神々の在りかた
悪魔の姉妹が店員と服を見繕っている間、時間の空いた勇者はふと、先生に何かおみやげを買っていこうと思いたった。
考えてみれば、今まで何も手土産を買って帰ったことがない。
まあそれは、どれだけ長居することになるかわからなかったと言うのもある。
それに、先生のことだから尋ねても遠慮しそうだ…でも、今でもこれだけお世話になっているし、これからもしばらくはお世話になる予定なんだから。
…たまには何か、先生に買って帰ろう。
そうなると、何がいいものだろうか?
服…は…先生の好みがわからない。
落ち着いた服、と言ってもそれがどう言うものなのか…好みもあるだろうし…
で、あるならば食べ物とか…日用品…日用品? …どうもパッとしない。
それならアクセサリーはどうだろうか。
…先生が装飾品を身につけているところはあまり見たことがないけど…
うぅん…何かないだろうか。
適当に店の中を見てまわるも、これ、と言うものが見つからない。
元々目的の無いものだったし、それは当然なのだけど。
少しでも先生の好みに即したものにしたいところだけど…
それなら先生と一緒に買いに来たほうがいいか…でも、それだと余計に遠慮しそうだなぁ…
何回か近くの村へ買い出しに付き合った時のことを思い出しながら、品物を物色する。
「何かお探しでしょうか?」
店員の一人がさまよう姿に気を遣って声をかけてきた。
「ああ、その。何か手土産になるものを買おうと思ってて…装飾品か何かを」
「はい、少しお尋ねしてもよろしいでしょうか? それはどういった方へのプレゼントになるのでしょうか?」
「僕が日頃お世話になっている先生、ですね。先生と言っても今の自分と歳はそんなに変わらない女性なんですけどね」
「なるほどなるほど、歳の近い女性、先生と呼ばれているからには…家庭教師か何かでしょうか?」
「いえ、育ての…ああ、いえ、一緒に暮らしているんです。今は住むところを提供させてもらっているというか、衣食住、本当にお世話になってて…でも考えてみると、先生個人の事、服や装飾の好みなんかは、全然わからないんですよね。先生に欲しいものとか、あるのかなぁ…」
昔を思い返してみても、ニコニコと優しそうに笑う姿しか印象にない。
それと…思い出したくはないけど、記憶に残る倒れた先生の姿が明滅して現れては消えていった。
…今、先生は笑顔で過ごしているだろうか。できるだけ早く戻ろう…
「…大切な人なんですけど、わからないものですね。帰ったらもっと色々な、話をしないと」
勇者のその表情を見て店員は何かを勝手に閃いたかのようだった。
「それでしたら、こちらのペアリングなどはいかがでしょう? とある名工が拵えた逸品でして、マジックアイテムとしての効果もございます」
「ペア、リング…?」
…お世話になっている先生にペアリング? この店員は僕の話をちゃんと聞いていたのだろうか?
そう疑問に思うも、店員のその曇りなき眼は自信に満ちた輝きを放っている。
「…そのマジックアイテムの効果って何ですか?」
「なんと、お互いの位置がわかると言う優れものです。この嵌め込まれた魔石が互いの位置を把握して淡く光るんです。元は一つの鉱石でして、二つに分け離たれてもその光が互いに導き合うというところが…なんともロマンチックで素敵です…この魔石自体の光はこの通り、決して強くはないものなのですが、魔力を込めるとより一層強く輝くようにもなりますし、いかがでしょうか? いついかなる時も片時もそばにいたいという願いを込めて作られたリングでして、」
店員による熱心なセールストークが続いていく。
その熱にも引っ張られて購入することにした。
「ご購入ありがとうございます。どうぞお受け取りください。 …貴方達に幸いを」
リングの入った可愛らしい装飾の箱を受け取る。
…位置がわかるというのは確かに便利だが、考えてみたら先生は基本的に孤児院にいるだろうし…
先生が僕の位置を気にしたり…するだろうか? とてもそうは思えない。
まあ、何かあった時の保険、と考えよう。
「遅くなりました」
「なにかかったの?」
悪魔の姉妹も買い物を終えたようだった。
妹が勇者のもつ小箱に気づく。
「先生にお土産、かな」
「なに〜?」
「リングだよ。指輪」
勇者は自身の手に嵌めた指輪を見せる。
「わぁ、きれい〜」
「この中にも同じものが入っているよ」
小箱を手渡す。
「わ〜、すごくきれい…」
「…その指輪、マジックアイテムですか?」
「そうそう、位置把握の効果があるみたいだね」
「へぇ、面白い効果ですね。 …いつでもどこにいるのか把握したい…とかですか? …束縛が強かったりします?」
「え? …そう思われるかな? いや、でもそれならつけなければいいだけだよね? でも確かに冷静に考えてみるとお世話になってる先生相手にペアリングって…やっぱりおかしいか…ペアの必要はないよな…いやでも、位置を把握できるのは便利だと思って…」
「冗談です。良いんじゃないですか? それにしても、本当に良かったんですか? こんなに買ってもらって…それにどれも結構良い品質なものばかりでしたし…」
「良い装備品は高いものだし、構わないよ」
「あなたが良いのでしたら、良いのですけど…」
それに、見たところこの指輪も結構な品だろう。
「買うものも済んだし、店を出ようか」
勇者はぬいぐるみを返す代わりに姉妹たちの荷物を預かる。
「今日はここで一泊して、体をゆっくりと休めよう、明日からはまたちょっと歩かないといけないからね」
「はい」
一泊すると聞いても心を乱すことはもうなかった。
「…おなかすいた」
妹は無邪気に自分のお腹をさすっている。
「ハハ、すぐ宿に行って食事にしよう。まだ目的の孤児院までは距離があるけど、次の村には明日中には着くし、その次の町も、そこまで遠くはならないから」
勇者たちは宿へと向かって三人並んで歩いていく。
「…」
悪魔の姉は思った。
今の様子を側から見たら、一体どう見えるのだろう?
恋人同士…幼い妹がいるから…三人の兄妹の方が自然かも。
ああでも、私たちは悪魔だから…家族にはみられないかもしれない…
ただ、それでもこの町は、悪魔の私たちに対して、何の分け隔てもなく接している。
この世界の中には、そういう町もあるんだということを知った。
私が今まで見てきた、私たちが今まで暮らしてきた村や町が世界の全てではなかった。
世界は自分が思っている以上に広く、大きいものだったんだ。
今、隣を歩く人間だってそうだ。
自分たちはこの人に奴隷として買われたはずだった。
でも、初めから全くその素振りがない。
今まで受けたような扱いがなに一つとして無い。
お前は奴隷なんだから当たり前と、
お前は悪魔なんだから当たり前と、
そうやって受けてきた仕打ちが全く無い。
私の常識は何だったのだろう。
今まで思い込まされていた常識とは何だったのだろう。
悪魔の自分達と対等に接し隣を歩くその人は、今、一人で悶々としている。
「…しかし考えてみたら、断られるかもしれないのか…いや、でも先生のことだし、気を遣って受け取ってはくれるか…逆に申し訳ないなそれも…」
プレゼントの小箱を手に、一人で悩んでいる姿が見えた。
なぜだろうか? その姿を見ると自分の胸が高鳴った。 …少しだけ。
「…大丈夫ですよ」
「そう? まあ、いらないならいらないで良いんだけど、もっと自分でもちゃんと考えないとなぁ…そう思うと、プレゼントや贈り物って難しいね…難しい…」
「…もし仮に断られたら、ですけど。その時はその指輪を…私が受け取っても良いですか?」
そう言った時の胸はまた少しだけ高鳴った。
「え? それは良いけど…贈り物断られるかもって考えると…それはそれで結構きついね」
「わたしもほしい〜」
「二人とも指輪欲しかった? 服だけじゃなくて買っても良かったのに。それなら明日町を出る前に買いに寄ろうか」
「いえ、何もそこまでしてもらわなくても。大丈夫ですから」
ただでさえこんなにたくさん買ってもらっていると言うのに…それではあまりにしのびない。
それでもまだ続けてねだろうとする妹を優しく撫でた。
妹とその少しの胸の高鳴りが落ち着いた頃、今日泊まる宿に着いた。
その頃勇者の内部では…勇者の姉である悪魔がようやく眠りから目を覚まそうとしていた。
「…」
「ようやくお目覚めか」
目の前では同じく勇者の内にいる神の一柱である火神が様子を伺っていた。
その隣には氷神と土神も見えた。
ああ、でも確か氷神は自分から氷姫と名乗っているんだった…
改めてあたりを見回すと景観が一変していた。
「…土に森…それに水の流れる音まで聞こえる…」
真っ白だった空間が大きく変化していた。
空には大きな鷲が飛んでいた。
「アタシたちもやる事なくてさ、この世界だと。何か味気ねぇし、こうして神が三柱も揃ってるから色々造ってみたぜ。せっかくだから四大精霊の力も借りてな」
トカゲとモグラもまたそれぞれの役割を受け今も熱心に働いていた。
「…まあ、好きにしたら良いけど…それに随分と広くなってない?」
「色々繋がったんじゃねぇか? 勇者の中にいた他の神たちとも。まああの高飛車な神様は手伝わなかったけどな」
「他の神々もこの空間にいるの?」
「多分な。でも姿を顕さないのがほとんどだと思うぜ? まあ神なんて気まぐれなもんだ」
「…まあ、そうね」
「しかしせっかく蘇ったのにまたここに戻ってきたのか?」
「…想像以上に消耗が激しかったせいかしらね…まあ、肝心の弟はうまく行ったみたいだから良いんだけど…力が戻るまで私はしばらくここにいるわ…なんだか、まだまだ眠いし…この陽気のせいかしら…暖かい日差しに、柔らかい大地…よくできてるわね…」
「もちろんこの大地は私が生み出しました。素晴らしいフカフカさでしょう? ゆっくりと安心して安眠を貪ってくださいどうぞ、この大地の母、土神の地で」
土神は胸を張って言った。オマエだけじゃねぇだろ、と、言う火神の声が聞こえた。
「…そう…ね」
ぼんやりと緑に溢れる景色を見ていた。
神が世界を造っていた。
…母なる大地を…
母…母親…
自分たちの誕生に関して、何かを思い出しそうだった。
今まで深く考えたことはなかった。
考える必要もなかった。
自分の中心は何よりも弟だったし、それ以外の事なんて正直どうでも良かったから。
自分たちを捨てた両親の事なんて考えたところで、
…両親? そう、私たちの両親は…
それは当然いただろう。
当然? 人間同士ならそれは当然で間違いないが…
私たちを産んで…産んだ?
漠然とした違和感を覚えた。
人間が産んだのか? それとも悪魔の方が産んだのか?
人間と悪魔の間に子供ができるのか?
…悪魔にとって子を成すことは、必ずしも人間と同じである必要はない。
もちろん同じようにもできるだろう。
そういった器官は私にも確かにある。
だが、人間のそれと完全に一致しているかというと、それはそうでもない。
…精霊や神のように、深い信仰、あるいは精神的な結びつきから命を生み出すような事も不可能な話ではないからだ。
…神が人をつくったように…悪魔だって…それは…可能なことで…
…私は……弟とは同時に…双子のはず…でも…
白い光が頭を痛める。
…何かを忘れている、気がした。
それが大切な事なのか、それとも大したことでもないのか、わからない。
ただ、生まれに関して深く考えようとすると…頭が痛んだ。
「…っ…」
「おいおい、顔色が悪いぞ。まだ回復しきってないんだろ? まあ時と空間を超える能力なんてそれだけで力をかなり消耗しそうな権能だしな。無理すんなよ」
「…そうね。今は…大人しく眠ることにするわ。 …おやすみ」
目を閉じると、あっという間に眠りについた。
「…やはり私も、本体を連れてこなくてはならないと思います。そうすればいざという時でも、勇者さまの元へと馳せ参じることができるでしょうから」
一人ずっと難しい表情で思案していた氷姫は真面目な顔をしてそう言った。
「…は? いきなり何を言ってんだ?」
「だってそうでしょう? 久しぶりに勇者さまとの逢瀬を楽しもうと思っていたところにまた今のこのような状況ですし。勇者さまは故郷で買い物デートを楽しんでいると言うのに私はただそれを眺めているだけだなんて、これは一体どう言うことなのでしょうか」
「どうもこうもねぇよ、オマエにゃ何も関係ねぇことだろうが。さっさと他の場所に行って水場でも造ってろよ」
「あ、それはもう大丈夫です。私の造りたい物は造れたので。後はあの水の精霊であるカエル姫が戻ってきてからにしましょう。 …それに何より、今の勇者さまのお力になれれば、私の評価も鰻登りになるというもの。私は勇者さまと共にありたいのです」
「コイツ…いやだから急に何言ってんだ? まずそもそも誰もオマエの希望なんて聞いてねぇし。まあ水場ばかり造ってもしょうがねぇか。しかしあの水の精霊、カエル姫だったか? 本体が離れてりゃ世話ねぇっての」
「ええ、まさしく…だからこそ、あのカエル姫がここにいない今こそ、私の方がより一層の勇者さまとの親睦を深める絶好の機会でしたと言うのに…」
「ああ、そういえばオマエたち何か言い合ってたな。 …まあ興味ねぇけど」
「私も私自身、本体を連れて来なければなりません。ええ、それがきっと勇者さまのためにもなりますので!」
氷姫は熱く語った。
「簡単に言うけどオマエさぁ、それがどう言う意味かわかってんのか? 別に今の、この分霊のままでいいだろ。それにあれだぜ? そのカエル姫みたいに離れ離れになる可能性だってあんだぜ?」
「それはありえません。私は勇者さまに連れ添って過ごすので」
「ずっとかよ、無理だろそりゃ。ずっとくっついてんのかよ? アイツ凍るぞ」
「いいえ、私のこの熱い想いがあれば。だから行かねばなりません…私の本体が眠る氷の星へ…向かわねばなりません。はい、勇者さまとなら、きっと」
氷姫は熱くなっている。
「この広い宇宙のどこにある星かもわかんねぇのに、人間にはとても探せねぇよ」
「誠心誠意、私が案内いたしますので。それでしたらきっと、きっと!」
「オマエさぁ…自分を見失ってんじゃねぇの? 神としての自覚あんのか?」
「恋は盲目と言いますし…ああ、そうです、まさしくその通りかと…時に人は素晴らしい例えを生み出しますね。 …私は今、紛れもなく勇者さまに恋をしているのですね」
自らの手を当て、頬を赤らめる氷姫。
「うるせぇよ。神が人間に…まあ無いわけじゃねぇけど」
「…ああ、勇者さま…そうです…私は、氷姫は淋しいのです…よよよ」
土神はしなだれる氷姫を見て自分も少しだけその気持ちが理解できたが、黙っていることにした。
黙って大地をさらに拵える作業に取り掛かることにした。
協力している土の精霊であるモグラと共に。
いずれは勇者自身をこの世界へ招待した時のためを思い念入りに大地を拵える。
…自分自身の心象世界へと訪問する機会が、その本人に訪れるかはわからなかったが。




