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飛翔石

勇者は思うところがあって、その日は早くに魔導師たちの元を訪れていた。

「私たちに頼み事? ふむ、聞こうじゃないか」

「師匠なら、僕を前の世界に戻せるんですか?」

「うん、もちろんできるよ。君がここにくる前にいた世界に戻すことは可能だね。むしろ私たちにとってそれは簡単なことだよ」

「…それでなんですけど、こちらの世界と行き来することは可能ですか?」

「ふふ、この世界に未練でもできたのかな?」

「まあ、早い話がそうなんですけど…でも、やっぱりできるんですね。師匠たちに頼めば戻れるだろうとは思ってました」

「君が望むのはそれ以上、という訳だ。随分と、欲しがり屋さんになったものだねぇ」

「…はい」

「いいよ。特別に。君の今までの冒険に対するご褒美として。特別なモノを、私たちから授けようじゃないか」

「できるんですか?」

「もちろん。ただし、手間はかかるね。魔物の素材やら何やら、それを作るためには結構たくさん必要だからね。そうだなぁ、せっかくだから、もう一人の弟子も連れて、素材を採りに行こうか。良い訓練にもなるし。もちろん君もね」

「喜んでついて行きます。魔物の素材ですけど、今まで採ったものがギルドに預けてもあるので、一度確認してもらっても良いですか?」

「よしきた、任せたまえ」

勇者と魔導師たちはギルドに向かい、勇者のため込んでいた素材を確認する。

「…ふむ…」

…まあほとんど揃っちゃってるね。レア素材も、ドラゴンの素材も…これだと訓練にならないなぁ。ちょっと見ないふりして採りに行くことにしよう…

「いくつか改めて採りに行くことにしようか。新鮮さ、そう、新鮮さが必要なものが足りないからね!」

「なるほど…新鮮さまでは考えていませんでした」

「うんうん、じゃあ妹が弟子を連れてくるまで、君はここで私と待っていようか」

魔導師は学び舎へ妖精の勇者を迎えに飛ぶ。

「修行ですか! もちろん行きますよ!」

「あ、あの! わ、私もついていって良いですか?」

「魔物の素材集めだから、危険かもしれないよ?」

「お、お願いします。私も、その、力になりたいんです。それに、頼みたいことも、あって…だから、お願いします!」

頭を深く下げる姿を見て、魔導師は逡巡する。

「うぅん…まあ、勇者あのこと一緒なら、そう危険なこともないか…君が勇者に紹介してくれたお店は美味しかったしね…うん、いいよ。それじゃあ君も一緒に着いてくるといい」

「は、はい! ありがとうございます!!」

二人を連れて勇者の元へ戻る。

その姿を見て、勇者は、

「…危険じゃないですか? 魔物のいるところへ向かうんですよね?」

「それはそうだけど、本人たっての希望だからね。お姉ちゃんに何か言いたいこともあるみたいだったし」

「へぇ、それは何だい?」

「…私を弟子にして下さい!」

「ん?」

「どうか、私を弟子にして下さい!!」

「…う〜ん。私は、私たちは勧誘制だからねぇ。弟子をとると言っても」

「私も…私はこれからも勇者さんの力になりたいんです。だから…お願いします」

二人に向かって頭を下げる。その表情は真剣そのものだった。

「…うぅん、困ったなぁ。普通ならにべもなく断るところなんだけど」

君のことも応援すると決めちゃったからなぁ…

「…よし、それなら試験をしよう」

「え?」

その言葉に少し驚いたのは勇者だった。そしてそれは魔導師の妹も同じ。

「意外です。あっさり断るのかと思ってました」

「まあ、何かお姉ちゃんに事情がありそうだけど、私は別に、どっちでもいいかな。お姉ちゃんにお任せだね」

「試験内容は…そうだね、これから一緒に行って、素材を集めるのを手伝ってもらう訳だけど、その働きぶりを見て決めようじゃないか。何より実践経験は積んでおいた方がいいからね。危険なこともあるだろうけど、それは覚悟の上で、ね」

「はい、わかりました。 …私も、学び舎で今までたくさん学んできました。私の力も、きっと役に立つと思います」

「…あんまり離れないようにね」

「はい。 …離れません。ずっと、ずっと…」

「…いや、今はまだいいけど」

「イチャついているところ悪いけど、出発するぞ〜。まずは北の山脈にいるフロストドラゴンの髭だからね」

フロストドラゴン…勇者は何回も倒して素材もたくさんあった気がしたが、多分鮮度の問題なのだろうと思うことにした。

でも、髭の鮮度って何だろうか?


北の山脈 フロストドラゴンの巣


「う〜、やはり寒いね。みんなは平気かな?」

「移動に関しては妹に任せるから、私は後方で大人しくしているね」

「サボる口実ですか?」

「こらっ、師匠になんて口の聞き方をするんだい? 君の時を止めちゃうぞ。それに、今回のことはそもそも君のためでもあるんだからね」

「…そうでした」

「全く、まあいい。で、この寒さの中、訓練と試験、スタートだよ。二人とも、全力で励むといい」


「さ、寒いですね…」

「何回か来たことがあるけど、この辺りの魔物は結構強いから、気を抜かないようにね」

「本当に寒いですね…もう少し、側にいってもいいですか?」

勇者にピッタリとくっつく傾国の少女。

「いいけど、もうこれ以上は動きづらくならない?」

「…もう少しだけ暖をとったら、すぐに離れますから」

悪魔は勇者から離れない。

「あそこに見えるのが、そのフロストドラゴンだ。うんうん、体は硬いし、吐く氷のブレスも、とても強力なものだ。 …さて、君たちはどうやって、その髭をとるのかな?」

「普通に真正面から行って剣で切りましたけど」

「ああいや、ごめん。聞いたのは君じゃないんだよ。訓練にならないじゃないか。これは二人にやってもらわないと」

妖精の勇者と傾国の少女に向き直って再び問いただす。

「そうですね、真正面から立ち向かうとなると…かなり苦戦しそうですね。 …負けない自信はありますけど」

「うんうん、君だって勇者だ。確かに一対一でも負けはしないだろうね。でも、無傷でとはいかないし、下手をすれば深い傷を受けるかもしれない。まあ油断でもしない限りは大丈夫だろうけど。でも、素材集めだからね、倒す必要はない。二人でうまくやれば、あっさりと片付くかもしれないよ?」

「私に作戦があります」

「いいね。当然、今、二人はパーティを組んでいる訳だから、協力はむしろ大賛成。やってみるといい」

「それなら」

「君は黙って見ていること。これは二人の訓練でもあるんだから。君がやったらすぐ終わっちゃうでしょ?」

「…はい」


傾国の少女と妖精の勇者はフロストドラゴンに向かっていく。

フロストドラゴンは不思議と二人を警戒していない。

妖精の勇者の剣がフロストドラゴンの髭を切った。

それでも反応しない。

「…君のスキルかな?」

「はい、私たちに対する警戒心をできるだけ下げました」

「ふむ、面白い能力スキルだね」

「ありがとうございます」

感情操作エモーショナルコントロールか。 …それが君の固有能力パーソナルスキルなんだね?」

「はい」

「面白い能力スキルだ…とは言え、その様子だとかなり疲労するのかな?」

「今はまだ、集中力の持続が難しくて…すごく疲れます。さっきも、使いながらもっと動けたら…本当なら私だけでもできたのかもしれませんけど。力を使いながら攻撃するのは…今はまだ無理です」

「うんうん、いいよいいよ。そのための二人、パーティなんだから。ふむふむ、相性は悪くなさそうだ。よし、即断即決が私のモットーだからね。合格だ。弟子にしてあげようじゃないか」

「本当ですか!」

「もちろん、二言はない。そのかわり、これからは私たち魔導師の弟子として、今後を過ごしてもらうよ。私たちと一緒に行動するという意味は、わかるよね?」

「師匠たちは未来から来た、と言うことは、いずれ連れて行くんですよね?」

「その通り。まあ、それは今すぐに、と言うわけじゃないけど。いずれは未来どころか、妖精の勇者と共に世界を渡り歩くことにもなるだろう。その覚悟は、あるんだよね?」

「…はい」

何かを決心したかのような表情で、傾国の少女は答えた。

「…妹のことは確かに気掛かりですけど…でも、それでも」

「先生と一緒だし、きっと大丈夫だよ。それより本当にいいの? 師匠の弟子になっても、と言うより、勇者にでもなりたかったの?」

「いえ、なりたいのは勇者そのものではないです。その隣に…私はただ、勇者の隣に立ちたいんです」

「…」

「さぁて、それじゃあ次の素材に行ってみようか。今度はレア素材、見つけたとしても、素早いから大変だぞ〜」

それもまた魔物の警戒心を下げることであっさり片付いた。

レア魔物を発見した時は、あえてその注意をこちらに向けるようにし向け、逃げないようにすることもできるようだった。

レア狩りが捗りそうな能力だった。

「いい能力スキルだね。ちょっと欲しいかも」

「欲しいですか? もちろん喜んで、いつでも貰ってください。今すぐにでも…」

傾国の少女は勇者のその言葉にとても喜んでいた。

「ほらほら、次、行くよ〜」

それからの素材集めも、二人は順調に片付けていった。

妖精の勇者の高揚感を上げたり、その感情を上手く扱うことで、動きの質を高めることもできる、

強化魔法のかわりにもなるようだ。

「人間の感情は未知の部分も多いからね。怒りを増幅させ狂化させたりもできるだろう、恐怖心を増幅させれば身をすくませ行動を一時的に止めることなんかもね。 …本当に、使いようによっては大物食いもできるいい能力スキルだねぇ」

「…当然、人も操れるんでしょうね」

「まあ、そうなるね。でも、今の彼女ならそれはしないんじゃないかな? これから私たちの下でどう成長するのかわからないけど」

「そこは師匠たちがちゃんと責任を持ってくださいよ」

「え〜、個人の責任まで負う必要なくない? 仮に君が勇者やめて魔王になっても私は別に止めたりしないよ?」

「私も私も〜、それはそれで面白そうだし」

二人の師匠は揃って相槌をうっている。

ああそういえば師匠はこんなだったな、と勇者は二人を見て思う。

そのかわりに別の二人を見ると、

一日共闘して仲間意識が芽生えたのだろうか、二人で何か会話をしていた。

その距離は今までよりもずっと近くなっていた。

友達として、仲間として、同じ師匠の弟子として、その少女たちの成長を願った。


素材を集め終え、できたものは飛翔石と呼ばれる石。

魔力を込めると空間を移動することができる石だった。

師匠たちによってこの世界と、前の世界が繋がる。

これでいつでも、戻ることができる。

行き来が可能になったのだった。


「ああ、戻った時の時間は君たちがここに来た時の少し後にしておいたから。何も急いで戻る必要はないからね?」

何から何まで師匠たちに世話になってしまった。

「ただ、一度戻ってからは、それからの時間はこっちとも共有することになるから。片方で一日経てば、もう片方でも一日たつことになるよ。ちゃんと覚えておくように。はい、これが飛翔石。私たちから君への贈り物だ。大切にしてね」

「ありがとうございます。 …本当に、ありがとうございます」

心の底から感謝の弁を述べた。

「いやいや、それだけ感謝されると私も嬉しくなるね。さて、それじゃあ町へ戻ろうか。そうそう、ちゃんと挨拶は済ませておくんだよ。君はこれから私たちと一緒になるんだから」

「…はい」

傾国の少女を連れて、一度孤児院へと戻る。

事情を話すと、先生は頷きながらも寂しそうだった。

妹は号泣した。

号泣する妹を嗜める先生も、少し泣いていたように見える。

子供たちは、いずれは旅立って行くもの。

そうわかっていても、辛い時は辛いのだ。悲しいものは悲しいのだ。

勇者たちは、四人の最後の夜を共に過ごした。

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