白と黒の姫と勇者
勇者闘技場…
その名の冠する通り、勇者たちの戦いの場である。
巨大な何階層からなる建物で、その実際の内部は外から見るよりもさらに広くなっている。
世界各地から訪れた異国、異世界の勇者たちが、それぞれの世界を救った後に、己の技を磨くためや更なる高みへと至るためにと設けられた闘技場である。
一つの役割を果たし終えた勇者たちの憩いの場、という訳でもないが、時にそういった彼らの交流の場としても盛況だった。
この地で力をつけて元の世界へ戻るもよし、力をつけてからこの地へ戻ってくるも良し、
勇者たちの戦いには終わりなど無いのだ…
魔導師たちに連れられ訪れた勇者一行は、まず初めに受付へと向かう。
大きなインフォメーションセンターには大勢の受付嬢たちがいた。
「さてさて、それじゃあまず最初の登録をしてもらうよ。何しろここにいるのは勇者ばかりだからね。登録名は考えないといけないぞ。まあ、〜の勇者でいいけどね。もちろん普通に名前にしてもらってもいいから、まあ被ったところで固有に識別されるんだけど、周りからはわかりにくいからねぇ、そこは考えるように」
「私はそのまま妖精の勇者でもいいのでしょうか?」
「うん、まあ、その名前は今のところ他にはいないみたいだし。君がいいならそれでもいいか、後でも変更自体は可能だから。それで、君たちはどうする?」
「いえ、まずどうも何も、勇者の闘技場とかに突然連れてこられて今度はここで戦うとか、全く意味がわからないのですけど。第一、他の勇者たちとの戦いとか、わたくしは全く、全く持って興味ないですわ」
「まあ確かに。ボクにとって勇者は勇者だけだし。ボクの場合は戦うこと自体は嫌いではないけどね。君と一緒にいられるなら何でもいいよ」
「ふふふ、まあ君たちはあまり乗り気ではないと、そうなるのは私も予想済みだったよ。特に白い方は」
「それでしたらどうして連れてきたんですの? それなら帰してくださいます?」
「いや、それはできない。君たちにはちゃんと役割があるのだからね。それに片方だけでは意味が無いんだよ」
「役割? 何だそれ?」
「君たち二人は勇者の中へ入ってもらう」
「…僕の中に? 二人をですか?」
「そう、そうすることで、君は更に成長できるんだ。私の見立てではね」
「…本当かそれ? 大体どうやって入るんだ?」
「そちらの白い姫の方はもうわかっているだろう? 今まで何度も黒い姫の方に入っているんだからね。それと同じことだよ。それを勇者に向かって行うだけ」
「…まあ、それなら確かにできそうではありますが」
「え? そうなの? …ボクにできるかなぁ…いきなり言われても無理じゃない?」
「そこはご安心を。今回は特別サービスで私がパパッと飛ばしてあげようじゃないか。勇者の中へね。それじゃあご案内」
魔導師のリングが二人を包む。
「キャンセルはしないでおくれよ? ちなみに、したら何回でも飛ばすからね?」
「はぁ…わかりましたわ」
「勇者の中か〜、何だかちょっと楽しみだな」
「お気楽でよろしいですわね? まあ、自分で戦わないで済むようなので良いですけれど…こんな事ならいくつか本を持ってくるのでしたわ…」
二人は飛ばされ勇者の中へと入っていった。
「さて、これで話は済んだね。じゃあ次は、ええっと、君の番だよ。名前名前」
「…強引すぎますね。まあ、とりあえず登録はしますけど。 …名前、ですか…う〜ん…考えたこともないから迷いますね…」
「あ、そうだ! 良い名前を思いついたよ。白と黒の姫と勇者、はどうかな? せっかくこうして二人が入った事だし。どうだい?」
「それだと長すぎません?」
「確かにそうかも。じゃあ白黒勇者にしておこう。はいこれで登録完了」
「まあ良いですけど。それで、次は何をしたら良いんですか?」
「これから私とこの子はまず駆け出し勇者の階へ向かう。何しろこの子はまだまだ未熟だからねぇ。そこで何度か勝ち上がって成長するまでは私と一緒にしばらく頑張ってもらうよ。それと、この先の君は自由行動だね。まあ実際、君ならずっと上の階に行っても全然大丈夫だから。歴戦の勇者の階にでも行って、そこにいるライバルたちと大いに凌ぎ合うといい」
「…ここの仕組みも何もわかっていないんですけど…」
「ははは、まあ仕組みは単純さ。上の階ほど強い勇者たちがいる、そう思ってもらっていい。それと、その階の受付で空いている対戦相手を決めたらいい。簡単簡単。やってみればすぐに理解できるさ。後はひたすらに勝ち続けることだね。上の階で有名になれば、スポンサーが付いて賞金がすごいことになるぞ。私たちもできるだけ追いつけるようには頑張るから、それじゃあね。ほら行くよ。まずは一勝からだ」
「上で…待っていてくださいね!」
妖精の勇者を連れて魔導師は会場の中へと入っていった。
取り残された勇者はとりあえず言われた通り上に登る階段を探すことにした。
階段の前には物々しい警備の人の姿がある。
「上の階に行くのか?」
「はい」
「…ふむ…良いだろう。通れ」
「? はい」
警備兵はあっさりと通してくれた。
それは次ぎの階層からも同じで、そのまま幾つかの階を素通りしていく。
師匠の言っていた歴戦の勇者の階へと辿り着く。
まあ言われたようにとりあえずはここで様子を見てみよう。
上に登るための階段はあたりには見当たらなかった。
もしかしたらここが最上階なのだろうか?
いや、ただ単にこれ以上昇るためには何か条件があるのかもしれない。ここで何勝かする、と言ったような。
受付でこの階層の選手登録を済ませる。
「登録は完了いたしました。お部屋のキーはこちらになります。どちらの腕でも構いませんので。できる限りは常時おつけになって下さい」
渡されたのは簡素な一つの腕輪だった。
「へぇ…選手専用の部屋があるんですね、それでこの腕輪が鍵にもなる、と…」
「はい、お食事やその他の要件などは部屋の内線か、そちらの腕輪からでも気兼ねなくお申し付けください。その横のボタンを押していただけると」
「なるほど、通信、これですね」
「はい。先ほどもお伝えしたとおり、こちらにおられる間はできるだけ外さないようにお願いしますね。それから、称号はどうされますか?」
「…称号って何ですか?」
「はい、こちらからお選びください。試合前に選手案内、紹介としてアナウンスと共に表示されるものです。スポンサー表示とは別になりますので、ご自由にどうぞ」
ずらっと、細かい文字が果てしなく並んでいる…
「…あ〜、特には。適当でも構わないんですけど」
「それでしたら、称号はランダム表示にいたしますね。はい、これで完了です。本日はすぐに対戦相手をお探しになりますか? 現在対戦可能な方のリストはこちらです。常時更新されますので、その都度ご確認をして頂ければ」
「えっと…そうですね。とりあえず今はまだ辞めておきます。そういえば、試合の観戦ってできますか?」
「階層の選手の方は無料で観戦できます。ご自由に専用の観覧席へどうぞ。他には何かありますか?」
「いえ、今のところは。ありがとうございました」
…あとで一度試合を観戦してみようかな。
勇者はひとまずあてがわれた部屋へと足を運んだ。
部屋は広く、家具も豪華で…ざっと確認しただけでも日常を過ごすための全てが揃っていた。
むしろ一人で過ごすには広すぎる気もする…
モニターを写すと現在行われている各階層の試合を見ることもできた。
過去の試合も録画されているようで、今まで行われた数多くの試合を見ることもできるようだ。
それは有料だったが…。
案内板を見ると階層ごとの施設も充実してるようだった。
料理屋から服飾屋、娯楽施設、美容・健康促進のための施設…ありとあらゆる設備がこの階層だけでも本当に充実している…ここで何不自由なく暮らせるんじゃないだろうか…
もちろんそのためのお金は必要だろうけど。
「肝心なことを忘れるところだった」
唐突に魔導師が姿を現すと、
「何ですか?」
「うん、ここに印をね。ちょっとその飛翔石貸して」
魔導師は地面に印を描いた。
「はい、これでオッケー。とりあえずここにも飛べるようにしておいたから。どっちの世界へ行っても、直接ここに来れるからね? ああ、もちろん君がここを出る時はちゃんと消すから心配しないように。 うわぁ…それにしても良い部屋だねぇ。さすが最上階ともなると設備が全然違うなぁ…うわ、噴流式のお風呂もある! …そのうち個人的に遊びにもくるから、その時はよろしくね。それじゃあね〜」
要件を済ませると嵐のように去っていった。
今最上階って言ってた気がする…
どうやらやはりここが最上階のようだった。
ー 対戦相手が決まりました ー
部屋の内部と腕輪に表示が出た。
ー この対戦を許可しますか? ー
表示されている はい を選んだ。
次に時間と日取りが表示される。
試合は明日。
対戦相手の名前は…オキタ。当然聞いたことはない。
と言っても、この階層にいる勇者の一人なので、実力者ではあるのだろう。
もしかしたらすでにここでは有名な人物なのかもしれない。
まあたとえ有名人であっても今は全く何もわからないのだけど…
最初の試合が唐突に決定した。
ただ、試合まではまだ時間がある。
それまでに色々と調べてみることにして…とりあえずは…少し寝よう。
大きな部屋の大きなベッドで仮眠をとることにした。
「あらおはようございます。随分とぐっすり寝てましたわ。ひょっとしてお疲れですか? まだ試合までには時間もありますし、そのまま寝ていたらよろしいのでは?」
白姫が紅茶を飲みながら優雅なティータイムを過ごしていた。
「…いつの間に出てきたの?」
「わたくしは黒姫さんと違って慣れていますので。出るのも入るのも、この通り自由自在ですわ。黒姫さんはまだ少々手こずっていらっしゃる様子ですけれども。まあ時間の問題でしょう」
「…そう」
「この焼き菓子は紅茶によく合いますわね。気に入りましたわ。他にももっと色々頼んでみましょう」
クッキーと呼ばれたお菓子を食べ、紅茶を飲みながらまったりとくつろいでいる白姫。
その手には見慣れない本を持っている。
「その本は?」
「ええ、これも頼んだら用意して下さいましたわ。図書館も併設されているのですね。ここ、便利で気に入りましたわ。この通信機で頼めば大抵のものは手に入りますし」
「料金はどうしたの?」
「それはもちろん、あなたにつけておきましたわ。試合をすれば、それも問題なくなるのでしょう?」
「いやまあ、それはそうだろうけど。今は文無しだから控えめにね?」
「あなたが勝ちまくれば問題ないでしょう。 …いっそここで暮らしていけるのでは?」
「…気が早すぎる…」
「ご心配なく。試合の時はちゃんとあなたの中に戻りますから」
「…そう。まあ、いいか。そういえば、対戦相手のオキタ選手について調べようかな」
「確かに敵を知ることは大切ですわね。ええっと、お待ちください。このモニターの、ここから…これをこうして、オキタ、と…」
「何だか慣れているね」
「わたくしも暇だったので色々と弄って、いえ、調べてみたのですわ。 …ええっと、出ました。対戦成績は…勝利も多いですが、敗戦も多いご様子ですね。剣術というものを得意としていて、魔法は使わないみたいですわね。その剣術一本で勇者として認められた…天才剣士、とのことですわ」
「剣術か…どういう戦い方なんだろう」
「カタナと呼ばれる剣を使うようですわ。随分と細身の刀身ですわね。ただ、鉄を斬ることも可能なくらい、その切れ味は抜群だとか…斬鉄というらしいですわ。オキタに切れないものは無い、という噂もあるようですわね」
「すごいね。斬ることに長けた剣なのかな、何でも斬るとか、それだけでかなりの手練れだとわかるね」
「まあそれでも常勝無敗というわけでも無いようですし、初めの相手としてはよろしいのでは無いでしょうか?」
「微妙に上から見ているのは何なの? まあ、どの道ここで戦うのはそういう相手ばかりになりそうだしね。遅かれ早かれ戦うことにはなるんだし」
「あなたの中で勝利を祈っていますわ。そして賞金を稼ぎまくって下さいまし。色々と充実しそうですから」
「…稼ぐために戦うつもりじゃなかったけど、確かにそれも理由の一つか…」
「わたくしに何不自由のない贅沢な暮らしをさせて下さいましね?」
「…うんまあ、勝利を目指すよ」
試合時間が訪れる。
勇者が舞台に立つとアナウンスが流れ、同時に巨大なスクリーンにもその姿が表示される。
「今日は新人選手のお披露目だ〜。その名も〜…姫たちに愛されし者 白黒勇者〜」
デカデカと称号と名前が映される。
観客席からは期待の応援とヤジが飛んでいた。
「おいおい愛され自慢か〜? 余裕だなおい」
「でも本当に良い男じゃない、私応援しちゃう」
「白黒勇者って、なんでそういう名前なんだろ…」
「そんなのオキタが勝つに決まってらぁ。 …出てこれたらだけど」
「あ〜、オキタ様〜。その麗しいお顔、久しぶりに拝見したいわ〜」
わいわいと騒がしく囃し立てる声が響いてくる。
舞台から離れていたが、それでもその大きさが観客たちの盛況さを物語っていた。
「え? あ〜、はい。はい」
審判の一人が通信で何か話をしている。
「あ〜、そうですか。 …今回は残念ですね。まあ、仕方ないです。わかりました」
スクリーンに白黒勇者の勝利と、オキタの敗北が表示された。
「え〜、オキタ選手は体調不良のため、この試合、不戦敗となりました〜」
「…あ〜、残念。久しぶりに見れると思ったんだけどな〜」
「仕方ないわ。オキタ様の万全の時を…私はいつまでも待っているから」
「久しぶりの新人のお披露目だったのになぁ〜。どんな戦いするのか見てみたかったぜ」
「高い金払ってきたのに残念…」
観客たちの悲喜交々の声が響く。
不戦敗。
それが勇者にとって最初の試合の結果。
「お疲れ様でした、お戻りになられて結構ですよ」
「あ、はい。 …この雰囲気のまま帰っても良いんですか?」
「あ〜まあ、オキタ選手のファンにとっては慣れたものでしょうからね…。新人のあなたに期待していた人たちにとっては、少々残念な結果となってしまいましたが…」
「おう新人〜、せっかくだから何か見せてくれよ〜」
「どうして白黒なんだ? 何かの能力か〜?」
物足りない観客たちの声が聞こえてくる。
「気になさらずに。こう言った声にも慣れて頂ければ」
「そうですね。でも、何か少しぐらい…」
そう思った時、体から光と共に黒姫が現れた。
「うわっ、いきなりうまくいったぞ。なるほどなるほど、こうするのか。うん。わかったぞ」
「…はあ、ようやくつかんだようですわね。それでこそ、わたくしが教えた甲斐があるというもの」
「隣で腕組んで見てただけじゃないか…途中勝手にいなくなるし。戻ってきたら甘い匂い漂わせているし」
立て続けに白姫も姿を現した。
「ヒュ〜、別嬪なお嬢さんたちが出てきたぜ〜」
「どこかの国のお姫様か? 白い姿に、黒い姿の…確かに勇者に姫はつきものだよな」
「ああ、なるほど、それで白黒ってか、自慢かよこの野郎。名前でも見せつけてんじゃね〜ぞ」
「しかも二人も侍らしてんじゃね〜よ、ちゃんとどっちか選べよ羨ましいぞこんちくしょう」
わいわいガヤガヤと会場の一部が盛り上がりを見せていた。
「ふふ、わたくしたちの勇者の今後に、ご期待くださいませ。きっと満足のいける戦いをご覧にいれることでしょうから」
恭しく優雅に礼をする白姫と、
「ボクの勇者は最強だからね。誰にだって負けないよ。それに今回はボクがついているんだし」
自信満々に言い放つ黒姫。
「それでは、皆様、ご機嫌よう」
二人は観客たちを囃し立てるだけ囃し立ててから中へと戻っていく。
会場の一部は異常な熱気と盛り上がりを見せた。
その後、受付にて。
「初めての勝利おめでとうございます」
「…不戦勝なんですけどね」
「それでも、勝利は勝利ですから。賞金はこちらになります。腕輪の表示をご確認ください」
腕輪に表示される賞金額を確認する。
「…結構多いですね。不戦勝でもこんなにもらえるものなんですか?」
「スポンサーが付いたらもっとたくさん貰えますよ。それに会場でご覧になっている観客たちからもおひねりの形で後からも付け加えられますし、試合の配信を見てファンになった方たちからも当然あるので、最終的には今表示されている以上の額になりますね。それで倍以上になることもありますから」
「…なるほど」
「後ほどファンからメッセージなども送られてきますので、腕輪か自室のモニターからご覧になって下さい」
「わかりました、時間をみて読んでみます」
白姫可愛い、黒姫可愛いとか、そういうコメントが多かった。
トータル的に賞金額が随分と跳ね上がった。
…これはもしかしなくても、今回の賞金の主は白姫たちに対してのおひねりなのではないだろうか…。
…まあいいか。使うのも主に白姫になりそうだし…
勇者は部屋へと戻ることにした。
…その前に。
初めての対戦相手のことが少し気になったので、何か贈ることにした。
賞金を使って中にある店の一つでお見舞い用の贈答品を購入し、受付へと向かう。
「オキタ選手への贈り物ですか?」
「はい、結局顔も何もわからないままで、勝ったことになってしまったので。体調不良とのことですが、食べ物とかでも大丈夫でしょうか?」
「大丈夫だと思いますよ。オキタ選手にとっては慣れたことでもありますからね。数日もすれば、元通りかと思われます。今回は日取りのタイミングが悪かっただけでしょうから」
「それを聞いて安心しました。ではこれをお願いしても良いですか?」
勇者が手渡したのはタイガーショップの羊羹という代物。それなりのお値段だった。
「こ、これは限定品…私も大好きなんですよね。オキタ選手も、きっと喜ばれると思います」
「それでしたら一つはどうぞ。余計に購入したので」
「い、良いんですか? ありがとうございます。必ずお渡ししますね。何か他に言伝はありますか?」
「特には…ああ、お大事に。くらいですか。それと、機会があったら、また試合をしましょうと伝えて下さい。賞金の持ち逃げみたいになっちゃいましたから」
「かしこまりました」
「それでは、また」
「あ、その。それから私にも、ありがとうございました。大切に頂きます。お茶請けとして」
「はは、喜んでもらえて嬉しいです」
勇者は部屋へと戻っていった。
それからこの受付嬢は個人的に勇者のファンになったという…




