創世の樹
勇者はいくつもの世界を旅していた。
ある世界では魔王を倒しその世界を救い、
またある世界では邪竜を倒し、またある世界では人の身を捨てた魔道士を倒し世界を救った。
様々な世界で様々な者たちと戦った。
その勇者は何も初めから強かったわけではなかった。
そして勇者は最初から勇者ではなかった。
見習い勇者と呼ばれた自称も他称も数多くいた人たちの一人でしかなったのだから。
一番初めの冒険はいつだっただろう。
一人で、木の棒を手に懸命に戦いながら、弱い魔物にも苦戦して、
時に倒れながらも、それでも諦めずに戦った。
戦って戦って戦い続けた先に、数多くの敗北の先に、一つの大きな勝利を得たのだった。
ある時は帰還を約束した幼馴染がいたかもしれない。
またある時は肩を並べた仲間たちも数多くいたかもしれない。
心を許しあった友もいたのかもしれない。
様々な世界を渡り歩きながら、様々な敵を倒しながら、数多くの出会いと別れを繰り返しながら、
その勇者は強くなっていったのだった。
渡り歩いた様々な世界の中では、絶望的とも言える世界もあった。
その世界には虚無が生まれた。
発生の経緯も原因も、何もかも不明。それは小さいモノだった。
しかしそれは、あらゆるモノをのみこみ、次第に巨大なモノになっていった。
その脅威に気づいた頃には、それに対抗できる強者は決して多くはなかった。
賢者や戦士、魔法使いに僧侶、あらゆる職のエキスパートたち、賢人たち、そしてあらゆる種族が協力しながら戦っていた。
勇者もまた、そんな中で共に戦った。
敵は、あまりに強大だった。
倒しても倒しても蘇る、発生するその力に、次第に戦力は削られていった。
一人、また一人と、倒れていく。
賢人たちは策を練るが、どれも決定打にはなり得なかった。
何回めかの討伐により、少しの時間が空いた時。
勇者は一つの枯れ果てた樹の前に立っていた。
かつては光り輝き、世界を照らしていた樹、創世樹と呼ばれ敬われていた存在だった。
今はもう、枯れ果ててその輝きはほとんど無い。
もし完全に失われたら、もうこの世界は持たないだろう。
賢人たちもそう言った。
勇者は一つの種を目にした。
賢人たちに見せるとそれは創世樹の種、希望の種だと言った。それが芽吹けば新たな創世樹の誕生だと。
でも、それもアレを止めない限りはいずれ滅びるとも。
勇者はその種を託され、肌身離さずに大切にしていた。
それからまた何度かの戦いがあり、仲間たちは倒れていく、
そのたびに敵はまた更により強く、強大になっていく。
復活のたびにまた更に力強くなっていくさまに、望みを削られていった。
倒れるまで、諦める者は誰一人いなかった。
誰一人、倒れるまでは、いや、倒れてさえも、命果てる最後の時でさえも。
そして、その中でもある者たちは最後の力を勇者に託してから散って行った。
希望、自分たちの、最後の希望として、自身の力の一端を、その魔力を託していったのだった。
勇者はひとりになっても戦った。
たとえ、自分の他に、誰もいなくなったとしても。
託された願い、想い、力が、魔力がある。
戦って倒し、蘇っては戦って倒し、また蘇ったら倒した。
何回も、何十回も、何百回も。
勇者は戦い続けていた。
枯れ果てた樹の前に立っていた。
ごくわずかな小さな光があった。
ーありがとう…最後まで…ひとりになっても…守ってくれて…ー
「まだ終わりじゃ無い、きっと、いつかは」
ー…ー
勇者は自分にも限界が訪れようとしていることに気づいていた。
創世樹もまた、それを知っているのだろう。それは創世樹もまた同じだったのだから。
「…君が消えたら、この世界はどうなる?」
ーこの世界は…崩壊していくでしょうね。そしていずれは、虚無によって、全てが無くなる事でしょうー
「…でも君だって、そんな終わりは、嫌だろう?」
ー…私は…でも、私はもう間も無く…その時が訪れようとしています…ー
「…この種、やっぱり今植えても芽吹かないかな?」
ー…いずれは私の変わりとなるでしょう…でも、この地はもう…それだけの力を失っています…ー
「魔力が足りない?」
ー…そうですね、魔力、力、生命力。あらゆる力が、今はもう、この世界には…とても少なくなって…ー
「…君は?」
ー…私も、もう…間もなく…ー
「…アレを消す術はないのかな?」
ー…私にはもう、その力はありません。 ですが、私の最後の、この力も…あなたに…ー
「…」
ー…ありがとう…本当に…私を守ろうとしてくれた、全ての人たち、存在に…あなたに…私は…ー
小さな光が消えた。
ー………ー
創世樹が語りかけてくることはもう無い。
そのわずかな力が、温もりとなって胸に宿っていた。
「最後の、最後、か」
自分が倒れたら、この世界はどうなってしまうのだろう。
今まで負けたことなかったから…わからないな。
諦めたこと、なかったから…
勇者は手にした創世樹の種を、そっと口に含んだ。
大地が揺れ始めている。
世界の崩壊が始まったのかもしれない。
そして虚無が再び姿を現わそうとしている。
迷う時間は無い。世界の崩壊が先か、それとも自分が先か…
雌雄を決っするとしたら、今、ここでつけるしかない。
勇者は魔力を高める。
限りなく、限りなく。
今までとは違う。
身体中から。
その全てから絞り出していく。
最後になっても構わない。後の事は、何も考えないでいい。
今までの仲間たちが託してくれた力も、創世樹から託された力も、その全てを。
混ざり合う魔力と力。本来なら混ざるはずのない魔力が混ざり合っていく。
それに体が拒絶反応を起こしていた。
勇者の鼻からは血が垂れていた。その目、耳からも流れていた。
鳴り止まぬ耳鳴りと、割れるような頭痛、内部は今にも破裂しそうなほどの激痛。
それでもまだ足りない。
もっと、もっと。生命力も。何もかもをも。
全ての、今自分にある、全ての力を…
魔力が色を帯びていく。
赤、青、黄、紫、朱、白、黒、緑…様々な色を帯びていく。
極彩色の魔力。
内側から破裂しそうになる魔力を気力だけで耐える。
ただ、ただ耐える。
今にも爆発して消えてしまいそうになる。それでも、耐える。
体の中がどうなっているのか、そんなことは考えずに。
身体中から血が出ようが構わない。
狙いはひとつ。
目の前に発生する虚無に狙いを定める。
今、全ての力を、解放する。
それは極彩色の光だった。
極彩の雷光が大地に降り注ぐ。
そしてそれは、何もかもをも飲み込んでいった。
虚無はおろか、世界そのものを飲み込んでいった。
そして世界は崩壊していく。
虚無もろともに、世界が壊れていく。
極彩色の光に飲まれた虚無の消滅を確認して安堵するのも束の間、
勇者もまた、全ての力を使い果たし、消えようとしていた。
わずかに残された力全てを、小さな種に託して。
…この世界がこれからどうなるのか、わからないのが残念だな…
そう思いながら、消えていった。
種が芽吹く。
わずかな希望を糧に芽吹く。
世界に残されたわずかな希望を、祈りを、願いを糧に成長していく。
その根は崩壊していく大地を繋ぎ止めていく。
少しずつ、少しずつ…
時間をかけて、ゆっくりと。
そうしてこの世界は再び、産声をあげた。
長い時間をかけて、長い長い時間をかけて、
生命がまた、数多くの生命がまた、生まれていく…
新たな創世樹の、見守りと共に…
迷いの森 創世樹
創世樹は目を覚ます。いつものように、変わらず、何も変わらないままで。
ー…ー
創世樹は想い、願う。世界の繁栄を。生命の繁栄を。
ー…ー
創世樹は自身の中に、ごくわずかな違和感を覚えていた。
いつからだったのか、それはあの頃からだった。
あの姿を見た時からだった。
ー…ー
創世樹は想う。あの姿を。あの姿に。それは小さな想い。
それは遥か昔から続く記憶にすらない姿であるはずなのに、
どういうわけか、わずかな灯りが、ともっている。
ー…ー
それは創世樹の願い。自身の願い。
その願いは一つの奇跡を生んだ。
光は集約し、一つの形を造っていく。
それは人の子の姿となって、自らの前に佇んでいた。
「…また、会いたい」
その緑の少女はそう呟いた。
会いに行こう、自分から。
今ならそれが、できるから。
ー…いってらっしゃい…ー
創世樹は元気よく駆け出した少女のその後ろ姿を優しく見守っていた。