覚醒
暗闇の洞窟
「…この先にあの魔術師がいるのよね」
「…ああ。今度こそ、けりをつける」
鎧の勇者と魔法使いは洞窟を奥深くまで進んでいく。
道中の魔物を蹴散らしながら、さらに奥へと進んでいった。
闇の霧は濃くなっていく。
古く寂れた大きな扉が見えた。
扉の隙間からは闇の霧が漏れ出していた。
「…まだ姿が見えないけど…この先かしら?」
「…」
鎧の勇者が扉に近づくと、剣が反応した。
「…この剣が鍵になっていたのか」
剣をかざすと、扉の封印が解けていく。
「…ご苦労様」
背後から、あの時の踊り子、の姿ではない、傾国の魔術師が現れた。
物陰にずっと潜んでいたようだ。
「…貴様」
「もう気づいているでしょう? その剣がその扉の鍵、なのよね。勇者でなければ開けられない、なんて。うまく考えたものよ。人間って、そういう、ずる賢いところがあるわよね? それとも、考えたのは別の存在なのかしら?」
魔術師は薄く笑いながら言っている。
「…どの道貴様はここで終わりだ。この封印も、再び閉じれば何の意味もない」
「そういうわけにはいかないのよ」
魔術師はそう言って杖を掲げる。
眩しい光が当たりを包んだ。
「…ただの目眩しか」
魔術師の姿はない。
開いた扉の奥へ向かったのだろう。
「…この先、魔王が封印されているの?」
「…行くぞ」
鎧の勇者と魔法使いは扉の奥へと進んでいく。
道の先には、すでに開け放たれた古く錆びた扉と、そのさきに小さな部屋があった。
その中に、壺を手にした魔術師が立っていた。
「…ふふふ」
壺を愛おしそうに撫でる魔術師。
「…その中に魔王がいるのか」
「ええ、ええそう。私の、私たちの魔王様…全ての始まり…ああ、ようやく…ようやくです…」
恍惚とした表情をしていた。
「…」
剣を構える勇者。
魔法使いも戦闘の準備をする。
「さあ、来なさい勇者。その積年の恨みを、ふふふ、今、ここで果たしたいのでしょう?」
魔術師は手を広げ、余裕の様相を見せていた。
支援を受けた鎧の勇者の剣は魔術師の胸元へと深く突き刺さる。
あっさりと、それは拍子抜けするほどあっさりと…決着の幕が閉じた。
「…ふふ、ふふふ」
剣を胸に刺したまま、後方へと下がる魔術師。
口の端からは血が流れていた。
そして力なく首を垂れる。
「…」
「…やったの…かしら?」
魔法使いは勇者に尋ねる。
勇者もまたこのあまりにあっけない結末に戸惑っていた。
「ええ、そう。 …私はこれで…でも、本当の始まりは、これから」
魔術師が手にした壺を割る。
割れた壺からは爆発するほどの闇の霧が溢れてくる。
「…魔王様…準備は整いました…ええ…どうぞ…どうぞお使いください」
闇の霧は鎧の勇者を包んでいった。
「ッ!!」
「何なの! この霧! 魔法でもかき消せない!」
振り払おうと魔法を放とうとそれはまとわりついて離れることはない。
勇者の手には剣が無かった。
闇の霧…魔王の霧は鎧の勇者を包んでいった。
その身を全て、そしてそれは鼻から、口からその内部へと…容赦無く入り込んでいった。
「…ああ”ああ”あ”あ”あああ”あ”あ”あ”あ”…」
「そんな…だめっ!!」
魔法使いは何もできない。
闇の霧に包まれていく勇者をすぐ隣で見ていることしかできなかった。
そして…
「…ああ、心地いい。 …これが、勇者の…この体…ああ…私の体として、申し分ない…」
魔王は魔法使いを見る。
「…あぁ…そんな…」
見た目はそのままに、禍々しい表情へと変わった勇者を見る。
魔王の放つ闇の波動が魔法使いを包んだ。
魔法使いは宝石の塊に変えられ、それを魔王は口にする。
「…悪くない」
魔王は飲み込むと、魔術師の亡骸に気づいた。
「……褒美をやらねばな」
魔王は魔術師の亡骸に闇をおろした。
「…ん…ま、魔王様」
「貴様なのだろう? 私をこの身に蘇らせたのは」
「はい、私の悲願…魔王様の復活…は…」
「それで、今、この地は?」
「はい、私が今のこの…世界の全てを…ご説明いたします」
「ああ。 …それもすぐに私の世界となる…」
僧侶たちが洞窟の奥にたどり着いた時は、もう誰の姿もそこにはなかった。
「…誰もいない…勇者たちは、どこ?」
「…魔術師の気配もない。ここで戦闘があったのは間違いないだろうけど…」
大きな血痕もある…一体誰のものだろうか…
「誰もいないね…あ、見て、あそこ」
妖精の勇者は打ち捨てられた勇者の剣を見つけた。
「これ…あの勇者の持っていた剣だよね…」
剣を手に取ると、その剣はもう一人の勇者を受け入れた。
「うん。私も使える」
軽く素振りをしてみる。
「…う〜ん、でも、馴染んだ剣の方がいいかも」
妖精の勇者はとりあえず両方を持つことにした。
「…鎧の勇者も、魔法使いも、どこにもいない。それに、魔術師も…。前に来た時にはあった闇の霧も全くない。ひとまず、一度戻ろう」
魔王と魔術師は城へ戻っていた。
国の王は傀儡だったが、それでも魔術師が連れてきた見慣れない存在の力に恐怖していた。
「ひとまずはここが私の城か…」
「はい。他にも数多くの城が。すでに魔王様のものです」
「そうか…それにしても、多いな。人間たちが…必要ない」
魔王は怯える王に変わり玉座につくと、すぐさま闇を降ろした。
その闇は城を、そして城下町を覆っていった。
力無きものは全て、その闇に飲み込まれていった。
「…これぐらいでは、全く足りないな…まだあの魔法使い一人の方がマシだった…」
魔王は不満げにそう言った。
「…それで、これからいかがいたしましょうか? 全ては魔王様の思うがままに」
「…話によると、抵抗する国は残りわずか…それも、先ほどの地にあった国か」
「はい。あの国、あの地はかつての勇者とも縁深い地です。国の王自身もまた、それなりの手練でもあります」
「…決まりだな」
魔王は不敵に笑っていた。
魔術師は魔王の命を受け、再び侵攻を開始する。
魔物たちを引き連れて。
…最後の国を落とすために。
国の王はいち早く魔物と魔術師侵攻の情報を得る。
城の守りを固め、また、侵攻する魔物たち、および傾国の魔術師を迎え撃つべく、部隊を配備していた。
「…魔術師…あの、踊り子だよね」
占い師は身構えていた。
「…気になる?」
「うん…多分、私の探していたお姉ちゃんだから…」
「それなら…行こう。僕も一緒に行く」
「…いいの?」
「ここは妖精の勇者たちに任せよう。僕たちは魔術師を迎え撃つ部隊と一緒に」
「うん。ありがとう」
「はい。それなら私はここにいます。 …この国が最後の砦…絶対に守り抜いて見せますから!」
妖精の勇者、女兵士、ワーウルフ、僧侶は城に残り、守りを固めることにした。
魔物の軍勢と国の兵たちの戦が始まった。
魔物の軍勢は城の東西南北から攻め込んできた、
守りが手薄になった場所から、ついには一つの部隊が城下町まで迫ってきていた。
城にいた妖精の勇者と僧侶、ワーウルフは兵と共に迎撃へと向かった。
魔術師の位置を探りつつ、魔物たちと戦いながら向かっていた戦士と占い師は、
「…場所は分かりそう?」
「うん…多分…大丈夫だと思う。 でも…もっと近づいたほうが…」
途中までは城の兵たちと行動を共にしていたが、ある程度自由になった二人は部隊から少し離れていた。
数は減ってきたと言っても、まだまだ魔物の数は多い、
二人でうまく薄くなったところを突破しながら魔術師本人を目指していた。
城の前に、立つ人物がいた。
「何者だ!」
門番たちはその怪しい人物を警戒して槍を向ける。
「…この国の王はここにいるか? …それとも、戦に出向いているか?」
「怪しい奴め! その顔を見せ…」
門番はその言葉を最後に闇に消えた。
「いようがいまいが…どの道この城で最後か」
魔王は難なく城へと侵入する。
「止まれ!」
女兵士は剣を向けて立っていた。
「…なかなかの強者だな」
魔王は虚空から剣を掴むと、女兵士へと向ける。
「…少しは楽しめそうだ」
女兵士の剣と魔王の剣が交差する。
「…良い腕だ。 …迷うな…」
「何だと?」
女兵士は斬り合いながらそう疑問を口にする。
「喰らうか…首を刎ねるか…」
魔王は冷たい微笑を湛えていた。
傾国の魔術師は近づく気配に気づいていた。
…狙いは自分自身であることにも気づいていた。
「…やっぱりどこにも逃げなかったのね」
あえて魔物たちから離れ、自らも一人となって迎えた。
「見つけた! 魔術師は一人…魔物はいない。罠、かな? …それでも」
「うん、行こう」
「こんにちは。いい夜ね。二人は、デートかしら?」
「…あなたに、会いにきた。だって、あなたは、私の」
占い師の言葉を遮るように魔術師は言う。
「たとえ誰であろうと、私にとってはもう何も関係のないこと。あなたにとっても。私は私。あなたはあなた。もうそれ以上でも以下でもない。そして今は敵同士。そうでしょう? ましてや私は今はもう魔王様のその偉大な魔力の影」
魔術師はそう言って杖を構えた。
「…うん。そう、だね」
占い師は力無く言う。
「君はこの子のお姉さんなんだろ? 妹が会いにきたんだ、それを」
「…それが一体何なのかしら? …私にとって。ええ、確かにそうでしょう。私はその子の姉で、悪魔。そしてその子も悪魔。 …なら、私の元へ来る? それなら私は受け入れるわよ? 妹として、悪魔としても。魔王様に忠誠を誓いなさい。それでどう?」
「…私は、魔王の元へは…行かない」
「…でしょうね。まあ、わかっていたことだけれど。あなたはもう、自分が仕えたい存在に出会ったのでしょう? …魔王様以上に仕えたい存在を、自ら選んだの。 …だったら、それでいい。だって、悪魔なんだもの。 …自由でいいの」
「…うん」
「でも、だから私だって魔王様のために…この身、全てをかけるのよ。ええ、私の…全てをね!」
魔術師から闇の霧が放たれる。
それは今までと比べ物にならないほどの力を持っていた。
「だから私も、手加減はしない。共々に、闇に飲まれてしまいなさい!!」
より強く、巨大になった闇が二人を覆っていった。
「…何なの?!」
しかし逆に闇が飲み込まれていった。
「…何が起きたの? どうして私の…魔王様の闇の力が逆に…」
闇は戦士の胸へと吸い込まれていった。
「…これは」
自分もまたこの状況に戸惑っていた。
闇の霧が、以前より強大だとも思われるその力が自分の胸の中へと入っていくことに。
それを見た占い師は囁く。
「…本当にそれで?」
「うん、きっと」
「…わかった、それなら、試してみるよ」
未だ戸惑いを隠せない魔術師へ向かい、
その体を羽交締めをする形で動きを封じた。
「ぐっ…何を?!」
魔術師の力が霧散していく。
闇の力で蘇った魔術師そのものと共に…
「…これは…吸収されて…る? そんな…一体…なに…が…」
魔術師の力全てが吸収されて消えていった。
「…消えた。魔術師も…」
「うん。たぶん全部、あなたの中に吸収されたんだと思う」
「僕の中に…」
胸に手を当てる。
「…きっと、あなたの中にいる何かが…そうしているんじゃないかな」
「僕の中に? …一体なんだろう…」
「…多分」
悪魔、だと思う。
占い師はそう思っていた。
「よく戦った」
魔王の剣が女兵士の肩深くに突き刺さっていた。
「…ぐ」
「これでは動けまい?」
剣は女兵士を貫き、その後ろの壁まで届いていた。
「…まだ」
宙ぶらりんになりながらもその目の炎は消えていない。
「…では、その首を」
「させませんよ!!」
「!!」
妖精の勇者の剣を捌く。
「…大丈夫ですか? もうすぐ、みんな来ますから」
「…ん、すまない…」
女兵士を気遣いながらも、魔王に向き直る。
「…ああ、お前も…勇者か」
「妖精の国出身の勇者です! …魔王、あなたをここで倒します」
手に妖精の剣を構える。
「…やってみるがいい」
魔王もまた剣を構える。
妖精の勇者と魔王の戦いが始まった。
「…その剣でいいのか?」
「馴染んでますから!!」
「…軽いな」
魔王の剣戟は容赦無く勇者を襲う。
「!!」
重く、そして早い。
少しずつ、その剣の重みと速さに勇者の剣は押されていった。
「ぐ!」
パキンッ、と、乾いた音が響く。
「…」
勇者の持つ妖精の剣はついに耐えきれずに折れた。
「…脆いな」
「うっ!」
その勢いのまま勇者は吹き飛ばされた。
手に持った折れた剣から微かな光が溢れた。
「…うぅ…」
(…勇者。ああ、どうやらまだ、この声は届くようですね)
勇者の耳に、妖精の国で聞き馴染んだ懐かしい声が聞こえた。
(私たち妖精が、剣に最後の加護を与えましょう…私たち…妖精の加護を…)
背に持ったもう一つの剣は俄かに光り始める。
かつての勇者の剣が完全に覚醒する。
「これが…この剣の、本来の力みたい。すごく、光の魔力を感じる…妖精の加護が必要だったんだ…」
勇者は背から剣をとって構える。
「…この剣なら…きっと」
妖精の勇者は剣を振るう。
剣線の軌跡が光をともなって輝いていた。
「…。 その力…」
魔王の表情からそれまでの余裕が消えた。
「行きます!!」
勇者は光る剣を手に魔王へと向かう。




