないか!」
言葉とは裏腹に一息ついた様子であった。
(これが、光様のおっしゃる、“つよがり”なのですね)
梢は猛将達の様子を見て、微笑みを禁じえなかった。
富田重政はすぐに立ち上がった。
重政「では時を移さず、二の丸から打って出るとしようぞ」
可児才蔵も腰を上げて槍を構えた。
才蔵「そうじゃな。三の丸を捨てたことを上回る手柄を上げねば!」
間もなく音羽城の二の丸の城門が開き、三の丸から退却をはじめる織田軍の背後を頼朝軍の槍が襲い掛かった。
■頼朝軍援軍
音羽城を包囲・力攻めする織田軍に対し、東西両方面から、赤井輝子隊、そしてトモミク隊が鉄砲による、断続的な射撃を浴びせかける。
織田軍の隊列が乱れたところに、源頼光の、地響きのような掛け声と共に、大垣城より駆けつけた騎馬隊が、織田軍の陣へ怒涛の如く突撃してきた。
頼光「我が道を開けよ!」
音羽城を幾重にも包囲していた織田軍の陣形は、山崩れの巨岩を落とされたような頼光隊の騎馬突撃によって、次々と切り裂かれ、突破され、壊滅していった。
頼光の騎馬隊が退いていくとともに、さらに間合いを詰めてきた鉄砲隊の一斉射撃を受ける。頼朝軍の攻撃に備えていた織田の部隊も、東西からの鉄砲攻撃と、音羽城三の丸内で音羽城攻め大将佐久間盛政の落馬・負傷した不運も重なり、組織的な反撃が出来ない混乱した状態になっていた。散り散りに逃亡する兵が加速度的に増え始めていた。
その時、大きく迂回していた織田信長の本隊が、北条早雲隊の背後へと迫り、攻撃を仕掛けてくる。
早雲「来たか織田信長! 読んでいた通りよ!」
早雲は、不敵に笑う。
早雲「全て、想定済みじゃ!」
すでに早雲と示し合わせていた源桜は、麾下の騎馬隊を反転させ、背後から迫る信長軍本隊へ猛然と向かう。
しかし、眼前の音羽城を包囲していた自軍の主力部隊が、頼朝軍の猛攻によって壊滅状態に陥っていた。その状況を瞬時に理解した織田信長は、すぐさま全軍に反転を命令。桜隊との直接戦闘を避け、早々に退却を開始する。
呆気に取られて退いていく信長の部隊を見ていた桜に対して、早雲が笑いながら声をかける。
早雲「桜殿、見たか! あれぞ、信長の見事さ! 勝てぬと悟れば、何の躊躇もなく兵を引く!」
早雲は、馬上から、退却していく信長軍を見送った。
だが、その時。音羽城方面から、凄まじい勢いで信長軍本隊を追う一隊が目に入る。
赤井輝子隊であった。
輝子「今度こそ、あの信長を逃がすものか!」
輝子は、音羽城を包囲していた織田軍を殲滅させ、退却していく信長本隊の姿を認めるや否や、自ら率いる狙撃隊に追撃を命じたのであった。
桜「輝子様! お待ちください! もはや、無用の追撃にございます!」
源桜が、必死に輝子の部隊を制止しようとする。だが、勢いのついた輝子の軍勢の進軍を、もはや止めることはできない。
桜「早雲様、もはや信長を仕留めることに心を奪われてしまっております……」
北条早雲が、やれやれ、といった表情で源桜を諭す。
早雲「桜殿、もはや致し方あるまい。あれが、良くも悪くも猛将・赤井輝子という女なのじゃよ」
早雲は、眉を顰めた。
(……まずい、もし輝子殿が信長を仕留めてしまっては、頼朝殿の願いが……ここは何としても止めねばならぬ)
早雲「我が隊も、これより織田信長を追撃する!」
桜「はいっ! 早雲様!」
桜も、すぐさま意を決したように、自らの部隊に指示を出した。北条早雲隊も赤井輝子隊に続き、退却する織田信長本隊を追撃する。
鶴「……輝子様……」
鬼の形相で、一心不乱に信長を追う赤井輝子の姿を、大祝鶴は静かに見守りながら、部隊に行軍の指示を与えた。
お読みいただきありがとうございました!
武佐の砦の戦いで様子がおかしかった赤井輝子は、織田信長の軍勢を見て心の奥にしまっていた思いが噴出してしまいました。
次回、同じ頃に北近江方面で越前の織田軍に対応する源義経と武田梓の戦いにステージを移します。
お楽しみに!