時間操作(クロノス)
アナウンスが聞こえる。
勝者 クロノ選手
「連勝記録をまた更新ですね、おめでとうございます」
「ああ、まぁ、そうだな。また次も当然、勝つぜ」
会場は溢れる歓声が響いていた。
時の勇者はクロノと名乗りこの闘技場に参加した。
参加してからずっと、負けなし。
本人はいつも思っていた。
…勝って当然だ。
別に何も驚くことはねぇ。
俺は時間を操れる。時を止めることができる。
複数戦ならいざ知らず、一対一の勝負で俺に勝てる奴なんているわけがねぇんだから。
相手の時を止めてしまえば、それで終わり。
あとは俺の時間しかない。
…勝って当たり前なんだ。
だからといって、ここにいる奴らが弱いとは全く思ってねぇ。
単純に、俺の固有能力がこういった戦いに向いていただけのことだからな。
…当然、わざと負ける気なんかさらさらねぇよ。
ただ、見ている観衆たちは飽きもするだろうな。
見せ物としては、おそらく物足りないんだろうぜ。
開始早々に時を止めて、それで終わりなんだからな。
まあ、確かに、あっけないにも程があるってもんだ。
いつも動かない相手をぶん殴って終わり。
そう、いつもそうだ。
俺のこの勝利の数に比べてスポンサーが少ないってのも、そういう理由があるのかもしれねぇな。
ま、スポンサーの数なんて別に気になりゃしねぇけど。
俺の全戦全勝を楽しみにしている奴らにゃこれでも十分だろう。
ああ、でも、実際に退屈にならないか、と聞かれたら…まぁ、そう思う時もあるかもしれねぇよ。
…だからと言って別に負けてぇわけじゃねぇけど。
ならこの力を使わなきゃいいってか?
は、バカ言うなよ。俺はこの自分の力を誇りに思ってる。
蔑ろにすることは絶対にしねぇ。だいたい、手ぇ抜いて戦ったら相手にも失礼ってもんだろ?
勇者として、勇者相手に。
だから俺は決して手を抜いたりはしねぇよ。
これからもな。
勝ち続けてやるさ。
…クロノは一人自室へと戻っていく。
その背から少し物足りなさを感じるのもまた、いつものことだった。
時の魔導師は妖精の勇者と共にまだ最初の階にいた。
「おお、もう一勝したんだね。ほう、相手は…オキタくんか。そして不戦勝、と。ふむふむ。実際に戦ったらどうだったろうねぇ、うんうん、見たいねぇ」
「ぜぇ、ぜぇ…お、お師匠…」
「今回はどうだった?」
「な、何とか…か、勝ちました」
「おお、おめでとう。これでどちらも一勝だね」
「あ、ゆ、勇者さんも…勝ったんですか? ゲホッ」
「まあ落ち着きなさい。ゆっくり深呼吸して、ほら」
「す〜、は〜。はい。落ち着きました…ふぅ」
「初勝利おめでとう。とはいえ、上に行くのはもう少し、かな。それにしても、妹はどこにいったんだろう、ふらふらと全く…いつものことだけども…まあどうせ勇者のところなんだろうけど」
「すごいですね、勇者さんは…もう最上階なんですよね?」
「そうだね。まあそのくらいの実力はすでにあったから驚きはしないよ。あの階にはあの子クラスの勇者が大勢いるし、いい経験になることだろう。気の合う友達なんかもできるかもしれないね」
「へぇ…友達。良いですね! そういえば私の妹弟子は今どうしてるんですか?」
「学び舎に通いつつ、私と妹が様子を見に行くから何も心配いらないよ。まあ、そのうちここにも連れてこようかな。彼女の場合は参加ではなくて観戦だけどね。今伝えると来たがってしょうがなさそうだし、何しろ勇者がいるからね、うん。しばらくは黙っていよう」
「妹弟子が来る前に私ももっと上の階に行きたいです!」
「よし、その意気だ、更に上の階を目指して、鍛錬そして勝利あるのみだよ」
「はい!!」
その後の試合は普通に負けた。連戦はスタミナ不足が如実にあらわれてしまったようだった。
何事も無理はいけないね。
一方その頃の勇者はと言うと…
部屋に備え付けられた操作盤で階層の選手たちを見ていた。
初勝利の賞金もあってツケにしなくても割と自由に動けるようにもなっていた。
「…時の勇者、クロノ。へぇ、今もまだ連戦連勝記録更新中だって」
「現時点での最高勝者の一人でもあるようですわね。そして勝率は驚きの100%ですし。 …でも、賞金額は一番ではないみたいですわ」
「スポンサーがそこまでついていないのかな。全勝ってすごいけど」
「簡単に調べてみたんだけど、いつもあまりにもあっさり勝って、観客も盛り上がりに欠ける時が多いみたいだぞ」
「贅沢なことだね。能力は…時間操作、時を止める、か。すごいね。まるで師匠みたいだ」
「関係ないのか?」
「どうだろうね、と」
体の奥がピリついた。
体の奥からビリビリと電気がはしる。操作盤が勝手に動き始める。
「な、なんだ?」「なんですの?」
勝手に操作が進んでいく様子を驚いて眺めていると、
クロノ選手に挑戦しますか?
はい
メッセージはございますか?
逃げるなよウスノロ。
挑戦とメッセージを送信しました。
…待機中
「いやいやいや、挑戦状だしちゃったよ」
クロノ選手が挑戦を受けました。
日取りは…
「全部勝手に決まっちゃったぞ」
「試合は明日ですわね。良いんですの?」
「良いも何も…全部勝手に決まったんだけど…」
ピリピリとした電気はおさまっていた。
クロノ選手からメッセージが届いています。
開きますか?
「…嫌な予感しかしないね」
ー 入ったばかりの新人か? 良い度胸だ。全力で相手してやる、覚悟しとけよ ー
「…余計な挑発をするからですわよ?」
「いや、してないけどね」
「まあもう決まったものは仕方ないな、頑張ってね!」
「それはまあ、そうだね。こちらも全力で頑張ります、よろしくお願いします、と」
「二重人格だと思われるのでは?」
「…まあいいよ。今度は普通に試合になりそうだし。やるしかないね」
勇者はそう言って頬を叩いて気合を入れ直した。
試合当日。
「今日はクロノ選手と対戦ですね! 全戦全勝中ですごい人気ですから、会場は彼のファンで埋め尽くされてもいるでしょうけど…私はあなたを応援していますから…頑張ってください!」
すれ違う際に受付嬢に激励を受けた。
「応援ありがとう、善戦を尽くすよう頑張るよ」
にこやかに手を振って通り過ぎることにした。
それを見たもう一人の受付嬢は、
「すごい相手と戦うのに、随分とリラックスしていましたね、もしかしたら、もしかするのかも」
「当然です。私だってファンですし! 今日はきっともっとたくさんファンが増えますからね!」
「羊羹もらっただけでよくそこまで…」
「違いますぅ。それはただのきっかけですから。私の目に狂いはないです。彼はきっと、きっとすごい選手になりますから!! いや今でも!! 今でもすごいですからね!!」
「はいはい、仕事するよ〜」
受付嬢たちは仕事に戻っていった。
会場に、案内のアナウンスが響く。
「くぅ〜、今日はなんて日だ! こいつはきっと好カードに違いねぇ! 俺の長き審判魂がそう叫んでいるからな! チャレンジマッチの始まりだぁ〜!!」
会場が盛り上がる。
「まずは挑戦者、最近一勝をあげたばかりの新人勇者、称号は〜、神々に愛されし者 白黒勇者ぁ〜〜〜!!」
勇者が舞台に立つ。
会場からは多めのヤジが飛ぶ。
「どうせ負けるぜ〜」
「何で新人がクロノ様と戦うのかしら?」
「そもそもどうしてクロノ様はこの勝負を受けたの? 何の得もないでしょうに」
「30秒だな。それで終わりだ」
「いやそんなにもたねぇだろうよ」
「前は確か姫たちに愛されし者じゃなかったか? 俺の見間違いか?」
会場がにわかにいろめきだった。
「そしていよいよ〜、善戦全勝、向かう所敵なし、時の勇者、クロノ選手の〜登場だ〜」
「…」
会場の盛り上がりはピークに達する。
「それでは、両選手、準備は良いですか?」
「はい」
「…いつでもいいぜ。 …どうせすぐに終わる。20秒くらいか? ああ、審判、いつものように離れてろよ」
「試合、開始!!」
「そらよ」
ピリッと張り詰めた空気が会場を包んだ。
その瞬間、クロノ以外の動きが止まる。
と言っても、舞台上には勇者とクロノしかいない。
勇者の動きが止まった。
「…終わりだな」
あっけねぇ。
あんな挑発してきやがるから。何かと思ったら。
何も変わらねぇじゃねぇか。
…少し期待した俺がバカみてぇだ。
…まあ、安い挑発にのったんだ、実際バカだったんだろうけどな。
クロノは勇者に近づき、拳に魔力を込める。
この一撃で、終わりだ。
クロノは上に見える時計の針を確認する。
…15秒か、まあ、こんなもんだろ。
いつもはここまで全力をださねぇけど、今日はおもいっきりぶん殴ってやるよ。
挑発した、お前が悪いんだぜ?
じゃあな、ただの新人。
クロノの拳が容赦無く勇者の腹部をとらえ…
「!!」
その瞬間、
雷撃が勇者から放たれた。
「っ!!」
更に稲妻がクロノを追撃した。
「…こいつ!」
この状態で、どうやって攻撃を? まさか破ったのか?
いや、止まっている。間違いねぇ。動きは止めた。
この舞台上、今もまだ止まっている。
それなのに…何でだ?
勇者から離れて間合いをとるクロノ。
「…」
今までとは全く異なる試合風景に対して、
観衆と審判は誰一人として何も言えずにただ静観する。
時計の針は一回りをとうに過ぎていた…
 




