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夢現

ある日の午前中、時の魔導師は孤児院を訪れていた。

「やあこんにちは、今日は前に頼まれていた約束を果たしにね。 …少し、遅くなってしまったけれども」

「いえ、いつでも構わないと言ったのは私の方ですし、それに、わざわざ出向いてもらってありがとうございます」

「なになに、気にしない気にしない。一人で町まで来るとなると勇者あのこが心配するだろうからね。いやいや、我が弟子ながら、過保護すぎるねぇ…まあ、その理由は知っているし、仕方のないことだけども。 さて…それでは、心と、場所の準備はいいかな?」

「…はい、どうぞ中に入ってください。用意はしてありますから」

幼い妹は少し早くお昼寝中だった。

「うんうん、まあ別に起きていても構わないのだけどね。ただ、この子にはまだ早いかな。幼すぎて成長中の脳の方が受け止め切れないだろうしね」

用意してある椅子に腰掛け、時の魔導師はリングを放つ準備をする。

「準備はいいかい? それじゃあ、目を閉じて。少し長い夢を見るようなものだと思ってくれていいからね」

「はい、お願いします」

先生と魔導師のその約束とは、

勇者にとっての育ての親であるかつての先生のその記憶に関してだった…

妖精の勇者が別の世界の記憶を取り戻した様を見た時に、自分にもそれが可能なのではないか、と、

そう考えた先生が頼んで取り交わした約束だった。


瞳を閉じた先生は、瞼の裏に、歪な景色を見た。

微睡の中で、不確かだったその形には次第に色がついていった。

そして初めに目に入ったもの…孤児院の前に捨てられた幼い二人の赤子だった。

女の子と、男の子。 …どちらも可愛らしい、赤子だった。

手に抱くと、どちらもすぐに泣き止んだ。

その生命の重みと暖かさが心に沁みていく…

ああ、どちらもなんて、可愛らしいのだろう。

初めての寝返り、初めてのつかまり立ち、どちらも女の子が少しだけ先だった。

そのうちに二人は歩くようになって、いつにも増して、目が離せなくなった。

二人とも、あっという間にすくすくと成長していった。

一人で二人を見ることは、本当に大変な時もあった。

それでも、眠る二人の姿を見ると、何よりも可愛く、愛おしかった。

最初の言葉は、せぇせぇ。えぅえぅ。二人一緒に、言葉に出した。

二人は仲良く、時に張り合い、喧嘩もしながら、それでも元気いっぱいで…

その日々は騒がしくも大変だったけれど…本当にあたたかく充実した時だった。

幼い勇者ともう一人の少女。

どちらも本当に本当に可愛くて…かけがえの無い大切な、自分の子供だった。

でもある日、兵士がやってきた。

村にも噂が流れていた。

話をすると、兵士は勇者このこの命を、狙っている。

私はそれを防ぐために庇った。

命をかけて…。 でも…私には二人を…守るだけの力はなかった。

鍛えられた兵士たちを止める力は無かった。

私は、命を落とした。

大切な子供達を、守り切れなかった。

そして世界しかいは暗く暗転していった…

「…続きも…お願いできますか?」

「…いいのかい?」

「…はい。お願いします」

「…わかった。ここから先は…あなた自身の見た記憶ではないけどね」

嘆き悲しむ勇者(こども)を見た。

見ていられないほどに、ひどい顔をして、泣いて、苦しんで…

そこには自分の亡骸と、少女の亡骸が見えた。

少女は光となって、勇者の中へと入っていった…そして、間も無くして勇者は気を失った。

「…このあと、私たちが勇者あのこを育てる事になったんだ。 …勇者として、ね。 …まあ、それからのことは、立派に成長した勇者とその仲間たちが悪いヤツらを退治して今にいたる…それで、いいかな。そしてさらに色々な旅と冒険を経て、あなたのことを思い出した勇者は、あなたに会える手段かのうせいを手にしたんだよ」

「…それで私に会いにきてくれたんですね」

「随分と、前に飛んでしまったようだけどね。初めての時空間の移動だったから、それもまあ仕方のないことだよ」

「…可愛い子たちでした。本当に本当に大切な子たちでした。あの場にいた大人の私に、守れなかったことが悔やまれます」

「いや、あの状況は普通の人間の女性には酷だよ。あの時あの場所、あの時代、なるべくしてなった、としか言えない。責任があるとすれば、結局のところ、悪い奴らが悪いだけでね。 …それはいつだってそうだよ。そこにどんな理由があろうとも、ね」

「…あの子は…元の世界へ戻るのでしょうか?」

「どうだろうね。本人はまだ、迷っているようだけども。あなたはどう思う?」

「…正直を言えば、帰ってほしくはありませんね。大切な子供を二度も失うのは、辛すぎますし」

「何も今は子供として、ばかりでも無いんじゃないかな?」

「…そうかもしれません」

先生は手にはめた指輪を見ていた。

「ま、なんにしても、あとは進むも戻るも本人次第。そのどちらが進んでどちらが戻るのか、それはわからないけどね。 …さて、それじゃあ、約束は果たしたし、私は戻るとするよ」

「ありがとうございました。このお礼を何か…」

「いらないいらない。むしろあなたの頼み事を聞いたのは、私の愛弟子が二人もその世話になってるお礼だから。あなたがいなければ、私たちも勇者あのこに出会えなかった訳だしさ。そうだねぇ、でも、どうしてもというのなら、あなたの作ったお弁当をいつか私にも食べさせて欲しいかな。 …もう一人の弟子がやたらと褒めてね、ちょっと気になってたんだ」

「わかりました、もちろんいつでもご用意します」

「また先の楽しみが増えたよ、それじゃあまた」

魔導師は町へと帰っていった。

先生は、一人静かに目を閉じて、幼かった頃の勇者たちを思い出していた。

すぐそばでは、幼い悪魔の少女が、静かな寝息を立てて眠っていた。

溢れ出した情報処理に脳が疲れたからだろうか、気づけば一緒にうとうとと…

かつての幼い子供たちと一緒にいる夢を見ながら…眠りについていた。


その日の夜、勇者たちは夕食を終え、それぞれが各部屋へと戻ろうとした時、勇者は一人先生に呼び止められていた。

「本当に、強く大きくなりましたね。育てたのは私、ではないけれど、それが本当に、本当に嬉しいです」

先生はそう言うと静かに手を広げて勇者を抱擁した。

まるで子供をあやすかのようなその仕草に戸惑う勇者は、

「先生? 何か、あったんですか?」

「…あなたの世界の、私の記憶を拝見したんです。あなたのお師匠さんにお願いして」

「それは…でも、」

「私が無理を言って頼み込んだんです。 …そのおかげで今は、少し、すっきりとしています」

「…体は何とも、ないんですか?」

「ええ、大丈夫。あなたが時折私に見せた表情が、何であるのか。それが少し、今の私にもわかりました」

「…」

「あの時、幼かったあなたたちを守れなかったこと、それがひどく悔やまれます。私が弱かったばかりに、あなたたちには、辛い思いをさせてしまいましたね」

「いえ、それは違います。先生は、幼い僕たちを育ててくれた。今の僕たちがいられるのは、先生のおかげなんです。弱かった自分たちを、あそこまで育ててくれた先生を、弱いとは少しも思いません」

「あなたは本当に強くなったんですね。強く、立派になりました。あんなに幼かったのにね…」

「でも、それでも守りたかった。 …あの時、本当に…守りたかったんです。二人のことを…」

「あなたは今の私を守ってくれました。 …ありがとう。強く優しく育ってくれたあなたのことを、私は誇りに思います」

そう言って自分に向けられた先生の、その慈愛に満ちた優しい笑顔が、

あの頃に見た先生の笑顔と、全く同じに見えて…

「…そう言ってもらえたら…僕も嬉しいです」

…自分は、ここにきて本当は何をしたかったんだろう。

先生に会って…それで…それから…

何がしたいのか…何ができるのか。

勇者は優しく抱擁する先生の温もりを体に感じて目を閉じた。



また別の日…町の甘味処にて。

ソフトなクリームを満足そうに頬張る空間の魔導師と、それに付き合う勇者がいた。

「ん〜、最高だね! うんうん、美味しい美味しい」

一つをあっという間に平らげ、勇者の手に持った二つ目へ。

「この香りは、桃だ。ん〜、最高! 私この香り大好き」

非常に満足しながら平らげていく。4個は食べただろうか。

「ふ〜、満足満足。いい仕事をしてくれたね」

「そうですか。それならよかったです」

「ん〜? 何か聞きたいことがありそうな顔しているねぇ」

「先生の記憶のこと、当然師匠も知ってますよね?」

「ん〜? 何の事ぉ? お姉ちゃん案件は私には関係ないなぁ」

「白々しいですよ。ただでさえ別世界の記憶なんですから、関係してない訳ないでしょう?」

「バレてるか。ま、そうだねぇ。うんうん。その通りだね。でも、決めたのも頼まれたのもお姉ちゃんだから〜」

「危険なことがあったらどうするんです? 先生は普通の人間なんですよ?」

「いやいや、危険なことはないよ〜。やるのはこの私たちだしね。それに普通の人間でも、割と夢で見たりしているんだよ? 覚えてないことがほとんどろうけどね。たとえば予知夢だとか、そう言ったものもある訳だし?」

「…本当ですかそれ?」

「まあまあ、君が先生を危険に晒したくないのはよぉくわかるけどね。その先生自身が望んだんだから、それは否定できないよねぇ」

「それはそうですけど…もしかして先生だけ、ではなくて悪魔の少女も、師匠たちによって当時の記憶を知ったんじゃないですか?」

「おっと、鋭いねぇ。気づいてしまったのか」

「どおりで、最近様子がちょっと変なんですよ。暗くなったというわけではないんですけど、どこかじっとりしているというか、視線がジメジメしているというか、何というか…大丈夫なんでしょうか…将来とか…」

「ははは、でもそれはきっと彼女の素だと思うよ? 根が暗いとまでは言わないけど、まあ元々重い感じがしていたしね。素の自分を出すようになったんじゃないかな? 遠慮しなくなったというか、ある意味素直になったとも言えるんじゃない?」

「ものは言いようですね」

「人にせよ、悪魔にせよ、時と共に変わっていくものだ。さぁて、美味しいモノもご馳走になったことだし、そろそろ私は戻るとするよ」

「喜んでもらえたようで何よりです」

「ふふ、まあね。それじゃあ、次回のスイーツも期待しているから」

「次回?」

「ご褒美が一回ポッキリだなんて、私一言も言ってないよね? 私が満足するまで、続くのさ」

「わがままなことを…まあそれは今更ですけど」

「おっと、口には気をつけるんだよ? 二人っきりの部屋に閉じ込めちゃうぞ? 出られる条件は私が自由に決めて、それでもいいのかい?」

「…はぁ、わかりました。また見つけておきますから」

「うんうん、素直でよろしい。何もこの町じゃなくてもいいからね。どこでも、本当にどこでもいいから。いいお店を見つけたら、その時は誘ってね〜」

ひらひらと調子よく魔導師は帰っていった。

…しかし、その約束を果たす前に元の世界に戻ったらどうするつもりなんだろうか?

…どこでも…か。 …師匠のことだから普通にどこにいても飛んで来そうだな…

そんなことを考えながら、勇者もまた帰路についた。

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