妖精の魔女の怨み
その妖精の魔女の目は憎しみと怨みで満ちていた。
「ああ、憎らしい…私がどれだけ世話をしたと思っている」
私がどれだけ面倒を見たと思っている。
どれだけ多くの愛情を注いだと思っている。
まさかそれを知らないわけではないだろうに。
あれほどの愛情を注いだ。
時間もだ。
忙しい女王の代わりに赤子の頃から世話をした。
たまのような可愛い赤ん坊だった。
王子。
だというのに、なぜお前は私を選ばぬ?
なぜ私を選ばずにそのような名も知らぬ何処の者かも知らぬ女を選んだ?
お前を育てたのは私だぞ?
忘れたわけではあるまいに。
幼い頃から私は付きっきりだっただろう?
お前に学を、才を与えたのは誰だ?
その恩を忘れたのいうのか?
一体私がどれほどの時間をお前に与えたと思っている。
どれだけの愛情を与えたと思っているのだ?
それだというのに、
ああ、口惜しい。
私のこの見た目のせいか?
若いとは言えないこの姿のせいなのか?
それならばと魔法で姿を変えて見せてもお前の心は変わりはしなかった。
ああ、憎らしい。
何もかもが怨めしい。
お前の母親も、お前が選んだその妻も、
あれほど愛おしく育てたお前自身でさえ、
今は憎くてたまらない。
私の恨みは決して消えはしないぞ。
お前たちに対するこの怨み、
決して、消えるものではないぞ。
骨髄まで怨みが沁み渡るかのようだ。
ああ…何もかもが、妬ましくてたまらない。
ある日、城に魔獣が出た。
「一体どこから? いや、もうそれはいい」
王子は兵と共に討伐を急いだ。
この城には愛する妻と子がいるのだ。
その城に魔獣などがいてはいけない。
…殺した魔獣は自身の妻だった。
変わり果てた妻を見て王子は深く悲しんだ。
ああ、まさか自分が…愛する妻をこの手にかけるとは…
王子は嫌な予感がした。
王子は部屋へと急ぐ。
まだ生まれてまもない赤子がいなくなっていた。
そしてその場には大量の血痕があった。
何者かに攫われたのだ。この血の量…もしかしたら食われたのかもしれない…
王子は深く絶望した。
愛する妻ばかりか、子まで失ってしまった…
王子は自ら命を絶った。
そしてそれを知った女王の心は壊れてしまった。
魔女はすやすやと眠る赤ん坊を手にそれらを見て笑っていた。
魔女は何も知らない赤ん坊に呪いをかけた。
醜くなる呪いと、
妖精たちに嫌われる呪い、妖精たちの嫌う匂いがその身から出続ける呪いであった。
これから先、大いに苦しみながら生きるといい。
生きていければ、だが。
魔女は笑いながら赤ん坊を一つの村に捨てた。
育たないようなら、それはそれで構わない。
なにしろ、この見た目と匂い、誰も進んで育てようとは思わないだろう。
仮にもの好きに育てられたとしても、その先には碌な未来が待ってはいないだろう。
誰からも愛されずに、疎ましく嫌がられ、せいぜい嫌われながらひっそりと生きるといい。
魔女は笑いながら去っていった。
魔女の怨みは今も消えてはいなかった。
もはやその原因などどうでもいい。
ただ、この世界が憎らしい。
自分を認めない選ばない世界など滅びればいい。
滅びないのであれば、
自分が滅ぼしてしまえば良い。
魔女はそう気付いた。
魔女には知識があった。
この世界には、
かつて妖精の獣と呼ばれた存在がいた。
それは妖精獣と呼ばれてもいた。
妖精たちを喰らう伝説の化け物。
ああ、とてもいい。
それはとても素晴らしいことではないか。
こんな世界、なくなってしまえ。
魔女は妖精獣を再び復活させる決意をした。
そのためにこれからの全てを注ぐと誓いを立てた。
そして魔女は長い時間をかけて準備を着々と整えていた。
もうすぐ、ああ…もう、すぐだ。
この世界全てを…
「う〜ん、困ったな」
「やっぱり何処にもいませんね。逸れたんでしょうね」
「森だけど、元いた場所とは全然違うよな?」
「違いますわね。気配というか雰囲気も異なっていますし…先ほどから見慣れない魔獣も見かけますしね」
「まあ倒せないほどじゃないけど、知らない場所でひたすら戦闘は避けたいな」
「そうですわね」
「それからもう少し戦ってほしいんだけど?」
「援護は任せてくださいまし」
「…まあ、確かに無いよりは全然いいんだけど」
黒姫と白姫は軽く遭難していた。
勇者を探しながら魔獣と戦闘を繰り返していたのだった。
そしてたまたま入った森の奥に、魔女の隠れ家があった。
「…何者だい?」
魔女は二人を警戒している。
妖精ではない。
しかしそれなりの魔力を持っている。
先ほどの戦闘ぶりからもある程度戦い慣れてもいるようだった。
「あらまあお婆さん、こんな森の奥にお一人で?」
「…」
「ちょうど良かった。ねえねえ、おばあちゃん、ここって南の大陸?」
「南の…大陸? 何を言っているんだい? 大陸はここだけだろう?」
「え…じゃあやっぱりここって違う場所なんだ」
「お婆さんが正しければですけれども」
「嘘をつく必要なくない?」
「…お前さんたち、妖精じゃないね? ああ、なるほど…もしかして人間か?」
「やっぱりこの辺って妖精がいるんだ。うん。そうだよ、ボクは黒姫、こっちは白姫。どっちも人間だね」
「ごきげんようですわ。それで、お婆様の手に持っているその瓶ですが。少々禍々しすぎる気配を纏っていると思いますけれど、聞いてもよろしいですか?」
「…ほぅ。こいつの恐ろしさに気付いたのかい?」
「まあわたくしたちこれでも勇者ですのでね。二人で一人のですけれども」
「? で、仮にそれを聞いてどうする気だい?」
「確かにそれ、すごく嫌な気配がするぞ。おばあちゃん、それ良く無いものじゃない?」
「どうだろうね? 悪いけど、邪魔をするというのなら…ふむ…いい機会だね。弱らせて、餌にしてしまおうか。好んで食うか食わないかはわからないけどね」
魔女は二人に向けて杖を構えた。
「…どうやらやる気のようですわね」
「えぇ…おばあちゃんと戦うの? 気が乗らないぞ…」
「随分と、甘く見られたものだね」
魔女から炎の塊が飛んだ。
「!!」
二人は左右に交わす。
「いい反応だね、でも次はどうかね?」
すぐさまに強い風が吹く。
動きを止めた二人を氷の刃が襲った。
「っと、危ないぞ」
黒姫はハンマーで氷を砕く。
白姫は杖で魔力の壁を作ってうまく防御していた。
「…ふぅん。どうやら口だけでも無いようだね…でも、耐えられるかね?」
魔女は続け様に多属性の魔法を放っていく。
「…結構やるおばあちゃんだな」
「防御が間に合わなくなるということは今のところないですが、ジリ貧ですわね」
「…それじゃあ、こっちからも攻めるかな」
「援護いたしますわ」
魔法で黒姫の素早さを上げ、すぐさま光の魔法を放つ。
ただの目眩しだ。
光と同時に地を蹴って魔女との間合いを詰め、ハンマーを叩き込む。
「洒落臭いね」
ハンマーを手にした杖で弾く。
「うわっ、随分頑丈な杖だな! それに思ったより腕力あるぞこのばあちゃん」
「ふん、どれだけ長い時を生きてる魔女だと思ってんだい? お前たちのような小娘に負けるものかい!」
「…」
白姫は援護をしつつ二人の戦いを見る。
魔女の割には力もある。
まあそれは補助魔法だろう。
本人自体にそれほどの力があるとは思えない。
で、あるならば…
白姫は黒姫への援護を続けながら自身の魔力を高めていく。
「ちょこまかと、よく動くね!」
「若いからな!」
縦横無尽に動きながら狙いを定めさせない。
…僅かな隙でいい。
狙いは…
「はん、それなら、これは」
黒姫は魔女が杖を握る手の力の緩みを見た。
「ここだ!」
「むっ!」
魔女の手から杖が飛んだ。
黒姫のハンマーに吸い寄せられたのだ。
「こっちもいきますわ」
白姫から白い光が放たれる。
その極白色の新生はあらゆる魔法を打ち消す。
「この光は?!」
魔女は力を失っていった。
「もらったぞ!!」
黒姫の容赦のないハンマーの一撃が魔女を吹き飛ばした。
「うわ、なんかすごく効果あったな。無茶苦茶手応えあったぞ」
「とんでもないくらい吹っ飛びましたわね。まあそれだけ自身を魔法で強化していたということなのでしょうけど…もしかするとわたくしたちが考えている以上に魔法の恩恵に預かっていたのかもしれませんわね」
「白姫のその魔法って割と反則じゃないか? それにしても大丈夫かな」
「自分でやっておいてそれはないかと」
「でもまさかあんなに吹っ飛ぶとは思わないし」
遠く離れた場所で魔女は倒れ伏していた。
その姿はさらに老い、
もはやただの老婆であった。
「おのれ…まさか…おのれ…なんだ今の光は…私の知らぬ魔法…おのれぇ…」
「なんかばあちゃんめちゃくちゃ怒ってるぞ」
「いやまあ、吹っかけてきたのはあっちですので。正当防衛ですわよね?」
「私の魔法が…まさか…こんな形で…きひひ…ああ、もういい…も、う…どうでも…」
老婆は手にした瓶の蓋を開けた。
瓶の中からは、小さな魔獣が出てきた。
「ん? なんだあれ? なんか出したぞ?」
「あの瓶からですわね」
「喰らえ…ああ、喰らえ…何もかも…この地の…全てを…」
小さな魔獣がその言葉の意味を知った訳ではなかっただろう。
ただ身近な場所に餌があったに過ぎない。
魔獣はあっという間に老婆を平らげた。
「な! く、食った?!」
「…食べましたわね」
黒姫と白姫は警戒色を高める。
「ーーーーー!!!!!」
わずかに大きくなった魔獣は奇妙な鳴き声を発するとその場を飛び去っていった。
「…行っちゃった。どこに行ったんだろう…」
「…何にしても、放っておける事態じゃなさそうですわね」
「うん、やっぱり勇者を探そう」
「それがよろしいですわね」
黒姫と白姫はその場を後にした。




