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傾国の悪魔は不思議に思う。

新しく学び舎に入ってきた妖精の勇者から見える感情…

その、私に向けられる感情は、一言ではあらわせないような、とても複雑な形と色をしていた。

休憩時間に、本人に直接訊ねてみる事にした。

「私たちって前に会っていないよね? もしかして私が覚えていないだけ? 実は小さい頃に会っていた、とか? そういう…」

見たところ、年はそう違わないから、ないと思うけど…

「あ〜、そのですね。まあ、なんと言いますか。なんて言えばいいんでしょうね。昔の知り合いに似ている? …でいいんでしょうか…う〜ん、説明が難しいですね。 …でも、あなたのことは一切悪く思ってませんから。はい。実際に、今の私自身とは、本当に何もない訳ですから、あはは…」

少しの戸惑いとともにそんな答えが返ってきた。今の自分とはどういう意味なのだろうか?

…もしかすると、勇者さんなら何か知っているかもしれない。

話してくれるかはわからないけど、聞くだけ聞いてみよう。

「妖精の勇者のこと? まあ、知らない仲ではないけど。前に、一緒に旅をしたことがあるんだよ」

「そうだったんですか。 …ちなみに、どんな旅だったんですか?」

「ん〜、そうだなぁ。まあ冒険だよ冒険。勇者が魔王…を倒しにいくというような、ね。その冒険を一緒にね」

「魔王ですか…でもそれっていつの話ですか? あんまり前だと、すごい子供の時になりますよね? かといって、魔王って私が生きている間はいなかった思いますけど…」

「あ〜、うん。まあ…前だね、結構前に。魔王みたいなのが…いたんだよね」

嘘をついている。何かを誤魔化しているのは明らかだった。

…何か、二人だけの秘密なのだろうか。

…それが少し寂しかった。


午後の講義も終わり、宿舎へと戻る。

今日は早く終わったから、たまには町へ買い物にでも行こうかな。

…気分転換にもなりそうだし。

そういえば勇者さんが美味しい甘い物が食べられるお店を探していると言っていた。

甘いもの…そんなに好きだったかな?

…他の誰かと行くのかもしれない。誰だろう…妖精の勇者さんとかな…それとも、別の女性ひとかな…

そう思うと少し心がピリついたものの、同室の友達のおすすめのお店をいくつか見て回ることにした。

食べ物ばかりでなく、小物やアクセサリー、服のお店も見てまわる。

アクセサリーと言えば、先生は勇者さんから指輪を貰ったんだよね。

あれから毎日ずっと、つけているみたいだし。

…いいなぁ。私も欲しいなぁ。

勇者さんに頼んだら買ってくれそうだけど、でもそういうんじゃないんだよね…。嬉しいけど。

乙女心は複雑だった。


甘い物のお店を何軒か見てまわる。

まず一つ目は動物の乳を冷やして固めたモノを果物の果汁と混ぜ合わせてさらに練りあげたモノ。

ソフトなクリーム状のデザート。

「!!」

丁寧に練り上げられたクリームは舌触りもよく、口に含むと舌の上でとろけて…

果物の香りと甘味も加わって極上に美味しかった。

その後、穀物を炊いて練って小さく丸めたものに、糖蜜とすり潰した豆をかけたモノ。

弾力のある白い玉と蜜、それに絹のような粉が絡み合って、これもまた極上の逸品だった。

…油断するとつい食べ過ぎてしまいそうだ。

その後に消化を促進させるために適当に町をぶらぶらと歩いていると、一人の女性に声をかけられた。

「おや〜、君は…ああ、君が。勇者あのこの言っていた。傾国のまじゅじゃなくて、勇者と一緒に孤児院で暮らしてる姉妹か〜」

「あなたは…勇者さんの…師匠さん?」

「そうそう。私のこと、勇者から聞いている?」

「はい。先生からも、それと妖精の勇者さんからも話は聞いてます」

不思議な色。感情が無い、というわけでは無いけど、全然読めない。何を思って何を考えているのか、全く読めなかった。 …こういう人も、いるんだ…

「そうかそうか〜。まあ、こんなところで会うなんて、偶然だね〜。君は買い物かな? それともただ見て歩いて楽しんでいるのかな」

「はい、見てまわっているんです。美味しいお店を探しながら。甘い物を食べ歩いていました」

「…あ〜、確か妹も、甘いものを食べたいとか言っていたな。それと今度美味しいものを食べに行くとかなんとか。食べ歩きが流行っているのかな? それで、何か良い店は見つかった?」

「あのお店がとても美味しかったですよ。他にもいくつか、美味しいお店をみつけました。メモがあります」

「どれどれ、ほうほう…私も今度行ってみようかな」

「あの…今、お時間ありますか?」

「何だい? 私はこう見えて、時間ならたっぷりとあるから気にしなくてもいいよ」

「勇者さんの師匠さんなんですよね?」

「そうそう。その通り。稀代の天才、時の魔導師とは私のことだね」

「ははは…すごい自信ですね」

それもおそらく本心から言ってるのだった。

「まあただの純然たる事実だからね。それで若人は何か悩み事でもあるのかな? 私でよければ話を聞こうじゃないか。私の弟子が二人も世話になっている事だしね」

「世話なんて、ああでも、今のお弟子さんの方の、妖精の勇者さんについてなんですけど」

「何かな? 学び舎で何かやらかした? 元気だけは一丁前なんだけどなぁ」

「いえ、その…私のことを知っていたみたいなんですけど。どうしてかわかります? 私は初めて会ったと思うんですけど…前にも会ったことはなかったと思うんですけど」

「…ああ、うん。なるほどね。まあ、うん。そうだねぇ」

「何か理由があるんでしょうか?」

「う〜ん、ある、と言えばあるけど。でもそれは今の君にはあんまり関係ない話だしな〜。それと、知っても得になるところがほぼ何もないときているし…ねぇ」

「ご存じなんですか?」

「まあ私はね。私たちはほら、長年の観測者だからさ。 …色々と、特段知らなくても良いことも知っているわけだよ」

「教えてはもらえませんか?」

「う〜ん。ちょっと、それを私はおすすめできないなぁ。さっきも言ったけど、君にとっては何一つ得なことがないよ。むしろマイナスだ。世の中、知らない方がいいことだってあるんだからね? ちょっとした好奇心だけで動くと、とんでもない目にあったりもするからね。まあ私が言えたことでは無いんだけどもね」

「…」

勇者さんが時折見せた感情に近い何かを見た。

私に秘密を…何かを隠している時の…感情モノ

「それでも、私は知りたいです。 …真実なんですよね? 知らなくても良いのかもしれないけど…悪いものだからって、知らないままなのは…何か嫌です」

「真実…真実ねぇ。確かに一つの事実ではある。でも、それだって良いものばかりじゃない。まあこれもまたさっき言ったけど、君にとって本当に良いことは何もないんだよ。私はそう思う。それなのに知りたい?」

「…それを勇者さんはもうすでに知っているんですよね?」

「…まあそれは、そうだね。あの子はもう私たちとそう変わらない位置に来ているから。そういうところまで来てしまっているからね」

「だったら、やっぱり私も知りたいです」

「でも君は違う。勇者あのことは違う。君はこの世界を生きている一人で、この世界のことを考えていればいい。この世界で生まれて、そしてこのまま普通にいけばこの世界で死んでいくんだから。そしてそれはごくごく、自然なことだ。まあ身近に、勇者あのこを感じると、どうしてもそれを忘れてしまいがちになるかもしれないけど」

「…私は、これからも勇者さんの側にいたいんです。無理かもしれないけど…でも、私はずっと、その側にいたい」

「…はぁ。まあ、その想いは本物だろうけどね。想いだけで、どうにかなるかというと…ね」

「教えてください。私に。少しでも、今の勇者さんに近づくためにも」

「…きっと後悔しかしないよ?」

「はい」

「本当に後悔しかしないんだからね? それでも本当にいいの?」

「お願いします」

「全く、わかったよ。ただし、約束すること。ヤケになることは禁止。必ず、受け止めて見せてね。勇者あのこのためにも、それは約束してもらう。私としても勇者あのこに恨まれるのは本意ではないし」

「…わかりました。必ず約束します」

「誰もいないところに場所を移すから、ついてきて」

「…はい」

町はずれの、誰もいない広場へと二人は向かう。

「そこに座って、まあ落ち着いていてね。君は別の世界で勇者に会っている」

「…やっぱり、そうなんですね」

「ただしその別の世界での君というのは、今よりずっと、未来の君で、それは今の君自身というわけではない。まあとりあえず、今君に見せるから。それじゃあ、目を閉じて…頭の中に映像が流れて最初は大変だろうけど、まあ我慢して見るといいよ…色々とね」

時の魔導師によって放たれたリングが体を包むと、瞼の裏に映像が流れる…

別の世界の、自分の記憶…


…妹と、別れた。

私はある豪商に買われた。

…その豪商を操った。

そして、王を操った。

さらに…その国を操った。

魔王を蘇らせようとした。

勇者の子孫を、滅ぼそうとした。

…私が…私がしたことは…勇者さんたちを…先生…を…

そして私は、ついに魔王を蘇らせた…

……


「…平気? …な、わけはないか。頭の中は、大丈夫かい? 気持ち悪くない?」

「…大丈夫、です」

「君の見たその映像は、確かに全てが事実ではあるけれども、この世界の君にとっては縁のないものだと言うことは忘れないようにね」

「…はい」

「本来であれば、君は何一つ知ることのなかった記憶ものだよ。そして別の世界の自分がやったこととはいえ、その責任を今の君が背負う必要なんかは、全くないんだからね。その体だって何一つ、傷付いてはいないだろう?」

「はい…わかっています」

「…ふむ。とりあえずは大丈夫そうだね。まああとは、思いっきり泣くか何かでその心を落ち着けたらいい。誰かと一緒でも、一人でも、好きなように」

「…そうします。 …ありがとうございました」

宿舎へと戻っていく姿を見て魔導師は思う。

きっと、少しでも今より強くなろうとしたんだろう…ただ時に、どれだけ覚悟していても乗り越えることが難しいものだってある。それでも君はその選択を自ら選んだ。勇気ある悪魔の子。今の困難を乗り越えた時には、私は君の事も応援するよ。

時の魔導師は戻っていく姿を最後まで見送っていた。

さて、まさか先にこっちをすることになるとはねぇ。

…もう一つの約束の方も、おいおい果たさないと。


宿舎に戻ると、居残りさせられていた同室の友達が帰ってきていた。

「おかえり〜、いや〜、やっと終わったよ〜。で、食べ歩きはどうだった? 私のおすすめの店、美味しかったでしょ〜?」

「…ただいま。 …うん、どこも美味しかった。教えてくれてありがと」

「…どしたん? 居残りで疲れてるけど話聞くよ〜?」

「……いいよ」

「よくは無いでしょうよその顔は〜。なんかこの世の終わりみたいな顔してるし〜。まだ世界は終わってないよ〜? それとも終わっちゃった〜?」

「…ん」

「本当にどうしたの? そんな顔になるような、何があったの? 教えてくれないと私今日はご飯作らないから」

「いつもほとんど私が作ってるけど…うん…。 私ね、初めから好きになる資格なんてなかったんだよ。初めっから、私には…」

「…お兄さんのこと? …まあ兄妹だしね。 …でも、それは今更なんじゃないの?」

「…だって、私は…本当に…ひどいことしちゃったんだもん」

先生のことを…私のせいで…それに、それで勇者さんのお姉さんも…

「あ〜。うん。そんなになるほど何かひどいことやっちゃったんだ」

「…私、どうしたらいいのかなぁ…何をしたら、許されるのかなぁ…」

「そんなに泣くほどのことなんだ」

一体何をしたんだろう。あのお兄さん、そんなに怒ったりしそうに見えないけど。

「…うん…もう好きになっちゃ、いけないのかなぁ…」

「いや、まあ、うん。確かに常識的にはそうかも。でも、でもさ。そういうの抜きにして、大好きなんでしょ?」

「…うん。大好き」

「だったら、そのままでいいって。私たち、まだ思春期なんだし。好きなら好きでいいんだって。相手のこと考えるのも確かに大事だけどさ。好きって気持ち、抑えることはないと思う。自分の気持ちを大切にしていいんだよ。私たちなんてまだ、どんなに大人ぶっても、聖人君子とかじゃないんだから」

「…そうなの、かな…」

「そうそう、難しく考えることないって、今の自分の気持ち。それに正直に生きたらいいんだって! 私は応援するから。道徳とか常識とか抜きにしてさ。好きなら、好きで。だってその方がずっと楽しいんだから。もっと笑っていこうよ〜、ね? 悪魔は悪魔らしく、さ。まあそれがどういうものか私にはわかんないけど」

「…自分の気持ちに、正直に…」

…私は、私たちを助けてくれたあの時から…

勇者さんを見てきた。

ずっと…見てきた。

たくさん募ってきた思いがある。

それはここにいる、私だけのもの。

私だけのものなんだ。

大切にしたい。

だって私は…今の私の全てを使ってでも、勇者さんに報いたいと思うから。

「…」

「…大丈夫そ?」

「うん。ありがと。もう大丈夫。過去や未来、別の世界なんて関係ない。今の私は、現在いまの、私らしく。この気持ちに…正直に生きていくって決めたから」

「うんうん、その顔その顔〜。やっぱりそうでないと〜。そんで、これからどうするの? 何かすんの〜?」

「私、これからは毎日一緒に帰ろうと思う。これまでみたいにたまにじゃなくて、毎日。だって私は一日でも多く、毎日長く、一緒にいたいから」

「そっか〜。いいんじゃない? 私はちょっと、寂しくなるけどね〜。あ、ご飯もやべぇ。まぁ、学び舎では会えるし。 …でも、たまには泊まっていきな〜? この部屋は、いつでも空けとくからさ〜。その時はご飯作ってよね〜」

「…うん。 …ありがと」

その日は二人で、一緒に寝た。

その翌日には勇者に頼み込んで、毎日一緒に帰ることにした。

行きと帰りの移動中の痛みや苦しみは、勇者に与えらえる罰なのだと。

…そう思いながら。

「本当に毎日でも大丈夫? …顔色、悪くない?」

「へ、平気です。へっちゃらですよ。全然大丈夫ですから」

…そう、だって、この痛みは勇者さんに、与えられる私の罰…

ああ…もっと私に罰を与えてください…こんな私にもっと、もっと罰を…痛みを…

勇者さんの手で…悪い私に…罰を…

「…ふふ…ふふふ……」

次第にその罰は快感(ごほうび)へと変わっていく…

傾国の悪魔は自分に正直に、それでいて健やかに順調に…歪んでいった。

勇者に対する愛もまた、仄暗く深く何よりも重くなっていったのだった。

友達は次第に変わっていくその様子をやべぇと思いつつも応援した。

毎日一緒に寝る提案は断られた、とひどく残念な顔で言われた時は、そうだね〜としか言えなかったが…。

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