悪魔の家と悪魔の権能(スキル)
元の大陸へと帰ってきた勇者一行。
黒姫、白姫、機械姫、そしてエルフもひとまずは一緒に宿へと戻った。
カエル姫にもその宿が案内された。
「ここがあてしたちの愛の巣ね〜」
「空いている部屋を好きに使っていいぞ」
連れ立って来た黒姫が空いた部屋を案内する。
「わたくしたちの働きでこの大陸でも屈指の人気宿になりましたからね」
「白姫はほとんど働いてないけどな」
「わたくしは施される側ですので」
「いや違うだろ」
増築に増築を重ねてその料理宿の寄宿舎はもうそれなりの規模になっていた。
「あてし、勇者様の部屋にするわ〜」
しかし勇者の部屋の中にはすでに先客がいた。
幽霊姫であったり、元無色の少女であったり、創世樹の少女であったり…。
今までも勇者が帰ると誰かしらが部屋の中にいたものだった。
カエル姫は構わずに空いたスペースでくつろぐことにした。
肝心の勇者は今どこにいるかというと…悪魔の姉が創り出した家にいた。
その家は空に浮いている。
見た目は特に変わったようなところはない、が、あえていうのなら、
それは二人が過ごしたあの孤児院に少し似ていた。
その家は悪魔によって厳重な結界が張り巡らされており、勇者と悪魔以外はおいそれと入れないようになっていた。
「…どうしてこんなに厳重に?」
幾重にも張り巡らされた結界を見て勇者は問う。
「念の為。今は二人で過ごしたいから。ただそれだけだけど…いけない?」
「ダメというか何というか、ここまで厳重にしなくても…この大陸だったら、今はもうそう危険なことはないと思うけど」
「…だからただの念の為よ。家に鍵をかけるのと同じで。だって、勝手に入られても嫌でしょ? それに今は久しぶり、本当に久しぶりの姉弟二人の水入らずの時なんだから」
「まあ、それは…だけどやっぱりここまで厳重にする必要ある?」
「…ある。だってあなたの知り合いはみんなそれなりに実力者だし。まあその最たる存在はあなた自身の中にいるわけだけどね」
「僕の中? ああ、神様たちのこと? …今は大人しくしているみたいだけど」
「空気を読んでいてくれるのかしら。そうそう、私ももうあなたの中でその何柱かには会っているけどね。 …まあそのカミサマたちには破られてしまうだろうけど…それでも、家には鍵くらいはかけたほうが安心でしょ? 来客を招く時になったら開放すればいいんだし。 …今はまだ、二人でゆっくりとしたいだけだから」
「…それなら、まあ…」
「積もる話もあるから、ね」
「…何か大事な話があるの?」
「そうね。大事、になるかどうかは、まあ、うん。私のことを思い出したってことは、当然…先生のことも思い出してるんだよね?」
「…うん、思い出したよ」
勇者の表情は僅かに曇る。
「あ〜、うん。ごめんね。私と一緒に先生の記憶も食べちゃったから。私の記憶が蘇ったら、芋蔓式に思い出すかなぁって思ってた。 …本当は今でも私の事は思い出さないほうが良いって思ってるぐらいだし」
「どうして?」
「だって辛いでしょ。 …あの時のことを思い出すのは」
「それは…そうだね。あの時は耐えられない、と思ったから、食べてくれたんだよね?」
「それはそう。それで人間を憎むようになって、復讐を考えたら、勇者になる道が遠のくだろうから」
「実際に耐えられなかったとは思う。 …あの時の僕は、強くなって勇者になることが一つの夢だったけど…本当は、ただ強くなって君や先生を守りたかったわけだし。その二人を同時に失うのは、耐えられなかったかも知れない」
「あの時、記憶も何もかもそのままだったら、どうしていたと思う?」
「…復讐を選んでいたかも知れないね。強くなる気持ちは変わらなかったと思うけど。その先に君や先生の復讐を求めたかも知れない。あの国の王や魔術師をもっと憎んでいたと思う」
「…今とは違う強さを手に入れていたのかも知れないね」
「…そうだね」
「それでもいいと思う?」
「今は思わない、けど。それは今だからそう思えるんだろうから…わからないね。でも、今はこうやってまた会えたんだし…それにずっと守ってくれていた姉さんには感謝しているよ」
「ふふふ、当然。弟を守るのは姉として当然のことをしたまでよ。でもね、ここまで強くなったのはあなた自身だからね? 私はその手伝いをしただけ、途中なんて疲れて寝ている時もあったからね」
「…何で寝てたの?」
「まあ色々あるのよ。この悪魔の力にも」
その時はあなたを蘇らせるのに力を使ったというのもあるんだけど…。
「姉さんのその悪魔の力って、どういったものがあるの?」
「たくさんあるわよ? 何せ私が悪魔としての力を受け継いだみたいだから。それはもう、たくさん」
「たくさんって、どのくらい?」
「それ、前にも他の人、じゃなくて神にも聞かれたけど、多分72個ぐらいはあるわね」
「結構すごい数だね」
「まあ被ってるような力も多いし、それに今の私だけだと魔力が足りなくて使えない技能…権能も多いんだけど」
「まだレベルが足りないってこと?」
「簡単に言えばそうね。だけど、多分…今でも協力すれば結構な力が使えると思う」
「協力って、僕と一緒にならってことだよね?」
「うん。私自身の魔力も相当あるけど、それにあなたの魔力も加えればね。 …それだけでもう結構な魔力総量になるから。さらに悪魔の権能として使っている暴食でそれを増やしていけば…かなりの権能は使えると思う」
使いこなせるかどうかはまた別なんだけど…。
「暴食って、なんでも食べられるの?」
「そうね、たいていのものはいけるわね。今までは主に人の感情だったり、記憶だったり、呪いの類だったけど。実際にこうして肉体が顕現した今なら、魔法なんかもいけると思う。 …それに肉体を得た今は姿を変化する権能も使用することができるわよ」
「今の姿もその力?」
「この姿はほぼ自前ね。だから変化とは違うから力を使う必要はないわね。そうそう、それに今のようなあなたの記憶に準じた姿だけじゃなくて、ある程度成長した姿にもなれるわよ。 …どっちの姉が好みかしら?」
「好みというかなんというか、まあでも、記憶の頃の姿のままだと周りからはきっと姉だと見られないよね。妹扱いされるんじゃない?」
「それもそうね…まあそれなら、これからは同じくらいの年恰好で過ごそうかな」
「姉さんに任せるよ」
「…それと。実は本題なんだけど。 …これから試そうと思う権能はね…はっきり言って意味がないかも知れないんだけど…」
「どんな権能?」
「過去の世界に介入する力。ただ、過去を改変したからと言って現在が変わるわけではないの。こちらの確定した世界には何も影響はないから。乱暴に言ってみれば無意味な行為なんだけど、ね」
悪魔は少しだけ小さく自嘲気味に笑う。
「…」
勇者は思いつく。きっと姉も同じだったのだろう。
過去へ行ける…つまり…
「それは…あの頃に戻って、先生が死なない世界にできるってことだよね」
「あくまでも、その世界では、ね。私たちからしてみたら、その世界はきっと夢みたいなものなのだろうけど」
「…それでも、そういう世界があるのなら、無駄だとは思わない。先生が生きている世界があるのなら、それが今の僕たちにとっては夢でも…構わないよ、姉さん」
「…やってみる?」
「うん」
「…手を握って。それから、あなたの魔力を私に」
姉の手をとる。
「…これは私たちの過去にとってはその改変にも改竄にもならない…だから今の私たちにとっては、ただの夢、自己満足」
「…それでも…先生が生きていてくれるなら」
勇者は未だかつてないほどに自身の魔力を高めていく。
極彩色がさらに輝きを増していった。
「…無駄なんかじゃない」
弟から魔力が流れてくる。
…ああ、なんという力だろう。
知っていたことだけど、ずっと見ていたことだけど、
私の弟は、本当に…本当に強くなったのね。
…これだけの魔力があるのなら、使える。きっと使える。
安定するかはわからない、けど…場所はあの孤児院…時は…
「準備はいい?」
「うん、いつでも」
「「…先生が…死なない世界を…」」
姉弟の願いは時と世界を超える…極光が包み込んでいった。




