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気まぐれな悪魔

孤児院から遠く離れた草原にいたのは勇者と、その師匠である魔導師二人。

「それじゃあ、お願いします」

勇者は魔力を溜めていく。

「うん、いつでも良いからね」

「そうそう、私たちのことは気にせずに思いっきりやっちゃえ」

「…はい。始めます」

以前からずっと勇者にまとわりついていた視線、

調べようにも近づく前に途絶えてしまうその視線、

確かにある。そしてそれは、今もある。

それなら、

準備のできた勇者は内に溜めた雷を広範囲に放った。

勇者を中心に半球状の形となって数十メートル先までのびていく…

魔導師たちは眼でその中に歪な空間の歪みを感知した。

魔導師の一人が時を瞬間的に止めると、すかさずもう一人がその周囲の空間を丸ごと飛ばす。


魔導師が飛ばした先は異空間の空白の部屋。

そこにはその真っ白の空間の他は何もなく、ただただ白い世界が広がっている。

勇者はそこで初めて気まぐれの悪魔の姿を見た。

その姿を見て、眉を顰める。

「あらあら、うまいこと飛ばされちゃったわ。ふぅん、はぐれ魔導師たちも面白いことしてくれるわね。でもちょっとここ狭くない? …真っ白で味気ないし。ま、頑丈そうではあるけど」

余裕そうにあたりを見回す悪魔の姿が、よく似ていたのだった。

「…姉さん? いや、違うか…。 …今までずっと見ていたのはお前か?」

「ふふ、ワタシに向かってお前、だなんてね。まあ良いんだけど。ええ、そうね。あなたのことを見ていたのはワタシ。一目見て、それから本当にものすご〜く気に入っちゃったから。ワタシの魔王を消し飛ばしたのもあなたよね? ふふ、あの穴。冥府の底まで繋がったんじゃないかしら」

口に手を当てて楽しそうに笑う悪魔。

「観察していた目的は?」

それとは対照的に、勇者の表情は真面目そのものだった。

「あら、興味深い対象の様々な表情かおを見たいと思うのは自然なことよね? 悪魔も人も神だってそれは同じだと思うけど。ふふ、だってその方が面白いし楽しいじゃない」

「…それに先生を巻き込んだのは許せないよ」

「うふふふふ、ええ、知っているわ。だからやったんじゃない。わざわざ新しい悪魔を用意してまで。面白かったわぁ…魔獣たちがちょっと弱すぎたのが残念だったけど。まあ、その悪魔の役割はあなたの中に入ることだったから、もう充分ね」

「それなら最初からそう言えば良い。わざわざ回りくどい真似をしなくても」

「ンフ、そう言ったら聞いてくれるの? 散々警戒してたじゃない。ワタシのこと。眠っている時も、どんな時も、気が休まらなかったでしょうね? 心配で心配で心細くもなったんじゃないかしら? だから言ったでしょう、あなたの多様な表情かおを見たかったって。怒り、憎しみ、喜び、悲しみ。色々ネ」

「それも今日で終わるからいいよ」

勇者は自分自身へ極大の雷を落とした。

極大の雷をその体に纏い、剣を構える。

「ふふ、良いわね。良いわねぇその力。神の力ね? …でも、ワタシだって弱くはないから」

「…」

ピリッと音がしたと同時に、勇者の姿は消える。

稲光と共に切り込んだ瞬間、

二人の間に激しい火花が散る。

「言ったでしょ? 弱くないって、ね?」

勇者は後方へと弾き飛ばされていた。

悪魔の手には長い柄の鎌が握られている。

「…これ、死神の鎌って呼ばれているの。傷つけられたら決して治らないから。人も、悪魔も…もちろん神でさえも、ね」

くるくると器用に回しながら微笑んでいた。

「ワタシ、あなたの中に興味があったんだけど。でもね、本当のところはあなた自身にも興味が湧いているのよ? 自分でも不思議なのよね。神が作った人間なんて、今となっては別にそんなに興味も湧かない対象なんだけど。 あなたは…不自然なほどに強い人間だからかしら? でも…あなた本当に人間なの?」

手に持つ鎌の回転速度が増していく。

「さあ、自分ではそのつもりだけどね」

再び剣を向け、構えをとる。

「…実際、ものすごく好みなの。あなたの造形。 …ワタシが神に変わって理想の人間を形造ったら、多分あなたのような人間になるんじゃないかしら? …ええ、もちろん褒めてるのよ? 手元に置いておきたいくらい…」

回転する鎌の速度が高まるにつれて周囲に衝撃波が生じ、

その見えない刃が空気を切り裂く音が聞こえた。

「…これを受けたら、いくらあなたでもタダでは済まないから、せいぜいうまく捌いて見せて? さあ、踊りましょう、ワタシと一緒に…楽しい武闘ダンスを!」

捉えにくい鎌の動きに、かまいたちの旋風が交ざる。

そして巻き起こる風が周囲に見えない刃を発生させた。

勇者は雷を纏い不規則な動きで相手を翻弄しようとする、

しかし雷を纏った勇者のその動きの速さにも悪魔は後れを取ることはなかった。

それどころか、勇者の動く先に衝撃波を発生させ、その素早い動きを自由にさせない。

旋風によるかまいたちの傷でさえ場合によっては致命傷となりえた。

「…っ」

勇者は一度、距離をとった。

「ふふ、慎重ね。悪いことではないわ。でも、この武闘ダンスに誘ったのはあなた。それなのに離れるのは少し失礼ではないかしら?」

悪魔は両手をひろげて余裕の笑みを見せている。

「…」

速さだけでは先を読まれる。

…しかしどうやって? いくらなんでも読まれすぎている、読心かあるいは、

「…未来視?」

「ふふ、褒めてあげる。それと特別に教えてもあげる。ワタシの眼、刻の瞳って言ってね? 少し先を見たりできるの。さあ、それを知ったあなたは、どうするのかしら?」

もちろん、魔力の消費量がリスクの一つではあるけど。

「…先読み…」

それで視えても、反応できない速度であれば…

勇者は再び自身に極大の雷を落とす。

「…それだとさっきと同じじゃない? 同じ踊りだと、ちょっと飽きてしまうんだけど。それなら、この武闘ダンスも、もう終わりにしちゃうけど?」

勇者は更に極大の雷を続けて自身に落としていた。

雷が重なりより一層激しさを増していく。

振動と轟音が勇者を包み、肉体から噴出した霧状の血が雷を染めていく。

「…へぇ…それって、重ねられるのね」

明らかに先ほどよりも強大な魔力の振動を感じ、悪魔は目を細めて警戒する。

「でも、」

悪魔が言葉を発する前に、更に極大の雷が勇者を包み込んだ。

「!!」

悪魔が動きを視た瞬間に勇者の剣が目の前へ迫る。

先を視て動く動作に勇者の動きが追いついた。

勇者の剣と悪魔の鎌の度重なる無数の線が刹那の一点で交差する…

それは空白の世界に極点を生んだ。

極点は収束し膨大なエネルギーとなって爆発を巻き起こした。

気まぐれな悪魔の肩には切り裂かれた跡が残っていた。

傷口はもう塞がっている。

「…ワタシの反応速度だとこれが限界ね。まあ、褒めてあげる。ワタシに傷をつけたこともそうだけどね。でも、損傷の大きさで言えば、どっちもどっち、と言うより、あなたの方が大きかったんじゃない? 見えないけどね。お互い、その回復速度は同程度。だから、決定打にはならないわね。ワタシの鎌があなたを捉えさえすれば、形勢は逆転ね」

「…そうだね」

「ふぅん、随分と素直ね、だったら、」

勇者は自身の魔力を練り上げる。

属性同士の魔力を自身の中でぶつけ合い、混ぜ合わせていく。

魔力の素、そのものを…それぞれにぶつけて、混ぜ合わせる。

イメージは…魔力同士の…融合。

勇者の魔力が極彩色へと変化していく。

「……それをまともに受けたら、流石のワタシもタダでは済まないわね。まあ、それでも消えはしないけど。 …でも、当たらないわよ? 当然、当たる前にワタシの瞳で視て避けるから」

「…それなら、避けられない範囲で撃てばいい」

勇者は全身から放射状に極彩色の魔力を放った。

限られた異空間の、その空白の全てを極彩色の魔力が覆っていく。

「…っ!!」

狭い空間にしたのはそのためだったのね。

…チッ…逃げ場がないか…仕方ないわ。


空白の空間を極彩が埋め尽くした後には、勇者が一人、立っていた。

そして…

「…本当に消えてないんだね」

「…だからそう言ったでしょ。 …っつぅ…」

ボロボロになった気まぐれな悪魔が浮いていた。

「…いたた…まあ、今回はワタシの負けでいいわ。 …とっさに全てを防御に回しても、これだけの痛手を負ったわけだし。回復にはもうちょっと、時間かかりそうだしね…あ〜痛い…」

悪魔は傷の手当てをしているが、間に合っていないようだった。

「で、まあトドメを刺すならどうぞご自由に。今のワタシには止められないし」

「…いくつか聞いてもいい?」

「ご自由に」

「やっぱり姉さんにすごく似ているんだけど…その理由はわからない?」

「あなたの姉に? ワタシが? いや、そもそもあなたの姉をワタシは知らないから。 …ただ、そうね。あなたの中にワタシに近い存在がいるのは確か。それは最初から気づいていたことだし。 …まあ、それも確かめたかったんだけど。今となっては別にね。その前に負けちゃったじゃないワタシ? 順番が違うのよね。想定では先に中に入る予定だったんだけど」

「…全く無関係だとは思えない。 …中に入ったら、それが何かわかる?」

「さあ、ね。 そう言ったら招き入れてくれるの? 本当にいいのかしら?」

「…黒山羊の悪魔もすでに入ってるし、警戒するのは今更な気もする。だからいいよ。ただ、中に入ってどうなるかは僕にもわからないけどね」

「…ふぅん、そう? …まあ、こんな風に話を聞いてくれるのなら…確かに、ワタシも警戒しすぎないで、あなたと面と向かって話せばよかったのかもしれないわね」

「よほどの悪巧みでもしていない限りは、断らなかったと思うよ。先生を巻き込んだのは今でも許してはいないけど」

「…そう。やっぱりちょっと変わっているわね。それじゃあ、遠慮なく。失礼するわ」


気まぐれな悪魔は光となって勇者の中へと入っていった。

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