魔力と悪魔のメイド
ある日の午後。妖精の勇者との稽古の合間。
「そういえば、君は不思議な魔力を使えるようになったよね? 星喰い…ええっと、確か君たちは虚無って呼んでたかな? それと戦った時に使ってたものだけど。今ここでできるかい?」
「いいですよ」
勇者は集中し、魔力を練り上げていく。
さまざまな色の魔力が混ざり合い、次第に極彩色へと変化していった。
「ふぅむ、うん。 …全ての属性が本当に混ざり合っているね。いやすごいね。うん、正直に言って普通ではないね」
興味深く観察しながら時の魔導師は続ける、
「ありがとう、もういいよ…通常であれば、異なった属性間の魔力は混ざらないものなんだよ。たとえば火と氷の魔力を混ぜようとしたら互いに反発しあって消滅するのが普通だからね。端的に言えば、火に水を入れても混ざらないだろう? いやまあもちろん、一概には言えないし例外はあるかもしれないけど。大体、この状態で普通を保てるとは思えないんだけどなぁ…体の方はどういう状況なのかな?」
「体の中で魔力が暴れているような感覚ですね。まだ、全てがまとまりきっていないような気もします」
「未完成なんだろう。完成したらまた変化するものなのかもしれないけど…ただ、どうしたって得意不得意な属性があるからね。それは君だってそうだろう? 単純に各属性の魔力の多少がね」
「火と氷や雷以外となると、確かに足りていないのかもしれないです」
「神たちの加護によってそれを補おうとしているのかな? 土の神や各属性の力を持つ精霊たちの力を借りれば、確かにその不足分をある程度は補えるだろうし」
「そういうつもりは特にありませんでしたけど。 …でも、そう言えば雷って属性に入るんですか?」
「ああ、まあ確かに特殊だね。本来であれば勇者にのみ備わっている属性と言ってもいいくらいには。そして君の使う雷もまた、特殊だ。見たところ、それ一つで完成しているんだよね。おそらくは他の全属性を抜きにしても、その一つを極めることができたらそれだけでもう十分なくらいには、ね。それだけの可能性というか、潜在的な力を感じるよ」
「それを極めるための道が、まだ随分と高いところにあるんですよね」
「ふふ。でも確かに、君をもってそう言わせるくらいの高みがあるんだよ」
「魔力を混ぜ合わせた時に、掛け合わせる以上のエネルギーを感じる時があるんですけど、それには何か理由があるんですか?」
「そもそも魔力を構成しているもの、その本質が、実のところ全て同じなのだろうね。通常は属性でどうしても分けてしまうし、一般的にはそういう考えなんだけど。結局のところ、どの魔法であっても魔力が必要な訳だしね。魔力という素から変換している、と考えれば。君がやっているのはその素を混ぜ合わせるようなものなのかもしれない。それにしたって簡単じゃないと思うけどなぁ。もしかしてただのチカラずくだったり?」
「…あ〜、はい、確かに。そうも言えるかも…色々な人たちの力を受け継いだ時に、その全ての力を込めて…という感じでしたし。託された思いだったり願いだったり…全部を一つにまとめて」
「ふふっ。面白いね。興味深いよ実際。思いや願い、祈りなんかも、実はそういったエネルギーに変換できるのかもしれない。でも、それ、体への負担は今でも相当なんだろう?」
「そうですね。さっきも言った通り、魔力の渦が体の中で暴れ回るみたいですから」
「普通はそのまま爆散しそうだなぁ」
「それも強引に力ずくで抑え込んでいる感じですね」
「おぉう。それを聞くと心配にもなるね。軽々しく見せてなんて言えないじゃないか。まあ体は大事にね? いきなり爆発しないでおくれよ?」
「師匠にそんなことを言われるとは思いませんでした」
「おいおい、私をなんだと思っているんだ。ちゃんと優しいだろう? 特に最近は」
「師匠に扱かれた妖精の勇者はまだそこで気絶してますけどね」
「それも大の字でね。 …全く、恥じらいも教えないといけないかなぁ」
…魔力そのもの。
今の自分の限界がどのぐらいのものなのか。
それを一度、試してみよう。
純然たる魔力、属性を纏わず、ただただ、魔力そのものを高めれば…
先生たちのいる孤児院からは少し離れ、新しくできた大きな孤児院の間、その間にある広場までやってくる。
勇者は静かに集中し、魔力を高めていく。
何ものにも染まらない純粋な魔力が勇者から解き放たれていった。
高める…更に…高める…
空気が振動し、大気が震えた。
集中…集中…
勇者は一点を見つめ、ただただ魔力を高めていった。
その純然たる魔力は次第に輝きを放ち始めていた。
新しい孤児院では主に悪魔のメイドたちが世話係として雇われていた。
その悪魔のメイドたちにとっての主な仕事は保護された元奴隷の子供たちの世話、教育であったが、
しかしその仕事とは別に、本宅の孤児院にいる四人…勇者、先生、悪魔の姉妹を特別な主人として仕えてもいた。
その四人はメイドたちにとって別格であった。
中でも特に勇者は自分たちをあの忌むべき場所から救い出してくれた恩人として、彼女たちそれぞれが個人的に慕ってもいた。
早い話がメイドたちの本心は勇者個人に専属として仕えることであったのだが、
子供たちの世話を彼女たちに頼んだのが他でもないその恩人たる勇者だったので、頼まれた依頼を断れるはずもないし、蔑ろにできるはずもない。
それでもメイドたちは交代で、勇者のいる孤児院にお手伝いさんとして自ら進んで赴いていた(初めは半ば無理やり、押しかけるような形で…)。
今日の当番メイドの一人はその道中に勇者の姿を確認した。
日頃鍛錬をしていることは把握していたため、邪魔をしないようにできるだけ気配を抑え、その場に立ち止まってその様子を伺った。決して覗き見をしているわけではないのだ。
勇者が魔力を解放して輝いていく様を見ていた。
「ああ…なんて…美しいのでしょうか…」
悪魔のメイドは恍惚な表情でうっとりしながら覗き見を続けた。
当然ながら勇者はそれに気づいていたのだったが。
「…君が今日の世話係? そんなところにいないで、こっちまで来たら?」
あまりにも微動だにせずじっとこちらを見続けていたので、気にかけて声をかけることにした。
「い、いえ。とんでもありません。ご主人様のご稽古の邪魔になってしまいますので。私はただ、ただその身の威光に触れさせていただきたく思いまして…ご主人様の輝くそのお姿はまるで神にも等しく…いえ、違いますね、私にとってはご主人様は神以上のものでさえありますから…はい」
「…大袈裟だね」
「そんなことはございません。私たちは全員、その救い主たるご主人様を心から信仰いたしておりますので」
「全員って、ここに一緒に来たメイドたち全員? 流石にそれは」
「いえ、今となっては孤児院の子どもたちも含めましてございます」
「いやそれこそ大袈裟なんじゃないかな…」
「いえいえ、大袈裟ではありません。それに、皆進んでそうしておりますので。はい。まあそれも当然だと思いますが」
「えぇ…本当に? 無理やりとかではなく? …洗脳?」
「そのようなわけがあろうはずがございません。ですので、今後も是非ともそのご尊顔を皆に拝見させていただければと…皆大いに喜びますので、はい」
「…えぇ…」
あまりに大袈裟すぎる気がする…子供たちの教育係を間違えたかもしれない。
「それで、こっちの孤児院に来るところだったんだよね?」
「はい、そうです。これからは私の番ですので。 …本当は毎日行きたいところなのですけど…そうです。ご主人様がぜひ、私を指名してくだされば、そうすれば毎日でも私が」
メイドは抜け駆けしようとしていた。
「いやまあ、それは他のみんなと相談して決めて欲しいかな」
「…そうですか。ですが、今日からまる一日は、私が目一杯お世話いたしますので! どうかよろしくお願いいたしますね」
「とりあえず一緒に行こうか、夕食の準備まではまだ時間あるけど」
「それでしたらそのお召し物を。私がこれから洗濯いたしますので」
「いや、今日の分はもう出して洗濯も終わらせたから。それにまだ動くからね」
「くっ。残念です。で、でしたら浴のお手伝いをいたします」
「一人でするから。あ、でも幼い妹の方を手伝ってもらおうかな」
「くっ。わかりました。お嬢様のお手伝いはお任せください」
「もう少ししたら入ると思うよ」
「それでしたらお眠りの際はぜひ私にお知らせください。私の子守唄と添い寝で安眠をお約束いたします」
「…それも妹の方に頼むね」
「くっ。わかりました。お任せください。ご主人様も、なんでも、なんでもお申し付けください。本当に何でもですからね? なんでも良いですからね?」
「…うん、まあ、これから一日よろしくね」
仕事自体は優秀できっちりと行うので、困りはしないのだが…
いかんせん圧と押しが強すぎる気もする。
 




