何気ない日常
何気ない日常に終わりが見えた時、
その何気ない日常は特別な一日となるのだろう。
そして、今まで過ごしてきた何気ない一時もまた、特別なものへと変わっていく。
きっとそんな一日を、過ごしている。
豊穣祭が終わり、それぞれがそれぞれの日常へと戻っていった。
先生と幼い妹は孤児院へ戻り、勇者と傾国の悪魔は学び舎へと通う日々。
違うことがあるとすれば、
「孤児院に一緒に戻る? 本当に平気?」
「大丈夫です。今までの日々の学びのおかげで、雷耐性もだいぶつきましたから!」
「…それなら、今日の帰りは一緒に戻ろうか」
「はい!」
悪魔は嘘をついた。
雷の耐性は初めの頃からそれほど変わってはいなかった。
元々そういった耐性魔法は得意ではなかったようで、ずっと伸び悩んでもいた。
午後の講義が終わり、その日ついに勇者ととも孤児院へと帰る。
勇者に抱き抱えられて満足していたのも束の間で、移動が始まるとそのあまりの速さにまず驚いた。
勇者が纏う雷の痛みの余波よりも、その移動速度による重力と、眩暈による酔いで散々な思いをすることになった。
…うぅ…流石にこれを…毎日朝夕は…きついかも…
貴重な一日一日を、できるだけ勇者さんと一緒に過ごしたかったんだけど…
毎日は諦める事にした。
ある日、勇者たちの講義に再び新入生が入ってきた。
「妖精の勇者です! 短い間か長い間かわかりませんが、今日からよろしくお願いします!!」
そう元気よく挨拶を済ませると、適当に席について真面目に講義を受けていた。
合間の休憩時間に、勇者の元へと訪れる、
「はい、しばらくですが、せっかくこの町で過ごすので。お師匠に言われてきてみました。それに、こういう経験をしてみたかったんです。私、妖精の国で過ごす時間の方が多かったので。こういった場所は新鮮で、それにちょっとだけ憧れもあったんですよ」
「まあ少しわかるかな。ここは強化の講義だけど、何か使える?」
「使えますよ。身体硬化ぐらいですけどね! だから他にも色々学んでみたいです、できる魔法か技能があるかもしれませんからね!」
「午後からも、それこそ様々な講義をやっているから、興味があるなら色々と試してみればいいよ。そういえば、受講料はどうするの? 師匠もち?」
「最初だけはお師匠が出してくれました。これからは訓練も兼ねて魔物狩るしかないですね! ギルドに登録はしましたので、稼ぎながら頑張ります!!」
「魔物狩りならおすすめの狩場を後で教えるよ。それと、どうしても受けたいものがあったら、いつでも言って、かわりに払うから」
「いいんですか? でも、流石にそれは申し訳ないです!」
「まあ兄弟子として、そのくらいはね。それにそれがどうしても嫌なら建て替えにしておくから、後で、出世払いでいいよ」
「それでしたら、はい! ありがとうございます! さすが先輩です!」
「はは、ここだと確かにそう呼ばれても違和感ないね。今日からよろしく」
「はい!! …それと、ですね先輩。あの、さっきからずっとこっちを窺っているあちらのかたは…」
「うん、そうだね。君の察する通り、あの頃の傾国の魔術師だね。 …でもこの世界では孤児院で一緒に暮らす妹みたいなものだから、できれば親しくしてもらえると嬉しいかな」
「…なるほど。何やら色々な事情があるご様子。わかりました。それなら、先輩の言うように、あの頃の記憶は気にしないことにして、仲良くしますね!! できる限り」
「そうしてもらえると助かるよ」
それから二人を仲立ちしつつ、お昼を食べた。
妖精の少女はその頃の記憶をなかなか拭いきれないようで、少しぎこちない様子も見えた。
購買のパンを手に、お弁当を興味津々に眺めていたので交換してわけると、とても喜んで食べていた。
そのことを先生に話したら、これからは三人分を作ってくれることになった。
師匠たちはお弁当を…まあ作らないだろうな絶対。
ある日の午後、空いた時間に、師匠の勧めで弟弟子に稽古をつけることになった。
「上を知るのは良いことだよ。そこで諦めるか、それとも踏ん張るか、根性の見せ所だね」
師匠は呑気に眺めている。
「よろしくお願いします!」
妖精の勇者は剣を構える。
勇者の剣。そしてそれは淡く輝いている。
覚醒し、妖精の加護がのっているのだろう。
「その剣、ちゃんと覚醒しているんだね」
「はい、頑張りましたよ。 それでは…いきます!」
妖精の勇者の動きは悪くない。
左右に動き、立ち止まり、さらにその動きに緩急をつける。
洗練された良い動きだった。
しかしそれでも勇者を惑わすことは叶わない。
前後左右に振り下ろしてもそのことごとく全てを防がれる。
フェイントを交えながら切り崩そうとするもその防御は乱れない。
スタミナが足りないわけではないだろうが、連続した動きが体力を消耗させていった。
勇者から放たれる圧によってその精神もまた少しずつ消耗し、削られていく。
妖精の勇者は攻めあぐねていた。
その様子を見ていた魔導師たちは、
「へぇ、本当に強くなったんだねぇ」
「経験値的にはすでに天井近いだろうね、あとはもう、それを超えられるか。超えて天上に至れたらまたもっと伸びるよきっと」
度重なる攻勢で蓄積した疲労によってできた隙をつく勇者の一振りで決着がついた。
「…参りました」
「お疲れ様」
「…うぅ、一撃もかすりもしなかったです…」
「何回か、惜しい時もあったけどね」
「本当ですか? フェイクではなく?」
「まあ本当はそうだけど」
「うぅ…鬼です…悪魔です…疲れましたぁ…」
剣を置いてその場に大の字で倒れ込む妖精の勇者は…寝ていた。
「寝ちゃったね。まあ、せっかくだし少し休憩にしようか」
時の魔導師は倒れこんで爆睡し始めた妖精の勇者のその姿を見て笑った。
「…聖剣、か」
「手に取ってみるかい?」
「…そうですね」
聖剣を手に取ると、手から全身を、ビリビリとした光が包みこんでいった。
次第にその力は強くなっていく。
「やっぱり、ダメージを負いますね」
その痛手には構わず、そのまま剣を何回か振る。
「このままでも威力は並の剣よりは高そうですね。さらなる覚醒があったりするんですか?」
素振りを繰り返す。
「もちろんあるとも。でもそれ、痛くないのかい?」
「もちろん痛いですよ。普段纏う雷よりは痛くないですけどね」
剣を下ろして鞘におさめた。
「…君はこれから、勇者としてはどう過ごすつもりなんだい?」
「どういう意味ですか?」
「別に深い意味は無いよ。ただ、少し気になっただけ。ただの好奇心さ。勇者としての在り方…私たちはその候補を何人も見てきたし、育てもしたよ。まあ今もだけどね。肉体的な才能を持った、遺伝的な資質をもった勇者たちは時に、その在り方に縛られることもある」
大地に寝ている妖精の勇者を見ながら時の魔導師は続ける、
「先代の、あるいは象徴的な勇者像というものがあるみたいでね」
「勇者として決められた生き方、みたいなものですか?」
「そうそう、それ。世界を救わなければならない、とかね。時に神と呼ばれるものから天啓を与えられたりとか。まあ色々だよ」
「それでも、全然自分で決められないというわけでも無いでしょう?」
「それはまあ、そうだね。だから諦める勇者候補たちもたくさんいる。資質があってもたくさんいたよ。結局、どんな機会があろうと、与えられようと、それを最終的に決めるのは本人なんだからね」
「…そうですね」
「正しさやら何やら、善悪に囚われすぎないように。いっそ私たちみたいに好き嫌いで生きたほうが気楽でいいよ。楽しいか楽しくないか、なんかでね。そう言うとちょっと悪魔っぽいけども」
「…悪魔ですか。どちらかと言ったら自分は本来そっちよりなのかもしれませんね」
「さて、どうかな? まあ、たとえ神に選ばれなくても、聖剣に選ばれなくても、君は自分の思うままに、成すべきことを成せば良い。するべきこと、したいことをすればいいよ。私たちはそれを応援しているから。私の愛弟子としても、一人の勇者としても応援しているから」
「でも、どうして急にこんな話をしたんです?」
「はは、ただの親心さ。迷う子供の背を押してみたくなっただけだよ。まあ、押した先が崖だった、なんて落ちかもしれないけどね」
「わかってて押してますよねそれ」
「ふふふ、どうだろうね。さて、ちなみに、だけどね、以前の君の記憶を全て消したら、ここが君の本当の世界になると思うかい?」
「…どうでしょうね」
「答えはノーだ。だって私たちが君の世界を観測しているからね。君にとっては本物になったとしても、私たちがそうでは無いことをもうすでに知っている。知ってしまっている。 …観測者というのは、困ったものだね。今はもう君もそうなっちゃったけど」
「…」
「だけど、その選択もありだと思う。そしてそれを可能にする存在は君の近くにいる。まあ私たちもそうだけど。だから選ぶのは君自身だよ」
「そう言われると少し迷いますね」
「迷え迷え、大いに迷うといい。悩んで悩んで悩み抜いた先の答えなら、どっちに転んでもきっと後悔は少ないさ。選択なんて、それこそどこにでも転がっているもの、大小様々、何なら自分でそれを大切なものに変えちゃってもいい。ただの石ころを宝石に、ね。私たちはこれからの君の行く末を楽しみにしているよ。使えるものは、何だって試しに使ってみるといい。 …さぁて、休憩は終わり、今度は私が相手をしようかな、さあさあ、起きた起きた」
「んぇ? もう朝? 朝日が眩しい…」
「夕日だよ夕日。それじゃあ2回戦、今度は私とだよ、さあ、すぐにはじめようか」
時の魔導師と妖精の勇者の稽古は続き、勇者はそれを夕日と共に眺めた。
妖精の勇者は師匠に容赦無く扱かれていた。
稽古も終わり、戻ろとする勇者を引き留めた時の魔導師は、
「そうそう、何か面白いことを思いついたら教えてね。私たちも協力は惜しまないから。まあ、私たちは天才だからね、大いに頼ってくれていいよ。せっかく今は、お互い同じ世界にいるんだからね」
人差し指を口に当て、ウインクをしながらそう言った。
勇者はそんな師匠に感謝しつつ、孤児院へと帰った。




