魔を喰らう魔
その人間にとっては気の迷いだったのかもしれない。
あるいはその悪魔にとってはただの気まぐれだったのかもしれない。
それでもその人間と悪魔たちから生まれたのは…
可愛らしい双子の赤ん坊だった。
男の子は人間で、女の子は悪魔だった。
時は過ぎ、
たとえ親を知らなくとも、二人はすくすくと成長していった。
悪魔の女の子は、自分が姉だと言い張った。
本当のところは、誰にもわからなかったけれど。
…その大切な弟を守るために、悪魔の女の子は犠牲になった。
犠牲になった悪魔の女の子は、弟の中に入ってからも、ずっと守っている。
人間の弟にとっての悪いモノは…悪魔の姉が食べてしまえばいい。
そう…お姉ちゃんが、全部全部食べてあげる。
ずっとずっと…守ってあげるね。
大きくなったら、きっと、誰よりも強い勇者となることを信じて…
…そしてその悪魔の女の子もまた、共に成長していった。
その見た目は昔のまま、変わらなかったけれど。
妖精の勇者たちは魔王と善戦していた。
僧侶によって回復した女兵士と、合流したワーウルフ。
四人のパーティとなって魔王と戦っていた。
僧侶はかつての勇者の姿をした魔王を見て狼狽え戸惑いはしたものの…何とか自らを戒め、
姿を消した魔法使いのためにも、勇者の姿をした魔王を討つと決めた。
勇者の持つ覚醒した剣の力もあって、そのお互いの力は拮抗していた。
体力は時間とともにすり減っていった。
「…流石に面倒だ」
魔王は時を見て闇をおろした。
戦闘に疲弊した四人をさらに追い詰めるため、闇の力によって覆い尽くそうとした。
「…?」
しかし、おろしたはずの闇は城の扉へと集約していく。
そこに立つ人物へと集まっていた…
「…闇を祓っているのか? いや…」
…違う…吸収している?
魔王の闇を、喰っていると言うのか?
「…貴様…その力」
魔王の闇は吸い取られていく。
占い師は疲弊した仲間たちへと向かい、その治療に専念する。
「…ありがとう、助かった…」
「すまない、しかしアレは一体…」
倒れていたワーウルフと女兵士は立ち上がった。
「!!」
隙ありとばかりに気を散らした魔王へ切り掛かる妖精の勇者。
「舐めるな!」
振り向きざまの一閃によって手に持った剣を弾かれてしまった。
「ぐぅ!!」
吹き飛ばされた勇者の元へ僧侶が急ぐ。
「平気? 今治療を」
「だ、大丈夫…け、剣を」
膝立ちになりながら手放した剣に目を向ける。
それを見て弾かれた剣を勇者に渡そうと手に取ると、
ーバチバチッー
握った手から体に電流のようなものが流れ、思わず剣を手放した。
…どうやら剣自体に弾かれているようだった。
伝説の、勇者の剣。
…やはり、自分は勇者の末裔…血筋ではない、ということなのだろう。
「ごめん、弾かれた。今投げる」
それでも再びつかみ、痺れに構わず妖精の勇者に向けて剣を投げた。
痺れはしばらく痛みとともに全身を覆った。
「ありがとう!」
「…小癪な真似を…」
魔王は再び剣を構えるも、
すでに形勢が不利であると理解していた。
まず勇者が斬りかかる。
すぐにその後について援護をする。
僧侶と占い師は前線の二人に支援魔法を重ねる。
ワーウルフと女兵士は少し距離をとって隙を狙いつつ勇者たちの援護に回った。
次第に魔王は追い詰められていく。
「…おのれ…この私が!」
苦し紛れに再び闇の力を解放するも、やはり吸収されてしまう。
「…貴様!」
「これで、止めです!!」
妖精の勇者の全身全霊をかけた渾身の一振りが魔王の身に命中する。
闇に覆われていた鎧が弾け飛んだ。
妖精の勇者は全力を使い果たしてその場に膝をついた。
「…これなら!」
魔王の身に触れる。
魔王を包んでいた闇が…吸収されていった。
「…貴様ぁ、離せ!!」
「そうはいかない」
鎧の勇者を飲み込んでいた魔王の霧が、今度は反対に飲み込まれていった。
魔王は戦慄した。
この魔王すら喰らうモノとは一体…その悪魔の底知れぬ闇を垣間見た。
「…グゥ…このままでは…」
魔王は再び霧となり、完全に消え去る前に自ら鎧の勇者から離れる。
「…逃げる気?! に、逃がさない!!」
それに気づいた妖精の勇者は立ちあがろうとするも、その体にはもう力が入らなかった。
剣をつかむその手もおぼつかない。
「借りるよ」
勇者の持つ剣をかわりにつかむ。
剣の拒否反応による痺れと激痛が全身にはしった。
「っ!!」
構うことなく、魔王の霧に…狙いを定める。
力一杯投擲した勇者の剣は、上空へと逃げた魔王の霧を貫き、
そのままの勢いに、城の上部へと突き刺さっていた。
「や、やった!」
妖精の勇者は歓喜の声を上げた。
「…うまく、いったね」
未だ残る全身の痺れを気にせず、そう、笑顔でかえした。
こうして魔王は撃ち倒された。
魔王の霧がはれ、鎧の勇者は意識を取り戻す。
その様子に僧侶は歓喜したが、魔法使いの行方はわからないままだった。
魔王を討ち倒したものたちとして、国の王から歓待を受けることになった。
傾国の魔術師の脅威は去り、魔王の脅威も去った。
世界は平和になったのだった。
後世に残された伝記において、
鎧の勇者と、妖精の勇者と、勇者の剣によって魔王に止めを刺した一人の戦士。
その三人が勇者として記されていた。
…ただ、三人目の勇者とされたその戦士をその後、見たものは誰もいない…




