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黒山羊の悪魔

豊穣祭に着る為の服を買いに、午前中の講義を終えると勇者と悪魔の少女は町へと出かけていく。

その日はいつものお弁当ではなく、町で食事をとることにしていた。

先生も毎日作るのも大変だろうから、たまには休んでもらいましょう、という少女の案を受けてのことだった。

「全然気にすることないですよ、あ、でも、そうですね。たまに二人でご飯というのも、良いかもしれないですね」

先生は何かを察したかのようにそう言い換えていた。

少女が体育会系の友達の一人に進められて美味しいと評判のお店(大衆食堂)で昼食をとることにした。

「若い人たちに人気って、こういうことじゃなかったんですけど」

少女は初め何か戸惑っていたが、出てきた料理はどれもボリューミーで美味しかった。

お腹いっぱいになり、お目当ての服飾店へと向かう。

店員と相談しながらあれこれと見て周る。

微妙に居づらくなったものの、少女は色々と勇者自身の好みを質問してきた。

熟考を重ね、先生と少女の妹の分も購入した。

気がつくと、お昼にあれだけ食べたというのに、もう二人とも小腹が空いていた。

「どこかで何か食べてから戻ろうか?」

「あ、それなら私、もう一つ行ってみたいお店があるんですけど…」

「また友達のおすすめ?」

「はい、さっきとは別の友達ですけどね。でも、ちょっと高いかもしれなくて」

「いいよ。せっかくだし行ってみよう」

友達が増えているのは喜ばしかった。

「わかりました、案内しますね」

学び舎の一部の間でも一際人気のあるその飲食店の前には、親しそうな男女二人の組み合わせが数多く並んでいる。

「すごいね…随分と人気のあるところなんだね」

「友達もすごく行きたがってました。一人では入り辛いって言ってましたけど」

確かに、この列に並ぶとなると、一人では入り辛い雰囲気がある。

「オシャレな感じが人気なのかな。小物や内装も凝っているし」

運ばれてくる料理も実に華やかでオシャレなものだった。

そしてちゃんと味も良い。

「へぇ、美味しい。正直、見た目が華やかすぎるから味はどうかとも思ったけど…この一つ一つの装飾もちゃんとした料理だ…驚いたな」

飾りのように見えたそれらにもしっかりとした風味があった。

「本当ですね…飾りのように見えますけど、一つ一つが自分を主張しています。主役を奪わない、かといって控えめすぎずに、その味のバランスがとても良いです」

見た目と味の両方で料理を楽しむ。

本日のデザート、という名目で出てきたものは…少し大きめなグラスに入った冷たい氷菓子が一つだった。

「料理と匙が一つしかないけど…忘れているのかな?」

「こちら、二人で一つとなっております」

お洒落に着飾った店員に確認したらこれで間違いはないようだった。

二人で一つの料理を楽しむ趣旨らしい。

「どうする? 君だけ食べる?」

「…ひ、一人だと多いと思いますし、一緒に食べませんか?」

「まあ、確かにちょっと多いか。お腹壊しても大変だし。それなら…はい」

ひと匙すくって少女へ差し出した。

「い、いただきます。 …甘くてとっても美味しいです」

「へぇ、まあさっきまでの料理から考えても、確かに味には期待できそうだね」

自分もそのまま食べようとすると、少女は慌てて止めた。

「わ、私がします。きっと、そういう趣旨がある料理だと思いますので」

「そう? 食べ方までは何も言って」

「その通りでございます。二人でお楽しみくださいませ」

「…みたいだね。それなら」

手にした匙を少女へ手渡すと、

「…ど、どうぞ」

少女は少し緊張した面持ちでグラスの氷菓子をすくって勇者の前へと差し出した。

「うん、確かに美味しい。甘いだけじゃなくて、何だろうこの香り。鼻の奥にこう…濃縮した乳の…それでいて爽やかな香りが…」

少女は何やら考えて、勇者の話は聞こえていないようだった。

その後も一つのデザートを二人で交互に食べすすめた。

その日の午後は丸々休みだったので、荷物を一度預けてから再び出かけることにした。

どこか行ってみたいところはあるのか尋ねたところ、少し町外れにある落ち着いた庭園に行くことにした。

町の中心から外れたところにあるからか、今、他に人の姿はない。

適当な場所を見つけ、座って休むことにした。

…たまにはゆっくりと、風に当たりながら過ごすのも悪くない。

「風が気持ちいいね」

「はい。穏やかでとっても」

特に何の会話もないまま、流れる川と、景色を見ながら平和な時間が流れていった。

「そういえば、特別講師が来るという話、聞きました?」

「ああ、うん。召喚術に長けた講師みたいだけど。 …興味がある?」

「少しだけあります。召喚術って、あまり見る機会ないですし」

「それならせっかくだしその講義を受けてみようか。僕もまあ、興味自体はあるしね」

「それから、友達の一人が言っていたんです、その講師の人が悪魔という噂ですけど、それも少し興味があって…」

「悪魔と言っても珍しいわけではないだろうし、本当にそうだとしても不思議ではないかな。特別講師に選ばれるくらいだからすごく優秀なんだろうね」

「その方のいる大陸は悪魔だからって差別されたりしないのでしょうね。ここもそうですけど」

「…僕も以前ギルドを通して色々と調べたけど、場所によっては本当にひどいね」

「私が生まれた場所はひどいところでした。生まれてからすぐに奴隷になっていたというか、初めからそんな扱いしか受けませんでしたし。悪魔は魔王と共謀して世界を滅ぼうそうとした、という話が根強く残っていましたし」

「…魔王と、ね」

魔王はもういないけど、その話が本当だとしたら、その悪魔の方は…どうなったんだろう?

…ここではない僕のいた世界でも、その悪魔は見ていない…もっと前に魔王と一緒に倒されたんだろうか…

「そこでは、たまに読めた本が唯一の心の支えでした。歴史書だったり、色々でした。 …私が読んでいた本の中で、魔王を讃美する内容のものもありました」

「…それって、禁書?」

「多分そうだと思います。 …でも、その当時の私はそれを面白いと思っていました。魔王と悪魔の関わり合いだったり、魔王の素晴らしさとか…今、色々学んでからだと違う見方もできますけど、もしもっと調べてのめり込んでいたら、私も魔王信者になっていたかもしれません」

「魔王信者の一人が書いたのかな…それとも、同志を増やそうとしている悪魔か…もしかしたら元々はその魔王自身が書いたのかもね。洗脳の意味も込めて」

「…今思えば、本当にそうかもしれませんね。魔導書として…洗脳効果があったのかも…」

「ちなみに、今は大丈夫なの?」

傾国ってはいないだろうか? 勇者は少し心配だった。

「はい、今は魔王と聞いても特に何も思いません。魔王よりも信仰というか…信じているものがありますし」

「それは何?」

「…秘密です」

「…はは、でも、こうやって君自身のことを聞けて良かった。あんまりこんなふうに深く話したりすることがなかったからね」

「…あなたも自分のことはあまり言いませんよね?」

「僕はまあ、特に何もないから」

「…嘘です。私知ってるんです。先生を見る時、たまにすごく寂しそうな、悲しい表情をする時があるって」

「…それは…」

「…先生も、それを少し気にしてました」

「…そうだったんだ。 …先生に余計な心配をかけたくはないんだけどね」

「余計ではないんじゃないですか?」

「う〜ん…」

「私って結構、感情の機微に敏感なところがあるんです。先生を見る勇者さんの表情には、後ろめたさと悲哀が混じっていました。当たっていますか?」

「…確かに外れてはいないね」

「そしてその表情は、隠し事がある人に良くでます」

「隠し事、か…」

…本当に、当たっているなぁ…

「…私たちには、私には言えないことですか?」

「…言えない、正直なところ、言いたくない、の方が正しいかもね」

この世界が自分にとって偽りだなんて言って、それで…

…ただ無駄に、三人を悲しませるだけなんじゃないか?

「どうしても、ですか?」

「…どうしても。ただ…今言えることがあるとしたら…僕はいつか旅に出るから」

「旅にって、別の大陸にですか?」

「もっと遠く。ずっと遠く。旅に出たら、きっともう会うことはないと思う」

「えっ」

「それぐらい遠く、なんだよね」

勇者は今見える景色の先を見ていた。

その表情から、嘘ではないことがわかった。

少女の胸は締め付けられるように苦しくなった。

「…いつ、なんですか、それって」

絞り出すような掠れた声だった。

「…正直なところ、わからない。まだわからないんだ。 …でも、いつかはきっと」

その時が来る、のか、来なきゃいけない、のか…

元の世界へ戻らないとならない、と、そう思うのは、

僕が、いわゆる観測者として僕自身の本当の世界を知っているからだ。

ここではない帰る場所を…知ってしまっているから。

「…」

見上げた空は曇りがかっていた。

当たり前のように過ごした日々にも終わりが来る。

それはわかっていた。

ただ、それがいつになるのか…

元の世界へ戻るための具体的な方法もまだ思いついてはいない。

姉さんが目を覚ませば話は別だけど…

「この空模様だと、雨が降るかもしれないね。戻ろうか」

「…はい」

少女は大人しく勇者の後に続いた。

あれほど華やかに見えていた景色は、今は少しぼやけてみえた。


日が暮れる前に宿舎へと戻ると、同室の子がくつろいでいた。

「あれ〜、帰り遅くなるんじゃなかったの〜?」

軽口を叩くも、少女の様子を見てすぐにやめた。

「どしたん? 話聞くよ?」

「別になんでもない。ただ…ちょっと…」

「ん〜?」

「やっぱり最初に大盛り食べたのが良くなかったかなぁ〜。あれで全然扇情さのかけらもなくなっちゃったし…」

「ブァッハッハッハ。何それぇ。聞かせてよぉ〜」

「笑わないで。真面目な話なんだから」

「だって、ブフフ。この世の終わりみたいな表情で戻ってきたと思ったら、爆食の話とか…心配して損した〜」

「違うんだって。だってそもそも紹介された店が」

少女は友達と話し続けた。

今日の失敗、うまくいかなかったこと、もっとこうしたら良かった。

取り止めのない会話を続けるうちに、少女は少し元気になれた。

話つかれて眠る前、少女は考える。

知っていた。

勇者さんが自分に向けている感情。家族としての親愛。

先生が私たちに向けている感情と同じものだった。

わかっていた。

自分がどんなに扇情的な仕草を取ろうと、しようと、相手にされていないことは。

私が子供だから? …違うと思う。

多分違う。

だって勇者さんが先生に対して抱いている感情は、とても複雑に見えていたから。

とても深い愛情。確かにそれも親愛だけど…

それだけじゃない。

とても、とても深い何かがあるように感じた。

親愛、情愛、愛情…深い悲しみと後悔。悔悟。自分自身に向けた大きな怒り。

…ただ一言では言い表せないほどの数多くの感情が渦巻いているように思えた。

…私が勇者さんに抱いているものは…男女の愛情。



今日は召喚術の特別講義のある日。

講師として黒山羊の頭をした悪魔が入ってきた。

恐ろしい顔の見た目に反して、執事の装いをした礼儀正しい悪魔だった。

「はいぃ、それではぁ、今日はぁ、特別授業をぉ、いたしメェす」

口調にはひどく癖があったが。

黒山羊の悪魔は懐から幾重にも折り畳まれた小さな紙を恭しく丁寧に取り出した。

「この中にはぁ、特殊な粉が入っていメェして。己の魔力を注ぎメェすとぉ」

粉を取り出し、魔力を注ぐと…青く燃え始めた。

ーグギャェエー

そして青い炎と共に現れたのはガーゴイルだった。

召喚されたガーゴイルは大人しくその場に佇んでいた。そして数秒すると消えてしまった。

「このとぉりぃ、簡易的な召喚ができメェす。時間にして数秒、メェ、ただのお試ェしでぇす」

黒山羊の悪魔は礼儀正しくお辞儀をした後、懐から新しい包み紙を取り出すと、恭しく丁寧に前に置かれたテーブルへ置く。

「悪魔ェ召喚から魔ェ獣召喚、はたまた精霊召喚などなど、多種多様な希望にそえメェす。さぁさぁ、誰でもよろしいでぇす、お試ェしあれ」

生徒は二の足を踏んでいた。

一瞬しか現れないとは言え、悪魔や魔物、魔獣を召喚した時にどうなるのか不安だったからだ。

仮に、それが制御できずに暴れでもしたら手がつけられない。たとえ数秒であっても。

「おやおやぁ、誰もおやりになりメェせんかぁ? そちらの同士はいかがですぅ?」

黒山羊の悪魔は悪魔の少女に話を振ってきた。

躊躇う少女に変わって、

「先にいいですか?」

勇者は挙手することにした。

まあたとえ何かしらが召喚されても押さえ込んでしまえばいいだろう。との考えもあった。

「はいぃ、どうぞどうぞぉ。こちらにぃ、いらっしゃいメェせ」

悪魔の少女に目配せをして前に出る。

安全なようだったら試してみればいいと通り際に小さい声で伝える。

少女は小さく頷いた。

「この粉に魔力を込めればいいんですね?」

「そうでぇす。さてさてぇ、何が出るかなぁ、何が出るかなぁ」

黒山羊の悪魔は両手をこすりながらとても楽しそうだった。

勇者が粉に魔力を込めると、また青い炎が立ち上がった。

「勇者さまっ」

召喚された何者かが勇者に飛びつき抱きついた。

「…氷姫?」

「はい、あなたの氷姫でございます。ああ! 何という好奇到来でしょうか! 氷姫、いたく感激しております」

氷姫は勇者に抱きついて離れようとしない。

「なんとメェさか、神を召喚してしメェうとはぁ! 感激でありメェす…すげぇな」

黒山羊の悪魔は大袈裟に驚きながら大袈裟に喜んでいた。最後の口調はおそらく素だ。

「ああ、なんということでしょう、もう時間が…勇者さま、私はいつでも勇者さまのことをお慕いしておりますので、今度は是非とも、私の本体、」

氷姫は話の途中で消えた。

あたりに氷の気配を残していった。教室の温度が下がった気がする。

「…本当に色々なものが召喚できるんですね」

勇者は粉に驚いた。

数秒とはいえ、まさか神を召喚してしまうとは。

何の粉なんだろう? ますます興味が湧いた。

「その通りでぇす。何かしらの縁があればより多種多様に対応できメェす」

その後、勇者が召喚した人物が見目麗しい女性だったからなのか、男性陣の何人かが召喚に挑戦したものの、召喚されたのは低位の小悪魔や弱い魔物、魔獣ばかりだった。

どれも暴れるなどということはなく、ただおとなしく消えていった。

講義は騒がしくも賑やかに、それでも危険なことは何一つとしてなく、つつがなく終了した。

「それではぁ、みなさん、ご機嫌ようでぇす。メェたいずれ、どこかでお会いしましょうねぇ」

そう言う黒山羊の悪魔と最後に目があった気がするが、ただの気のせいかもしれない。


「…誰ですか? さっきの人」

「あ〜、うん。僕の中にいる神様の一柱…でいいかな」

「…それじゃあ、あなたの中に今もいるんですか?」

「たぶんこっちには出てこれないと思うんだけどね」

「…もしかして他にもいるんですか?」

「…まあ、それなりに」

「…ふぅん…全員女性ですか?」

なぜか少女の目は冷たい。

「…今だと動物…トカゲや鷲、モグラなんかもいるかな。後カエル…」

…カエル姫は…そういえば今はいない。元の世界に置いてきた…まあきっと元気にしていることだろう。

「…確か、悪魔のお姉さんもその中にいるんですよね?」

「うん、そうだね」

「どうなっているんです?」

「いやそれは…僕に聞かれても」

「自分の体なのにですか?」

「まあ…うん。みんな勝手気ままに入ってきたというか…でもそれでだいぶ助かってもいるから…それこそ魔法とかね」

「…さっきの人は、神様なんですよね?」

「最初は氷の神様、氷神ひょうしんって言われてたね。後々自分で氷姫こおりひめと名乗るようになったからそう呼んでいるんだけど」

「…随分と親しげでしたね」

「まあ、今となっては長い付き合いでもあるし、助けられたりもしたしね。大切な仲間の一人だから、神様をひとりって呼んでいいのかはわからないけど」

「他にはどんな方がいるんですか?」

「火神や土神、雷の力を持った神様とか、あとは陽の力を持った神様とか、別の氷の神様とか…」

「その全員女性ですか?」

「…そうだね」

「…ふぅん…そうなんですか」

心なしか会話をする少女の表情はずっと冷たかった気がする。

特別講義を終え、少女は宿舎に、勇者は孤児院へ。

もう間も無く豊穣祭…少女にとっては初めてのオマツリが開かれようとしていた…

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