妖精の大陸
勇者は気が付くと一人森の中に立っていた。
…黒姫と白姫の姿は見えない。
それどころか、肩には土神の姿も無い。
勇者は自身の内部にいる氷姫と火神に声をかけてみるも、反応はない。
…消えた訳ではない、魔力の反応は感じられる。
土神の魔力もまた、自身の内部には感じることができる。
…おそらく、他の神々のようになっただけなのだろう。
加護そのものが消えた訳ではない。
自分の内部の奥深くに入っただけのようだ。
「…ひとまずは、周りを探ってみるかな…」
勇者はすっかり薄暗くなった森の中を探り始めた。
先ほどまでいた南の大陸の原生林に似通っていたものの、
漠然と気配は異なっていた。
匂いや空気と言ったものが違う。
植物や生き物も違う。
魔獣の姿も見られたが、種類そのものも違っていた。
…倒せないことはないだろうが、無駄に争うこともないか…
勇者は気配を消しながら先を進んでいった。
相変わらず黒姫たちの姿は見えないが、森の開けた場所へ出た。
少し離れたところに灯りが見えた。
小屋だ。
…誰かいる。
人ではない可能性もあるが、それでも闇雲に散策してばかりもいられない。
今は情報が欲しい。
勇者は古びた小屋へと向かい、その木の戸を軽く叩いた。
「…だ、誰ですか?」
おずおずとした声が中から聞こえてきた。
「その、道に迷っていて、この辺りに村か何かはある? あったら教えてもらいたいんだけど」
「え? た、旅人さん? …珍しい。うん、少し待ってください。開けますね」
木の戸が音を立てて開く。
中には古ぼけた身なりをした少女の姿。
「あ、あの、ど、どうぞ…その…ちょっと匂うかもしれませんけど、それでも良ければ」
「ありがとう、助かるよ」
勇者は案内されて中へと入る。
小屋は見た目通りに小さい。
部屋といっても今いる部屋一つのみなのだろう。
隅っこの方にはベットが見えていた。
「あ、ごめんなさい。すごく散らかってるよね。どうぞ、適当に座って、邪魔なものは弾いちゃっていいから」
少女は手早く四方に片付け(投げ)ながら開いた場所をつくっていた。
「…君は一人でここに?」
「え? うん。一人だよ。 …ずっと。だって私、こんなだし」
少女は力無く笑った。
ボロボロの身なりに、その顔の半分は膨れていた。
「あ、この顔は元々だから…気にしないでもらえると…。あと、匂いも…どうしても取れないんだ。 …毎日水浴びしているんだけどなぁ」
「…匂い? そう? …僕にはよくわからないけど」
勇者には小屋自体の古びた木の匂いしかしなかった。
まあ確かに少しカビ臭いような匂いがしなくもないが、
元々匂いにはそこまで敏感な方でもないし、長い旅をしていると、気にならなくもなっていた。
それが良いことなのかは別として…。
「え? え? そ、そう? それならよかった、かな」
少女は戸惑いながらも少し嬉しそうにそういった。
「そ、それで。あなたはどうしてこんなところに?」
「ああ、うん。まず一つ確認するけど、ここって南の大陸でいいんだよね?」
「え? 南の大陸? どう言う意味? ここ以外に他にも大陸があったの?」
「…北と西と東それぞれに大陸があるけど、知らない?」
「えぇ〜! 全然知らない。ほ、本当に? …多分誰も知らないと思う…聞いたことないし…」
「…」
「あ、ごめんなさい。あなたが嘘をついているとは思ってなくて…」
「いや、それはいいよ。 …もしかすると、前にいたところとは全くの別の場所へ飛ばされたのかもしれない」
「そ、そうなの?」
「うん、妖精たちの作ったものかはまだわからないけど、転移魔法陣で飛ばされてきたんだ」
「そうだったんだ。それで村でも全然見たことないと思った」
「村があるの?」
「うん、この丘を降りたところにあるよ。…その…私で良ければ、案内するよ?」
「それなら頼もうかな。助かるよ」
「え? そ、その、私と一緒でいいの?」
「? もちろんいいよ。何かあるの?」
「あ、いや〜、その、自分で言っておいてなんだけど…こんな私と一緒でいいのかなぁって」
また少し悲しそうに笑った。
「…今日はもう遅いし、明日お願いしてもいい?」
「う、うん。わかりました。 …それじゃあ、今日はもう寝る? あ、ベット使ってもいいよ。長旅で疲れているよね? 私はその辺に寝るから平気」
「いや、流石にそれは…僕の方こそ、野宿にも慣れていて結構どんなところでも寝られるから気にしないで」
「いやいや、せっかくのお客さんにそんなことできないよ。 …あ、それならベット広いから、その…一緒に寝る?」
「いいの? 君が良ければ」
「えうぇ?! あ、うん。え? あ、はい。大丈夫。 …それなら、そう、しましょうか」
おずおずとベットに入る二人。
先に入った少女はカチコチに緊張しているようだった。
その隣で勇者は横になる。
「…あ、あの、その…く、臭くない? 平気?」
ベットのことだろうか?
「全然。あったかくて、よく眠れそう」
ベットで眠るのは久しぶりな気がしていた。
黒姫と白姫も同じように無事だといいけど…。
今は休んで、明日また情報を集めていこう。
勇者はそう決めると、すぐに寝た。
「…うわぁ…もう寝てる…えぇ…なんで? 私…」
すごく近い…
すごく近いし、顔もよく見えるし…
うわぁ…なんでこんなに平気なの?
そして私はどうしてこんなことを…
心臓が破裂しそうなほどまだドキドキしていた。
隣に異性が寝ているからだろうか?
初めて二人でベットにいるからだろうか?
目を閉じた勇者の横顔を見る。
…ああ、綺麗だな。
私と違って、とっても…
少女はそう思いながら、静かに眠りについた。
「…」
…寝れない。
全く寝れない。
眠れるわけがないじゃない。
どうしてこの人は…
こんな私と一緒に寝てくれたんだろう?
どうして私のこの顔を気にしないの?
どうして私のこの匂いを気にしないの?
どうして私のこんなに近くで寝てくれるの?
どうして私に人の温もりを与えてくれるの?
幼い少女の疑問はグルグルと、頭の中を駆け巡った。
静かな寝息を立てて眠る勇者を隣に、
少女の鼻息と動悸は荒々しくなるばかりだった。
そして夜が明けた。
「ふぁ〜…おはよう。早いね」
目を覚ました勇者は隣ですでに起きていた少女を見る。
「…おはようございます」
少女は少し起き上がりながら充血した目でそう言った。
「思いの外よく眠れたよ」
「…それは、何よりです…」
少女はまだぼーっとしていた。
寝ぼけているのだろうか?
「ちょっと出て、外で何か狩って来るね」
勇者はそう言うとあっという間にいなくなり、あっという間に戻ってきた。
その手には捌いた魔獣の肉を持っている。
こんがりと焼けてとても美味しそうだった。
「君は魔獣の肉って食べられる?」
「え? あ、はい。もちろん大丈夫です!」
何がもちろんなのだろうか。
その手際の良さとあまりに美味しそうな匂いに釣られてそう言ってしまった。
「朝は肉に限るね」
勇者と少女は朝から肉をモリモリと食べた。
その肉は激ウマだった。
ただでさえ少女にとっては久しぶりのお肉だったのだ。
少女は骨の髄までしゃぶり尽くしたいくらいだった。
「あ〜、美味しかったぁ〜」
「朝ごはんも食べたし。少し休んだら、村への案内をお願いできる?」
「あ、はい。もちろんです。ただ、その」
少女は少し口籠った。
「村に何かあるの?」
「ええっと、その、ですね。自分で案内を買って出たのに、今更なんですけど…私、この見た目なんで、村の人たちにちょっと嫌われててですね。はは、まあ匂いのせいでもあるんですけど。それでちょっと邪険に扱われるかもなので、その…村の場所案内だけにしときましょうか? そのほうがいいかも」
「…僕は気にしないよ。ただ、でも君がそのほうが良いって言うのなら…僕と一緒じゃないほうが良いのなら」
「いえ! それは全然! 私は…その、できたらもっと一緒にいたいんです、けど…」
「それなら一緒に行こうよ」
勇者と少女は二人で村へと向かった。




