2-2 大筒と紅の陣羽織(後編)
鶴翼は崩れ、狙撃隊が突出――お市隊の紅が中央を貫く。
忍びの偽報、剣豪・北畠の刃、混戦に沈む鉄砲隊。
崩壊寸前の戦場で、トモミクの叫び、義経の突撃、そして伏の逆襲が――。
お市隊は正面から突破を図る構えに出た。
それに対して、頼朝は右翼、義経は左翼を張り出し、疲弊したトモミク隊を中央に据えた。狙いは鶴翼でお市を包むこと——だった。
しかし、中央が前に出すぎ、左右が凹む。まるで敵を突く「鋒矢」。
しかも先頭は、最も疲弊したトモミクの狙撃隊だった。
頼朝は苦笑した。鉄砲隊しか残らぬのに中央突破とは――。
*お市隊に猪突するトモミク隊(中央)、後方から進軍する義経隊(奥)と頼朝隊(手前)
頼朝はそう自嘲しながらも、トモミク隊が単独でお市隊と交戦してさらなる被害を出さぬように、義経隊とともにお市隊の側面を狙うべく急ぐ。
(信長の妹君……一部隊を任せるからには只者ではないのだろうが、はたしてその力や、いかに)
ようやく三方からお市隊を包囲した――と思ったのも束の間、副将として計略に長けた織田長益が暗躍し、伊勢の剣豪・北畠具教も動き出し、包囲したはずの頼朝軍が翻弄され始める。
突如頼朝隊の中で、「織田の援軍が背後から迫る!」という偽情報が拡散し、味方兵が隊列を乱す。
それは味方に扮した織田の忍が、織田長益の狼煙を合図に裏切り、放った誤報だった。
頼朝隊の動きが悪くなったところで、お市隊は攻撃の矛先を頼朝隊に向けた。
さらに、剣豪・北畠具教の白兵戦部隊は恐るべき精鋭で、鉄砲主体の頼朝軍の陣に踊るように駆け込み、立て続けに兵を斬り伏せる。頼朝軍の戦列は一気に崩されかかる。
(鉄砲隊が崩されるのは、この形か……!)
太田道灌や源頼光ら突撃部隊には柳生一族・その門下生など、剣の達人が配属されているが、今の部隊の主力は軽装の狙撃隊。間合いを詰められて白兵戦に持ち込まれては不利であった。
一方的に切り崩されそうになったそのとき――。
トモミク「私だって、やれるんです!」
頼朝隊の危機を目にしたトモミクが、激しい鉄砲を放とうとした……が、次の瞬間、北畠隊が切っ先を変え、なおも突進してきたトモミク隊の中央を分断しはじめる。
トモミク隊は態勢を整える間もなく、北畠隊の突破を許してしまう。
鉄砲の轟きは途絶え、鎧の割れる硬音と肉を裂く鈍音が交互に耳に入る。
それまで勇敢に戦っていたトモミク隊の兵達の断末魔の呻きや叫びが、血塗られた小牧山の空の下で、途切れなく響き渡っていた。
トモミクが初めて、声を震わせた。
トモミク「このままじゃ……」
義経隊は、お市隊を包囲殲滅するため、鉄砲の射程距離を保ってお市隊と対峙していたが、お市隊がトモミク隊と頼朝隊と肉薄していたため、遠間からの射撃は、かえって味方を撃ってしまう危険が高まった。
義経「えぇい――全員、刀を抜け!」
背後の味方隊列を巻き込むことを恐れ、鉄砲の装填を捨て、抜刀して突撃へ切り替えた。
トモミクに敵が肉薄したその時、頼朝隊の副将・里見伏が動いた。
伏「仁の真髄、貴様に見切れるか!」
普段の物静かさが嘘のような鬼神の形相で、少数の供回りを率いて北畠隊へ突撃する。
聞けば彼女こそ“犬”たちの力の源とされる存在で、トモミクも「頼朝様に危険が及べば、伏様が必ずお守りします」と語っていた。
死兵と化した伏の北畠隊に的を絞った、物の怪が宿ったかの猛攻により、猛威を振るっていた北畠隊も勢いを失い始める。
北畠隊の攻撃が鈍った一瞬をとらえ、頼朝は意を決して前に出た。
頼朝「うろたえるな! 陣形を立て直し、敵本隊へ射撃を集中せよ!
弾のある限り撃ち尽くせ!」
頼朝直属の射撃隊から動ける兵を集め、お市の方の本体に向けて一斉射撃を浴びせる。
この的確な一撃、お市隊の本隊が崩れはじめた。そこに義経隊が合流しお市隊の背後から斬り込んだ。
お市隊は一気に崩れはじめ、北畠隊の残兵を収容しながら退却していった。
ーーーーーー
柴田勝家隊、お市隊という織田の強力な部隊を追い払ったものの、頼朝軍の損害も甚大だ。
なかでも頼朝隊とトモミク隊は混乱したまま、ようやく犬山城に到着した北条早雲隊との交代すら容易には進まない。
だが織田の軍勢はなお、黒い列をつくって小牧山へ向かっていた――。
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今回は「陣形崩壊」→「忍びの情報戦」→「近接戦への転換」を主軸に、鉄砲隊の弱点を描写しました。
次話では福島正則の部隊がついに突入、頼朝軍の本当の限界が試されます。
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