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境界の獣 それぞれの運命

モグラの姿をした土の精霊(ノーム)に乗って土の妖精の村へと向かっていたエルフと機械姫。

土の中を移動しているため景色はただの暗いトンネルだったが、村に近づくにつれて精霊の表情が暗く曇っていくことに気づいていた。

「結構移動したと思うけど、村にはまだつかないのかな?」

『もうすぐ村に着くんよ…でも…おかしいんね…ちょっと、上が静かすぎるんよ…』

精霊は土の上の気配をある程度察することができた。

普段であれば、もう妖精たちの気配がするのだったが…まるでしない。

初めてのことだった。

「…人間の気配はありませンね…ですが、村にいるのは妖精なのでそれは自然かと思っていマした…そもそも何の気配もありマせん」

土の中から地上へとソナーを使った機械姫は何も反応しないことを疑問に思っていた。

妖精とはいえ、魔力と呼ばれる何かしらの反応くらいはあるだろうから。

エルフは一つの考えを口にしてみるも、

「全員で出かけた、ということは?」

『それはあり得ないんよ…急ぐんね』

すぐさま否定された。まあそれはそうだろう。精霊に黙って村を出ていくなどはまず考えられないし。

土中から出た一行は村の様子を目にする。

確かにそこに村はあった。

しかしその村はすでにもぬけの殻となっていた。

「誰も見えないね。隠れている、と言うわけではないよね?」

『…みんないなくなってるんよ』

「…よく見るとそこかしこに羽が散らばっているね」

「何者かに襲われたのでしょうカ? 周辺を索敵しまス…範囲を広げマス…反応アリ…西の方向に何か…離れていってマスが…」

『追いかけるんよ!』

そのまま西へと、森の中へと入っていく。

「…魔物…魔獣…どのデータとも一致しまセン。大きさは数メートルですガ…」

「新手の魔物だったりするのかな。妖精を食べる、というのも…ここでは珍しくはないのかい?」

『う〜ん、全くいないとは言わないんよ。ただ、ここにいた妖精全員となると、あまりに規模が…いくらなんでもそんな魔物は聞いたことないんね』

「もう少しで会敵しまス。そろそろ見えて…? おかしいですネ。範囲から消えましタ」

「消えた? …私も調べてみようか。 …この先には何もいないね…本当にこっちで方向はあっていたの?」

「間違いありまセン。 …詳細を…更に索敵水準を上昇しまス…何かの気配の残り…獣? …生物的には獣に近い何かデス…確かにココにいた痕跡が…空間が少し裂けてイル? これは虚数空間に似タ反応… …危機感知! 離れて下サイ!!」

先ほどまで何もなかった場所から突然現れた何者かによる攻撃が襲った。

『危なかったんよ…あれは?』

目の前には獣が聳え立っていた。

二足で立つ獣、大きな熊のような屈強な腕と爪、大きく開いた口には獅子を思わせる牙…そしてその鋭い瞳は妖しく輝いている。

「獣…今まで見たことのない獣だね。獅子や熊、あらゆる屈強な獣を足した合成獣キメラみたいなものかな」

「あのような生物は私のデータにもありませんネ」

『…昔いたという妖精獣に似ている気がするんよ…でも…それにしては…魔力が大きすぎるんね…』

「妖精獣…あれが妖精たちを襲ったんだね」

『…それは間違いないんよ。妖精獣は生き物を食べて強くなるんね。だから妖精たちをみんな…許せないんよ』

「…危機感知高…魔力総量はモグラさんよりも上デス。 …エルフさんよりもデス」

「まあ、そうだろうね。 こう対峙しているだけでも…肌がヒリつくしね。しかし癪だなぁ。森のエルフである私よりも魔力のある獣って、そうそう見たことないんだけどねぇ。今のこの姿になってからなんて特に、初めてのことだよ」

「安全を喫する為現時点の戦力では逃走を推奨シマス」

機械姫は自分たちの戦力を冷静に分析する。

「…君がそう判断するのであればそれが安定なんだろうね。ただ、あっちの方は簡単に逃がしてくれそうにもないけど」

獣は動かないが、その眼が獲物から離れることは決してない。

ただ静かに品定めをしているかのようでもあった。

『…わてが相手をするんよ。二人はその間にこのことを知らせに行って欲しいんね。こんな化け物を、このまま野放しにできないんよ』

「…それなら余計君を置いてはいけないよ。私たちだってそれなりには戦えるよ? 足手纏いにはならない」

「そうデスね。短い間ですが、共にイタ仲間ですシ。まあ戦闘には残りの魔力でんきが心許ないのモ事実デスが。やるのであれば、全員でかかる事を推奨シマス。勝率は…まあ…ご想像二…」

「その言い方は不安を煽るねぇ」

エルフは杖を構えると防御の結界魔法を展開する。

物理攻撃を無効化させる強力なものだった。

「これである程度なら耐えられる。まあ想定を超えた力に対しては完全無効化とはいかないけどね」

エルフと機械姫はやる気だったが、

『二人ともありがたいんね。でも、頼むんよ。この脅威を少しでも早く周りにも知らせたいんよ。相手に逃げられる可能性もあるんね? だから頼むんよ。 …この場所から西、更に西に行ったところに水の精霊(ウンディーネ)がいるんよ。 …伝えて欲しいんよ。わてら精霊の中でも飛び抜けた力を持っているから。 …頼むんよ』

「…しかし…」

『大丈夫なんよ。二人が離れたら、わてもうまく逃げるんよ。犠牲になる気は全くないんよ。だから先に伝えにいってほしいんよ…』

モグラの懇願に機械姫は先に頷いた。

「…わかりましタ。西の精霊ウンディーネに、最速で伝えに行きマス。エルフさんは私の背に」

「…わかったよ。君も、どうか無事で。もういくつか補助魔法をかけておくよ。 それから…ちゃんと逃げるんだよ?」

『任せるんよ』

機械姫は自身に残された勇者の魔力を体に纏うと爆速でその場を後にした。

獣は一瞬後を追う仕草を見せたが、土の精霊の攻撃によりそれは防がれる。

『お前の相手はわてなんね! 妖精たちの仇、ここでとってやるんよ!!』

すぐさま土中に潜る。

獣はその場を動かない。

『…土の中のわての動きについて来れるかね!』

「…」

獣は静かにずっと魔力を貯めていた。

獣は爪を大きく振りかぶり、地面へと向けて振り下ろす。

その禍々しい魔力を帯びた鋭い爪が地面を裂く。

『なんねっ?!』

その魔力の刃は地面を、そしてエルフによってかけられた防御の結界をもいとも容易く引き裂いた。

『?!?!』

半身を切り裂かれた精霊は距離をとろうとしたものの、

獣がその姿をあらわした。

『…その力…お前の力ではないんね…そんな力、持っていなかったはずなんよ』

いつの間に土の中に?

まるで空間を飛び越えたかのように…

「…ギギ…ニク…オカゲ…オマエモ…」

獣はよだれを垂らして笑っていた。

「わても食べるきなんね? そう簡単にはいかないんよ」

大地の力によってすぐさま開いた傷を癒すと、その大きな鍵爪に土の魔力を込める。

「斬り合いなら…結構得意なんよね!」

土の精霊の爪と妖精の獣の爪がぶつかり合う。

暗く狭い土の中で、その鈍い音が幾度も響いた。



残り少ない魔力(でんき)を使い切り、なんとか目当ての水の精霊の元へとたどり着いた機械姫とエルフは、早速水の精霊ウンディーネに事情を説明した。

その話の過程で人間が二人、黒姫と白姫がここを訪れたことを知る。

『妖精獣。知ってるわ〜。すぐに周りの妖精たちに知らせの使いを出したのだけど…そう、土の村の妖精たちに、土の精霊ノームに伝わる前に…襲われたのね…』

使いの妖精も、もしかしたらもう…。

「どうやら相当に力を増したらしいね、今頃は土の精霊ノームが戦っているか、それともうまく逃げてもうすぐでここにやってくるかもしれないけど」

『…それならあてしはここで待っているわ〜。それで、あなたたちはどうするの? あの女の子たちのところへ行く〜?』

「…うぅん、どうしようかな。今からまた応援に、と言うわけにもいかない、か」

ただでさえ機械姫の魔力(でんき)はもう心許ない。

それなら私一人で引き返す?

『一人で行くことは薦めないわ〜。あなたたちもだいぶ強いようだけれども。それでもね〜。あなたは他の精霊たちと同じくらいに見えるもの〜。そっちの方はだいぶ消費しているのでしょう〜?』

「君以外の?」

『ええそうね〜、一番古い精霊だし〜…あてしはちょっと別格ね〜』

「自分で言うんだね。まあ、確かに君のその魔力なら納得せざるを得ないけど」

『正直ね〜。まあだから、ここで待つか、それとも、あの二人に会いに行った方がいいんじゃない〜? あの子達も人探しをしていたみたいだし〜。あなたたちは知り合いなんでしょ?』

「そうですネ。二人の探し人である勇者マスターモ見つけたいところデスし」

不足した魔力(でんき)的にも。

『まあここはあてしがいればいいからぁ〜。遠慮しなくていいよ〜』

カエルはクルクルひっくり返りながら呑気にそう言っていた。

二人は黒姫と白姫に会いに行くことにした。

その道すがら、エルフは機械姫に声をかける。

「しかし、随分と余裕あり気な態度だったねぇ」

「まあそれもその力があればこそかト。驚きました。他の精霊、と言っても比較は土の精霊(ノーム)であるモグラさんになりマスけど。魔力だけで見てモ遥かに上…あの妖精獣よりも上デスね」

「聞いたら精霊の中では水がもっとも古く強いとのことだったし…だからと言って完全に安心できないところではあるけど」

「そうデスね。できる限り急ぎまショウ」

「君のその魔力でんきはまだ大丈夫?」

「この速さで行く分にはもう少しハ平気かと」

二人は黒姫と白姫が火の精霊(サラマンダー)と共に向かったという妖精の国へと急いだ。



大きな鷲の姿をした風の精霊(シルフ)の背に乗った勇者たちはいち早く妖精の国へと辿り着いていた。

妖精の国、この大地を治めている女王の城は、とても巨大な樹のうろにあった。

その大樹の内部にさまざまな階層があり、数多くの妖精たちが住んでいるようだった。

うろがあるとはいえ、大樹はまだ生きて成長しているようでもあった。

そのうちの一室、女王の部屋へと降り立つ。

「これはこれは、風の妖精シルフ様ではありませんか。ついこの間訪れたと思いましたが、何かご用ですか?」

『女王に謁見を頼みたく参った。客人を連れてな』

「ふむ、了解いたしました。 …どうぞ」

事情を簡単に説明して中へと入る。

女王はその一室の奥で静かに座っていた。

その玉座は古めかしくも鮮やかで、年代を感じさせる重厚さがあった。

腰掛ける女王もまた威厳のあるいでたちをしていた。

ただ、その目には覇気がなく、奥ゆかしい全身からもまるで元気が感じられない。

ただ静かに座っているだけ。一点を見つめながら、静かに座っているだけだった。

『女王陛下、お話があります。よろしいですか?』

「…かまわぬよ。申せ」

女王は表情ひとつ変えずに言う。まるでただ受け答えを繰り返す機械か何かのようでもあった。

『…実は会ってもらいたい人物がおりましてな』

風の精霊(シルフ)は妖精の少女を連れて女王の元へと行く。

女王は初め目を向けようともしなかったが、

「ど、どうも〜、あ、いえ、あの…女王様、お初にお目にかかりますぅ…」

遠慮がちな声を聞き、目線を少女へと向けた。

「? …なんと…似ている…あの子に…あの子たちに…もしや…もしや…」

少女を見る女王の目に正気が戻っていった。


『…どうやらそれがしの思った通り、まさか本当に女王の孫だったとはな』

「予想通りだったんだね。それで二人は」

『うむ、二人は今ゆっくりと話をしている。何しろ女王にとっては久方ぶりの再会でもあろうからな。少女の方は記憶にすらないのだろうが…まだ赤子だったと聞く』

「それでも、会えてよかったね」

『あのようなお姿、久しぶりに見たというもの。 …これで一安心だ。この国も』

「ねえ、後でこの下掘ってもいい?」

竜の少女は勇者の袖をひいて問う。

「これだけの大樹だからね、やっぱり君の体が?」

「うん、多分あると思う。それもとっても大きな欠片がね」

「その話はもう少し落ち着いてから聞きにいこうか。今は家族水入らずにさせてあげよう」

「…わかった。それまで私、ちょっとこの樹の周りを見て回ってくるね」

竜の少女は掘るための下見に向かったようだ。

「この樹って、だいぶ大きいよね?」

『この大地でも屈指の高さであろうな。頂上まで行ってみるか?』

「いいね。行ってみよう」

勇者は再びその背に乗って頂上へ。

雲を抜ける。

「すごく高いね、周りがよく見渡せる」

『今もまだ成長し続けている、どれほど昔からあったのか、それがしにもわからぬが。それがしの記憶の中でも、もう十分に大樹であったよ』

「…これが生命樹ってことはないかな…」

『はて、そのような呼び名は聞いたこともないが…』

「…そうか。まあ、でもこれだけ見渡せるとなると…もしかして他の村もここからだったら見える?」

『およその位置はわかるな。村の詳細を見るには距離がありすぎるが』

向こうには火の精霊(サラマンダー)の村が、反対には土の精霊ノームの村、そしてその向こうがそれがしのいる風の村、そして、あの少し森が窪んでいるところには水の精霊ウンディーネがいる泉と村があるな』

「へぇ〜…精霊は全部で四人? …(にん)じゃないだろうけど」

『構わぬよ。ああ、その通り。それがしたちは火、水、土、風。四大精霊としてこの地にいる。遥か昔からな』

「神様とかではないんだね、僕の聞いたことのある言い伝えでは、妖精が長い時を経て精霊となり、それが更に長い時を経ると神霊へと至る、とか」

『…ほほう、それは面白い話だ。どうだろうな。もしかするとかつてはそのような神がいたのかもしれぬが…わからぬな。まあ、仮にその話の通りになるとしたら水の精霊が最初に神とやらになることだろう』

勇者たちは頂上から緑の大地を眺めていた。



陽は傾き始めていた。

水の精霊(ウンディーネ)は泉の中で目を閉じ、土の精霊ノームの訪れを待った。

あのエルフたちが来てからもうしばらく時が経つ。

…土の精霊が来る気配は無い。

水の精霊は村の周りに霧状の結界を張っていた。

妖精たちには水の守りを与えている。

外部から何者かが来てもすぐにわかる。

しかし今もその結界に反応はない。

土の精霊であれば土の中をやってくるだろうが…

『…ああ、なるほどね〜』

泉の水が抜けていく。

泉の底に穴を空けられたようだ。

土の精霊の力を得た獣は地面を掘ってここまで来ていたのだった。

『…』

「…ギギィ」

底の穴から現れた獣と対峙する。

『あなたがここに来たということは〜…ふぅん』

土の精霊ノームはもう…

そして、次はあてし、あてしたちってこと。

「…」

獣は卑しく笑っていた。

『…獣風情が』

精霊(ウンディーネ)の表情が一変する。

精霊の水の魔力がうねりを伴いながら高く高く空まで昇っていく。

その膨大な魔力は遥か遠くにいても見えたことだろう。

自身の周りに球状の水の塊をいくつも生み出した。

『ここで消えてね』

精霊は静かに冷たく言い放った。

「…ギ」

展開された球状の水が全て獣に向かって放たれた。

それらはすべて強酸性の水質。

獣は注意深く回避するも、掠ったその体の端はしが焼け爛れていた。

獣は珍しく自ら距離をとろうとするも、自身の後ろ、いや、周りには大きな水の膜が貼られていた。

それならば再び土中へ…

「!!」

気づけば足元も水で満たされている。

構わず土中へ逃れようとする獣であったが、

『…逃がさないよ〜』

その隙をついて獣の肩をカエルの舌は容赦無く貫いた。

「ギギィ」

土中へ潜ろうとすればその隙をつかれる、水に覆われて自由に動くことができない、

水の膜の中を縦横無尽に動く精霊を獣は捉えることができない。

その体にはすでにいくつもの穴が空いていた。

次第に獣の動きは鈍くなっていった。

獣は貫かれながらもその舌を乱暴に掴むと、力任せにカエルごと引き寄せようとする。

『動きを止めたね〜』

村を覆い、森を覆っていた霧が集まり獣の周りを覆う。

「ギギ?!」

獣は球状の水の籠の中に捕えられた。

『危険な獣は籠に入れるのが安全〜檻でもいいけど〜』

獣は水の籠から出ようともがくもその中の水が流動して逃れることはできない。

その体は次第に溶け始めていた。

『そのまま溶けるか窒息してね〜』

獣は中で大人しく動かなくなった。

血と体液が水を濁らせていく。

『諦めたのかな〜、だからって溶け切るまで出してあげないけどね〜』

これだけの大きさだと、溶け切るのも時間がかかるだろうけど。

それまでじっくりと見て待っててあげるからね〜。

水の精霊は更に籠の水を厚く強力なものにしていった。

時が経つごとに獣の体は焼け爛れて溶けていく…

獣はぴくりとも動かない。

…獣の腕が動いた。

『へ〜、まだ生きてるんだ〜。しぶといね〜』

腕が大きく動く。

その時、微かに音が聞こえた。

何かが近くを掠めたかのような。

気づくとカエルの右半身は切り裂かれていた。

『!!』

切られた? どこから?

『…っ』

すぐさま回復に魔力をまわそうとする。

獣の腕が再び動く。

ーキィンー

耳をつんざくような音が容赦無く襲いかかる。

その度に精霊の体には浅くはない傷ができる。

『…』

腕から斬撃を飛ばしている? いや…その割には…何も見えない。

魔力に乱れが生じ、閉じ込めていた籠の結界が解けていた。

「…ギィギィ…オマエ…クウ…」

獣は呼吸を荒くしながらも立っていた。

獣が腕を振り下ろす。

『…獣が、あてしを…』

精霊は強がるも切り裂かれた傷は深い。

回復と攻撃に同時に回すには時間が…

「…ニィ」

獣は下卑た笑みを浮かべながら切り刻まれた水の精霊を掴もうと左腕を伸ばす、

「!!」

獣がまず最初に感じたのは伸ばした腕から感じた熱だった。

そして少し遅れて衝撃波が襲う。

その衝撃に耐え、気づいた時に左腕はもうすでに失く、

先ほどまでいた地には剣が突き刺さっていた。

精霊(えもの)はどこに…


「大丈夫? …ではないよね、ひどい傷だらけだ。すぐ回復を」

暖かい回復魔法の光が包み込んでいく。

『…う…ん…』

水の精霊は目を開ける。

深い傷によってその視界はかすれていたものの、

水の精霊(ウンディーネ)は直感した。

『…あてしの、運命…』

水の精霊は運命に出会ったのだった。



少し前。

水の精霊が自身の魔力を爆発させ水柱を生じた時。

「あれは…水の柱? 一体…」

『水の精霊ウンディーネの力であるな、相手は相当な手練れと見た。 …あれほどの力を出すのは見たこともない。 …何かあったのかも知れぬ』

「…ここから行ける?」

『無論。乗るがいい』

嫌な予感と共に風の精霊シルフの背に乗って水の精霊の元へと急いだ。

上空からその戦闘の様子が見え始めた頃、

水の精霊が水の籠を破られ、獣の攻撃が激しさを増していた。

『あの結界を破るとは信じられん』

「このままだとまずいね、僕も加勢しにいく」

『ここからいけるのか? まだだいぶ高さがあるが』

「大丈夫。あと、ちょっとだけビリッとするけどごめん」

『それぐらいはかまわぬ』

勇者は雷の魔力を纏うと飛び降りる。

上空から獣が追い詰めた水の精霊に手を伸ばす様が見えた。

剣を構え、狙いを定める。

その投擲は剣自身の更なる重みによって加速され勢いを増した。

剣自身もまたその軌道を修正しながら獣の腕を捉える。

勇者は纏った雷の魔力を大地に向け稲妻のように降り立った。

それは剣が獣の腕を切り裂くのとほぼ同時。

剣の衝撃波が精霊に届く前に、精霊を抱き抱えその衝撃からうまく庇うことができた。

その様子(かみわざ)を上空から見ていた風の精霊シルフは目を丸くして感心していた。



勇者は回復をすませるも、

『あてしの運命、あなたが…あてしの運命だったの〜』

水の精霊は勇者の腕の中から離れないでいた。

長い舌が勇者を巻きつけている。

微妙に身動きがとれない勇者はその精霊の様子に少し戸惑いながらも、獣を見る。

「…あれは?」

『あれはかつて妖精獣と呼ばれたものだな。 …だいぶ変わった様子だが、間違いなかろう』

水の精霊の代わりに風の精霊が答えた。

『多くの妖精たちと、土の精霊を食べたみたい。あてしも危なかったけど…』

「…」

勇者は刺さった剣を手に取ると構えた。

剣を向けられた獣は後退りをした。

「…ギギ…オマエ…ナンダ? …オマエ…」

獣はじっとりと汗をかいていた。

全身から汗が吹き出していた。

「ギ…」

それは紛れもない恐怖だった。

「ギギィ!」

獣は落とされていない右腕へ魔力をためる。

空間を切り裂く斬撃を、境界を切り裂く斬撃を。

それさえ放てば、いかに相手がなんであろうとも…

しかしそれが放たれることはなかった。

獣が目の前にいた勇者に気づいた時には、もうすでに振り下ろすべき右腕が無かったからだ。

「何かする気なんだろうけど、させないよ」

右腕は空を飛んでいた。

「グギェィッ!!」

無様に飛んだ腕を見て悔し紛れの雄叫びを上げた瞬間に、その腕が地面につく前に獣の首も飛んだ。

勇者のその二振りで、呆気なく獣は倒された。

「…このままだと復活したりする?」

倒れ微動だにしなくなった獣を見やり勇者は精霊に問う。

『どうであろうな、その可能性がないとはいえぬが』

「焼き尽くしたほうがいいのかな」

『まあ、それが最善であろうな』

「それなら念の為」

勇者の放った極炎によって獣は跡形もなく消え去った。

『なんと凄まじき炎か…火の精霊サラマンダーが見たら何と言うか』

『…はぁ…素敵…』

水の精霊、そのカエルの目はさっきからずっと勇者のことしか見ていない。

目の中の瞳孔がずっとハートになっていた。

『…魅了でもうけたのか? 回復せぬのか?』

風の精霊は訝しんだ。

『…はぁ…失礼ね〜、あてしはやっと本当の運命に会えたんだから。回復どころかこれは一生モノなの〜。ねえねえ、あなた、あてしと契約してくれる?』

「精霊と契約、というと…つまり加護を授ける、的なものだよね?」

『そうそう。ね? ね?』

水の精霊は勇者が頷くまでは決して諦めないつもりだった。

「具体的には何をすればいいの?」

『お互いに誓いを立てるの〜、信頼と親愛の証、忠誠を、真心を込めて』

水の精霊は息巻いている。

『少々興奮しすぎではないか?』

『五月蝿いわね〜、黙ってて。ね? あてしはもう今すぐにでも誓いを立てちゃうから〜もうすでに立ててるからぁ〜』

「…祈ればいいのかな?」

勇者は少し戸惑っている。

『はい、目を閉じて。それから〜』

それから何やら長い文言が続いた。知っている人が聞いたらそれはまるで婚礼の時のような常套句がならんでいることに気づいただろう。

『…誓います。はい、はい!』

自らたてた誓いの宣誓に力強く頷いているカエル。

カエルは期待している。カエルは期待の眼差しを向けている。

カエルは期待の眼差しで圧をかけている。

「…誓います」

そうして無事勇者は水の精霊(ウンディーネ)と契約することができた。

勇者は水の精霊の加護を得た…水の精霊(ウンディーネ)その本人と共に。


『…果たして契約とはそのようなものであったか? 加護とは、本人そのものが着いていく必要はないのでは?』

『…これが新しい形なのよ〜。時は移ろい変化していくもの〜。契約のあり方も、精霊のあり方もきっと〜』

『…この村の妖精たちはどうするのだ?』

『それなら大丈夫〜。契約によって得た力で新しい子を精霊にたてたから〜。あてしはもう自由〜。どこまでも〜』

『…そうであるか…もう何も言うまい』

やはり水の精霊はそれがしたち精霊の中でも先をいっているな、と、それで納得することにした。


妖精の国へと戻ることにした勇者は来た時と同様に風の精霊に頼む。

その背には勇者と先代水の精霊ウンディーネ改めカエル姫の姿があった。

勇者たちが妖精の国を離れ、再び着く間に、黒姫、白姫、火の精霊サラマンダー、機械姫、エルフが妖精の国を訪れ、お互いに無事を確認し合っていた。

心を取り戻した妖精の女王と、妖精の少女改め妖精の王女、妖精姫は彼女たちの訪問を歓迎した。

女王は一際大きな部屋にて彼女たちをもてなした。

彼女たちの話が落ち着いた頃に、勇者たちもまた戻ってきた。

勇者は大きな応接間に案内されると、そこに馴染みのある顔が全員集まっていた。

「やっと見つかった! 良かった!」

黒姫は勇者に飛びつき喜んだ。

白姫は勇者の背にピッタリとくっついている水の精霊ウンディーネ、カエル姫を見た。

「…まあそうなるとは思っていましたけれども、早すぎですわね」

勇者はひとまず事の次第を説明した。

「…いや、だから早すぎですわ! わたくしたちがその妖精獣のことを知らせに訪れた矢先、すでに退治したとか。何なんですの? どうしてそんなに生き急いでいるのですか?」

「いや、そんなつもりはないけど」

「私たちもそれを知らせにここに来たんだよ。もう倒したんだ…。それに、土の精霊(ノーム)はやっぱり…うん。わかっている。仇は取れたんだね。ありがとう。機械姫は今節約スリープモードに入っているから、良かったら君の電気まりょくを分けてあげてやってくれないかな?」

勇者はひとまず雷の魔力を機械姫へ流した。

「ふィ〜…やはり勇者マスターの電気は最高ですネ。もう少しお願いしマス。できれば満タンまで」

機械姫は恍惚な表情をしながらさらにおねだりをした。

「ねえねえあてしも〜、あてしにも〜」

「いやいや、君はただ痺れるだけだと思うよ」

「それでも構わないわ〜、あなたの魔力になら痺れても〜」

カエル姫は感電した。

『わぁ〜、すごいや。あの妖精獣を倒してくれたの? おいらの村の妖精たちの仇を…ありがとう! 二人の言った通り、とっても強いんだね!』

火の精霊(サラマンダー)は勇者の近くで尻尾を振って喜んでいる。

『ちょっとぉ〜、色目を使わないで? あてしと契約したんだから〜』

『え? そうなの?! いいなぁ。おいらも契約したいなぁ』

『ふむ、それがしもその案には賛成だ。短い付き合いでしかないが、だからこそ、見えてくるものもある』

『え? え? …まあ、別に契約は一人の精霊だけとは決まってはいないけど〜…』

精霊たちは小会議を開いていた。

「…ここに、モグラさんがいないのは残念デス」

機械姫は静かに言うと、エルフもまた小さく頷いた。

土の精霊はあの妖精獣によって、他の妖精たちのように食べられてしまったのだから。

「…」

それを察した一同は沈黙する。

「形見になってしまいマシタ…」

機械姫はそっと毟った毛を取り出した。

それを見て沈黙を破ったのは竜の少女だった。

「ねえ、私なら生き返らせられるよ? それをよすがとして、死の境界を超えれば今なら…きっと」

竜の少女はひと束の毛を指差しながらそう言った。

「…できるの?」

勇者は問う。

「うん。この国の下に埋まっている、私の力を取り戻せたらだけどね」

「そういえばそのことをまだ確認していなかったね。女王に許可をもらわないと」

「わ、私からもお願いするよ」

妖精姫も勇者に続いて妖精の女王に懇願する。

「構いません。あらゆる恩人であるあなたたちの頼みであるのならなおのこと。あなたたちの思うままに」

機械姫と勇者によって大地はあっという間に深部まで掘り起こされる。

聳える大樹の下には、竜の胴が埋まっていた。

「これだけあれば…十分…」

竜の少女はその胴を吸収する。

少女から魔力の輝きがほとばしる。

「…出鱈目なほどの魔力量だね」

エルフは想定を遥かに超えるその魔力に畏怖と畏敬の念の両方を抱いた。

「…測定不能。 …数値化も不能デスね」

機械姫もまた同じ演算であった。


「ああ、これでやっと…ようやく、また飛べる…」

少女のその背には透明な輝く羽が生えていた。

「ねえ? 願い事、叶えてあげるって言ったこと、覚えているよね?」

少女は勇者にそう問うと、その体から溢れる魔力を漲らせた。

「…そのためにも、今の私に…あなたの力を示して見せて。それで叶えてあげられるから」

「…戦うってこと?」

「うん、そう。 …ここだと狭いね。外へ、行こう? あなたも、一緒に」

竜の少女は勇者を抱えると外へ、

「ああ、やっぱり気持ちいい。空を駆けるのはとても…あなたと一緒だしね?」

勇者を抱えながら少女は広い空を駆け抜けた。

あっという間に何もない平原へと着く。

「…どうしても戦わないといけない?」

平原へと降り立ち、向き合う勇者は問いかける。

これが意味のある戦いなのかどうか、正直、竜の少女と戦うつもりはなかったからだ。

「ふふ…果たして、この戦いに意味があるのかないのか、それを決めるのは他でもない、あなた自身。あなた自身でつかみ取って見せて? その意味と可能性を」

竜の少女は勇者のその考えを見定めるかのように、微笑みながら言う。

願いを叶えるには、対価としてそれだけの力を示せということなのだろう。

確かに、無条件で願い事が叶うと言う考えはあまりもこちらに都合が良すぎていた。

「…そういうことなら」

「ふふ、ふふふ…ああ、楽しみ。私の使徒であり、そして勇者のあなたの力を、私に見せて…その力次第では、願いは一つとは限らないから。あなたも遠慮しなくていいからね? 私も今の全力で」

竜の魔力は高まり更に輝きを増していく。それは星の新星の輝きを思わせるほどのものだった。

「…それなら僕も今できる、可能な限りの全力で」

勇者もまたそれに応えるように極彩色の魔力を纏う。

「私は始原の竜。世界の理を超える願いを叶えたいのなら、それだけの力を私に見せて。そうしたら、私も見せてあげる、私の力の片鱗を。さあ、一緒に飛ぼう、どこまでも一緒に!」


二人の戦いを遠目に見物していた黒姫たち。

「…速すぎてよく見えないぞ、もっと近くに行きたいところだけど…」

「ですが、これ以上はお二人の戦闘の邪魔になりかねませんわ。まあここにいたところで危険なのは変わりはないわけなのですが」

「さすがに二人ともそんな出鱈目な攻撃はしないだろうけどね。今でもお互いにぶつかり合っているだけのようだし…まあその余波がとんでもないんだれど」

両者がぶつかり合うたびに大気が揺れ、大地は振動した。

「計測不能、予測不能のエネルギー同士の争いデスね。貴重なデータとして保管しておきマス。勇者マスターの大切な記録デスし」

『でもさすがあてしの契約者ね〜、戦っている姿も、本当に素敵〜』

カエル姫は勇者の姿にメロメロになって溶けていた。

『本当にすごいや。おいらも早く契約したいな〜』

『それがしも同意見だ』


「本当に強いんだね…私とここまで戦える存在って、結構長く生きたけど…覚えていないぐらい」

「…合格?」

「う〜ん、そうだね。今のままでも、一つ、二つくらいなら叶えられるかな?」

「そうなんだ」

一つは土の精霊を、もう一つは…幼馴染の少女を…でも、それだと帰る手段がない、か。

「どうする? もうやめる?」

「…もう一つ、叶えてもらいたいかな」

「ふふ、欲張りさんだね。いいよ、それなら、今の力とは別の、何かを示して見せて?」

「…」

極彩の力とは別の力、か。

そうなると…雷…かな?

でも、極彩色の魔力を見せた後に、極大の雷魔法で満足してくれるものだろうか…


勇者の内部にて、豪華絢爛な玉座に鎮座する自信に満ちた女性は満たされたグラスを片手に勇者たちの戦闘を見ていた。

「…私の雷霆(ちから)を貸しているのだから、もっと引き出して見せなさい。前にそれを私自らわざわざ見せてあげたでしょう? 実際にその目で見てはいないから、とは言わせません」

勇者にその言葉は直接聞こえなかったが…勇者は確かに聞いた。

あるいは何かを通して聞こえたのかもしれない。 …他の何者かの手によって。

極大を更に超えた力。勇者はかつて確かにその片鱗を見た。

雷霆が空を覆い、呪いを消しとばす有様を見た。

それは勇者が放つ極大の雷よりも更に強力な力だった。

まさにそれは神の放った力。

世界を、星を壊すほどの強大な力。


「やっぱりもうそれ以上の力はないのかな?」

竜の少女は動きを止めた勇者の様子を見て言う。

「まあ、それでも十分なくらいだけどね。やっぱり願い事は二つで」

しかし次の瞬間、

稲妻が空へ降り注ぐ。

「…へぇ、雷の力。それも、面白い力だね。 …でも、総量としてはさっきの極彩の力の方が、」

言いかけた言葉を止める、

次の稲妻によって空が割れたからだった。

それは紛れもなく極大を超える兆し。

もはやその力は神域に至ろうとしていた。

「っ…」

それを放った勇者の目と鼻からは血が流れていた。

「さすがに…ん、ちょっと無理しすぎた、かも」

爆発的に消費された魔力と力が勇者の内部でうねりをあげて暴れ狂っていた。

「…」

その稲妻を見て竜の少女は初めて背筋に汗をかいていた。

あれが直撃したら、果たして今の自分は無事だっただろうか?

消えることはないだろうが、それでもそのダメージは甚大だっただろう。

竜の少女はそれでも嬉しそうに微笑んでいた。

「うん、文句なく合格。あなたの願い、叶えてあげる」

そして勇者に抱きついてその健闘を讃えた。

「…先ず先ず、と言ったところね」

勇者の内部では、ど派手な玉座にふんぞりかえる女性がそう言いながらも満足そうにグラスを飲み干していた。

「まだまだもっと、励みなさいね」

濡れた艶かしい唇を指で触れ微笑んでいた。


「その形見を私に」

機械姫から束になった毛を受け取ると、竜の少女はそれに魔力を注いでいく。

毛の束は光を吸収しながら復原していく。

そしてそれはモグラの形をとる。

土の精霊(ノーム)は復活した。

『あれ? わては…一体…ここはどこなんね?』

エルフと機械姫は喜び、今までのことを丁寧に説明してあげた。

『そうなんね。 …あんたが仇をとってくれたんね? ありがとう。わてのこの力も、使って欲しいんね』

土の精霊はそう言って他の精霊たちと同様に勇者と契約をした。

勇者は四大精霊の加護をえた。

「うん、おめでとう」

竜の少女はその様子を見て祝福をした。

「それで、約束だったよね? 君の中にいる大切な人を、蘇らせること」

「…それもできる?」

「君の中にいる。その境界は君とこの世界だから。その隙間を通して、こちらに迎えればいいだけだからね」

「…それなら」

勇者は珍しく緊張していた。

「お願いするよ」

「もちろん叶えてあげる」

少女の魔力が勇者へ注がれる。

勇者の内部に達したそれは一人の悪魔の元へと流れ着く。

一筋の光が少女を招くように紡いでいく…

悪魔の少女もまた、それをずっと見ていた。

勇者の中から、事の次第を全て。

ずっと見ていた。

…そんなに私に会いたいの?

…仕方のない弟ね。

でも、それは私だって…

悪魔の少女はその光に手を伸ばした。


「…」

勇者の前には、以前見たままの、記憶の中の少女が立っていた。

「…私に、会いたかった?」

悪魔の少女は勇者に問いかけた。その声は震えていた。

「…うん、会いたかった」

勇者の目から涙が零れた。

涙を流したことは今まであっただろうか?

その様子を見て少女もまた溢れる感情を掻き抱く。

「私だって…私だってずっと…ずっと会いたかったに決まっているじゃない」

涙は二人の目から溢れていた。

勇者はかつて幼馴染として過ごした姉に、悪魔の少女は他の何よりも大切な弟に、

家族として再会できたのだった。


竜の少女の光は次第に失われていった。

「…立て続けに力を使いすぎちゃったかな。流石にちょっと、しばらくは休まないといけなくなるかも…」

少女はその場に座り込んで目を閉じた。

「…それでも、あと一つなら、叶えてあげられる。戻りたいんだよね? 元の世界に」

「それはそうだけど…君の体は平気なの? 無理をさせるようなら…」

「大丈夫。休めばすぐに回復するから。だってこれだけの体を取り戻したんだもの。 …ちょっと眠るだけだから。 …そのかわり約束してくれる? また来るって。あなたの世界にある魔法陣からこちらの世界へ来れるんだよね?」

「約束する。きっとまた来るよ」

「正直なところ、早くまた会いたいし、本当は離れ離れになんてなりたくはないんだけど…。私はまだもう少し、この大地に用事があるから。 …また元の世界に戻りたい時は私が帰してあげるから。気兼ねなく来てね」

竜の少女はそう言うと、その魔力の軌跡で目の前の空間を開いてみせた。

その先に見えた景色は、馴染みのある森。

南の大陸の原生林の景色だった。

「…ありがとう。必ずまた来るよ」

勇者たちは元の世界へと帰って行った。



南の大陸 原生林


『ここがその森なのね〜。香りは少し違うけれど、いい森ね〜』

「何でついてきてるんだ?」

黒姫は勇者の隣にピッタリと寄り添っていたカエル姫に問う。

『え? だって〜、あてしたち契約したし〜? あてしたちはもう一心同体だから、どこにいくのも一緒?』

カエル姫は勇者の背中に飛びついて器用に張り付いた。

『ず〜っと一緒〜』

「随分と面妖な姫に好かれたものですわね。他の精霊たちはあなたの中で大人しくしているのでしょうけども…

そもそも何であなたはこちらの世界に来ても現界できているんです? あちらの世界で加護を与えたとはいえ」

『何でだろうね〜…愛の力〜?』

「それは聞き捨てならない言葉ですね」

勇者の中から氷姫が姿を現した。

「ああようやく再び出ることが叶いました。はい、あなたの氷姫です。姉君の御健勝に私もいたく、え? ご機嫌とりはいい? いえいえ、決してそのようなことは…んん、違いました。それではまるであちらの世界での私の勇者様に対する想いがあなたに劣っているかのように聞こえます」

『…誰〜?』

「勇者様の最も近い隣人、氷姫と申します。どうぞよろしくお願いしますね。それであなたは?」

『あてしは元水の精霊ウンディーネ、今はただのカエル姫〜』

「水、ですか。それだと私に近しい存在でもありますね。私は氷を司る神ですから」

『わ〜、神様なの〜? すご〜い。どおりで強い力を感じるね〜』

「ふふふ、そうでしょうそうでしょう」

『でも想いはあてしの方が強いのかも〜』

その言葉と共にピシッと空気が凍りついた。

「ふふ、ふふふ」

氷姫たちは静かに微笑んでいた。

「おそらく本体かそうでないか、ではないかと、勇者ひめごろしさんに加護を与えている神々は本体そのものではなく、いわばその分霊のようなものなはずですし…カエル姫さんはそうではなく、本人、本体そのものだから共に世界を超えられたのではないでしょうか?」

「いや、そんなことボクに聞かれてもわかるわけないだろ、あとさりげなく勇者のこと罵倒した?」

「ふむ、確かにその可能性はあるね。しかし精霊とはいえ、その本体が直々についてくると言うのも、なかなか珍しいというか、まあそれだけ好かれたと言うことなのだろうけど…」

「さすがすけこまし、いえ、勇者ひめこましやろうさんですわ」

「また罵倒してる…」

勇者の周りは一際賑やかになった。

「私の弟は人気者ね。お姉ちゃんとして鼻が高いわ」

悪魔の少女は勇者の隣にピッタリと寄り添いながら、

「………でも、誰にもあげないから」

そう言って悪魔のような笑顔を見せた。

それを見た面々は聳え立つその障害の高さを思い知ることになった。

「ま、まあ、時間はあるし…ゆっくりとてでも懐柔していければいいぞ…」

「それはどうでしょうね、手放す気は全くないように見えますけれど」

「なぁに、手段はあるさ。きっと。私たちにはまだまだその時間があるんだからね。 …私はエルフだし」

「私は基本的に不老不死デスので、その言い分だと一番可能性がアルかと算出しまス」

「…君もなかなか言うね」

「いえイえ、そんなことハ」

遥か昔から続く原生林は静かにその営みを見守っていた。

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