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悪魔たち

港町はいつにも増してことさらに賑わいを見せていた。

それもそのはずで、今日は世界各地から珍しい商品が集められたオークションが開催される日だった。

訪れているのは商人ばかりではなく、貴族やあるいはそれに因んだ人物たちが目当てのものを手に入れようと集まっていた。

中には価値のあるものをできるだけ安く買い落として将来高く売ろうと考える商人も多くいた。

しかしそれらはあくまでも表の話で…

同日、地下競売場にて極秘裏に開かれるオークション、

より多くの力と金を持った商人、あるいはよほどその道の情報に長けた者だけが知る、少数の有力者や有識者たちにとってのメインはむしろそっちであった。

表の華々しいオークションとは異なり、その裏で開かれるオークションは別名闇市場、あるいは悪魔のオークション等とも呼ばれていた。

その名が冠する通り、とても表立っては言えないような商品がずらりと並ぶ。

盗品かあるいは偽物か、それを見極めるのは難しい。

たとえ騙されたとしてもその保証は無いのだ。泣き寝入りするしかない、もちろんその出品者がわかったのなら復讐しても良いのだが。始まりも終わりも、過程も結果も血生臭いものになると言うこともよくある。

無法のオークションは熱気と興奮に満ちていた。

人間たちの欲望の熱気と興奮が冷めない中、ある商品が出品される。

それは悪魔の姉妹だった。

「それでは、本日の目玉の一つです。悪魔の少女たちでぇす。なんと二人は姉妹。とはいえ、両方揃って買う必要はありませんが。見てください。姉の方のこの、まだ成長しきっていないと言うのにこの美貌! 妹はまだまだ幼いですがね。それでもきっと美人になりますよ! 間違いなぁい! さあさあ、どうぞどうぞ。おや、早い、そちらの恰幅の良い商人様、ほほう、姉の方に50万! いきなり飛び上がりますね。ええ、ええ。他の人はいませんか? なんと、70万! 素晴らしい。ええっ! 90万! おお、そちらの、妹のほう? 30万。ええ、ええ。良いです良いです。他には? 他には? おお、そちら、妹? 40万、ええ、ええ、良いですね! さぁさぁ、まだまだ時間はありますよ!! 姉妹一緒でも良いんですよ!! なんと! 先ほどの恰幅の良い商人様! 120万! さすがお目が高い! ええ! ええ!」

競売者たちが競って値を釣り上げていく。

その様子を当の姉妹はただ静かに見ていた。

「…おねえちゃん…」

まだ幼い妹は自分の状況を全く把握できてはいない。

ただ騒がしい喧騒と熱気に恐怖を抱いて姉の手を握った。

姉は妹の手を握り返しながら、冷静に競売者たちを見ていた。

自身に向けられる熱視線を肌に感じていた。

「…大丈夫…」

妹に優しく声をかける。

人間たちは競売に熱狂していた。

ああ…気持ち悪い。吐き気がする。

人間たちの欲望にまみれた視線、

私の体をじっくりと舐め回すその視線。

値段なんてどうでも良かった。

高いからなんだと言うのだ。

それよりも、妹と離れ離れになることを心配していた。

…今の私の力では、何もできない。

それ以上に、幼い妹は何もできないだろう。

せめて妹と一緒になれたら…少しは守ってあげられるのに。

自分が買われたら、どうなるかなんてわかっている。

…私の容姿は人間たちにとってとても好ましいものみたいだ。

今までだってそうだった。

だからわかりきっている。

…その覚悟だってある。

「…おねえちゃん」

幼い妹はさっきからずっと震えている。

無理もない。

この熱気と視線には私だって怖気がするのだから。

「…大丈夫。大丈夫」

私は少しでも安心するようにそう声をかける。

…何が、大丈夫なものか。

何一つ、大丈夫では無いと言うのに。

「…うん…」

それでも幼い妹は少しだけ落ち着いたようだった。

「姉の方は300万、妹の方は150万」

恰幅の良い商人は確信した笑みを浮かべている。

その視線を受けて身が震えた。

あの下卑た人間の笑みを今まで何度見たことだろうか。

寒気がする、悪魔であるはずの私がだ。

人間のその悪魔(わたし)に向ける視線は、熱を帯びた視線は、何よりもたちが悪くよこしまで、そして何よりも邪悪な存在に思えてならなかった。

「…他にはいませんか? いませんか? まあ切りが良い数字ですし、それなら」

「姉妹で1000万」

会場がざわついた。

「揃って1000万! 二人揃って! おお! 他の人たちは? はい、はい…どうやら誰もいないようですね…それでは、そちらの方に。ええ、ええおめでとうございます。決定でぇす!!」

興奮冷めやらぬ司会者は大声で叫んだ。

恰幅の良い商人は恨めしそうに見ていた。

姉妹は奥へ連れて行かれ、そして二人の購入者である勇者もまた同じように奥へと案内されていく。

会場ではすぐにまた次の競売が始まろうとしていた。

「それでは、本日の目玉の二つ目! これは曰く付きの商品なのですが…なぁんと」

競売者たちの声は遠く聞こえなくなっていった。


「はい、はい。 …1000万。それでは確かに。奴隷用の首輪はどういたします?」

「いらないかな」

「左様ですか。それだと逃亡あるいは叛逆の恐れが増すのですが…それでも構いませんか?」

「それで良いよ」

「かしこまりました。それでは、商品をどうぞお受け取りください。受け渡しを持って契約は完了となりますので、後はご自由にどうぞ」

「…それじゃあ、行こうか」

姉妹二人に声をかける。

「…はい」

「…」

姉は頷き、妹は姉に手を取られて後を追う。


「まずは身なりを整えようか? そのままだと逆に目立つしね」

二人は奴隷用の簡素な服を着けていた。

値段を釣り上げるためにめかし込ませる場合もあるらしいが、二人は違うようだった。

手近な装飾屋に入ることにした。

「いらっしゃいませ〜…あ、いえ。はい」

二人の姿を見たからだろう。一瞬だけ言葉を詰まらせていた。

「二人に服を見繕って欲しいんだけど。それと、そのまま着て帰るから、古い服は処分してもらっていい?」

「はい。かしこまりました。ふむふむ…まあ、なんと、よく見たらお二人とも随分と可愛らしい。素晴らしい素材です! ええ、これは捗りますよ!」

二人は妙に張り切り出した店員に連れて行かれた。

連れてこられた姉妹は二人ともこざっぱりとした可愛らしい衣装に身を包んでいた。

多分店員の趣味なのだろう。

「どうでしょうか?!」

「良いんじゃ無いかな」

服飾のことはよくわからなかったけど、それでも二人ともよく似合っていた。

「それでは」

会計を済ませる。

その金額を聞いた姉の方は驚いていた。

「え? その、い、良いんですか?」

「? 気に入らなかった?」

「い、いえ、それは…ただ、そんなに高いとは思ってもいなかったので…」

「ああ値段? 気にしなくてもいいよ」

実際レアな魔物を狩まくったおかげかまだそれなりに余裕があった。

「そ、そうですか…」

1000万をポンと出すことといい、そんなにお金持ちなのだろうか?

見た目からは想像できないのだけど…

「…かわいい」

妹の視線は小さなぬいぐるみを見ていた。

「それもついでに買っていこうか。君はどうする?」

「え? 私は…その、特に…」

「そう? 遠慮しなくても良いのに。 …はい」

「…ありがとう!」

妹はぬいぐるみを抱き抱えてご機嫌になった。

「〜♩〜」

もうそれだけで勇者のことを少し気に入ったようだ。

だいぶ警戒心が薄れたようだった。

「それじゃあ出ようか」

「はい」

姉は妹のその様子を見て少しだけ安心した。

これから先、何があるのかはわからないけど…

でも、一緒なら…私が守ってあげるから…

ぬいぐるみを抱いて喜ぶ妹の手をとって勇者の後に続いた。


「…」

勇者は空を見上げる。

陽は傾きかけている。

もうすぐ夕暮れになることだろう。

…今から戻るとなると…道の途中で何度か夜を越えなければならない。

自分だけなら爆速で帰れるが、二人を連れてとなるとそうもいかない。

まして妹の方は幼い。一度ぐっすり休んで体力をつけたほうがいいか…

となれば…

「今日は宿を取ろうか」

勇者の何気ない一言。

「…はい」

姉の表情は強張る。

妹は何もわからないまま、ただ姉の手がビクッと震えたことだけはわかっていた。

「おねえちゃん?」

「ん? …なんでも無いから」

姉は覚悟を決め、勇者の後をついていく。

三人は宿に入る。

「三人で一泊します。食事付き? それでお願いします」

そこは広い宿だった。

なんと各部屋に浴槽まで付いていた。

自分が港町にきてから泊まっていた宿とは別だったが…こういう豪華な宿もあるのだなぁ。

普段あまり意識したことはなかったが、高いなりの理由がちゃんとあるということなのだろう。

「食事まで時間があるから、二人は先に入ってきたら?」

「え? 先に? 入っても良いんですか?」

一緒にではなく?

「? 良いよ? 僕は別に入る必要もないし」

「…わかりました。先に失礼します…」

「わ〜おふろだ〜」

妹はただ無邪気に喜んでいた。

これからのことを考えていないのだろう。

…結局、この人も変わらない。

人間の考えることはいつも同じだ…

…せめて…幼い妹にまでは手を出さないと信じたい、けど…

「…」

「あったかいねぇ〜」

「うん、そうだね」

念入りに体を洗って湯船に浸かる。

体の汚れは落ちた。

その身は綺麗さっぱりと、艶々として新しく生まれ変わったかのようだった。

「…入りました」

「おかえり、ぶっ」

勇者はその姿を見て飲んでいたお茶を吹き出した。

「いや、服着て。なんでタオル一枚なの? あれ、一人? 妹は?」

「…どの道すぐに脱ぐんですから。それに、せっかく買ってもらった服をシワだらけにしてしまうのも…それと、どうか妹は…」

「いやいや、何の話? これからご飯だよ? 服着ないで食べるの? それにみんな一緒に食べようよ」

「あ…」

そういえば夕飯だと言っていた。

「まあそういう文化もあるのかもしれないし、否定はしないけど。とりあえず今日は服を着て食べよう? みんなでね?」

「…そうですね」

いそいそと戻っていった。

その後、姉妹揃って服を着て戻ってきた。


すでに食事の用意がされてあった。

「ごはん、ごはん」

ぬいぐるみを抱いた妹は豪勢な食事にご機嫌だった。

「遠慮しないで良いからね。どんどん食べてよ」

「わぁ〜」

「…いただきます」

見たこともない食事を味わった。

そのどれもが絶品で舌の上で踊った。

三人とも満足のいくまで料理を味わった。


「さて、それじゃあもう寝ようか」

「…はい」

姉はそろそろか、と思っていた。

「…眠い…」

奥の部屋に布団が三枚敷かれていた。

「まあ何もないだろうけど、今日は一緒に寝るからね」

逃げ出したりはしないと思うんだけど…まあ念の為。

「…はい」

姉は服に手をかけた。

「眠い…」

妹はすでに半分寝ていた。

床に着くとあっという間に眠ってしまった。

姉はその様子を安心して見守っていた。

そして安心しながら準備を整えていく。

「それじゃ君もおやすみ、って、服着て、服」

「え?」

姉は服を脱ぎ始めていた。

「いやまあ、別に裸で寝てもいいけど…今日は服着て寝ようね? あと君はそっちの布団でいいから。ちゃんと三人分あるからね?」

「…はい」

そうしてようやく大人しく眠りについたようだった。

入り口の近くには勇者が眠っていた。

「…」

本当に眠ったのだろうか?

悪魔の少女は勇者を見る。

「…」

寝息を立てて静かに眠っている。 …ように見える。

「…んぅ」

反対を見れば幼い妹が眠っていた。

…どうすればいい?

今の私でも…できる?

少女は静かに体を起こす、

「…」

勇者は相変わらず無防備な様子で眠っている。

今の私の力でも…できるの?

見ると手が震えていた。

…もし、失敗したら?

その時は多分…終わりだ。

私たちはおしまいだ。

そう考えるとますます手が震えた。

動悸が激しく脈打つ。

眩暈がするくらいに。

少女は静かに勇者の元へとその身を低く移動する。

…手は、その首へもう届く。

…でも…本当にいいの?

…うまくいくの?

…本当に?

少女は逡巡を繰り返した。

額から、首から汗が滴り落ちた。

暗い闇の中で一人、ずっとその逡巡を繰り返した。

勇者の首元へと伸ばした指先の震えは止まらない。

これでうまくいけば、私たち姉妹は自由になる。自由になれる。

…でも、自由になった、その後は?

どうする? 何をする?

ここで…仕事を探す?

…それは無理だ。

うまくいったとしても、もうこの場所にはいられない。

それなら、別の場所に行ってから仕事を見つける?

幼い妹を連れて…一緒に…何の?

私にできる仕事。

悪魔の私にできる仕事…

「…」

何の仕事を?

…また…私の…

「…っ」

伸ばした手を戻すと、少女は自身を抱いた。

その鋭い爪が腕に深く刺さる。

白い肌から血が滲んだ。

…それなら同じ…何も…

これからと何も…変わらない…

少女は闇の中で一人静かに身を丸くして震えた。

小さく小さく震えた。

気づけば眠りに落ちていた。

「…」

勇者は目を開けた。

そのまま静かに眠る悪魔の姉妹を見る。

妹は占い師に。

そして姉は傾国の魔術師へ。

…でもそれは、この世界の話ではない。

今はただの、悪魔の少女たちにすぎないのだから。

悪魔とは、人を惑わし、誘い、滅ぼすものを指すという。

しかし今の彼女たちはどうか?

先ほどの弱々しい彼女を見て、それをその悪魔と呼べるのだろうか?

彼女が以前に人間からどのような仕打ちを受けていたのかは知らない。

…知らないが、想像することはできる。

もし悪魔と呼べる存在がいるのだとしたら。

それは…


翌朝、目を覚ました三人は連れ立って港町を離れる。

港町を離れる三人を追う影があった。

「どうします? 今なら…」

「…ああ、周りには誰もいない。いい機会だな。その準備も整った」

「たんまり依頼料をもらっていることだ、失敗はできませんぜ?」

「わかってる、あの男を狙う。 …くれぐれも商品には傷をつけるなよ。怒られちまうからな」

弓を構え、勇者に向かって射る。

振り向きざまに勇者はそれを難なく斬った。

雇われた野盗たちはその動きにギョッとした。

「…はぁ」

勇者はずっと気づいていた。

あのオークションで二人を競り落とした時の、恰幅の良い商人の憎々しい目にも気づいていた。

その後もずっと自分を見ていたことも。

まあ何かしらやってくるかもしれないと思っていたが、

港町を歩いていた時に向けられた複数の視線がそれを裏付けた。

流石に高級な宿の中を襲うなんて馬鹿な真似はしない分別はあるようだったが、

町から離れた途端にこれだ。

「二人は離れないで」

突然の襲撃に怯える妹とその前で身構える姉の姿があった。

「…ここにいて、下手に動かない方がいいよ、茂みにも何人か身を潜めて隠れているから。逃げ出した時のためだろうけど…すぐに終わらせるから待っていて」

勇者は剣をしまう。

小さい子供がいる。

流石に剣ではなく、拳にしておこうか。

鉄拳制裁で。

「お仕置きの時間だね」

あっという間に雇われた野盗たちは壊滅した。


「…強いんですね…」

「まあ、勇者だからね」

「すごいすごい、つおいつおい」

妹は無邪気に喜んでいた。

私はというと…あの夜、手を出さないで良かったと、安心していた。

私の力でどうこうできる相手ではなかったのだから。

「そうそう、歩きながら話そうか? これから僕たちは僕の故郷でもある孤児院に向かうわけだけど、不躾に聞くけど、君たちに身寄りってある?」

「…今はもうありません。 …帰る場所も」

「それなら身寄りのない姉妹を連れ帰った、ということにするけどいい? 奴隷を買った、って言うと先生が心配しそうでね。それでいいかな?」

「…私たちはそれで何もかまいませんけど」

「わたしたちどれいなの?」

妹はそもそも自分の現状をまだよくわかっていない。

「ううん、違うの。私たちは帰るお家がなくなったからね? だから、これからこの人の住む所に行くの」

「ん〜?」

「まあそうだね、新しい家に行くんだよ。君のお姉さんと二人一緒にね。そこにいる先生のお世話に、まあ言ってみれば僕も居候なんだけど」

「あなたも?」

「そうそう、だから君たちと同じだね。元々独り身だし、あ、僕にも姉がいるけど、今はまあ、事情があっていないからね」

この世界では、と言うか…

そういえば、僕の両親ってどこにいるんだろう?

僕が生まれる前、と言うことは…今、この世界のどこかにいるんだろうか?

あれ? そうなると僕たちを孤児院の前に置いていったのは…誰なんだ?

父親? 母親?

「…」

「どうかしたんですか?」

「あ、いや…なんでもない。目的の孤児院まではまだ遠いから、休憩はもう少し行ってからにしようか」

今は考えても仕方ないことだ。

勇者はひとまず考えることをやめ、孤児院を目指して歩を進めることにした。

途中泉で休憩を挟んだり、

疲れた悪魔の妹の方をおぶりながら進んでいく。

勇者の背で眠っていた。

「まあこれだけの距離を歩くのは疲れるよね。君はまだ平気?」

「…はい。私はまだ大丈夫です」

それでも少しだけ足が痛くなってきた。

ゆっくりとはいえ、歩き続けると言うのは地味に疲労が溜まっていくものだった。

それからまたしばらく歩いた後に、疲労の色が濃く見え始めた時、

「とりあえず、どこか休める場所を見つけて野宿しよう。暗くなる前に安全そうな場所を確保しておきたいから」

今日と同じくらいのペースだと次の町までまだしばらくかかるだろう。

「…はい」

勇者は慣れた手つきで焚き木を起こす。

簡単な携行食をとり、一晩休むための場所を整える。

「君も気にせず寝て休んで。まあこの環境じゃゆっくり眠る、と言うわけにはいかないだろうけどね。見張りの心配はいらないから、危険なことは何も無いよ」

姉妹は二人、言われるがままにおとなしく眠りについた。

「…」

勇者は焚き木の炎を見つめながら、昼間考えていたことを思い出していた。

…自分の両親のことを。

まあきっと、考えるまでもなく僕たちは捨て子だったのだろう。

その理由はわからないし、今更問う気もない。

ただ、見ることができるのなら、見てみたいものでもあった。

両親の姿というものを。

…姉さんは悪魔で、僕は人間、一応人間だ。多分、うん。

となると、両親は人間と悪魔だったのだろうか?

どちらが父親でどちらが母親だったのだろう?

僕たちみたいに、男の父親が人間で、女の母親が悪魔? まあそれはどっちでも良いか。

父さんと母さんはどんな人たちだったのだろう、どうして僕たちを産んだのだろう、

そして孤児院に捨てたのだろう?

…聞いてみたいような、そうでもないような…

結局それはやっぱりただの好奇心以上でも以下でもないものだった。

気づくと焚き木はパチパチと音を立てて燻っていた。

再び炎を目覚めさせながら漠然と考えを巡らせる。

…。

先生は。

…先生は、元気にしているかな。

最後に会ってから数日経った。

早く戻って先生のご飯を食べたい。

先生に迎えられて、先生の元気な姿を見たい。

元気な姿を…。

思い出すのは、記憶の中の、倒れた先生の姿。

動かない先生の姿。

…。

あの時の先生は、もうどこにもいない。

孤児院に帰って出迎えてくれる先生は…

あの時の先生ではないのだから。

僕を、僕たちを育ててくれた先生は、もうどこにもいない。

…。

二人の姉妹の寝顔を見る。

まだ本当に幼い顔と、子供ながらにも艶やかな顔をした少女の顔。

いずれ傾国と呼ばれるほどの美貌を持つその片鱗が今でも確かにある。

…美し過ぎるというのも、それはそれで大変なんだろうな。

勇者は二人の寝顔を見守りながら、火の番を続けた。

そして夜が明けた。


それからまた更に半日ほど歩いていると運良く行商の馬車に出会った。

交渉して町まで運んでもらうことにした。

馬車の中にて、

「助かったね、これなら歩かずに町まで着けるし。まあ、その町からはもう少しだけ歩かないとだけどね」

馬車に揺られながら姉妹は歩き疲れた足をほぐしていく。

「あしがぼうみたい」

…いっそのこと馬車を買うのもありだろうか? 今のように長距離を移動するには便利だろう。ううん、でも馬の世話もあるし…今はまだ保留かなぁ…そもそも自分だけなら移動はどうとでもなるし…

「次の町に着いたら宿をとってもう一度ゆっくり休もうか。それと服ももう何着か買っておこう」

無事に町に着くと、まず宿を取り、その宿で食事をとることにした。

久しぶり、と言っても一日ぐらいだったが、出来立ての温かい食事はそれだけで身を元気にさせてくれる。

食事に満足した三人は服飾の店にいた。

「何を買うかは任せるよ、あとはお店の人と話して決めていいから。服は先生のところにもあるかもしれないけど、二人とも寸法が合わないと思うからね。僕はそこで待ってるから」

姉妹の買い物を待つ間、勇者は先生に二人をどう紹介したものか考えていた。

当初の案通りに、身寄りのない姉妹を港町で見つけた…で、本当にいいだろうか?

…まあ、先生のことだからあんまり根掘り葉掘り聞いてはこないと思うけど…うぅん…

できるだけ変な心配をかけたくはないし…

かと言って、正直に奴隷を買いました。 は無い…よなぁ…。正直に言うとそうなんだけども…

うぅん…どうすべきなんだろう…

勇者はいまだに迷っていた。

服を買う間預けられたぬいぐるみを手に一人考えに耽っていた。

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