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闇の霧

対峙する鎧の勇者と謎の踊り子。

試合開始の合図がなっても両者に動く気配はない。


「…用心深いのね? それとも臆病なだけかしら?」

「悪魔がほざくな」

「…へぇ、私が悪魔だって…わかるのね?」

「その気配、今まであった魔族とは違う。だとしたら悪魔だろう」

「…ふふ、なんだ。随分と安易なのね」

拍子抜けをしたように、肩をすくめる踊り子。

「…貴様…例の魔術師か?」

鎧の勇者は確信をつくも、

「ふふふ。さぁ? でも、もし、そうだとしたら…何かしら?」

踊り子はとぼけていた。

「…そうか。やはり貴様が…。そうか、貴様のせいで…俺の村が…」

「ああ…私のあの不確かな予言のせいで逃した一人だったのかしらね?」

「…貴様」

「良い目。ゾクゾクするわね。 ん〜? でも、その瞳…ああ! 思い出したわぁ。 …ねぇ、あなた、もしかして…弟がいたりする?」

「…どうして貴様がそれを知っている」

「ああ、やっぱりぃ〜。ふふ、うんうん。確かに、目力はともかく、その目。似ているわぁ〜。 …決して諦めようとしなかった、あの幼い男の子の目にね。 …ふふふ、とっても良く、似ているわねぇ」

踊り子は嗤った。

「!! 貴様が! 貴様が私の、俺の弟を!!」

「あ〜っはっはっは。その顔、その力、それそれ! それよね!!」

復讐、怒り、悲しみ、憎悪。嫌悪。狂おしいほどの感情。

その力。それは荒々しい剥き出しの感情が為す力。純粋な力。

勇者と言っても、その力には飲まれかねない。それだけの強大な力。

「…貴様はここで…俺がッ!!」

絶対に、消し去ってやる。

「え〜、大会は〜?」

呑気に挑発する踊り子の姿に、さらに怒りが跳ね上がる。

「失格など構うものか!!」

怒りと共に鎧の勇者の纏う魔力が跳ね上がった。

「あ〜っはっはっはっは!!」

謎の踊り子は勇者のその様子を見て、それでも嗤っていた。



その気配に、もう一方の試合の動きが止まる。

「…あっちが気になる?」

妖精の勇者も剣を下ろす。

「…あれは…どう見ても本気だよ。 …試合じゃなくなる。きっと殺し合いになる」

少し離れた舞台に立っている、鎧の勇者の姿を見る。

そのただならぬ魔力。そしてその殺気…あの時を遥かに凌いでいた。

「あれって、完全に殺る気、だよね?」

「そう見えるね。 …何があったのかな…僕たちも戦っている場合じゃないかも」

「…私の勝ちで良い?」

「いや、良くはないけど」

「ちぇ〜」



鎧の勇者の放つ稲妻が舞台に落ちる。

「ふふふ、素晴らしい力ね。でも、当たらなければ何も怖くないわ。もっとちゃんと、狙わないとね」

惑わしの踊りを舞い、踊り子は複数に分身している。

「なら全て消す」

一際巨大な稲妻が舞台そのものを破壊する。

「…あ〜あ、武闘大会が台無しね。まあ、もう構わないけど」

舞う土煙の中からくすくすと笑い声が聞こえてくる。

「そんなものはもうとっくに関係ない」

「ふふふ、そうよね」

「貴様によって殺された者たちの無念を…その身で償え!」

「…あなただって、各地で魔物たちを殺して回っていたでしょう? 同じ事よね?」

「ほざくな!!」

勇者の攻撃をかわしながらもその顔にはまだ余裕があった。

「…バカな人間たち。誘われたとも知らずにのこのこと、この地へ訪れたのだから」

「なんだと?」

「それじゃあ、始めましょうか…新たな舞台の幕を、私の舞と共に」

そう言って踊り子は舞った。

その体から闇の魔力が溢れた。

「…この力…闇の霧…」

鎧の勇者は闇の霧を剣で振り払うも、それはみるみる間に舞台外へと広がっていった。


観客席から悲鳴が上がる。

観客たちに紛れて潜んでいた魔物たちが姿を現していた。


「それで、あなたはどうするの? このまま私と戦うの? それとも、善良な観客を守りに行くのかしら?」

踊り子は舞ながら勇者へ問う。

「俺は…」

「…ああ、あなたは守れなかったんだものね? もう守りたいものは何もないのかしらね? ふふふ」

踊り子はさらに挑発を重ねる。

「貴様ぁ!」

「落ち着いて、あの女の言っていたことが本当のこととは限らないわよ」

魔法使いは勇者に言う。

「そうね、それにあの女は悪魔。何を言われても、信じない方がいい」

僧侶は注意深く周囲に目を配りながら言う。

「ふふふ、そうね? でも、どうかしら? 最後まで抵抗したあの時の魔法使いは、魔力が尽きる前に、その背を貫かれて事切れた、あの時の神官は懸命に怪我人の治療に勤しんでいたけれど、誰一人救うこともなく、自らもまたその首を切られて息たえていたわね。 これだけ教えても…それでも信じられないのなら、悲しいわね。せっかくあなたたちの知らない最後を教えてあげたのにね?」

悪魔はそう囁いた。

その声は決して大きくはないと言うのに、それぞれの耳と心にハッキリと届いていた。

その言葉に、魔法使いと僧侶も顔色を変えた。

「…今ここで、この悪魔を討つぞ」

「ええ」

「異論はないわ」

「うふふふふ…楽しいわぁ…」

三人は怒りに震え、悪魔は一人、嗤っていた。



「数が多すぎるよ!」

「他の仲間と急いで合流しよう」

現れた魔物を倒しながら観衆たちを安全な場所へ避難させる。

「私も手をかそう」

「これだけの数が紛れ込んでいたの? …それじゃあこの大会は」

女兵士と武闘家も合流する。

「初めから胡散臭い大会だった。罠だったのだろう。強者を葬るためか、勇者の末裔を葬るためだったのか、あるいはその両方だろうな」

「良かった、みんな無事? 私たちも一緒に」

「…すごい数の魔物だよ」

占い師とワーウルフも合流した。

「体は? もう平気?」

占い師に声をかける。

「うん、あなたに手当を受けてから、体の調子はもう平気になったみたい」

踊り子との戦闘の後、治療部屋でなかなか目を覚まさなかった占い師だったが、

「あの時、あなたが私に触れてくれたことに、関係あるのかな?」

「回復魔法ができるわけじゃないんだけどね」

目を覚ますか心配で手を握っただけだった。

「でも…やっぱりあなたのおかげだと思う。私を包んでいた、暗い闇が、消えていったような気がしたし…」

「へぇ、もしかしてそれって勇者の力? 闇を祓う力とか? 私にもあるのかな?」

「…どうだろうね」

自分の手のひらを見ても、その答えは出なかった。



「…」

踊り子は勇者たちを相手にしながら、冷静に戦況を把握する。

…おされはじめている。

魔物の数はかなり用意したはずだったが…

なるほど、それだけ人間たちの中にもまだ強者がいると言うことか。

確かに、目の前の勇者を名乗る女もまた、その力だけを見れば目を見張るものがあった。

その仲間である魔法使いや僧侶も同じく。

…だからこそ、喜ばしい。

鎧の勇者の持つ剣を見る。

…ああ、ようやくだ…ようやく、その時が訪れるのだ。

「何なのかしら、笑っているわね」

「私たちを相手に、随分と余裕…ますます気に入らない」

「…援護しろ、次で決める」

魔法使いと僧侶は勇者の援護に回る。

勇者はトドメの一撃を狙いすますために精神を研ぎ澄まし、力を貯める。


「…怒り、憎しみ。そんな力で私を倒せると思うの?」

「力そのものには関係ない事だろう。貴様の首を刎ねるか、その胸を貫く。 …それでいい」

「…ふふ、何も、何もわかっていないのね」

こちらとしては、好都合だけれども。

「…」

鎧の勇者は踊り子に迫る。

「…それなら、教えてあげる…」

踊り子はさらに勇者に何やら囁くと…


その場から忽然と姿を消した。


踊り子が姿を消したことで、次第に闇の霧は晴れていった。

そしてあれだけいた魔物たちの姿も消えていった…

「…」

鎧の勇者は踊り子の言葉を思い出す。

(…暗闇の洞窟で待っているわ)


「…僧侶は、残って怪我人たちの治療を優先しろ」

「…ええ、わかったわ。私も、すぐに追いつくから」

「それまでには全て終わっている。 …終わらせてやる」

「…ええ、そうね。私たちで…全部…」

鎧の勇者と魔法使いはその場を後にした。

僧侶は残って怪我人たちの治療を始めた。

魔物たちはもうこの場からいなくなったが、観衆たちの中でも、特に闇の霧に強く触れてしまった人たちが苦しんでいた。

「うう…苦しい…」

「…ああ…どうして…」

「…いやだ…行かないで…」

まるで悪夢にうなされているかのような症状と、それぞれがそれぞれに異なった苦しみ方をしていた。

僧侶の他にも、占い師や回復の心得のある者たちの治療でも、その悪夢にはあまり効果がなかった。

ただ、

「…これでいいのかな」

占い師に言われるがままに苦しむ人の手を握る。

「…うぅ…ん? あれ…私は一体…」

悪夢に苛まれていた人が目を覚ました。

「…やっぱり、あなたが触れると、楽になるみたい」

それを見た占い師はそう確信した。

「…どういう理屈だろう? むむ、勇者の私でもできないなんて…」

妖精の勇者も同じようにしてみたが、全く効果はない。

僧侶もまた、それを不思議に思っていた。

「回復? …とは違うわね。少しいいかしら? 手を」

「構わないよ」

僧侶はその手を取る。 …やはり特に魔力は感じない。

しばらく握り続けてみたものの…そこには普通の人間の手の温もりがあるだけだった。

「…」

「…長くないです?」

それを見ていた妖精の勇者は思わずそういった。

「ああ、ごめんなさい。特に、何もないようだけれど。不思議ね。回復魔法とは異なった何かなのかしら? あなたの、特殊な能力?」

「いや、僕自身も、何も知らないよ」

「闇の力の流れが、あなた自身に入っているようにも見えるのだけど…あなたは平気なの?」

僧侶がそう言ったのは、舞台を覆っていたはずの闇の霧、薄くなったとはいえ残っていたそれも、気づけばこの戦士を中心に消え去っていたことに気づいたからだった。

「…僕の体はなんともないけど…」

「…そう。 …ますます不思議ね」

苦しんでいた人たちを触れて回ることで、それぞれ快方にむかっていった。

「…回復している、と言う感じではないのよね」

それを間近で見る僧侶は言う。

手を触れる、何もそれは手だけではないようでもあった。

要はこの戦士の体に触れると…闇の力が消えていっているように思える。

「…どちらかというと、あなたがその闇の力を吸収しているみたい?」

「…うん、確かにそうかもしれない」

先ほどまで触れていた自分の手のひらを見る。

「でも、そうなるとあなたのその体の、どこに吸収しているのかしらね?」

「…どこかな」

自然とその手は胸に当てられていた。

その様を見て占い師は、彼に微かに感じた悪魔の気配を、再び思い出していた。

僧侶もまた人間の気配とは異なった何かを感じていたのかもしれない。


観衆たちの治療を終える。

大会は中途半端な形で終わりを告げることになった。

「…やはり全てはあの魔術師、傾国の魔術師の仕業だったか」

女兵士は調べを終える。

勇者縁の品などどこにもなく、賞金すら価値の無い模造品であった。

「王に知らせねば。 …あの魔術師はどこかに消えたようだが…」

「暗闇の洞窟へ向かったと思うわ」

「…暗闇の洞窟だと?」

「ええ、去り際にそう囁いていたのよ。私の勇者と、魔法使いもその後を追って向かったわ。私もこれから向かうのだけどね」

「…あの勇者は、確か勇者ゆかりの剣を持っていたな?」

「ええ、そうだけど」

「…狙いはあの封印された扉の奥か。私も兵に知らせを出し、すぐに向かう」

「どう言うことかしら?」

「あの扉の奥には魔王を封じた壺がある。そして扉の封印の鍵は勇者の持つ剣だ。魔術師は魔王の復活を企んでいる。 …その壺を破壊したからと言って簡単に魔王が復活するわけではないが…それでも、何が起きるかはわからない」

「…それなら、私も急いで向かわないと」

「僕たちも行こう」

「そうだね。何か、嫌な予感がするし」

妖精の勇者はそう呟いた。

四人と僧侶は急いで暗闇の洞窟へと向かった。

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