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間話 勇者のギルド生活

勇者の朝は早い。

まだ夜が明ける前、先生たちを起こさないよう静かに孤児院を出る。

少し離れたところにある森の小屋へ立ち寄り、中にいる老齢の兵士と魔法使いに挨拶を済ませ、

さらに町へ向かう道中に目ぼしい魔獣がいればその時はついでに狩ることも忘れない。

各地の町のギルドは24時間動いていて、情報や依頼も都度更新されていく。

勇者は顔馴染みの受付嬢の一人と挨拶を交わす。

「今日は何か目ぼしい情報はありますか?」

「そうですね、つい先ほどのことなのですが、北の森深く、川沿いの洞窟にオークの巣が発見されたようです。そのオークたちは他の大陸からきた盗賊で、そちらのギルドからの情報では随分と残虐非道な働きをしていたようですね。こちらでも、近々大々的に討伐依頼を発行する予定です。朝までにはできることでしょう。詳細はこちらをご覧ください」

ギルド関係者の扱う光の精霊によって、各ギルドでの情報の伝達はスムーズに運んでいく。

光の精霊たちがその通信の要だった。

それは巨大なネットワークとして各地に散らばったギルドを繋いでもいる。

最新の討伐依頼、その情報、緊急討伐依頼、その応援要請、などなど、活躍の幅は広い。

更新された最新の盗賊オークたちの情報を読ませてもらう。

強殺、商人襲撃…その数は決して少なくない。 ここで暴れる前に…できるだけ素早く対処したほうが良さそうだった。

北の森…深いとしても、それぐらいならこれから行っても、日の出る前に…間に合いそうだ。

「まだ発行前になりますが、受けますか?」

「そうします。それから昨日の夜に狩った魔獣の素材を持ってきましたので。換金と交換をお願いします」

「かしこまりました。それでは素材をこちらに。依頼の件はこちらで受理しておきますね」

「ありがとうございます」

受付嬢は素材を奥にいる担当者へ渡すと、書類の処理と整理を始めた。

「もうしばらくお待ちください。 …相変わらずソロ専なんですね? パーティは組まないんですか? あなたと組みたいという冒険者も少なくないのですけどね」

慣れた手つきで処理していく片手間に幾つかの用紙を提示してくれた。

中堅から上級の冒険者たちの名前が並んでいる。その何人かは緊急要請などでたまに顔を合わせたこともあった人たちだ。

「…今はそこまで自由に飛び回れませんし。それに学び舎にも行っていますから。討伐にしても依頼にしても、ある程度の自由さがないと対応できなくもなるので、パーティを組んだ場合、迷惑になる時があると思います」

「…そうですか。まあ、みなさんにはそう伝えておきますね。ちなみにですが、実を言うと最近あなたの噂が一人歩きしていまして、高難易度の魔獣討伐を掻っ攫っていく疾風の剣士、とか、いつも魔獣討伐の上位に名前が載っているが、その姿を見たものはいない、しかしその実態は…あの伝説の妖艶な剣士、だとか。どう思いますか?」

「どう思いますかって…妙な噂は否定して下さい。あの伝説ってなんですか?」

「まあそれはノリですね。でもまあ実際ほとんど事実ですし。魔獣依頼はいち早くこなされていますし、お顔の方もその、客観的に申しましてもどこか儚さを感じさせる年若くて夭折な感じがとても好みですし…褒めてますよもちろん、はい」

「夭折って、褒め言葉でしたか? 歳若くして亡くなる意味だったような気が…」

「夭折な美剣士ってかっこいいじゃないですか。私はそういうのすごく好みなんです」

受付嬢は疲れているのだろうか?

「そうですか…。それで、他にも魔物や魔獣の情報は何かありますか? 危険度優先で」

「相変わらずつれないですね。 …今のところ、この大陸においては危険生物の情報はありませんね。今手続きを進めているオークくらいでしょうか? まあそれも…ほとんどあなたによって討伐されたというのもありますが。疾風の剣士によって」

「それはもういいです」

「まあそれで、魔獣討伐を主にしている方達は退屈がってもいますね。かといって全くいなくなったわけではないので、暮らしていくぶんには問題ないのでしょうけど」

「それでだいぶ稼がさせてもらえました。魔獣以外では、何かおすすめの護衛や調査の依頼はありますか?」

「都合の良いものですと、そうですね…ええっと、そうですそうです、さる貴族の護衛はどうでしょうか? 町から町への護衛になっています。移動は午後からで、半日、そう遅くはなりませんし、それから謝礼金額も十分なものかと、おすすめですよ、是非とも」

「妙におしてきますね…でも、確かにいいですね。その日は午前の講義だけ受けることにして…その依頼を受けることにします」

「かしこまりました。今のついでに処理しておきますね。 …と、これでお終いですね。換金されたお金はいかがいたしますか?」

「お金はいつもの口座に。それから今日の情報料を差し引いて下さい。額は、」

金額を提示しながら話を進めていく。

「いつもありがとうございます。それと、護衛料はもうお支払になりましたか?」

「はい、いつものように立ち寄って渡してきました。必要書類はまた後ほど。これからオークの討伐に向かいます」

「気をつけていってらっしゃいませ」

護衛料。

実のところ、ここ最近妙な視線を感じることが多くなっていたので、ギルドを通して実力のある冒険者に護衛を頼むことにした。

護衛と言っても住み込みではなく、孤児院から少し離れた森の中に簡易的な見張り小屋を建てた。

何か不審な人物、あるいは魔物などがいたら対応してもらうためだった。

自分がいるときは当然自分が先生たちを守るが、いない時の、念の為を思ってのことだった。

護衛につく冒険者は、念入りに情報を得てから決めた。

しっかりと信頼できる、老齢の剣士と魔法使いの二人だった。

冒険を引退して時が経っていたが、かなりの実力者であることは間違いない。

日が昇る前、先生たちが起きる前に依頼を済ませてしまおう。

勇者は情報にあった北の森深く、川沿いの洞窟へと急いだ。

洞窟内には、オークの盗賊たちが寝ていた。

無防備に腹を出しながら。

まさか襲撃に合うとは思ってもいなかったことだろう。

洞窟の奥は盗品のアイテムや食べ物で溢れていた。

見張りのオークはあくびをしながら警戒にあたっている。

その様子を木の陰から伺う。

見張りは一体…

他に姿は見えない。

勇者は狙いを定めて剣を投げる。

オークはそれに気づく間も無く絶命した。

脳天深くに突き刺さった剣をとり、洞窟の中へ。

オークは誰一人目覚めることのないままに勇者によって討伐された。

順調に片付いたので、ギルドに立ち寄ることにした。

「終わりました。はい、これが証明ですね」

オークの亡骸を示す証拠(体の一部)のはいった袋を手渡す。

「もう行ってきたんですか? 相変わらず早いですね…。はい、確かに」

「もう間も無く外も明るくなりますね」

「ようやく朝ですか。昨日から、長かったですよ本当…これから朝食ですか?」

「はい、戻る頃には時間もちょうどいいと思います」

「いいですね。私もようやくこれで今日のお勤めも終わりです。それではこれから私と、前のパブでいっぱい引っ掛けにいきますか」

「行きません。朝食前に一杯引っ掛けたりしないです」

「…つれないですねぇ、朝も昼も夜でも深夜でも朝方でも、誘っていただけたらいつでもご一緒しますのに」

「その機会があれば」

「今です今。その機会は今です」

「お疲れ様でした。またよろしくお願いします」

勇者は孤児院へと戻った。

「…はぁ、本当につれないですねぇ」

受付嬢は一人、パブに入っていっぱい(たくさん)引っ掛けてから帰った。

孤児院に戻る頃にはあたりは明るく、日が昇り始めていた。

「おはようございます…今、朝食の準備をしますね」

先生もちょうど今起き始めた頃だった。

…お酒くさい体で戻ってきたらどう思われるのだろうか…。

まあ、その心配はしないで良いことなのだが。

「おはようございます。水を汲んできます」

「ええ、お願いします。ふぁああ…今日も、いい天気になりそうですね」

「そうですね」

悪魔の妹はまだ爆睡していた。

森から鳥たちの鳴き声が元気良く騒がしく響き始めてくる。

水を汲んで戻ると、

「んぅ…もうあさ…?」

鳥の鳴き声に起こされて悪魔の妹は目をこすりながらゆっくりと起き上がろうとしていた。

「まだ早いから、もう少し寝ててもいいよ」

「そう? …うん…そうする…」

森が目覚めるのとは反対に、幼い少女は再び眠りについていった。


護衛任務の日。

依頼主の貴族の家へと向かう。

豪華な移動用の馬車と、他の護衛の人たちの姿もあった。

しばらくして貴族本人と、その娘が馬車に乗り込み、移動を開始する。

護衛一人一人にも馬が用意されていた。

ただ、馬の数が足りなかったのか、自分だけその貴族の馬車に乗せてもらえることになった。

…依頼主へ護衛の人数の伝達を間違えた?

手続きをした受付嬢がそんなミスをするとも思えない。

「中で私たちを守ってくれると助かるよ」

「そう言うことなら、わかりました」

「よろしくお願いしますわね」

町から町へ、この早さだと五時間はかからないだろう。

馬車に揺られながら、順調に進んでいく。

「君が噂の冒険者であっているかね?」

「噂の、とは?」

「疾風の剣士様ですか?」

「…ああ、その…それは誰から?」

「何、冒険者たちの間でももちきりでね。いつぞやでも警護を頼んだ戦士からも聞いたよ。なんでもすごい実力を持っているようじゃないか」

「本当にドラゴンをお一人で? 誇張ではなくて?」

「…まあ、そうですね。それは事実ですが」

「おおやはり本当か。いや何、せっかくだから一目見てみたいと思ってね。ギルドに無理言って頼んでみたんだよ。娘がひどく会いたがっていてね」

「まあお父様。本当ですけれど」

娘は頬を赤らめて照れていた。

「私も魔法の心得が多少ありますの。得意な属性は火なのですけど」

「君は魔法も使えるのかい?」

「火でしたら、使えますね」

「ほほう、見てみたいものだな」

「…馬車の中では少々危険だとも思いますが」

「それは確かにそうか。だったら、町の宿についてから、私は仕事があるが…娘に見せてやってはくれないかね? 何、長くは引き留めない。少し見せてくれるだけでいい。報酬には色をつけようじゃないか。どうかね?」

「私からもぜひお願い致しますわ。学び舎で伸び悩んでいるものでして…」

「学び舎、と言うことは、もしかすると同じ場所に通っている?」

「…あらいけない。私ったら…はい、白状いたしますと、私、あなたのことは存じておりました。とは言っても、受けている講義は違うものなのですけれど。この間の、特別召喚の講義で、初めてご一緒したのです」

「ああ、あの時に」

「その時一目見て…」

貴族の娘は頬を赤らめている。

「まあなんだ、そう言うことだから、少しの間、娘を頼むよ。君の依頼は他の者たちと違って町に着くまでだったが、少しだけ、ほんの少しだけでいいのだ」

「…わかりました。ですが、火の魔法を見せるだけで、構わないのですよね?」

「ああ、娘も今はそれで満足してくれるだろう、な?」

「はい、それで十分ですわ。こうしてお話もできましたし」

「話はこれでまとまったな。さて、それじゃあ町に着くまで、色々と話を聞かせてもらおうじゃないか。君の冒険譚は、とても面白そうだ」

「私も楽しみですわ」

護衛というよりはまるでただの付き人のようだったが、貴族たちと会話をしている間に、目的の町へ何事もなくたどり着いた。


「ご苦労だった。あとは君たちも宿で休むといい。私は仕事があるので失礼するよ。それから、約束、忘れずに頼むよ」

勇者は貴族の娘を連れて町から少し離れる。

「それで、君はどのくらいの魔法が扱えるの? よかったら見せてもらえる?」

「ええ、わかりました」

懐から取り出した杖を構え、詠唱すると杖から火球が飛んだ。

火球は近くの岩場にぶつかると弾けて消えた。

威力としたら火魔法、小にも満たない。

「これぐらいでしょうか」

「周りの子達も今ぐらいの威力?」

「そうですわね。多少の差はあれど、そう変わりませんわ」

「これから自分が見せるものは、君の参考にはならないかもしれないよ」

「それはどういう意味でしょうか?」

「系統が違うのだと思う。一応、これから見せるけど、僕の場合、そもそも詠唱していない。自分の中にいる神様から力を借りて放つから。君の場合は違うよね?」

「私の場合は、詠唱によってこの地にいる精霊に語りかけてから放っています」

「…ああ、なるほどね。今の詠唱ってそういう意味があったんだ」

魔法使えるようになったのはこの世界じゃなかったからなぁ…深く考えなかったけど。

「とりあえず見せるね」

火魔法 小

火球が岩にあたり弾ける。先ほどと異なっていたのは、岩にヒビが入っていた。

「まあ、私よりも大分威力があるのですね」

「…」

詠唱は精霊への語らいだと言っていた。

…精神的な意味合いも持つのだとしたら、

もしかすると自分の内に在る神様にも同じことが言えるのではないだろうか?

内にいる神へ祈りを捧げながら放ってみる。

火魔法 小

火球が岩にあたり弾けた。岩にできるヒビがさらに大きくなっていた。

「すごいですわ! 先ほどよりも大分威力がありましたわ」

「…」

なるほど、このような形でも威力の底上げになるのか…

爆発的、とは言えないまでも、こういった方法もあるのだと学ぶことができた。

…貴族の人たちには感謝しないといけないかな。

「剣士さまは、今の威力が限界ですか?」

「まだいくつか上はあるよ」

「まあそれは本当ですか? 私たちの講師だと私の倍以上の火球を放ちますけども、それ以上も? もしかしたらさらにもっと上だったりもしますか? 私、是非見てみたいと思います、ダメでしょうか?」

「…そうだね。今、あくまでも危険のない範囲内の威力で良いのなら」

こちらも勉強になったお礼として。

「お願いしますわ」

「それなら」

火魔法 大

狙いをつけた岩は業火の球によって溶けて消えた。

「まあ! なんという…今まで見たどの炎よりも、強く、そして美しい炎ですわ」

「これ以上は、危険だから」

「これ以上も?! …ああ、やはり私の目に狂いはございませんでした。一目見た時からあなたには何か、特別な何かを感じておりましたし。ぜひ、私の専属教師になってくださいませ」

「…それはちょっと、できないかな」

「どうしても、でしょうか? どうしても叶いませんか?」

「一人につきっきりになるわけにはいかないから。学び舎にも通っているし、冒険者としても、それから自分の事情でもね」

「そうですか…」

「もう戻らないと。 …宿までは送るから」

「…はい」

とりあえずはそれで了承してくれたようだった。まだ納得はできていない様子ではあったが…

貴族の娘を宿まで送り届ける。

暗くなる前に孤児院へ戻るためにも、急いで帰路についた。

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