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不死の王と幽霊の姫

町へ向かう道中、静かな草原の湖畔にて、昼時。

黒姫はいつものように慣れた手つきで昼食の準備をしていた。

火も起こし、自分たちの準備は終わったので、後は待つだけの二人。

手持ち無沙汰になっていた二人は自然と近くに座っている。


「…わたくし、思ったんですけれど」

「?」

「あなたはわたくしの騎士にもなるべきではないですか?」

「?」

「いや、? ではなくて」

「騎士になる?」

「あなたはわたくしの城を落としました。それはいいですわね? いや良くないんですけれど、いいですわね?」

「ああ、うん。まあそれは」

確かにやったことでもある。

「あの城は浮沈の城とも呼ばれていたんですわ」

「…へぇ」

「まあそれはあちらの城もそうでしたのですけれど、つまり沈むはずがない、巨大な魔力によって浮遊した城であり、天よりの空の城でもあったのですわ」

「…落ちたけど、ね」

「だからですわ。浮沈の城を落とした責任をとってくださいまし。さあ、さあ! わたくしの騎士になると約束してくださいますね?」

「…騎士になること自体に抵抗はないけど、具体的にどうすればいい? ここで宣言でもすればいいのかな?」

「簡単な儀式で結構ですわ。まずわたくしの前に跪いてくださいまし」

「これでいい?」

「ええ、そしたらわたくしの差し出した手の甲に口づけをしてくださいまし。はい、どうぞ」

「…それが儀式?」

疑いの眼差しに対して、

「はい、そうですわ」

自信満々に答える白姫。


まあ、そういうものなのかな。

「…わかったよ」

白姫の手の甲に口づけをする。

「…何してんの?」

後ろで黒姫が暖かい料理を手に、冷たい表情をしていた。

「…人が料理で手を離せない時に。 …二人で何してるの?」

数度、あたりの気温が下がったと思う。

「儀式ですわ、儀式。これであなたもわたくしの騎士ですわね。くれぐれも、わたくしのことを守るように。よろしいですわね?」

「…まあ、守ることは約束するよ。しかし、こういう儀式が必要なのは知らなかった。黒姫の時は特に何もなかったから、ね?」

「儀式なんて必要ないよ。宣言とお互いの誓いがあれば。言葉だけで成り立つんだから」

「…そうなの?」

「…てへっ」

ぺろっと舌を出す白姫。

「お前今日飯抜きな!」

「それだけはご勘弁くださいまし。お願いですわ、お願いしますわ」

涙目の白姫と冷めた表情の黒姫の対比が昼食に花を添えていた。


そして再び道中へ。

特に何事もなく、町へと向かう。

まあ簡単な諍いはあったが、よくある事なので、特に問題はないとしよう。

黒姫が儀式の真似事として手の甲に口づけを要求してきたりもしたが、実際にすると顔を真っ赤にしていたり。その様子を見た白姫が、

「見かけによらず随分とうぶですのね、可愛らしいことですわ」

「…見かけは別に関係ないだろ、それに、お前だって何も、その、経験なんてないんだろ」

「ええ、生娘という意味でしたらそうですわね。ですが、今は少し違います、今はわたくしのための騎士がおりますので。これからは違いますわ」

「…ボクの騎士だよ」

そこは互いに譲らない。

そんな小さな争いが起こりながらも、町の景色が近づいてきていた。


「結構大きな町ですわね。わたくしたちのいた城から見えていた町と同じくらいでしょうか?」

「そうかもね、まあ、ボクも町には行った事なかったから楽しみだよ」

「二人ともずっと城にいたのか、まあ、身の回りの世話にしろ何にしろ、使用人がいたからそれで問題なかったんだろうけど、本当に二人とも戦ってばかりだったんだね」

「それが当然でしたから疑問にも思いませんでしたわ」

「ボクもそうだった。君に会うまでは、だけどね」

「…そうだったのか」

「君と一緒なら、どこに行っても良いって思ってたんだ。たとえ城じゃなくても、ね。まあ、それは君が叶えてくれたんだけど」

「…わたくしたちはその犠牲になったのですわね…」

「はは」

「…今のは笑うところではございませんわ」


町に着く。

ひとまず、先立つものが必要だ。

宿の確保も考えないと。

いざとなったら今まで通りの野営でも構わないけれど。

二人はやはりたまにはベットで眠りたいだろう。何と言っても姫だしね。

道中狩った魔物の素材を売って、当面の宿代の確保はできている。

この辺りで大きな宿を探し、交渉を始めることにしよう。

恰幅のいいおかみさんが出てきた。

「三人かい? 一緒の部屋でいい? ふぅん、まあ、あんまり騒がしくしないでおくれよ」

「しばらく滞在したいんだけど、いいかな?」

「こちらとしてはそれで何も問題はないよ。いつまでだい?」

「実はまだどのくらい滞在するかも決めてなくて、何しろ、この大陸に来て初めての町なもので」

「…へぇ、何か事情があるのかい? まあ、細かいことは気にしないよ。良い客であるなら、何も詮索したりもしない。でも大分不慣れなんだろう? まずはギルドに行って仕事を見つけたらどうだい? ああ、そういえばそっちの二人は、料理はできたりするかい?」


「ボクは得意だよ」

「わたくしは全くできませんわ」

自信満々にそう言う二人。しかし内容は全く反対である。

「今、ちょっと人手が足りない時があってね、よかったらウチで働く気はないかい? その分宿代も安くなる、と言うより、従業員用の部屋を三人で使っても良いぐらいさ。大きな部屋と、小さな2部屋、どうだい?」

「黒姫は?」

「ボクは全然それで良いよ。料理するの好きだし。それなら小さな部屋にボクと君が一緒、残りは白姫で良いよね」

「いや、それはおかしくありません? 何も二人が一緒にならなくても、部屋は3つあるわけですし?」

「…ちっ」

「いやいや、聞こえてますわよ? まあそれじゃあわたくしが大部屋を使うとして、残りの二つをそれぞれが使うということでよろしいのではないでしょうか?」

「お前すごいな、当たり前のように自分が大部屋をとるとか何様なんだよ」

「姫様ですけれども? わざわざ小部屋で二人っきりになろうとしたあなたに言われたくないのですけれども?」

結局大部屋は三人の休む場所として、小さい部屋は寝室として使うことにした。

眠るだけと言うことなので、白姫と黒姫が一緒に、一部屋とすることで落ち着いた。


その後、黒姫は早速おかみさんのところで料理の手ほどきを受けている。

なるほど、一階が食堂のようになっていたのか。

おかみさんの他にも何人かの従業員がいた、調理する人、配膳する人、それでも忙しい時は大変そうだ。

これだと確かに客が増えてくると人手は多い方が助かるかもしれないな。


さて、こちらはまずはギルド、かな。

ひとまず行って見てみよう。


「当ギルドは初めてですか?」

「うん、今日この町に来たばかりなんだ」

「登録いたしますか?」

「そうだね、お願いするよ」

「それではこの用紙に記入を」

職業は…ひとまず戦士職でいいかな。

「あちらの掲示板に様々な依頼が張り出されていますので、ご確認くださいませ。気に入ったものがあればこちらに持って来ていただけると、依頼開始の手続きとさせて頂きます」

あの大きな掲示板か…するとその横にある小さな掲示板は…


「あの小さい方は?」

「あちらは個人の依頼がほとんどになりますね。当ギルドは場所を提供しているだけですので、こちらに確認する必要はございません。その用紙を持って直接、依頼主との交渉をしていただきます」

「なるほど、いわゆる野良の依頼ということかな」

「はい。ただ、その難易度はそれこそ依頼主によりますので、思わぬ難度や思わぬ報酬があったりもしますよ? 自信があるのならそういったものを探してみるのもいいかもしれません。最近はそこまで難度の高い依頼は来ていませんので」

「へぇ、そういうものもあるんだね。そういえば、登録は本人じゃないとダメなのかな?」

「基本的には本人確認必要になりますが。確認は登録した後でも可能です。誰か他に登録をする人がいるのでしょうか?」

「ああ、うん。ひとり登録しておこうかな。今たぶん部屋でごろごろしてるだけだろうから」

下手するとずっとごろごろしていそうだ。

「かしこまりました。それではこの用紙に。あとは本人確認だけお待ちしておりますね」

「ありがとう、それじゃあ」


あとは掲示板で依頼を探そうかな。

…ん? 何だか不思議な気配がするな、この用紙。

小さい掲示板に貼られたひとつの依頼が気になった。


ー私の依頼を聞いてくれる強い方を探しています。場所 夜、ここより北の荒れ果てた地のほとりにてー


随分と漠然としている。

北の荒れ果てた地?

ここから北に行くとそんな場所があるのか。

依頼内容からすると、聞くだけ、ということはなさそうだ。

強い方、とつけるからには、何かそれなりの理由があるのだろうし。

夜に限定しているのも不思議だ。

それにしても、この用紙、随分と古いな。

そればかりか、なんだかとても、うぅん、うまく言葉では表現できない気配が漂っている。

…気になるな。

少し行ってみることにしよう。


その用紙を手にとって、北の荒れ果てた地を目指すことにした。


「白姫、登録だけはしておいたから、後で行ってみると良いよ。何か仕事があるかもしれないしね」

「わたくしが、仕事を?」

なぜ? という顔だった。

「いやまあどうしても嫌ならしなくても良いけど。そうそう、少し仕事に行ってくるから。今日の仕事は遅くなる、というか、日を跨ぐと思うから、二人とも先に休んでて良いからね?」

「わかりましたわ。その伝令の仕事、承りましたわ」

…これは行かないかな? と思ったがひとまず先延ばしにすることにした。


北の地、荒れ果てた地というのはどんな状態なんだろう。

何かによって荒らされたのか、自然と荒れ果ててしまったのか、それだけでも印象は変わる。

町で軽く聞いたところによれば、北の荒れ果てた地に行く人はまずいない、とのことだった。

まず道が無いこと、夜中には魔物がそれなりの数出るとのこと、しかもさらに進むと魔物は呪われていて、いわゆるアンデット、魑魅魍魎の類が出てくる、という噂。倒しても倒しても時が経てば蘇るとのこと。

その地にはかつて城があったという噂も。

北へ向かう道中、そんなことを考えながら歩いていた。


それなりの距離を歩くと、日が傾いて、夜になった。

冷気、というか、不思議な気配が漂ってきていた。

この先は魔物の気配が濃い。アンデット、だろうか?

う〜ん…これ以上進むとその荒れ果てた地になりそうなものだけど…

こんなところに、依頼人がいるものなのだろうか?


「…その依頼書。 …私の話を聞きに来てくださったんでしょうか?」

それは唐突に目の前に現れた。

「…ごめんなさい。驚かすつもりはなかったんです。ただ、その依頼書を持って来てくれた人は初めてだったもので、つい…お気を悪くしたのでしたら謝ります…」

おずおずと、恭しく頭を垂れる。

その所作から、どこか身分の高さを感じさせるものがあった。

服装もまた、華やかで煌びやか、ではないにしろ、一般的なそれとは異なった雰囲気を醸し出していた。


「いや、少し驚いたけど。君が依頼人でいいんだね?」

「…はい。そうです」

「話を聞いてほしいとのことだけど、聞くだけ、ではないよね? それであるなら強さは必要ないだろうし」

「…はい、察しの通りです」

「それで、依頼の内容は?」

「…はい。私の護衛です。ここより更に北に行ったところ、かつて城があった場所。その地へ、私を連れて行って欲しいのです…」

「なるほど、確かにこの先は怪しい魔物の気配がするね。そしてその先はさらに禍々しい気配がする。アンデット、だったかな」

「…はい、不死の者たちが多くいます…その地の、かつての、住民たちが…。 とても優しかった人たちなんです… 呪いによって、みんな、みんな変わってしまいました… 城の者たちも… 私の、優しかった、お父様も…」

「かつてあったとされる城の王のことかな?」

「…はい。私の父であり、稀代の賢王と呼ばれた、聡明で優しく、慈愛に満ちていたお父様…でも、今はもう…その身はアンデットとなり、永遠を彷徨うようになってしまった…私のせいで…」

「君のせい?」

「…はい」

「…事情は聞きながら行こうか。おそらく、日が登るとダメなんだろう?」

「よろしいのですか?」

「そのために来たんだから。誓うよ、君を守って、王の元へ連れて行くことを。君の騎士として、ね」

「…ありがとうございます。本当に、ありがとうございます」

その目からは今にも涙が溢れそうだった。

「まだ着いてすらいないんだから、お礼はその時でいいよ」

「…はい」


その道中にて。

確かに魔物が多い。

それどころか、何らかの強化を受けている。

強化? いや、少し違うか…この大地の呪いのせいなのだろう。

草も木も生えていない。

生き物、とよべるものもいない。

その気配が全くしない。


その理由を語ってくれた。


今より遥か昔。

聡明な王には愛する王妃がいた。

王妃は娘を産んで死んだ。もともと体が強くなかったようだった。

王は娘を可愛がり、何よりも愛した。

しかし娘もまた、体が強くはなかった。

高熱を出し、一日中眠ることは珍しいことではなかった。

ある年、姫は妙齢となり、その姿は若い頃の王妃のようであった。

そんな時だった。

今までにないほどの高熱で倒れたのは。

王はそこに王妃の影を見た。

王はまた愛する者を失うかもしれない、と。それを恐れた。

王は様々な治療、魔法、あるいは呪いを世界から集めた。

自身もあらゆる魔法を試した。

王だけでなくその愛らしい姿から城下の民たちの信頼もあつかった姫のために、

民たちもその協力を惜しむことはなかった。

賢人と呼ばれる者たちを何人も招いたりもした。

それでも、姫の容体は回復することはなかった。

…姫が命を落とした時、

王は、民たちは深い絶望の中にいた。

王は、民たちは嘆いた。

嘆き、悲しみ、果てのない涙を流す。

王たちはその苦しみの中、回らない頭で考え続けた。


たとえ死んでしまったのだとしても、不死の術であれば生き返るのではないか?


と、そう考えたのだ。

渦巻くその感情は民を、全てを、一つにしてしまった。

禁術と呼ばれていたそれの出所は不明。

どうしてあったのか、誰が持って来たのかすらわからない。

あるいは王の、民たちの願いがどこかに届いたのか。

そしてついには使うことを決めた、その術を。

ある日、その時は訪れた。


そして闇が、この地を覆った…


「…それがこの地が荒れ果てた理由、か」

「私が伝聞で聞いたことだったりします。全てが正しいとは思いませんけど、およそ大体は…」

「でも、君はどうして?」

「私、実態がないんです。夜になるとこのように現れることができますけど…日中は、陽の出ている間は、きっと、どこにもいないんだと思います。それが呪いなのか、それとも違う何かなのかはもう私にもわかりません」

「幽霊みたいなものなんだね」

「…そうですね。そうだと思います。 …だから、言ってみれば不死の術は効果があったのかもしれないですね。お父様たちの考えとは違ったのでしょうけど…」

幽霊の姫はそう言って寂しそうに笑った。


アンデットたちが現れる。

確かに、難無く倒すことはできる。

でも手応えがない。

倒した、という手応えがない。

城民たちはきっと明日の夜には元に戻っていることだろう。


「永遠を彷徨う呪い、みたいなものかな」

「…はい。でも、それでも、もしかしたら、お父様に会うことができたら、きっと…」

「成仏するように説得するつもり? できると思う?」

「…わかりません。でも、お父様なら、きっと…」

娘を想う父、父を想う娘、か。

結果はどうあれ、その出所は良いものだと信じたいな。


かつて城だったという場所はもう見る影もない。

荒れ果てた瓦礫が散乱しているだけだった。

当時を知るものがいたとしても、どこに何があったのかも最早わからないだろう。

ただ、かつてそこには確かに玉座があったかのように、

一人の異形の王が、静かに佇んでいた。


「お父様! 私です! お父様!!」

「…ア ウァ… アアア」

近く姫を見ても反応は少ない。

「お父様!! 私のせいで、ごめんなさい。ごめんなさい。私のせいで…」

姫の嘆きも、悲しみも、届かない。

不死の王は、ただそこに、佇んでいた。

長い間今までそうであったように、これからもそうであるように…


「うぅ…お父様…みんな…ごめんなさい…」

幽霊の姫の涙が大地に落ちる。

しかしそれがこの地を潤すことは決してない。

この地は、呪われていた。

草木も育たず、生者を認めない。


「…ごめんなさい…みんな…ごめんなさい」

姫はそれでも涙を流すことしかできなかった。


「…呪いを解けるかもしれない、でも、この地は全て、何もなくなると思う。もとより何もないけど。本当にただの、更地になると思うんだ。 …それでも、良いのなら」

「…できるの、ですか?」

「まあ、実際にやってみないとわからないんだけどね」

「…お願い、します。それでも、何もなくなってしまうのだとしても…この地に縛られたお父様たちを、みんなを解放してあげられるのなら…」

「…わかった。それじゃあ姫はこちらに、離れないでね」

「…はい」


呪いの浄化、大地の浄化。

不死の王を殺すには、

不死を超える、その呪いを超える力がいる。


両手に魔力を、

限りないほどの魔力を込める。

まだまだ、更に。


火魔法 極大

それはかつて、天上から降り注いだ火の矢。

そう呼ばれたモノ。

その熱量は、かの古の竜の息吹ですら遥かに凌駕する。


その炎は辺りを赤く、黒く、染め上げる。

その色は原初の赤から混ざり気のない純粋な漆黒へと大地を変化させていく。

そこにはもはや何もない。何ものをも寄せ付けない。

それは不死の呪いですら、例外ではなかった。


大地は浄化されるのだった。

いずれは芽吹く大地へと…


「ああ、ああ…」

消えていく、城の跡地が、呪いの土壌が、

かつての城民たちが…愛する、お父様も…

「…ア …アアア…」

「お父様!!」

消えていく、淡い光となって消えていく。今までのような消え方ではない、

それはきっと、完全なる消滅を意味していた。


「… ア…シテ…ア ……ガ」


「お父様、お父様ぁ!!」


「…」

…愛している。

多分、そう言ったんだと思うよ。

それと、その後は、ありがとう、だったのかもしれない。

全ては火の光の中へと、消えていった。


「…ありがとうございました。これで、きっと、全部、終わったんです。ようやく、やっと…終われたんです」

「そうだね」

「私にできる、精一杯の感謝を」

「それで充分だよ。騎士にとっては、それが何よりの褒美だからね」

「…本当に、本当に…感謝いたします…本当に…ありがとう…」


日が昇る。

空は黒から朱へと変化していく、あたりは次第に明るくなっていく。


宿屋 大部屋にて


「いや、朝帰りしたことはいいんだよ。聞いていたからね。でもね、その子、誰なの?」

「朝帰りして帰ってきたと思ったら新しい女性を連れ込んでくるとか、ないですわぁ〜」

黒と白の姫に詰め寄られていた。


「…ごめんなさい、私、その…」

傍に浮かぶ幽霊の姫は申し訳なさそうに謝っている。

「北の城の姫だったらしくて、昨日騎士として誓いを立てたんだ、それで」

「またぁ!? え? 何なの? 姫だと誓いを立てるの? どこでも? 誰でも?」

「私、幽霊ですから、その…」

「幽霊だからとかは今は関係ないと思いますわ。幽霊姫とでも呼べばよろしくて?」

「いや、まあ、とりあえずご飯食べてよ。お腹減ってない?」

「あ、その、私は幽霊ですので…」

「そういえば何も食べてなかった、いただきます」

「話はゆっくり、ゆ〜っくり聞かせてもらうからね!」

騒がしい朝食の時間が訪れる。


「…へぇ、大変だったんだね」

「うぐ、えぐ、だい゛べん゛でじだわ゛ね゛ぇ゛ おえェッ」

「汚いぞお前、ほら、紙っ!」

白姫は号泣していた。こういう話に弱いのだろうか?


「…まあ、そんな事情聞いたらね。でも話を聞いた限りじゃ解決したんだよね?」

「…はい」

「確かにそうですわね。成仏したりとかしないんですの? ああいえ、して欲しいとかではなくてですね。いわゆる未練がなくなったものなのかと」

白姫が珍しく気を使っている。

「…そうですね、私も、もう充分に満足したんですけど…」

ただ…もう少し、もう少しだけ…一緒に…


「新たな未練が増えた、とか?」

「えっ? い、いえ、そんなことは…」

ちらりと目があう。

「?」

「あ、いえ、な、なんでもないです…」

そういうと幽霊姫は俯いた。

「「…怪しい」ですわ」

その様子を訝しげに見つめる二人の姫。

俯いて恥ずかしそうにしている幽霊の姫。


そんな、騒がしい朝が始まろうとしていた。

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