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アトノマツリ

黒山羊の悪魔は勇者が村を離れてからすぐに行動に出た。

手に持った香を焚きながら、三人のいる小屋へと歩く。

村人たちもまた、静かに眠りについていった。

黒山羊の悪魔のその姿は勇者にそっくりだった。

「…止まりんさい」

老齢の剣士は勇者(?)の前に立つ。

「ああ、ご苦労様でした。心配で戻ってきました。魔獣は応援の冒険者たちで何とかなりそうですから」

にこやかに労う。

「…嘘じゃな、バレバレの嘘じゃ。わしの目に狂いはないのでな。あの者がそのような中途半端なことは決してすまいて。なぁ、そうじゃろ? 婆さん。この匂いも、お前の仕業じゃな」

「そうですねぇお爺さん。いい香りだからって、吸わない方がいいですよぉ…はいはい、それと、確かにそうですねぇ。どうやら悪魔みたいですよお爺さん。あらまあヤギだこと」

魔法使いの老婆は魔力を帯びた目で悪魔の変化の術を看破していた。

「何と! どうせ変化するなら中にいる娘さんのように別嬪さんならよかったのにのう、それだったらわしも騙されていたかもしれん」

「…お爺さん?」

「…ただのジョークじゃよ。婆さん。わしは昔から婆さん一筋じゃからな」

静かに構える護衛の二人。

「…おやおや、随分と優秀な護衛の方たちでぇすね。眠りの香も効果ありメェせんか。 …うんうん、お勤メェご苦労さメェです。…まあ、お互い大変でぇすね」

そうそうに諦めて口調と姿を元に戻す。

「黒山羊じゃの。 確か…例の噂の召喚術師だったかの?」

「メェメェメェ。どうやらすっかり人気になりメェしたねぇ。はいはい、そうですとも。で、少しばかり急ぐのでぇ、はいこちらをどうぞぉ」

青い炎が上がる。

魔獣が数体、現れるも、

「婆さん」

「ええ、お爺さん」

老齢の成熟した連携によって魔獣たちは難なく倒された。

「んメェ〜、お強いですなぁ。護衛を頼まれるだけのことはありメェすね。さすがおメェが高いと言ったところでしょうかぁ。 …んふふぅ…ですがぁ、数は暴力でぇしてねぇ……」

無数の青い炎が上がると、あたりはあっというまに魔獣で溢れかえった。

「婆さん!」

「ええ、わかってますとも!!」

全く怯まずに応戦するも、その数が、あまりにも多い。

次第に魔獣の波に飲み込まれていく二人の姿…

溢れ続ける魔獣たちその全てを相手にしている間に…悪魔は小屋の中へと入ろうとする。

再びその姿を勇者に変えて。

勇者に化けた悪魔を先生は疑わなかったが、

その感情の色を見た傾国の悪魔はすぐにそれと気づく。

「!! 先生! 今すぐ離れてください、そいつは、勇者さんなんかじゃありません。別の何かです!」

すでに部屋に招かれていた悪魔によって、部屋の中に甘い香が満ちる。

「この香り…は…嗅いだら…ダメ」

「もう遅いでぇす」

三人は眠りについた。

黒山羊の悪魔は、無防備な三人を見ながら、笑っていた。

「おメェ当ては…はいぃ、こちらの方でぇすねぇ。 …それでは、部外者は早々に立ち去ると致しメェしょうか…」

老齢の夫婦が魔物を全て倒し終え、中に入ると、

「…眠りの香、婆さん!」

「はいはい、急ぎますでな…と、…肝心な時に魔力が不足するとはねぇ…年は取りたくないもんです…まずは急いで換気しましょう」

「怪我はないじゃろうな…姉妹は無事じゃ。 ああ…何ということじゃ」


勇者は応援の冒険者たちを護衛の責任者に案内すると、すぐに小屋へと戻った。

老齢の護衛の姿が見えない…小屋は開け放たれている。

急いで中へ向かう。

小屋の中に、老齢の夫婦と、悪魔の姉妹二人がいた。

姉妹二人は眠っていて、それを守るように夫婦は立っている。

「…先生は?」

勇者はひどく、ひどく嫌な予感がした。

「…攫われてしもうた。黒山羊の頭をした悪魔じゃったよ。わしたちがいながら、すまんのう」

「申し訳ないですのう…わしらが不甲斐ないばっかりに…」

よく見ると老夫婦の傷は決して浅くはない。治療していない、ということは…

お婆さんが魔法を使えなくなるくらい魔力を消費させられたということ、

「すぐに治療をします」

まず勇者は老夫婦の治療に専念した。

落ち着け。勇者はその間も自分に言い聞かせる。

先生が攫われた。落ち着け。

場所はすぐに指輪でわかる。治療を終えたら、すぐに向かえばいい。無事だ。きっと。

攫ったからには何か理由がある。だから落ち着け。

「…少しの間また、二人を頼めますか?」

「ああ、命に変えても、二人は守るでな」

「ええ、その通りですのう」

「命は大切に…してください」

失われた命は、もう戻らない。

勇者は深呼吸をしながら、指輪に魔力を込めた。

宝石の輝きの線が森の方へ向かっている。

…光の指し示す方向に先生がいる。

先生を攫った悪魔もいる。

「行ってきます」

勇者は一際強力な雷を纏うとすぐにその場から消えた。

勇者の後にはまだ雷が音を立てながら残っていた。


黒山羊の悪魔はご機嫌だった。

上手くいったからだった。

随分と回りくどいことをさせるものだと、不思議にも思っていたが。

自身の立ち回りを楽しんでもいたので、満足していた。

母上様の命令は絶対。

自分を生み出した母上様の命令は絶対だった。

「メェメェメェ」

抱えた人間は、静かにおとなしく眠っている。

「ふんふんふん〜。これでようやく交渉可能でぇしょうか。ワクワクしメェすねぇ」

「止まれ」

すぐ後ろに気配がした。

なるほどもう勇者が来た…ん〜、はやいはやい。

母上様の言う通り只者ではないということ…この距離を…でも早すぎないか?

悪魔はご機嫌なまま振り返るも、

「ひっ」

悪魔は死を確信した。

悪魔は死に対してそれほど恐れを持っていないと今までは思っていた。

「先生を離せ」

今の勇者を前にするまでは。

「…こ、これはこれは、おはやいお着きでぇす」

悪魔は抱えた人間を確認する。

「…先生に、先生たち何をした? 何かの呪いか? 今すぐに解け」

「い、いえ。ただ、眠ってもらっただけでぇすから。時間が経てば目ェ覚メェますし、何の心配もありメェせん」

「…理由は? 誰かの差し金?」

勇者は会話の間もずっと雷を纏い続けている。

一瞬で、かたはつくだろう。

悪魔は自身が生かされていると理解した。勇者はただ、情報を得たいだけなのだと。

「お察しの通り…それで、お願いがありメェして…」

悪魔は小刻みに震えていた。震えが止まらなかった。

「…お願い?」

「はいぃ。実はですメェ、その為ェにこのような回りくどいことをした次第でぇして。聞いてくれるのなら、これ以上は何も…本当に大人しくいたしメェす」

「…何もしない?」

「は、はいぃ。実はでぇすね。あなたの中に、興味がありメェして…その中に、入らさせていただけメェせんか?」

「…中?」

「そうでぇす。あなたの内には、神や悪魔を感じメェして…是非とも、あなた自身の許可を頂きたく…そうでもしないと、弾かれメェすので…」

「…入って、何を?」

「いえいえ、自分メェは決して何も…ただ、本当にただただ興味ェがあるだけでぇす…本当でぇす。ただの、好奇心でぇす」

黒山羊の悪魔自身は、だったが。

「…それならまず先生を返せ」

「は、はいぃ…どうぞぉ…」

黒山羊の悪魔は丁寧に受け渡す。

勇者は先生の呼吸を確認する。

「…そのためだけに、随分と回りくどいことを」

「いえいえいえ、それがとってメェ大事でしてぇ…それで、許可の方は…」

「構わない。でも、中に入ってお前がどうなるか、保証はしない」

「はいはいぃ、それは全然構いメェせんのでぇ、では、失礼して…」

黒山羊の悪魔は勇者の内へと入っていった。


悪魔が目を覚ますと、大地に立っていた。

草も木も緑も土も、川のせせらぎもあった。

どこか別の世界に飛んだのかと思ったぐらいだ。

ここがあの勇者の内部?

…もはや一つの世界ではないか。

…なる程確かに興味深い。これは興味深くもなるものだ。

そして何よりも興味深いのは…

「よくまあぬけぬけと入ってきたもんだな。ええ? わざわざ殺されに来たのか? 悪魔って変わってんなぁ」

「…勇者さまの敵ですね。いますぐに凍らせてしまいましょう。未来永劫溶けることのない氷の中へと閉じ込めてどこか遠くへ放ちましょう」

「いやいや、埋めた方がいいのでは? せっかくなのでここの大地の肥やしにして活用しましょう。最後の最後までその一片も残さずに有効活用してあげましょう」

圧倒的な神が三柱立っていた。

「ヒェ…ええっと、そのぉ。ちゃんと許可を頂いていメェして…」

「許可ね、だからと言って本当に無事に出れると思ってんのか?」

「ああいえそれは…おや? そちらの方…」

神ではない。近い気配がする。間違いなく、悪魔だった。

「…何? 私はどうでもいい悪魔なんて別に興味ないんだけど。ただ…違うとは言え先生を攫ったのは私も許せないから、ここで食べちゃおうか」

「母上様? どうしてここに?」

「誰があんたのお母さんよ! 私に子供はいないわよ …まあ、将来のことはわからないけど」

「オマエと同系統の悪魔なのか?」

「知らないわよこんなヤツ。と言うより、私に同系統の悪魔なんていないわよ。造ってもいないし。私の家族は弟と先生だけよ」

「…なるほど確かに…母上様ェにしては若すぎる気もしメェすね…と言うことは…ふむふむ…メェしや!」

「何よ」

 「…全然わかりメェせんね。それこそ母上様ェに聞きでもしない限りは…」

「で、こいつどうする? このまま何もしねぇってのもなぁ。せっかくだし一発ぶん殴っていいか? そんな弱くもなさそうだし、一回ぐらいいいよな? 最近誰もぶん殴ってねぇから鈍ってんだよ。一発殴らせてくれよ」

「あなたが殴ったら消えそうですけど、それにどうせなら私に。せっかく力も元通りになったことですし」

土神は本来の大きさになって構えた。

「その方が影も形も無くなるだろが。まあ別にいいけどな」

黒山羊の悪魔は神の気まぐれでいつ殺されるか生きた心地がしなかった。

生への執着など無いと思っていたが、どうやら極限状態になるとそうでも無いらしい。

もはや自分では何もできないので、とりあえず大人しくしていようと思ったのだった。

…目的はもうすでに果たしたのだから。

勇者の内部へと侵入すること。

それが自身へ与えられた、果たすべき務めだった。

黒山羊の悪魔は神と緑に囲まれながらその場に静かに座ると、

己の進退を静かに待つことにした。


黒山羊の悪魔が勇者の中へ入るところを観察していた。

気まぐれな悪魔の準備は整った。

もう黒山羊の悪魔が生きていようが死んでいようが、煮るなり焼くなり擦り潰すなり好きにしたらいい。

もしまだ生きていたら、その時は褒めてあげてもいいけど。

ただ一度、中に入ればそれで。

パスを通せればそれでいい。

あとはそれを使ってワタシが入るだけだから。

複数の神の気配と自分に近い悪魔の気配。

…ああ、楽しみ。

一体何が、いるのやら。

どんな神に会えるのかしら。

ワタシと遊んでくれるかしら。

あの懐かしい神と近いのかしら?

楽しい楽しい、お遊戯の時間。

悪魔のワタシと遊んで頂戴。

簡単に、壊れたりはしないでね。

だって、神なんだもの。


気まぐれな悪魔は本当に楽しそうに笑っていた。

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