竜の少女と精霊とはじまりの大地
勇者たちは村へ行くための準備をしていた。
妖精の少女はたらふく肉を食べられたことで上機嫌になっていた。
「あ、そうだ、ねえ? 村に行く前に、デザート食べない?」
「デザート?」
「うん、とっても美味しい実がなる木があってね? 私のとっておきの秘密の場所なんだけど…お肉をたくさん食べさせて貰ったことだし、村に行く前に…どうかな?」
「そうだね…」
逸れた黒姫たちのこともあるし、できるだけ早く手がかりをつかみたいところではあったけど…不思議な実のなる木、か…もしかすると生命樹に何か関係があるかもしれないと思い、とりあえずその案を受けることにした。
「うん、食べようかな。その不思議な樹も気になるし」
「うん、それじゃあ案内するね」
妖精の少女は途中で森の奥へと入っていった。
…なるほど、確かに道なき道だ。獣道ですらない…これは普通なら迷いでもしない限りはたどり着けそうにない。
「ここだよ。ね? ほら、あそこ、実がなってるでしょ?」
その樹はそれほど大きくはなかった。
むしろ周りと比べても少し背丈が小さいくらいだった。
ただ、確かに周りにはない実がなっていたし、その樹自体が心なしか少し輝いているようにも見える。
独自の魔力でも帯びているのだろうか。
「…食べて食べて。甘くて瑞々しくてすっごく美味しいんだよ」
妖精の少女は一つもぎ取ると勢いよく食べた。
肉をたらふく食べていてもデザートは余裕ではいるようだった。
勇者もそれにならって実にかぶりつく。
丸い実の色は少し黄色い、もしかすると樹ではなくこの実自体が輝いていたのかもしれない。
「うん、瑞々しくて甘くて美味しい。 …それに、なんだろう、この香り。不思議な香りがするね。 見た目はありふれた実のようだけど…味も香りも…本当に美味しい」
心なしか体力と魔力が回復しているような気がする…回復の品としても一級品なのかもしれない。
「ね? とってもいい匂いだよね? 花の香りみたいな? …私とは違って」
その後ろの言葉は風にかき消されるほど小さい声だった。
『…ー…ー…』
どこかからか声が聞こえた気がした。
「? 今、何か言った?」
「え? い、いや、何も言ってないよ?」
「…そう? 気のせいかな…」
『…ーーー…ーーーーーー…』
「…いや、確かに聞こえる、声が聞こえたというか、音が聞こえるというか…ううん、何だろうこれ…」
どこからだろう?
…この樹…から?
いや、違う…もっと下…多分、この樹の下からだ。
「…この下…」
「どうしたの?」
「ここって、掘ってもいいんだろうか?」
「え? この樹の下? 別にこの樹自体は誰のものでもないし、この場所も、誰も知らないと思う…だから別にいいとは思うけど…何かあるの?」
「…わからない。ただ、それを確かめようと思って」
「掘るの、私も手伝おうか?」
かといって、力しごとが得意というわけではない。
「一人で大丈夫、少し休んでいて」
勇者は一人で地面を掘り始めた。
土神の加護のおかげだろうか、土の魔力を纏うと素手であるのに穴掘りが驚くほど捗った。
「うわ、すごい。掘るの早いね! こんなに早く掘る人初めて見たよ」
そもそも穴掘り自体見ることは稀だったが…
「うん、実は自分でもちょっと驚いてる…」
土神が自身の内部に入り加護を与えてくれた影響で防御力が高まったのは感じていたけど、まさかこんな効果も得られるなんてね。
…もしかしたら他にも何かできるようになったのかもしれない。
それを土神に聞くことができないのが残念だった。
勇者は更に深く深く掘り進めていく。
数メートルは深い穴になっただろうか。
遥か上には覗き込む妖精の少女の姿があった。
「…何か見つかった〜?」
「まだ何も…って、ん?」
掘り進める手が何かに触れた。
柔らかい何か。
生き物の…肉? いや、これは…
腕だ。
人間の…
いや、それだけじゃない…
勇者は更に気を使い丁寧に掘り進めていくと、
そこには人間の少女が一人、埋まっていたのだった。
「…どうしてこんな地中に? 人間の、それも少女が…」
「…どうしたの〜? 何か埋まってた〜?」
「…ちょっと待ってて。今連れて行くから」
「…」
勇者は自分の上着を羽織らせると少女を連れて上に登っていく。
少女の頭には小さな角と、その背中には小さい羽の跡のようなものがある。
…人間ではない。
人間のわけがない。
どのくらいこの土の中にいたのかわからないが、
その体は全く腐っていない。
それどころか、
「…ん…う…」
信じられないことだったが、生きていたのだ。
…ずっと、土の中にいたのに?
勇者はその少女の微かな鼓動と吐息を、確かに感じていた。
「お帰りなさい、って、えぇ?! その子、誰?!」
妖精の少女は勇者に背負われた少女の姿を見て驚いていた。
その少女がまだ生きていることを知って二度驚いていた。
「土の中にいたんだ。 …誰だろうね?」
「…ん…ん? …あ…」
少女が目を覚まし、勇者と目が合う。
「目が覚めた? えっと、君は?」
「わ…たし…? ここどこ? お腹…すいた…」
「あ、これ、食べる?」
妖精の少女は手にした実を少女に渡してみた。
少女はその実を勢いよくあっという間に平らげた。
「……足りない…魔力も…足りない…全然……」
その後に結構な数の実を食べたにも関わらず少女の顔色は全くといいほど冴えない。
この実では栄養が足りないのか、それにこの実の魔力では足りないのか。
「えぇ、もう実…無くなっちゃったよ。すぐには無理かなぁ。また小屋に戻る?」
「そうしようか」
「足りない……魔力が足りない…」
少女はへたり込んでいる。
心なしか顔色が悪くなっていくようだった。
「あ、でも食べ物は何もないんだった…どうしよう」
「狩に行っている時間はないか…魔力、魔力か…うぅん…それなら…」
勇者は自分の掌に剣で傷をつけた。
「わっ! だ、大丈夫なの?」
「まあ、魔力を直接流してもいいのかもしれないけど」
勇者は掌に魔力を集中させ、その血に魔力を込める。
「これはどう?」
「すごい魔力!」
勇者の魔力に反応した少女はその血を舐めると、勢いよく吸い始めた。
「うわわ、だ、大丈夫なの?」
そのあまりのがっつきぶりに最初妖精の少女は少しだけひいた。
その後に勇者の血はそんなに美味しいのかな、とも思った。
「…もう、大丈夫」
少女の顔色はすっかりよくなっていた。
「…魔力と血が足りていなかったのかも」
掌の治療を終えた勇者はそう言っていた。
「かもね、って。そんな簡単に…まあ、あなたがいいならいいけど…」
そんな簡単に自分の血と魔力を他人にやれるものかなぁ、と、妖精の少女は思っていた。
「…? …」
その少女が妖精の少女を見ていた。
「な、何? わ、私の血は美味しくないと思うよ?」
妖精の少女はもしかしたら自分の事も…と、的外れなことを考えていた。
「違う。もう血も魔力もいらないから…ねえ、それ、呪い?」
少女は妖精の少女の身を指をさしている。
「え? 呪い?」
その意味がわからずに聞き返す。
「うん。呪いを受けてるの?」
「呪い…えぇ…私、呪われてる? 呪われてたの? …全然わかんないけど。え? そうなの?」
「…うん。間違いなく、呪いを受けてるね。 …顔と、あと、体、全体にも」
「うわぁ、そうだったんだ。私って、呪われてたんだ…」
…呪い…か。
あれ、でも、もしかしたら…
私のこの顔と、それから匂いって…呪いだったの?
でも誰が? いつ? なんで?
「呪いか…少しいいかな?」
勇者はそれを聞いて試してみようと思った。
「え? な、何?」
「うん、それが呪いであるのなら、もしかしたら、だけど…」
解けるかもしれない。
勇者はそう思い、心の中へ声をかけてみる。
この声は聞こえないかもしれない。
…でも、聞こえるかもしれない。
わずかな可能性にかけて声をかける。
自身の中に今もきっといるであろう存在に…姉さんに頼んでみた。
やはり声は返ってこない。
でも…
勇者の内部で悪魔の少女はその声を確かに聞いていた。
勇者が忘れたはずの自分に声をかけた。
それはつまり、
(…私のことを思い出したんだ。 …ああ、やっぱり。 それなら…そう…先生のことも思い出したんだね…)
それでもあなたは変わらずにいる。
あの時私が心配したように、怒りと憎しみ、悲しみの記憶に飲まれる事も、今はもうない。
それは誇らしい事だった。 …ただ少しだけ残念なような気もしたけれど。
その時はもう一度食べなきゃいけなくなるかもしれなかった…でも…私たちを思い出しても、大丈夫になったんだね。
それだけあなたは本当に強い勇者になれたんだね。
まあ、それなら。
それでなくとも、大切な弟の頼みだし…
お姉ちゃんが特別に聞いてあげる。
勇者にその声は一つも聞こえていない。
それでも…何か、勇者はその身に確かな力を感じることができた。
「…少し、触るね」
「えぅ? あ、その! う、うつっちゃうかも」
「きっと大丈夫」
「…は、はい…」
勇者はそっと少女の顔に触れた。
「んっ…」
少女の顔の腫れはみるみるひいていった。
「…ん? あれ?」
妖精の少女はその手で顔を触れて確かめてみる。
いつもと感触が違う。どこも全く腫れていない。
それどころか…
「…体の匂い…消えて…る…?…何も…何もしないよぅ…」
「…呪い、解けてるね」
少女はそう言う…妖精の少女の呪いは解けたのだった。
「…うぅ……私…本当に…」
座り込んで泣く妖精の少女の上に、
木々の隙間から暖かい日差しが差し込んでいる。
それは呪いの解けた少女のこれからを祝福しているかのようだった。
しばらくして落ち着きを取り戻した妖精の少女は照れ隠しに少し笑いながらも勇者に改めて礼を言っていた。
「本当に、本当にありがとうございました! 私…私…その、ずっと…はい。本当に!! 感謝してもしきれません。私、なんでも、本当に、あなたのために、私も! だって…」
気を抜くとまた泣きそうになってしまう。
それほどの喜びだったのだから。
「厳密に言うと呪いを解いたのは僕じゃなくて、僕の中にいる…その、姉?、なんだけどね」
漠然と疑問符のつく姉ではあったが…もう完全に姉なのだろう。
…声を聞いてくれた。その声に答えてくれたのだから。
勇者はもうこれからはちゃんと姉と認めざるを得ない、と感じてもいた。
「お姉さん? その、ありがとうございましたお姉さん!! さっきも言いましたが、感謝してもしきれません」
勇者の胸に向かって再び深いお辞儀をしていた。
「まあ、きっと届いていると思うよ」
勇者もまた、同じく姉に礼を言った。
ありがとう姉さん。答えてくれて、と。
相変わらず返事は何もなかったが、わずかに胸の内が暖かくなった気がしていた。
実際にその悪魔の姉は弟の感謝の言葉を大変に大変に喜んでいた。
周りにいた神々がひくほどに喜んでいたのだった。
「ねえねえ、もういい? それでここ…どこ?」
勇者の袖をつかんでいた少女はようやく声を上げた。
「ここは…えっと、南の大陸じゃないんだよね」
「はいおそらくは、ここは私たちの間では妖精の森と呼ばれていますね。まあ妖精の森がものすごく広いんですけれど、そしてこれから向かう先が、妖精の村です。まあ、妖精の村は他にもたくさんあるんですけど、ここはその中でも比較的小さな村みたいです。と、いうのもですね、私はその村から出たことないので、他の村がどうなっているのかとか、全く知らないんですけどね! なんでも大きな村だと、精霊を祀っていたりするとか、実際に精霊がいる村もあるとか」
「…妖精の、森…村…精霊…うん…」
少女は何やら頷いていた。
「そういえば、君はどうして土の中に?」
「私? うん。どうして? うん…う〜ん」
少女は少し考え込んでいる。
「起きたばかりでまだ頭が働かないのかもですね。どのくらい寝ていたのかもわかりませんけど…どうします? 一度私の家に戻ります?」
「急ぎたいところだけど、そうだね。ひとまずは一度落ち着いた方がいいかもしれない。何か思い出すかもしれないし。ああ、それと服がないと、ね」
「そういえばそうですね、それならそうしましょうか。それに、その子の服でしたら私のがありますし」
「助かるよ。ええと、その…」
「どうかしましたか?」
妖精の少女はハキハキと真面目な様子で勇者に応えている。
「口調が妙によそよそしくなった気がするんだけど」
「あ、その…感謝しても仕切れないので…礼儀というか、礼節というか、この感謝の気持ちをあらわしたくてですね」
「今まで通りでいいよ?」
「そうですか? そ、それなら、うん。 …そうするね」
妖精の少女は肩肘を張るのをやめて一息ついていた。
三人はひとまず一度小屋へと戻ることにした。
小屋で妖精の少女が服を探している時。
「…ねぇ?」
少女はピッタリと勇者にくっついていた。
「ん、何かあるの?」
「…私の使徒になって?」
少女は上目遣いになっている。
「…使徒?」
「うん。だめ?」
「ダメというか…使徒って何かな?」
「使徒は、使徒。私と一緒になろう? …私を守る人になって? もちろん私も守るから」
「ああなるほど、使徒って…要するに騎士みたいなものか」
「うん…だめ?」
「いいよ」
「本当? 嬉しい。私にとって、初めての使徒だから。 …はい」
少女は唐突に人差し指を向けた。
「…?」
「さっきの血のお礼も」
指先からは小さな丸い血が出ていた。いつの間に傷つけたのだろうか。
「ねえ、あなたも舐めて?」
少女は血のでる人差し指を目の前までもってくる。
「これが契約の証…みたいなもの?」
「うん。だからどうぞ」
「…わかった」
勇者は少女の小さく細い人差し指の血をなめる。
鉄と塩分の混じった血の味がした。
そしてその異常なほどの魔力にも気づいた。
「…これでいいの?」
「うん。もう大丈夫。ありがとう」
少女はそういうと指先を舐めてその傷を癒していた。
「…うわぁ…二人で何してるのぉ…なんかすっごく…その。あ、いえ。なんでもないです」
服を手にした妖精の少女は顔を赤くしながらその一部始終を大人しく見ていた。
「黙って除くつもりじゃなかったけど、その、声をかけづらくて。はい、服はこれを着てね」
「うん、ありがとう」
少女はいそいそと着替え始めた。
その背中の羽がわずかにだが大きくなった気がする。
「のぞきはダメですよぉ? 私が言うことじゃないけど」
「ああ、ごめん。そんなつもりじゃなくて。背中の羽、少しだけ大きくなった?」
「うん、力が少し、戻ったから…まだ、飛べそうにはないけど」
「わぁいいなぁ。飛べるんだ? まあそうだよね、小さいけどちゃんと羽があるんだもんね。いいなぁ、私も飛んでみたい。あ、もしかしてあなたは飛べたり?」
「いや、飛べないね。高い跳躍で良ければそれなりな高さまで飛べるけど…ああ、でもビリッとするかも。ある程度の耐電は必要かもしれない」
「え? 何それ? う〜ん、でも急に飛び上がるのはなぁ…すごく酔いそうだから遠慮しておくね。それに雷に耐性なんて無いと思うし…」
「…私、飛んでみたい。魔法耐性もある…いい?」
着替え終わった少女は勇者の袖を引いてねだっていた。
外へ出た勇者は足に力を込め、体に微弱な雷を纏うと地面を蹴り空高く飛び上がった。
「わぁ…見えなくなっちゃった…すごいなぁ…どこまで飛んでったんだろう…それにしても速すぎるよ…うん。やっぱり乗らないでよかった。 …吐いちゃうかも」
せっかく食べた貴重なお肉を吐くわけにはいかない。
上空にて。
「わ〜」
少女は高い空に喜んだ。
「ビリビリしなかった?」
「少しだけ…でも、平気」
頂点で止まり、緩やかに落下しながら青い空の景色を楽しんでいた。
着地は着地でかなりの衝撃があり、
それを察して逃げたもののさりげなく妖精の少女は吹き飛ばされていた。
「ありがとう。楽しかった。 …懐かしかった」
「楽しめたみたいでよかったよ」
「うん。すっごく。でも、やっぱり自分で飛びたいな…飛べるようになるためにも、もっと力を取り戻さないと」
少女は両の拳を固めて決心した。
「あたた…吹き飛ばされちゃったよ…ねえねえ、あなたは本当に人間なの?」
「え? まあ、そうだけど」
「さっきの動きといい、随分と人間離れしているなぁ…って言っても、実際には人間に会ったことないんだけどね? 村の妖精たちから聞いただけなんだけど。人間は感情豊かで面白いとか、脆くて弱いけど楽しいとか、一緒にいると嬉しいとか…別れると悲しいとか、でもあなたは全然脆くて弱くないよね? 感情もそこまで豊かって感じでもないけどなぁ…遠慮してる?」
「別に遠慮はしてないよ。 …そういえば、君も人間では無いよね?」
少女へ聞く。
ツノと羽の跡からも、それは想像できることだった。
「うん。違う。 …私は竜」
「え?! 竜だったの?! 私初めて見るよ。うわぁすごい」
「竜の少女だったんだね…なるほど」
「生まれたばかりだったり? 幼い竜なのかな?」
「違う…力を取り戻せたらもっと大きくなれるんだけど。 …力の無い今がこの姿なだけ。それとも、この姿、変わった方がいい?」
竜の少女は勇者に尋ねた。
「無理に変わることはないよ」
「うん、そうだよね。見た目は私と同じくらいだし。いきなり成長されても戸惑っちゃうよね」
「わかった。それならしばらくこのままでいる」
「さて、それじゃあ準備もできたし、そろそろ妖精の村に行く?」
「そうだね、生命樹の事を色々聞いてみたいしね」
「せいめいじゅ?」
妖精の少女と竜の少女は頭にハテナマークを浮かべている。
「…もしかして、聞いた事ない?」
「「ない」ね」
「…何でもその花が限定的とはいえ死者を蘇らせられる…らしいんだけど」
「えっ?! 死者蘇生?! そんなすごい樹と花がここにあるの?」
「…となると、その件は元の大陸に戻らないとダメか…」
「元の大陸に…戻る?」
竜の少女は勇者のその言葉に少し表情を変えた。
「うん、いずれは元の大陸に帰らないとね。まだその方法は思いつかないけど」
「…あなたは…帰りたいの?」
「まあ、今すぐに、と言うわけではないけどね」
一緒に来た黒姫と白姫も見つけないといけない。
「…あなたのその願い、私ならどちらも叶えられるよ?」
「…死者蘇生と、元の世界へ帰る両方とも?」
「うん…でも、今は無理。 …もっと力を取り戻さないと無理だけど」
「力、か。 …その具体的な方法はある?」
「…ある。この大地に散らばった私の欠片を集めればいい」
「欠片って、君はバラバラにでもされたの?」
「うん。ずっと昔。バラバラになった」
「…なった?」
「…今よりも遥か前に、私が私の意思で、自らをバラバラにした」
「えぇ?! 自分で自分をバラバラになんて…でもどうしてそんなことを?」
「…大地が枯れ死ぬから。私はそれを潤したかっただけ」
「そのために、自らを?」
「うん、そう。この大地は豊穣の加護をもって果てしない魔力が満ち、緑も広がった。妖精が生まれ、精霊も生まれた。 …そして人間たちも」
「えぇ?! 竜ちゃんってそんなにすごいことしたの?」
「…ドラちゃんって…何?」
「あ、ごめんなさい。あだ名考えてて…見た目からだと、私と年が近いのかな〜って思って。でもそんな昔から生きている竜だったら、私よりもずっと年上なんだよね? 竜さんの方がいいのかな?」
「…どちらでも、好きにしていい。私は気にしない」
「じゃあやっぱりドラちゃんって呼ぶね。ね、あなたも一緒に呼ぼう?」
「…本当にドラちゃんでいいの?」
「…いいよ。ちょっと新鮮でもあるから」
「わかった。じゃあ名前を呼ぶ時はね。それで、君は」
「君じゃなくてドラちゃん」
「…ドラちゃんの力はどこに散らばっているのかわかる?」
「近づけばわかる。それに、欠片、まあ私の肉片だけど。大きければ大きいほどその上に育った樹も巨大なものになっているはず…」
「つまり、より大きな樹を探せばいいのか」
「うん。とりあえずの目安はそれでいいと思う。細かい樹を探すのは大変。不思議な実をつけたり、何かしら他とは異なっているとは思うけど、それを見つけるのは大変だと思う」
「…そっかぁ、じゃあドラちゃんが埋まってたから美味しい実がなっていたんだぁ…あれ、じゃあドラちゃんがいなくなったらこの樹の実は…」
「すぐにではないけど、いずれつけなくなる。周りと同じ、ただの樹になると思う」
「…残念なような、でもドラちゃんと会えたしね。うん。友達が増えたのは嬉しいし」
「…友達」
「同い年、ではなかったけど、でも友達だよね?」
「…友達…」
「あれ、私だけ? …友達、あなたも嫌だった?」
「嫌じゃないよ。君…ドラちゃんは?」
「…嫌ではない。 …友達」
「それなら私たち三人友達だね! 私にとっては初めての友達だ。嬉しい」
「…私にとっても初めての友達」
「今まで仲間はいたけど、確かに友達となると…確かにあんまりいなかったかもしれない」
「やったぁ、それなら初めての友達同士だね! これからもよろしくね!」
「…よろしく」
「そうだね。よろしく」
「あなたは私の使徒でもあるからね? 忘れないで?」
「もちろん忘れてないよ」
「忘れているといえば、ああ、そうだった。村に行くんだよね」
「…確かに、話をしていたら結構時間がたったね。そろそろ案内を頼める?」
「もちろん。それじゃあ行こうか」
三人は意気揚々と妖精の村へと向かう。
魔女の呪いの解けた妖精の少女の足取りは今までにないほど軽かった。
呪いは解け、初めての友達も…なんと二人もできた。
少女はかつてないほどに浮かれていた。
妖精の村
「ほぇ…人間だ。珍しいなぁ。ふぁ…人間だぁ…」
妖精の村にたどり着いた一向。
その先人を切っていたのはもちろん妖精の少女。
妖精が近づいてくるのを見ると一瞬体をこわばらせていたが…
「この村に何かよう? 人間と…妖精? みたことある? ない? うん、妖精と…? ん? 妖精でもないし人間でもない…何? まあいっか… ねえ、遊ぶ? 遊ぼう?」
妖精たちは勇者を取り囲み始めた。
「遊びに来たわけじゃないんだ。少し話を聞きたくて」
勇者がそう言うと、
「え〜、遊ぼう? 遊ぼうよ? 人間と遊びたいよ。ねえ、遊んで遊んで! 笑って! 笑ってぇ!」
まるで聞く耳持たずにそう返した。
「なんだか全然話を聞いてくれる気配じゃないね」
妖精たちは勇者にまとわりついていた。
「うん、そうみたいだね。少しだけ遊んであげたらいいかもしれないよ?」
「遊んでていいのかな…」
「私たちは二人で待ってるから、ね?」
「うん、待ってる」
勇者はひとまず妖精たちと遊ぶことにした。
「…たぶん嬉しいんだよ。人間たちがいなくなってから、もうだいぶ経つみたいだし…昔はもっとたくさん、人間もいたみたいだけどね。この村にもいたらしいし…妖精は基本的に人間が大好きなんだよね」
「…あなたも妖精。あなたも人間大好き? 人間の勇者のことも?」
竜の少女は妖精の少女にそう声をかけた。
「わ、私は。その。ま、まあ、私も妖精ですし。その…そうかもなぁって。でもそうじゃないとしても、その、勇者さんは大切な友達だし。私の呪いを解いてくれた恩人だし。嫌いなわけないかなぁって」
「よく喋るね」
「うぅ…まあ、うん。はい。そうですね。私も勇者さんのことは…その…」
好き…ですね。と、小さな声で付け加えていた。
「私も、勇者のことは好き」
「え? ドラちゃんも?」
「うん。私を見つけてくれた。力もくれた。私の使徒にもなってくれた。力を戻す手伝いもしてくれる…だから好き」
「そっかぁ…じゃあ、私たちって…もしかしてライバルだったりするのかなぁ」
「好敵手? 私たち戦う?」
「戦わないよぅ。だってドラちゃん竜なんだよね? 勝てるわけないもん。私なんて少しだけ妖精魔法が使えるくらいだし」
「妖精魔法。精霊たちの力を借りる魔法?」
「そうそう。私の場合、主に回復や支援が得意かなぁ、攻撃はちょっとね…」
「…私は攻撃する方が得意」
「ちなみにドラちゃんは火を吹いたりできるの?」
「今は無理…でも、頑張ればできるかも? 火じゃないけどね」
「…ちなみに、今でも竜の姿になれるの?」
「…それもできないことはない、けど。この体が持つかはわからない。力の無い今の姿だと、場合によってはその後消えるかも、しれない」
「えぇ…それはちょっと怖いね。何かあっても無理はしないでね?」
「…うん。無理はしない。それに私の使徒は強いからたぶん大丈夫。見て触って確信した」
「見て触ってって…それに使徒って、勇者さんのことだよね? …勇者さんってそんなに強いの? まあ、確かに見たことない魔獣をあっという間に狩ってお肉にしてたけど…」
「うん、強い。きっとすごく強い。内側にも力がある。竜は強者がとても好き…だから私はすごく勇者が好き」
「へぇ…それって…竜よりも強いの?」
「…雑に見ても今の私よりは遥かに強い。たとえ今私が無理をして竜になっても敵わないと思う。 …でも、本来の力を取り戻せたのなら…」
「…どっちなの?」
「きっと楽しい戦いができそう」
竜の少女は今まで見せたことのないような良い顔で笑っていた。
「うわぁ…強者の考えだぁ…バトルマニアだぁ…」
「竜は戦うことも好きだから。もちろん私もそう」
「他に何か好きなものってある?」
「強者の血肉?」
「…好きなこととかは?」
「…飛びたい。もう一度。自分の力で。空を自由に飛びたい」
「そっかぁ…そうだよね。本当は自由に飛び回れるんだもんね。いいなぁ、空を飛ぶって。風を切ってどこまでもどこまでも…自由に飛び回る…憧れるなぁ…」
「…だから少しでも早く力を取り戻したい」
「そうだよね。私も協力するから、友達としてね」
「…その時は背に乗せてあげてもいい。 …友達として」
「ふふ、嬉しいなぁ。私、頑張っちゃうぞ〜」
勇者はまだ妖精たちと戯れていた。
南の大陸 遺跡の跡地 転移魔法陣の前
南の森の中に、エルフと機械姫が立っていた。
「乙姫によると反応はここで途絶えた。私が最後に見た景色も確かにここだった。そして遺跡に…この魔法陣、か」
「…データ照合開始…転移魔法陣ですネ。それもかなり大規模なモノです。文字を解読シマス…解読可能範囲指定…時空間転移魔法陣の可能性アリ」
「この魔法陣、発動させることは可能?」
「少々お待ち下さイ。魔力…それもかなりの魔力が必要なようデス…発動した形跡あり…」
「確かに勇者になら可能か。でも私たちだけとなると…厳しいかな?」
「魔力指定…自身の魔力を変換シマス。私に蓄えられた勇者の魔力を再現して出力しまス」
「随分と器用なことができるんだね。科学というものも本当に興味深いな…」
「魔力変換開始…可能…勇者の擬似雷魔法発動…実行可能…。手ヲどうぞ」
「手?」
「近くにいた方が転移した時離れナイかと」
「なるほどね」
エルフは機械姫の手を取る。
そしてあたりを稲光が包んだ。
魔法陣が淡く輝きを放つと、二人の姿はその場から消えた。
この魔法陣が発動したのは長い時の中でもこれが二度目のことだった。
エルフと機械姫は二人、森の中に立っていた。
「…森の中だけど。さっきまでの場所とは違うね」
「はい。そのようでスね。似通ってはいマスが…魔力の濃度が異常に…濃いでス。時間の位相も先ほどとはズレました。 …私たちがいた世界とは別物デス。地面に魔法陣がありマせん…
「となると、あれは一方通行の魔法陣か、こちらからは戻れない? それに…私の記憶を振り返ってみても、ここまでの魔力の濃度となると…勇者と旅をした時の世界は結構前だけど。 …あの時の南の大陸は人がほとんどいなかったし、すでに大森林だったからね…あの時訪れていたら何か違いに気づけたかもしれないけど…うぅん…あの魔法陣は人間の手によって作られたものだと想像するけど、その時の人間たちはここに何か用があったのかな?」
「この魔法陣を発動させルほどの魔力量を持った人間がそうイたとは思えまセン」
「…確かに。であれば、逆に考えてみよう。 …元はこの世界の人間が私たちのいる南の大陸を訪れて…それでまた元のこの世界へ帰ろうとしたとか? でも、帰れなかったのかも。あの魔法陣はその名残…」
「その可能性はありマスね。ただ、周囲に人間の反応はありまセン。索敵範囲を広げたいところでスが…」
「その電気は節約した方がいいね。帰る時のために必要になるかもしれないし」
「そうですネ。どういたしまスか?」
「森を散策してみようか。ふと勇者たちに会えるかもしれないし。ただまあ、見たところだいぶ広いようだから、偶然会える望みは薄そうだけど」
「その確率はとても低そうデスネ」
二人は森の中を散策し始めた。
一方その頃、魔女を倒した黒姫と白姫は、魔女が最後に生み出していた獣の行き先を気にしながらも森の中を進み続けていた。
「やっぱりあれってさ、野放ししたらまずいよね?」
「食べてましたからね、魔女のことを。 …わたくしたちには向かってきませんでしたけれども」
「多分まだ勝てないとでも思ったんじゃないか? 野生の勘みたいなもので。まあ実際魔女と同じで、二人でなんとかなりそうではあったし」
「確かに、大いにありえますわね。ふふん、わたくしたちの力に恐れをなしたと。 …それにしても、あの獣の行き先、大体の方向はこちらであっていると思いますけれど」
「潜んでいる可能性もあるから、油断はできないぞ」
「ええ、確かにそれはそうですわね。ただの獣でもなさそうでしたし…と、村が見えてきましたわ」
「ほんとだ…でも…村に近づいている割に…ちょっと静かすぎないか?」
木々の先の開けた地に小さな小屋がいくつか確認できた。
ただ、あたりは明るいのに、外に出ているものの姿はない。
「…ちょっと、嫌な感じだな」
「…方向的にはあの獣も通ったかもしれませんしね」
二人は警戒を強めて村の中へと入る。
…誰もいない。
声をかけても、戸を叩いても、全く反応がない。
中には開け広げたままの小屋もあった。
「…これ、羽、だよね?」
部屋の中に散らばった羽のようなものが見つかった。
「…そのようですわね。もう少し見てまわりましょうか」
どの部屋を回っても、残されていたのは羽、それもその一部だけ。
「…たぶん、あの獣にやられたんだ」
「食べられてしまったのでしょうね」
二人は周辺を調べ、そう確信した。
「大きくはないけど、村ひとつ、全部、か」
「どのくらいかはわかりませんけれども。 …ひどい有様ですわね」
「…この村に何がいたのかは知らない、けど。仇は取ってやるぞ」
「…」
二人は小さなお墓をつくって村の住人たちを弔うことにした。
村の隅には祠のようなものがあった。
何かを祀っているのだろう。
石像がある。
「…この形…何だろう? 見たことあるような…」
デフォルメされたトカゲのようにも見える。
「トカゲ…でしょうか?」
「ああ、そうそう。トカゲだね。でもなんでトカゲの像があるんだろ?」
「この有り様から察するに、このトカゲを祀っていたのでしょうね。トカゲの精霊か何かでしょうか? それで思いつくと言えば…火の精霊、サラマンダーあたりでしょうか」
『おいらを知っている人間だって?』
「何か言いました?」
「いやいや、ボクじゃないよ。ボクにも聞こえたけど」
『人間が来るなんて、人間の祈りなんて久しぶりだい。ああ、でも、妖精たちがみんなやられちゃった。 …おいらこの村の守りできなかった…うぅ…』
「…石像が喋ってるぞ…」
「え、あなたではなくて?」
「流石にもうわかるよね? ボクは一度も自分のことをおいらなんて言った事ないよ!」
『おいらは火の精霊。ずっと昔に封印されたんだ。悪い魔女に…でも、そんなドジなおいらでもずっと妖精たちは大切にしてくれててさ。おいら嬉しかった。 …覚えていてくれる妖精たちのおかげで消えないで済んだ。でも、肝心な時に力になれないなんて…おいら…おいらダメな精霊だい…』
石像は震えて泣いているようにも見えた。
当然涙は出ていなかったが。
「…ここの住人、妖精たちはやっぱりあの獣にやられたんだな」
「ええ、そのようですわね。それで、あなたはご覧になっていたのですか?」
『全部。全部見てた。 …みんな食べられちゃうところ…あの妖精獣に…』
「妖精獣…あいつにそんな名前があったのか」
『ずっと昔にもいたんだ。でも、退治されたはずだったのに…何でまた出てきたんだろう…』
「魔女が持っていた瓶から出てきてたぞ」
『魔女だって? それってきっとおいらを封印したあの魔女だ。あの悪い魔女だ。ああ、なんてことしたんだ。おいら、許せないよ』
「魔女はボクたちが倒しちゃったけど」
『えっ? あの魔女やっつけてくれたの! すごいね! ありがとう! …でも、魔女が倒されてもおいらの封印解けないんだ…残念…』
「あなたのその封印ですけれど、魔女の魔法か何かですの?」
『…うん。悪い魔女の悪い魔法。一度受けちゃったら、おいらにはどうすることもできないよ。油断してなきゃ、力を失ってなきゃ、こんな魔法…おいらはねっ返してやったのに…』
「魔法ですか…それならば」
白姫は再び極白色の白い輝きを放った。
精霊の石化がみるみる解けていった。
『わ、わぁ…と、解けた。おいらの封印解けた! ありがとう!!』
「ふふん」
白姫は得意げに感謝の言葉を受け取った。
「…やっぱりそれズルじゃないか? 割とチート気味だぞ…」
「失礼なことを言わないでくださいまし。連発はできないですし、こう見えて結構魔力を使っているんですわよ?」
「…でも考えたら具体的に何に効いて何に効かないかの判断難しくないか?」
「悪しき力には効果があるんですわ。だってわたくしたちは勇者なのですからね」
「…まあ、うん。そうだね…とりあえずはそういうことにしておくか」
「別に説明が面倒になったわけじゃありませんわ」
「何も言ってないぞ。でも、やっぱり危ない妖精獣を放ってはおけないし、探し出してなんとかしなくちゃ」
「ええ、そうですわね。これ以上の犠牲を出さないためにも」
『ねえ。それならおいらも連れてってよ。おいらも力を貸すよ。火の精霊としての力。きっと役に立つから』
「火の精霊の加護か。いいね! なんだかボクたちの勇者みたいで」
「確かあちらは神の加護でしたけれども」
『え? カミサマ? カミサマがいるの?!』
「ああ、ええっと…そうですわね、まあ多分一応火の神様の加護を持っているかと」
『すごいすごい! 会ってみたい会ってみたい! カミサマってあれだよね! すごい魔力を持ったすごい存在! おいらも会ってみたい! その勇者にも会ってみたい!!』
「ボクも今すぐにでも会いたいんだけどね。逸れちゃったみたいで、どこにいるのかわからないんだぞ」
「妖精獣を探す道中に会えれば良いのですけれども」
『そうだった! 妖精獣! 絶対に見つけて退治する!! みんなの仇!!』
「それで、どこへ向かったとかは…わかりますの?」
『…ちょっと待って。ええっと、みんなを食べて、それから…うん、きっとあっち』
火の精霊は器用に尻尾で方向を指し示した。
「…向こうには村か何かあるのか?」
『あっちは確か…水の精霊を祀る妖精たちが暮らしている村がある』
「その水の精霊も封印されているのですか?」
『ううん、水の精霊は封印されていない。水の中にいて、今も妖精たちと一緒に暮らしているはずだよ』
「それって、危険じゃないのか? あの妖精獣に食べられたりしない?」
『おいらたち精霊は弱くないよ。それに水の精霊はすごく強いんだ。だからあの妖精獣くらいだったら心配する必要ないよ。 まあ…でも、妖精獣の成長次第ではわかんないけど…』
「やっぱり急ごう」
「ええ、そうした方がよろしいですわね」
小さな不安を胸に、水の精霊を祀るという妖精の村へと急いだ。
水の妖精のいる村
『ん〜…今日も平和だぁ…まったり〜』
泉にぷかぷか浮いているひっくり返ったカエルの姿があった。
「精霊様〜、ねえねえ、何か変な空気じゃない?」
妖精の一人が言葉にはできない、漠然とした違和感のようなものを感じていた。
『ん〜…ただの気のせいじゃないの〜? ほら見てよ〜、今日も丸い白い雲が流れていく〜。平和だね〜』
カエルはくるくるひっくり返って空を見ていた。
「…そうかなぁ。何かいつもと違う気がするんだけどなぁ…本当に何も変わらないのかなぁ…」
『そんなに気になるの〜? ちょっと待ってね〜…』
カエルは起き上がると口から小さな泡を出し始めた。
泡は風に乗って空高く飛んでいく。
『別に何も…ん〜? ん〜?』
「やっぱり何かあったの?」
『…人間だ。うわぁ人間がいる。ヘェ〜。珍しいなぁ〜…あれ? もしかして火の精霊もいる。封印されてたはずだけど…解けたみたい…へ〜、どうやったんだろ〜。ま、いっか〜』
「人間と火の精霊様? 人間ってまだいたんだ。見てみたいなぁ。それに、火の精霊様がどうしてここに…」
『あてしもすっかりいなくなったものだと思ってたけど…でも間違いないよ〜。もうじきその人間と火の精霊がここに来るから聞いてみよう〜』
「悪い人間かな? 良い人間かな? どんな人間? 火の精霊様の姿は知っているけど」
『ん〜、見たところでは、悪い人間ではなさそうかな。二人とも性別はたぶん女の人かな〜? 残念。男の人だったらなぁ〜。あてしの魅力でメロメロにしてあげたんだけどな〜』
カエルは少し残念そうにそう言った。
「せっかくだから、出迎えに行こ〜っと」
『え〜、ここで待っていれば来るのに〜。まあ、好きにしたら〜』
カエルはまたぷかぷかと浮き始めた。
「はぁ、はぁ、おえぇ」
「…大丈夫か?」
「あ、あなたたちが早すぎるんですわ! おえっ。トカゲはともかくとして、あなたも走るの速すぎますわよ…」
「仕方ないだろ。村に危険が迫っているかも知れなかったし。でも、見たところ村は大丈夫そうだね。妖精の姿もたくさん見えるし」
『うん。もしかしたらここを迂回したのかも? ここにいる水の精霊は本当に強いからね。もちろんおいらも弱くないけどね! …だから封印さえされてなければ…みんなを護れたのに…』
「ふぅ、はぁ。ようやく落ち着いてきましたわ…ぜぇぜぇ…おぇ」
「…大丈夫か?」
白姫はかつてないほどに疲弊していた。
「いらっしゃいいらっしゃい。歓迎するよ。ようこそ水の村へ」
『水の精霊は元気にしてる?』
「はいとっても元気に。それじゃあ泉に案内しますね、どうぞこちらに」
水の妖精に村のほとりにある泉まで案内される。
『いらっしゃい〜、ようこそようこそ〜。わぁ本当に、人間だ〜。よろしくね〜。それに火の精霊もようこそ〜、でも封印されてたよね?』
『うん、解いてもらったんだ。それでね、妖精獣が現れたよ。おいらの村の妖精たちは全員食べられた。 …ここに来なかった?』
『妖精獣? 来ていないね。そんな怪物、来たらすぐにわかると思うけど…妖精獣ってずっと昔に退治されなかったっけ〜?』
『うん、どうやらおいらを封印した悪い魔女が蘇らせたみたい。悪い魔女はこの二人が倒してくれたんだけど』
『えぇ? すごいすごい! あの魔女を倒したの? すごいねぇ〜。ああ、本当。あなたたちが男の人だったらなぁ〜、放っておかないのにぃ〜。それにしても、あの魔女は本当、碌でもないことするね〜。もっと懲らしめておくんだったなぁ〜』
「でもここに来てないとなると、行き先がわからなくなりましたわね」
『まだ妖精を食べるつもりなら、他の村に行ったんだろうね〜。土の村かな〜、それとも風の村かな〜…あるいはそれ以外の小さい村かも知れないね〜。流石に妖精の国には行かないと思うけど〜』
『おいらもそう思う。でも、風の村も土の村も精霊たちに守られているから、ここみたいに避けるかも。 …となると、小さな村だけど…襲われている村を探して回るのは大変…』
「結構数があるのですか?」
『無数にあるよ〜。あてしもその数は把握していないし。妖精の国にいる女王なら知っているかもね〜…でも、すっかり元気をなくしちゃったからなぁ』
『おいらが封印されている間も、ずっとあのまま?』
『そうだね〜。あのまま。心を壊しちゃったままだね〜。まあ、それも仕方のないことだけど』
「心を壊したって、一体何があったんだ?」
精霊たちは事の起こりを簡単に説明した。
女王の息子とその妻、そして二人から生まれた赤子を立て続けに失ったことを。
「…それは…うん、辛いね」
「しかしあの魔女、本当に碌な事をしませんわね」
『この大地の地図は持っているんじゃないかな〜。それがあれば小さな村も見つけやすいと思うよ〜』
「それならまずはその妖精の国へ行かない? できたら女王にも話を聞きたいし、妖精獣の事も言った方がいいよね?」
「心を壊されているという事ですが、具体的にどのような状態なのですか?」
『人間で言うところの喜怒哀楽が全くなっちゃっている感じかな〜? とりあえず話はできると思うけど。それに対してどう反応するのかはちょっと、話してみるまでわからないかな〜』
「…それでも、行って話をするべきだとボクは思うな」
「わたくしも賛成ですわ。今は少しでも情報と知識が欲しいですし」
『それなら、引き続きおいらが案内するよ』
『あてしはここにいるね〜? ここのみんなも守らないとだし〜、それに、妖精獣が来たら返り討ちにして逆に食べちゃうから〜』
カエルは大きな口を開けて長い舌を出しながらそう言った。
「それでも、気をつけてくださいましね?」
「そうそう、まあボクたちより余程知っているだろうけど、それでもね」
『心配してくれるの〜? 嬉しい〜。ああ、本当に惜しいな〜』
男の人だったらな〜、と、その後にまた付け加えていた。
黒姫と白姫は再び火の精霊の案内で今度は妖精の国へと向かうことにした。
妖精の女王に会うために。
「それにしても、どうしてあんなに男性じゃないことを残念がっていたんだろう?」
『水の精霊は強い男の人間がとても好きなんだよ。強い男の人と契約をして…それから婚約したがっているんだよね』
「人間と結婚したがっていますの? ええっと、先ほどの水の精霊は、その…カエル、ですわよね?」
『うん。そうだよ。カエルだね。おいらはトカゲだけども。でも、それも本当なんだ。人間と結婚して、契を結ぶとね、そうすると強い精霊が生まれるんだよ。まあ実際はその相手の人間の性別は関係ないんだけど。それは単なる好みだね』
「結婚に…契…だって? …その…えっと、その、カエルとでも…あの…そういう契りというか…できるのか?」
『? 強く確かな信頼があればできるよ? もちろんお互いに必要だけどね。深い信頼と愛情によって精霊は生まれ変われるんだ』
「…ああ、なるほど、そういう…」
「顔、赤いですわよ?」
「…うるさいな…走ってるからだよ。 …なんか、あの精霊と勇者を会わせるのは…複雑な気持ちがしてきたぞ…」
「…おそらくは気にいる事でしょうね。あのカエルの精霊さんは」
『へぇ〜、やっぱりおいらも会ってみたいな』
「ええ、そのうち会えますわ。もしかしたらもうすでに妖精の国にいるのかも知れませんし。何しろ無類の姫好きでもありますから」
「その言い方は語弊があるぞ」
「いいえ、今までの事からもそれは確かですもの。きっと今頃どこぞの姫を誑かしておりますわね」
「…いやいや。 …まあ、わかんないけど」
『その勇者は姫が好きなの? だったら水の精霊のことも好きになるかも。自分の事をカエル姫と自称する時もあるくらいだからね』
「…へぇ…」
それを聞いた黒姫の心にはさらに微かな不安のようなものが灯った。
「間違いありませんわね」
白姫は勝手にある一つの確信を抱いていた。
「?」
妙な気配を察した勇者は後方を振り返った。
「ざんね〜ん。こっちだよ〜。こっちこっち〜」
戯れる妖精たちはくすくす笑いながら楽しんでいる。
「…」
「どうしました? 後ろに何かいたんです?」
いつの間にか遊びに加わった妖精の少女と竜の少女の姿もあった。
少し不自然な勇者の様子を見てそう声をかけた。
「いや…なんでもない。うん。ただの気のせい、かな」
「…後方には何もいない。 …何かの知らせでもあった?」
「…虫の知らせのようなものかも…誰かが僕の噂でもしたのかな」
勇者は黒姫と白姫の姿を思い描いていた。
「あれあれ〜、別の人間のこと考えてる〜? 慈しみの感情〜? 大切な人〜?」
聡い妖精の一人がそう気づく。
「まあ、大切なのはその通りかな。聞きたいことの一つでもあるんだけど、君たちは他に人間の女の子を見なかった?」
「人間? あなたが最初。他には見てないよ?」
「そうか…このあたりにはいないかもしれないな。 …二人とも、無事だと良いけど」
戦闘能力的な心配は、黒姫にはあまりないとはいえ、白姫となると…
覚醒した魔法は大したものだが、その体力は心許ない。
単純な戦闘能力に長けたモノが相手だと苦戦必須だろう。
二人が一緒にいればまだ良いのだけど…。
「ええっと、その…大切な人って、勇者さんにとっての…その、恋人的なもの?」
「恋人…か…。二人とも大切な人だね」
「へ、へ〜。そ、そうなんですね〜」
妖精の少女は少しばかり混乱状態になった。
「…私のことも、大切にして? …今は私の使徒でもあるからね?」
竜の少女は少し嫉妬した。
「きゃっきゃっ。愛情だ〜、愛情〜」
妖精たちはその様子を喜びながら伺っていた。
「…他にも聞いても良いかな? 君たちは生命樹って知ってる?」
「セーメージュ? 知らない」
「…そうか。もしかして名前が違うのかな…。それじゃあ、このあたりに大きな樹か、そうでなくても、不思議な樹はある?」
「樹? 木〜。う〜ん。あ! あるある! あっちあっち。ずっとあっちに行ったところ! 確か風の妖精たちの村にある! 見たことあるよ、すごくすごく大きな樹!」
「風の妖精の村ですか。私は行ったことないですけど…まあ、そもそもこの村から出たことないんですけどね!」
「風の妖精の村。そこの精霊様がとまる樹がすっごく大きかった! とっても大きかった!」
「その樹の下に、もしかしたら」
三人は顔を見合わせる。
「ドラちゃんの体の一部が埋まっているのかも知れないんだよね?」
「それが大きな樹なら…その可能性は高いと思う。 …行ってみないとわからないけど」
「どうする? 次は風の妖精の村に行く? それともあたりの森を探す?」
「…村に行ってみよう。その大きな樹を確認したいしね」
「うん。私もその案に賛成」
「それじゃあ、そうしよっか。うわ〜、行ったことのない村か〜。楽しみだな〜」
気づけば他の妖精たちに会うことが少し楽しみになっていた…それもこれも呪いを解いてくれたおかげだ。
勇者さんには本当に、感謝しかない。
だから少しでもその力になりたい。
勇者さんのその大切な人たちに会うためのお手伝いも…当然…
あれ、でも、もしかしたらそうしたら、いずれ勇者さんは帰っちゃうのかな?
あ、でもまだ他にも用事があるんだった。
生命樹、というものを探しているみたいだった。
…でも、それも見つかったら…やっぱり帰っちゃうんだろうか?
…それはそうだよね。
妖精の少女の心にはわずかに影が差していた。
それでも頭を振って勇者たちの背を追いかけた。
風の妖精の村へと向かうために。
機械姫は地中にいる何かの気配を感知した。
「…今、土の中を何かが通りましタ」
「え? この下かい?」
エルフもまた感知魔法を展開する。
周囲に散らばらせた光の球とは異なる、エコーのような魔力の波を下へと放った。
「…本当だ、道…というか…この下、空洞が続いている、何かが掘った穴がずっと…どこまで続いているんだろう…だいぶ長い…」
「掘ってみますカ?」
「…そうだね。その通った生き物が魔物だったら面倒だけど、その時はその時だし」
「了解しましタ」
機械姫は手をドリルのように回転させて地面をみるみる掘っていく。
「便利だねそれ」
「お任せくだサイ。あっという間に地中の道マデ…着きましタ」
「本当にあっという間だったね。でも…うん、広い。それに長い…。魔物の気配は…今のところは無いね」
「先ほど通って行ったモノは何だったのでショウ」
「…魔物にしては…この道は少しも嫌な感じがしないけどね。むしろ何らかの加護があるような…う〜ん…妖精とか、精霊系の魔力…かな?」
エルフはあかりをつけて辺りを丁寧に調べ始めた。
「…こっちも随分と器用に掘り進んでいるみたいだ…ん? …何か来る」
「魔力の反応アリ。 …どうしますカ?」
「…戻ってきたのかな。 …魔物じゃないと良いけど。会ってみよう」
「了解。念の為戦闘体勢をとりマス」
機械姫は構えをとる。
「…念のためね」
エルフもまた杖を構える。
凄まじい速さで接近してくる丸い毛玉の姿があった。
『ちょい、ちょいちょい。困るなぁ。穴あけちゃあ。誰か落ちたらどうすんのよ! わてが空けたと思われるんね!』
それは大きなしゃべるモグラだった。
「…君は…モグラ?」
「外見の98%がモグラと一致。モグラですネ」
『なんで100%じゃないん? わて正真正銘モグラよ? 残り2%は何なんよ? モグラではない何かが入っとるとでも言うんかい! 失礼なんよ!』
「…あくまで確率でスし。100%は統計的にアリエナイ。それにデータ上の通常のモグラにはない魔力がありマス」
『そりゃそうだ。わては土の精霊。それであんたらはなんでわての道に?』
「ああ、ただ移動してただけだったんだね。いやぁ、奇妙な気配を察したから、確認してみたくて」
『それで穴あけたん? あんたエルフね? これだからエルフは…みんな自分勝手なんよ。あんたも知識と探究欲最優先なんね』
「エルフを悪く言うのはやめてもらっても良いかい? まあそれを否定はしないけども」
「それでモグラはここで何ヲ?」
『モグラてあんた、いやまあそうだけど。気安いな。いや、普通に帰るだけなんよ。家に。家というか村に。土の妖精たちの待ってる村に帰るだけなんよね』
「妖精の村、か…勇者たちがいるかもしれない」
『勇者? 誰なんよ?』
「探し人デス。勇者と、姫が二人。この地を訪れたハズですので」
『人間なん?』
「そうだね。三人とも人間と言っていいね」
『ほぉ人間かぁ。だったら見つけたらすぐわかるんよ。みんな騒ぐし喜ぶし。 …でも見てないんよね』
「…それだと…こっちじゃなかったのかな…この森の中、というかここに来てからあたりの魔力が濃すぎて、私の探査用の光の球たちが思うようにうまく扱えないんだよね…」
『まあせっかくだから、村に来ると良いんよ。あんたらはどっちも人間ではないけんど、客人は歓迎するんよ。それがたとえエルフと…ん? あんた何なんよ?』
「機械デス。マシーンです。ロボです。ああ、人造人間と呼んでモ良いかもしれまセン」
「…よくわからないんよ。まあ良いんよ。ほら、背に乗るんよ」
モグラは丁寧に身を屈める。
「…モグラに乗って移動とは、新鮮だね」
「私も初めての経験デス。貴重な体験データです」
『それじゃあ村に帰るんよ、あ、穴埋めてからなんよ』
モグラは上空の穴を器用に埋めると、再び移動を開始した。
土の妖精たちのいる村へと、その背にエルフと機械姫を乗せて…
『エルフ、はともかく、人造なんちゃらの方は結構重いんね』
「人造人間デス。それとその発言は失礼デスね?」
「そうそう、ロボにもデリカシーはあるんだよ?」
『いや、知らないんよ。ただ本当に見た目以上に重いだけなんよ。デリカシーとか知らないんよ』
「…」
機械姫は静かにモグラの背の毛を少しばかり毟った。
『イタッ。何で今わての背の毛を毟ったん?』
「貴重なデータですノデ…大切に保管シマス」
機械姫は血の通っていない冷たい目でそう言い放った。
その視線に背筋が凍りついたモグラは機械姫が重いことを指摘するのはやめることにした。
こうして土の精霊はデリカシーというものを学んだのだった。
勇者たちは風の妖精の住むという村へと訪れていた。
「…あれだね」
先には大きな樹が見えていた。
「…感じる。うん。間違いない…私の一部がある…」
「ただ大きいだけじゃなくて、ここからでも何かこう、神聖的というか…神秘的な力を感じるね」
「わぁ、人間だ〜。人間と、妖精と…何? 何?」
「…私は竜だよ。あそこの樹に用事があるの」
「あそこ? あの樹? 風の精霊様の住む樹?」
「そう、その樹。あの下に私の体の一部があるから」
『…ほう、それは興味深い話だ』
上空から大きな鷲が滑空してきた。
「あ、精霊様だ〜。見回りとお勤めご苦労様〜」
『うむ。今日もこの地は何事もなく平和だった。かの女王も変わりなく…それで、先ほどの話だったが…ほう? そちらの妖精』
「え? わ、私?」
妖精の少女は流れ的にまさか自分が注目されるとは思っていなかったので素っ頓狂な声を出した。
『…似ている。気のせい、ではない。先ほど見てきたばかりだ。 …間違いなく似ている』
「似ているって、何に?」
「…女王に。妖精の国を治めている女王に似ていると言った。 …女王には息子とその妻…そしてその二人には赤子がいた…もしその赤子が生きていたら、そなたと同じぐらいの年頃だったことだろう。 …もしや…いや、しかし…」
「え、えっとぉ」
『…あり得ない話ではない、かもしれぬ。今は心を壊してだいぶ時が経つ、が…もしかしたら…そなた、女王の孫ではないか?』
鷲の鋭い目が妖精の少女を見ていた。
「えぇ?! そ、そんなこと言われても…わかんないよ。違うと思いますけど…」
『少しそなた自身の話を聞かせてくれぬか?』
「え? は、はいぃ」
妖精の少女はできるだけ自分のことを話し、質問にも答えた。
風の精霊はその話を聞いて確信した。
『魔女の呪い。もはや間違いあるまい。かつて女王たちも魔女によって不幸に落とされたのだ。 …そうか…その時の赤子は生きていたのか…。確かに、残されていたのは血痕だけだったと聞く。 それもこれも、魔女の仕業か…』
「そ、そのぉ…」
『…女王に会ってやってはくれぬか?』
「え?」
『女王は心を壊してしまったが。そなたと会えば、その心も回復するやもしれぬのでな。失った息子たちは帰らないが、孫が帰ってきたのであれば、きっと』
「…ど、どうしよう?」
「会いに行ったほうがいいと思う。 …家族かもしれないし。女王の様子はわからないけど、それでも」
妖精の少女はそれでもまだ少し戸惑っていた。
急に家族、と言われても。
私はずっと一人だったから…。
それに、今、家族って言ったら、それは勇者さんや友達のドラちゃんのほうが身近に感じられる。
「どうしようかな…だって違ったらそれはそれで…気まずくない?」
「僕も行くよ。それなら違っても、ただ挨拶に行ったって事にしてしまえばいいし」
「…そっか。うん。そうだね。それなら…行って、みよう…かな」
『そうしてやってほしい。ああ、それで、ここに来た用件…確かあの樹に用事があるのだったか?』
「厳密にはあの樹の下。掘ってもいい?」
『ああ、構わぬよ。しかし如何様なものがあるというのだ?』
「私の体のどれか? あの樹の大きさから想像してみると…本体の…腕の一部が…あるくらい?」
『…面妖な…あの巨木の下にまさかそのようなものが…』
実際に深く掘り進めると、確かにあった。
竜の腕。その一部が。
「…おかえり…私…」
そう言う少女に腕の一部は吸い込まれていく。
少女を取り巻く魔力が変化していく。
それはより深く、濃く、巨大なものへと…
『…驚いた…まさか本当にこのようなものがあるとは…しかも、この力はどうだ? …それがしを大きく凌いでいる…それで腕の一部だとは…そなたは一体…』
「私は始原の竜。全ての始まりを見てきた。そして全ての終わりを見定める。そういう存在。 …でも、まだこれでは自由に飛ぶこともできない…もっと…必要」
「えぇ?! ドラちゃんってそんなにすごい竜だったの? わぁ…そんなすごい竜のことドラちゃんって言っちゃってたよ」
「…構わない。私がそれでいいって言ったから」
「そ、そう? う、うん」
「始原の竜…それじゃあ、もしかしたら僕のいた世界、南の大陸にあるとされた生命樹の下にも…君と同じような存在が? それとも、僕たちの世界にいるのも君自身だったり?」
「…その可能性もあるね。私がバラバラになった時、その一部が時空を超えて別の世界へ行った可能性は否定できないから…私の力の源の一つでもある境界の力は、生と死、生命の境界、世界、時空の境界を越えられるから」
「でもそれだと、別世界にもあるかもなんだよね? ドラちゃんが完全に力を取り戻すことは難しいじゃ…」
「全部じゃなくても十分。その大半を取り戻せたら…それだけで後は、自身で再生できるから」
「そ、そうなの? さ、さすがは始原の竜なんだね」
「まあね。だからそうなれば願いも叶えてあげられる。力を取り戻せたら、きっと。そう、約束したから」
「それって…その、勇者さんのいた世界へ帰れること? それとも、勇者さんの大切な人を蘇らせる事?」
「そのどちらも…だからその時は私に任せて」
「…そのどちらも、境界の力を使えば君になら可能だと言う事?」
「うん。世界を超えることも、死者を蘇らせることも。始原の理の力をあなたに見せるね」
『…なんという…途方もない力か…神域の…まさかそなたがそのような偉大なる存在だったとは…』
「…そのためにはもっと力を取り戻さないといけないんだけどね」
「それなら次は妖精の国、女王のところへ挨拶に行こう」
「は、はい。そうだね。なんかすごい話でかき消されるところだったけど、うん。私の家族…かもしれないんだもんね」
本当に私の家族だったとして、それで私はその人の力になれるのだろうか?
…漠然とした期待と不安が胸の中を渦巻いていた。
『それがしに乗るといい。空を駆けて妖精の国へあっという間に辿り着いて見せよう』
イヌワシの背に乗り、三人は妖精の国へと向かった。
深い森の中。
誰も訪れることのないさらに深い森の中。
そこには誰にも見つかることのなかった樹があった。
その樹の下を掘り起こして肉を喰らう妖精獣の姿があった。
「ギィィギギィィーーーーィィーーーー」
妖精獣の神経は内側から膨れ上がる。
爆発するかに思えたその体は適応する。
魔力は反転し妖精獣はその姿を変えていく。
それは今まで喰らった妖精の魔力と結びつき、精霊を超え、神域へと至る。
かつての姿はもう消えた。
不完全な獣は完全なる獣として再誕した。
暗く深い邪悪な獣として…
「…タベルクウモットタベタイモットォオォォォオァァァアアアア!!!!」
もう恐れるものはない。
避けていた精霊から逃れる必要は最早ない。
強い力を持った人間たちから逃げる必要もない。
…そのどちらを先に…あるいは…もっとこの肉を…
完全なる獣は邪悪な笑みを浮かべていた。




