鎧の勇者
「グギギ、まさかこのオレサマが、人間ごときに…」
「…黙れ!」
トドメの一撃を与える。
魔物たちは跡形もなく消え去った。
「この辺りの魔物も一掃できたみたいね」
「…ああ」
「相変わらず魔物たちはどこにでもいるのね、本当に、嫌になるわ」
「…どこだろうと…全て倒せばいい。魔物なんて、絶滅してしまえばいい」
魔物に突き刺した剣を再び手に取る。
「…そういえば、今頃あの子たちはどうしてるかしらね? その剣、もしかしたらあの神殿に取りに来てたかもね」
「…」
「…そういえば、あの時、わざと負けたの?」
「…何の話だ?」
「あなたが遅れを取るとは思えないんだけど。それだけあの子が強かったの? …だとしたら、見た目によらないのね。穏やかで大人しそうな子に見えたけど、そんな見た目であなたに勝つなんてね」
「強さに見た目は関係ない。 それに…次は負けない。 …この剣も手にしたことだ。 今度は負けない」
魔法使いと僧侶は当時を思い出していた。
鎧の勇者と、あの戦士が剣を交えた時、
その後のわずかな時間、二人はその戦士と接触していた。
「「こんにちは」」
「君は…勇者の仲間の」
「私は魔法使い、こっちは僧侶。あなたは…戦士なんでしょ?」
「今はそうだね」
「今は? ふぅん、勇者になりたいの? 変わってるね」
「君、強いね。私たちの勇者とあそこまで戦える人なんて、初めて見たよ」
「それとごめんね。結構キツく当たってるでしょ?」
「いや、そんなことはないよ」
「そう? 優しいね。やっぱり私たちと一緒に来ない? そう誘われたでしょ?」
「誘われたけど、断ったよ」
「何で? …やっぱり他の仲間が気になる?」
「悪魔と、魔物だよね? …一緒にいて、君のためになるとは思えないんだけど」
「…為になるとかならないとか、そういうことじゃないと思う。それに、もう仲間だから、二人を悪く言われるのは嫌だ」
「…ふぅん。私たちの方が、強いよ? 冒険するなら強い人たちと一緒の方が捗ると思うけどね。それでも?」
「それでも、僕は二人と旅をするよ。 …それに、これから成長していけばいいんだから」
「…悠長だね。 …そんなに時間に余裕はないかもしれないよ? これから先」
「魔術師だって待っていない、この国にも、きっとくる」
「…」
「まあ、いつでも私たちのパーティに入りなよ? 君がその気になったら。私たちも歓迎するからさ」
「そうそう、見たとこ君の力は十分だしね。あんまり遅くなると怒られちゃうから、それじゃあね」
「バイバ〜イ」
魔法使いと僧侶はそう言うと去っていった。
現在、少し離れて歩きながら魔法使いと僧侶は話し込んでいた。
「ねえ、さっきの話、どう思う?」
「わざと負けたのかって話? …さあね。本人がわざと負けたんじゃ無いって言っているんだから、まあ、そうなんじゃない?」
「あの子、そんなに強そうに見えた? 確かに決して弱くはないだろうけど…でも、私たちの勇者、彼女と比べるとさ」
「私たちは遠くからしか見てないけど、あの動きは本物でしょ。最後の動きとか、よくわかんない動きしてたし」
「…まあね、動き自体は確かに戦士としても上位だろうけど。 …でも、それでも私には彼女が負けるとは思えないんだけどなぁ…やっぱり重なって見えたのかな?」
「…どうかな。でも、確かに生きていたら、あのくらいの年頃だっただろうしね…」
「…そうだよね。やっぱり。少し雰囲気が似ているなって思った…穏やかなところとか、優しそうなところとか?」
「そうは言っても、ほんの少し話しただけじゃない」
「だから、雰囲気ね。気配とか?」
「適当ね…でも、そうかもね。私だって、誘ったのも本気だったしさ。 …断られたけど」
「こぉんな美女三人の誘いを断るとか、生意気な子だよね〜」
「ふふふ、確かにね」
「…無駄話はいい。もうすぐ着くぞ」
自分に打ち勝った戦士の男を思い出す。
撃ち合ってわかった。
見た目、その細腕からは想像できないほどの、信じられない力強さを感じた。
諦めない強い意志をその視線から垣間見た。
…きっともっと強くなることだろう。
今以上に、ずっと。
十年以上前の、自分たちが住んでいた村についた。
「…」
今は何もない。
墓標が立っているだけだった。
「ここは変わらないね。あの頃と」
「うん…何もなくなったままだね。私たちが立てたお墓だけ…前に来た時よりも、周りの花が少し増えたかな」
墓標に静かに花を添えていく。
「…」
鎧の勇者は一つの墓の前に立った。
「…」
手にした花を添える。
「…あれからもう…十年か。過ぎてみれば、あっという間だったね」
「ほとんど修行してたもんね。私は僧侶、あなたは魔法使い…それぞれの先生の元で」
「…」
「今の力があったら、あの時、みんなのことも守れたのかな」
「…追い返すことはできたかもしれないね。村の人たちが全員犠牲になることも…きっとなかった」
「…」
鎧の勇者は幼い少年の笑顔を思い出していた。
「お姉ちゃん。頑張ってね。次の年は、僕も頑張るから!」
「うん、任せて。試練なんて、私たちでささ〜っと終わらせて帰ってくるから」
幼子の頭を愛おしそうに撫でる少女の姿。
「ちょっとちょっと、そんな簡単な試練じゃ無いでしょ?」
「そうだよ。洞窟に入ってもそれからお祈りがあるんだから」
「…簡単だよ。だって山を登って頂上の洞窟に入ってお祈りをするだけだし。お祈りだって、ささっとすぐに終わらせてくるから」
「お祈りってそう言うものじゃないでしょ」
「そうそう、しっかりお祈りしないと、届かないんだから」
「はいはい、うるさい二人でごめんね? じゃあ、行ってくるから、いい子で待っててね」
「うん。みんな頑張ってね」
小さく手を振る幼子と、手を振りかえす三人の少女の姿。
村のしきたりである試練。
勇者はある年齢になると付人を連れて試練を行うというものだ。
それは一人でも構わないが、せっかくなので同い年の、親しい友人を二人、連れていくことにした。
どちらも魔法使い、僧侶の素養があるらしく、
この洗礼を受ければきっと幸先の良い加護を得られることだろうから。
試練の日。
難なく山の頂上に辿り着き、そこで待っている守り人たちが洞窟の封印を解いてくれる。
扉の封印は解かれ、三人は中に入った。
それから間も無く、一人の守り人が村の異変に気づく。
「村から煙が…! あれは…魔物たちだ。魔物たちの集団だ!!」
三人は中に入ってからその異変を知る。
「出して! 村に戻らないと!!」
「ダメだ!! 試練を。魔物たちの狙いは…」
勇者。この子のことを勘づかれてはならない。
「弟がまだ村に! 早く開けて!!」
「…封印をする。 …しばらくは解けないだろう」
「そんな! どうして!!」
「あの子のことは俺たちに任せるんだ。俺たちもすぐに村へ戻る。お前たちは…試練を済ませなさい」
「今そんな場合じゃない!! 早く出して!!」
「…すまない。 …勇者を、失うわけにはいかないんだ。未来の勇者を」
「…!!」
ただ、時が経った。
「…開かない。ダメだ…やっぱり外からの封印が施されているみたい…」
「何で!! どうして!!」
固く閉ざされた扉を叩く手に血が滲んでいく。
扉は開かないまま、時だけが過ぎていった。
ただ、みんなの無事を。 …弟の無事を。
ただ、それだけを願い、祈った。
三人はその場で祈り続けた。
少女たちの願いは届かなかった。
全てが終わった後に、少女たちは村に戻れた。
両親を探した、家族を探した。
親しかった人たちは皆、屍となっていた。
「嘘だ! こんなの!! こんなこと!!」
動かぬ骸を抱いて慟哭する少女たちは、
自らの手で全員の墓を作った。
…誰しもその目には悲しみと、怒りと、復讐の炎が宿っていた。
後に、それぞれが名のある剣士、魔法使い、僧侶の元へ修行へ出た。
それぞれの再会を約束して。
修行を終え、三人が再び会った時に、
もっとも変わっていたのは勇者だった。
その姿は硬い鎧に覆われ、その口調も変わっていた。
魔法使いと僧侶も当然ながら魔物たちへ復讐に燃えてはいたが、
勇者のそれは誰よりも深く、激しいものとなっていた。
全ての墓に花を添える。
「…準備ができたら、次に行くぞ」
「ええ、そうね」
「次は…」
鎧の勇者たちは魔物たちを狩に次の地へ向かった。




