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記憶再誕(リ・バース メモリー)

静かに眠る先生を両手で抱え、薄暗い森の中を歩いていた。

「…」

目を閉じている先生を見る。

今でもまだ、連想してしまう。

…決して目を開けることのない先生の姿を。

黒山羊の悪魔は自分の中へ消えていったが、今はもうそれはいい。

先生は目を閉じて眠っているだけ。

それはわかっている。

呼吸も鼓動も、体温だって感じられる。

だから、ちゃんと、生きている。

それでも勇者の心はざわついたままだった。

「…ん…」

先生が目を覚ました。

「…体は、何とも無いですか?」

一度立ち止まって気遣う。

先生をおろすと、まだ記憶が少し混乱しているようだった。

「…私は…確か、 …あなたが戻ってきたと思って、それから…ああ、あの子達は無事でしょうか」

「先生と同じで、眠らされただけです。先生は攫われて…すみませんでした。その場にいなくて。 …ごめんなさい」

勇者は謝ることしかできなかった。

今回の目的が、もし違っていたらどうなっていたか。

…先生たちの身に何があったか。

…それを考えるだけでひどく、ひどく胸が痛んだ。

勇者の苦しむ表情を見た先生はその顔に手を伸ばした。

「私は大丈夫ですから。なんともありませんから」

「…はい。それだけは、本当に良かったです。肝心な時にいないなんて、本当に、本当に不甲斐ないです」

何のために今まで鍛えてきたのか、あの頃からどれだけ強くなろうと、あの頃と同じ目にあっていたのかもしれない。そう思うと、悔しさが滲んだ。

「そんなことはありません…今までも、ずっと一緒にいて、守ってくれていたでしょう? 私は感謝していますよ。もちろん今も」

「…」

「あなたの時折見せる苦しそうな表情。その理由は私には、わかりません。それは何か、口にはできない理由があるのでしょうね」

「…それは…」

言ってどうにかなるものなのだろうか、それを言ったところで…

「もし、あなたのその苦しみを和らげることができるのなら。少しでもそうなるのなら、話してはもらえませんか?」

「…」

「私は本当に、あなたになんでもしたいと思っていますからね? それだけ、今の私にとって大切な人なんですから」

先生の優しい笑顔が、重なって見える。自分の知る、かつての先生と。

「…いつもそうでした。いつも優しくて、穏やかで、ずっと…今の先生のような優しい顔で、自分のことを見守ってくれていました…幼い頃の、話です。でも、それを話しても先生には…」

「話してください。全部、たとえ私にはわからなくても構いませんから。あなたの言いたいことを、あなたの言いたいように、言葉にして話してはくれませんか?」

「…聞いても、とても信じられないでしょうから。混乱すると思います。ただでさえ今は疲れているでしょうから、」

「いいえ、話してください。私に聞かせてください。あなたの言葉で。私はあなたを信じます。信じていますから。聞かせてください」

先生の視線と言葉は力強かった。

「…。 …変わりなんていませんでした。いなかったんです。それはわかっていたんです。先生は先生だけど…僕を育ててくれた先生ではないから…」

勇者は意を決したように、先生の目を真っ直ぐに見つめると、

「僕は、この世界の未来から来ました。僕と、悪魔の姉は、孤児院で先生に拾われて育てられたんです。もうその時期は過ぎたと考えています。だからこの世界では、そうはならなかったみたいですね。 …僕たちを育ててくれた先生は、僕を探しに来た、唆された兵士たちによって殺されました。その時に僕を庇って姉も殺されました。殺されたんです。僕の前で。二人とも」

「…」

先生は静かに聞いていた。

「僕はそれを忘れていた。先生のことも、姉さんのことも。でも、思い出せたんです。全部。姉さんを蘇らせることができました。でも、先生を蘇らせることは叶わない。 …先生は、普通の、人間だったから。 でも、会える手段ができたんです。きっとできると思って、姉さんと、それを試してみることにしたんです」

「それでここに来れたんですね」

「はい…でも、想像以上に前に飛んでしまったみたいで、先生も、僕の記憶の頃よりも若かった。 …長居するつもりはありませんでした。先生に会えたら、そして笑顔でも見れたら、それで戻る気でいました。一目見るだけでも、良かったんです」

「…元の世界へは戻れるんですか?」

「姉さんが目覚めたら…戻れるのだと思います。今はまだ、それ以外の他の方法は見つかっていませんけど」

「…戻りたいんですか?」

「…わかりません。でも、戻らないとならない気もしています」

「…きっと、あなたを待っている人がいるんですね」

先生は少し寂しそうに見えた。

「…」

「私は、あなたがずっとここにいてくれたら嬉しいです。そうして欲しいと、今も思っています。でも、それを決めるのはあなたですから」

「…」

「…ただ、ここに残るのなら、そう選択したのなら、私はあなたの側にいます。側にいさせてください。これは私自身の意思ですから。私はあなたの世界の先生では無いけれど…それでも。 それにね…あなたが思っている以上に、嬉しかったんですよ?」

「…何の話ですか?」

「この指輪。あなたが私に買ってきてくれたでしょう? …とっても、とっても嬉しかった。もしかしたら私はあなたの思い描く先生とは違う形であなたのこと想っているのかもしれませんね。異なる世界の先生でも、私を助けてくれてありがとう。私はこれからもあなたのことを見ています、できることなら、これからもずっと、一緒に…」

先生の抱擁は優しくあたたかかった。

気づくと勇者の心のざわつきは消えていた。

先生と一緒にいたかった。

ただ、会いたかった。

一緒にまた、過ごしたかった。

生きていて欲しかった。

ずっと、ずっと一緒にいたかったんだ…


「おやおや、異常な魔力反応を検知したから試しに来てみたら…ううん、興味深いねぇ。おやごめん、覗くつもりはなかったんだ、本当だよ?」

いつの間にか一人の女性がこちらの様子を伺って立っていた。

見覚えのある、その姿…

「…師匠? どうしてここに」

「師匠? 君の? 私が? …ふぅん、どうやら嘘ではないらしいね。失礼するよ、ふむふむ…なんとまあ、君も私たちと同じ時空間移動者だったのか。しかしどうやって…それはまあどうでもいいか、天才は意外とどこにでもいるものだから。それで君は私を知っているんだね?」

「それは…もちろん。師匠は知らないんですか?」

「…なるほどね。ちょっと失礼。君の知る私と同期させてもらうよ」

時の魔導師は勇者と自身の周りに魔術でリングを張る。

幾重にも重なり合ったリングが収束していく。

「おぉおっ、なんとまあ、うんうん。そうだったのか。それはそれは。君も大変だったねぇ。うんうん。えらいえらい。十分立派じゃないか。君を育てた私も誇らしい。頑張っている愛弟子にご褒美をあげたいくらいだ」

「師匠?」

「うんうん。君の師匠だとも。まあそっちの私と同期しただけなんだけどね。でも記憶なら何やらはちゃんと継いだからみ〜んなわかるよ。しかしそうか、そっちの私たちは傍観者に徹しているようだねぇ。勇者によって、育て方が違うからまあそれは特に驚きもしないけど。それにしても随分と放任だなぁ〜。しかも転送失敗しているじゃないか…興味深いねぇ…」

「お、お師匠〜、待ってくださいよ〜。どうして先に行くんですか。置いて行かれて迷子になったらどうしてくれるんですか?」

奥から走ってくる一人の少女の姿もまた、見覚えがあった。

「いくら知ってるところでも、私だけじゃ帰れませんからね。全くもう。あれ、お客さんですか? 初めまして、妖精の勇者です」

「初めまして…?」

「ああ、なるほど君は確かに自分の世界では会っているわけか。うんうん。少し待っていたまえ。ちょいちょいっと、ね。君に携わる記憶だけ同期させてあげよう」

「わわ! ちょっとお師匠、何するんですか急に! 来て早々修行にはまだ早すぎると…あ〜、あ〜!! 勇者さん! お久しぶりです!! 元気でしたか?! 私は、私は…あれ? んっと、今の私は…うぉえっ、頭がぐるぐるする…気持ぢ悪い”…」

「落ち着いて深呼吸して、座って頭の中を整理するといい。すぐ慣れるから。それに君は今後様々な世界を旅することにもなるんだから、今のうちに色々と経験しておいた方がいいよ。時間移動ばかりでなく、ね」

混乱して目がグルグル回っている妖精の勇者、先生もまた状況が全くわからなくてさりげなく同じようになっていた。

「えっと、こちらは昔の剣の師匠です。それとその当時一緒に冒険した仲間で、」

とりあえずお互いの紹介を済ませることにした。


先生と師匠、妖精の勇者と勇者はそれぞれ並んで歩いていた。

「そういえば、あれからどうなったの?」

「ああ、向こうの私の記憶ですよね? 同期したのは勇者さんと別れるまでなので…ええっと、あれから鎧の勇者さんと私は僧侶さんと旅に出て、」

その後の冒険をかいつまんで教えてくれた…魔法使いは妖精の力で宝石から人間に戻れたようだった。

先生と師匠は真面目な顔で何やら二人で話し込んでいた。

何の話をしているのだろう…少しだけ気になった。

「それで、今の君はどうしてここに?」

「時間移動の訓練、らしいですよ。ご存知の通り未来からお師匠と来たんです。なんでもこの時代は不自然なほど力が集中しているから、ちょっと訓練がてら見にいってみようか、ということになって」

「随分と軽いね」

「はい、私もそう思います。お師匠たちちょっと軽いですよね。あ、当然もう一人のお師匠もご存知ですよね?」

「空間の魔導師だよね。ちょっとムラっ気が強いというか、癖があるというか」

「そうですそうです! ちょっと嗜虐的な性格入ってますよね?」

「…ああ、確かにそうだったかも…」

「ひどいなぁ、二人して私の悪口かい?」

すぐ横に当たり前のように並んで歩いていたのは時の魔導師の妹、空間の魔導師だった。

「ひっ、お、お師匠いつの間に?」

「私たちの弟子の初めての時間移動、何か面白いことでも起こらないかと、こっそりついてくるのは当然だよ〜。そしたらなんとまあ、別の世界の別の私たちの愛弟子の勇者(きみ)に会えるなんてね。うんうん。やっぱり来て良かった。あ、もちろん同期済みだから私のことも親しみを込めて師匠と呼んでね〜」

「どの世界でも師匠たちは師匠なんですね」

「はっはっは、伊達に長年観測者をしていないということさ。君も今ならその気持ち、少しはわかるんじゃない?」

「それは…そうかもしれませんね」

「ふふふ、本当に成長しちゃって、師匠として私もとても嬉しいよ。うんうん。立派になっちゃって、この、この〜」

勇者と戯れ始める空間の魔導師。

「ちょっとお師匠、なんでそんなに優しいんです? 私と全然違う…勇者差別だ〜」

「いやいや、そんなことないし。それに勇者の経験値としては差がありすぎてるねぇ〜。比べるまでもないくらい、まあ聖剣持っているんだから、兄弟子に追いつけるようにせいぜい頑張りなさいね〜」

「ぐぬぬ…確かにそうでしょうけど…見ていてくださいよ。私だって勇者なんですからね!」

「それ込みでもアホみたいな差があるけどね」

「そんなことわかってますよぉ!」


「さて、とりあえず話も済んだし。君たちは村へ行くんだろう? 私たちはしばらく町の宿にいるから。何かあったら訪ねてくるといいよ」

「わ〜、十年以上前の観光か〜、みんなまだちっちゃい子供なんだろうな〜。おもしろそ〜」

「もちろんちゃんと、修行もあるからね」

「…わかってますよぅ」

「ああ、それと町にいないようだったら村の宿にいると思うから、遠慮しないで訪ねてくるといい。私たちの方から会いに行くこともあろうだろうし。それと、今ならおねだりなんかも聞いちゃうぞ? 頑張ったご褒美にね。どれだけ頑張っているかはちゃんと視て知っているからね」

「ええ、お師匠、私には〜?」

「君はまだ何もしていないだろう? 報酬が欲しいのなら、ちゃんとした結果を見せることだね。そら、行くよ」

「うう、冷たい…勇者さん! それではまた!!」

「それじゃね〜、お姉ちゃんばっかりじゃなく遠慮なく私にも会いにきていいからね〜。用事がなくても大歓迎だよ。暇だし」

魔導師たちと妖精の勇者は別れて町へと向かっていった。


「個性的で元気な方達でしたね」

「そうですね。懐かしい人たちでした。師匠たちはやっぱり師匠たちだったし」

「ふふ、私も少し話しましたけど、本当に楽しいかたですね」

「まあ、悪い人ではないですね」

…多分。


勇者たちもまた、村の小屋へと戻っていった。

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