間話 勇者の学園生活と傾国の悪魔
勇者の学園生活は…基本的には暇だった。
午前中、悪魔の少女と同じ講義を受けて、お昼を共にする。
それが最近の繰り返される日常としてそこにあった。
少女は午後からさまざまな講義を受けていた。
たとえば最初からずっと続けている魔法耐性の講義だったり、あるいは適正に沿った自分自身の特技を伸ばすスキルアップの講義を探して見つけては受けていた。
しかし、勇者はというと、特に何か決まった講義を受けていた訳ではない。
興味の向いたものがあればそれに自由参加する、というような形式をとっていた。
最初の頃とは異なり、悪魔の少女に友達もできたことで勇者は心配の種が減り、午後は丸々休みをとってギルドの依頼や調査を優先することも多くなっていった。
ただ、一時、反転のスキルというものに興味を抱いた勇者は、その講義を継続して受けた時もあった。
反転のスキルとは、
エネルギーの状態の位置、順序、方向、状態などを反対にすることができる…というものだった。
ただしそれを発動させるための条件はそれぞれ、各種多様に複雑多岐にわたっていて、ただ簡単に全ての状態にそのスキルの効果が適用する訳ではないようでもあった。
対象への使用者自身の深い理解が求められ、それは直感的、あるいは具体的に思い描けたものに限定される。
要はイメージできないものはできない、という身も蓋もないケースも存在していた。
講義を受けた時、その講師が言うには、
「たとえば生命エネルギーを魔力へ変換することができます。体力が減っているのに魔力は残っている、そんな状態の時に役に立つことでしょう。あるいは、それを他者へ受け渡すことができるのなら、そうすることによって魔力や体力の片方があればどちらでも自由に受け渡すことも可能になる訳ですね。例えば、戦士が自身の体力を魔法使いに魔力として受け渡せる訳です。その逆に魔法使いの魔力を変換して受け渡すことで疲れ切った戦士の体力を元に戻せるわけです。これはつまり生命力と魔力、その根は同じであることの証左にもなっていますね、あらゆるエネルギーの素は一つであり、」
講義は続いていく…
「魔力の蓄えがある魔法使いが瀕死の戦士に体力として分け与える、ただ、これは回復魔法でも良い訳ですが、それが何らかの事情で使えない時、あるいはそもそも元から回復魔法が使えない時などでも、この反転スキルが有効になるわけですね。これは魔法ではなく、あくまでもスキルのひとつ、ですからね」
スキル…そういえば前に生命力を魔力に近いエネルギーに変換しようとしたこともあるし、実際にしたこともあった。それによって身体にダメージを負ったわけでもあるが…結局のところ、これだけ鍛えてはいても、数値化して見ると魔力の値にも上限があって、それを超える出力には限界があると言うことなのだろう…。その限界を無理やりに超えようとすると、前の雷の魔法のように肉体、生命エネルギーに影響が及ぶ…これからも鍛錬によって地道に上限を伸ばしていくしかない。
ある日の講義を終えた帰り、学び舎の出口付近に悪魔の少女の姿を見つけた。
「これから帰り? たまには途中まで一緒に行こうか」
受けている講義によって帰る時間がまばらなため、少女と一緒になることは珍しいことだった。
「はい、行きましょう」
二つ返事で了承した。
「ちょちょ、私待っててくれたんじゃ無いの〜? 秒で見切らないでよ〜、友達でしょ〜?」
すぐ後ろから着崩した軽装の少女が現れた。軽い感じのこの子は確か、同室で、最初にできた友達だったはず…
「ああ、それなら」
「一緒に帰りましょう」
勇者が遠慮を口にする前に悪魔の少女はそう遮って横に並んだ。
「そうそう〜、せっかくだからお兄さんも一緒に帰ろうよ〜。私たち別にこれから宿舎に帰るだけで何も予定ないし〜」
二人に挟まれながら短い道中を一緒に帰ることにした。
「午後の講義の調子はどうだった?」
「なかなか雷耐性が上手くできなくて…あ、でも魅了系のスキルは私にすごくよくあっていたみたいです。もうすぐでマスターできそうです」
「魅了系というと、動物にチャームとか…魔物なんかも自由に操れたりする?」
「どうでしょう、まだ魔物や魔獣に試したことは無いので。ただ、その講義で試した動物はうまく操れましたよ」
「すごいよね〜、あっという間に上達してったし〜、私も負けてられないよ〜」
軽い感じの友達が軽い感じで少女を讃えた。態度も服装もその見た目のままに軽いようだった。
「へぇ、すごいね。それならすぐに魔物や魔獣もいけそうだね」
「そんで人間も余裕でいけそう〜、もしかしてそれが目的だったりして〜。私ももっと上手くできないかな〜魅了」
ひらひらと短いスカートが舞う、着崩した上着はその動きで今にもはだけてしまいそうだった。
「…見過ぎですよ」
「え? ああ、ごめん。でもその服、無防備すぎない?」
「え〜、やだ〜、なんて。お兄さんだったら〜、特別に見ても良いですよ〜。私に興味あるんですか〜?」
「…ちょっと」
戯れる少女たち…遠慮のない関係を築けたように見え、少し安心した。
それにしても、魅了系か…確かにその才能はありそうだ。
しかし大丈夫だろうか…なんだか傾国の魔術師に近づいている気がする…
まあ、無茶をするようなことは無いと信じたい。
「おやおや〜、お兄さん、ぼーっとしちゃって〜、私に魅了されちゃいましたか〜?」
揶揄う対象をこちらに変えてきたようだった。
「はは、まあ確かに可愛いから気をつけてね」
「おおぅ、そう素直に褒められると照れますね」
少女は頬を赤らめて目を逸らした。結構初心なのかもしれない。
「…むぅ」
それを見た悪魔の少女は口を尖らせてやきもちをやいていた。
また別の日のこと。
午前中の講義は勇者と少女は同じものを受けているため、当然教室は同じだった。
講師は今日から新しく入る生徒を連れてきた。
「ご機嫌ようですわ。私、今日からこの講義を皆さんと共に受けることに致しました、」
優雅な仕草で恭しく、わざわざしなくてもいい挨拶をするその姿には見覚えがあった。
この間の依頼で会った貴族の娘だった。
この学び舎に在籍していたことは聞いていたから驚きは少なかったものの、確か主に火の魔法を学んでいると言っていたが…どうしてこの講義を受けることにしたのだろうか。
「それでは各々席につきたまえ。今日の講義を開始するぞ」
講義が始まる。
貴族の娘は勇者に近いところの席をとり、真面目に講義を受けていた。
「強化系にも興味があったの?」
「いいえ、全く」
娘は正直にそう答えた。
「そう…それならどうして?」
「私が興味があるのはあなたですわ。ですので、できるだけご一緒になりたく思いまして」
「興味の無い講義を受けても、貴重な時間を無駄にするだけじゃない?」
「いいえ、決して無駄ではありませんわ。こうしてここにいるだけでもうすでに無駄なことはありませんわ」
貴族の娘は強い口調と目線でそう答えた。
「…そう」
講義がひと段落し、休憩時間になると、娘はさらに勇者に接近する。
「先日の考えはやはり変わりませんか?」
「変わらないよ」
「私、あの時のことが忘れられないのですわ。あの熱い、あなたの燃え盛る炎を、また私に見せてください」
貴族の娘はうっとりとした表情をしながらそう口にする。
それを聞いた悪魔の少女の耳が少し動いた。こちらの様子を伺っている。
「…熱い? 炎? なんですかそれ」
「いや、ただの授業というか、火の」
「ねえ、良いでしょう? お父様にも許可は得ています。お金でしたらどんなに多くてもかまいませんわ。望む金額をお支払いいたします」
「お金の問題では無いから。たとえいくら積まれても」
「な、何の話なんですか一体?」
少女二人から挟まれて勇者はまともに受け答えできないでいる。
「私にまた熱い体験を」
「あ、ああ熱い体験って何をしたんですか?」
「火の魔法を見せただけで他には何も」
その後ゆっくりと説明して事なきを得た。
もちろん専属家庭教師はあらためて断った。全く諦めていない表情だったが…。
その昼。
「…ああいう女性がお好みなんですか?」
「好みとかではなく、ギルドの仕事の依頼で知り合っただけだから」
「…あれからもすごく良い条件を提示してましたけど」
「しないよ。もともとする気もないし」
「…私、魅了のスキルですけど、マスターしたんです」
「それはすごいね。マスターって、誰にでもできるものじゃないし。その才能と努力が重なってようやく届く…頑張ったんだね」
「…はい、頑張りました。ものすごく。それから…雷の耐性ですけど、もう少しで上手くできそうです」
「へぇ、それはすごい。耐性って、そう簡単につけられるものじゃないから」
「…もう少しかかりそうですけど。でも、その時が来たら、私も一緒に孤児院に戻れるようになります?」
「それは可能だろうけど、いいの? 宿舎のことは」
「…いいです。友達のみんなにはここに来れば会えますし。食事は宿舎にいる人たちで持ち回り可能ですから」
「なるほど、まあ、それでいいなら。その時が来たら教えてくれればいつでも一緒に戻れるよ」
「はい、お願いしますね」
悪魔の少女は貴族の娘が勇者に抱いている感情を見た。
あれは間違いなく異性に対する愛情の矢印だった。
それもかなり大きなものだ。
幸いなのは、勇者さんの方は全くそれを意にかいしていないこと。
でも、それは今だからそうなのであって、これからのことは誰にもわからない。
勇者さんが知らない女性にそういった感情を向ける時が来るのかもしれない。
百歩譲ってそれが先生相手だったらまだいい、けど…
だったら、私に向けてくれたらいいのに…
私だって、同じくらい大きな感情を向けているのだから。
…勇者さんはそれを意にかいしていないけど。
マスターした魅了のスキルでさえも勇者さんには効果は無い。
…無かった。もちろんすぐに解くつもりだった(言い訳)。
悪魔の少女は自分の強みを客観的に知っていた。
だからこそそれを伸ばしもした。
せっかく苦労して得た魅了系の中でも上級のスキル、テンプテーションによる誘惑でさえ勇者さんには効果が無い。
…無かった。もちろんすぐに解くつもりだったから(言い訳)。
そして悪魔の少女は勇者と共にいられるこの時間には限りがあることを知った。
今の自分のままでは、きっと、いつか本当に勇者さんと一緒にいられなくなる時が来てしまう…
焦りと焦燥、不安、嫉妬、あるいは羨望、それら負の感情さえ糧に、
悪魔の少女の内なる精神は飛躍的に成長していった。
手に入れたい、勇者さんを手に入れたい…。
手に入れて、私を手にして…勇者さん…
勇者へ抱くその大きな想いが力の奔流となって渦を巻き、混ざり、絡まりあって新しい自分を形成していく。
ー オメデトウ ー
悪魔の少女はレベルアップした。
悪魔の少女は成長して傾国の悪魔と成った。
各スキルが底上げされ、固有スキル 感情操作 を手に入れた。
「うお、すっご、なんかすっごい成長してない〜? レベル上げた?」
「…固有スキルも手に入れたの」
「え〜いいな〜。どんなスキル〜。私も欲しい〜。感情操作? 何それよくわかんない〜。どうやって何に使えるの〜?」
「ふふふ、これなら……」
「なになに〜、それで何やんの〜? 良い事悪い事〜? うわぁ悪い顔してる〜、それなのに可愛いのズル〜」
「これならきっと… 『一緒にいると、すごく心が休まる。不安も何も、まるでその全てが無くなってしまったかのよう…ただただ、安らぎしか感じない。 …きっとすごく相性が良いんだ』 …ってなると思う…」
「あぁ〜、成長してもそういう感じなんだね〜。 …うん、頑張って応援してる〜。なんだただの良い子だったか〜…」
「…そしていずれは…喜怒哀楽の感情の起伏すら私なしにはできないようにもなるの…私とでしか喜楽を味わえなくなって…それから…私なしにはいられなくなるの…」
「悪魔か。 …悪魔だったわ」
本当のところ、傾国の悪魔はそのスキルを活用して勇者のメンタルコントロールに勤しむ気でいる。
ただし多様は禁物だろう、それがスキルの効果なのかどうなのか疑うことは好ましくない結果を生む。
スキルによる効果はあくまでもスキルによるもの、本当の癒しにはなり得ない、それはわかっている。
でも…それでも、時折垣間見ていた勇者の心の内にある不安や苦しみを、少しでも軽くしてあげたいという気持ちの方が強かった。
自分たち姉妹を救ってくれた勇者へ、せめてもの恩返しがしたい、ただ報いたいという一心がそこにはあった。
…しかしそれはそれとして、勇者を自身に依存させたいという欲求もまた本心であった。
自分を見て欲しい。愛情の矢印は他の女性には向けないで、私に向けて欲しい。
傾国の悪魔はとても嫉妬深かった。




