末裔たち
城の鐘が聞こえた。
再びその場を訪れると、先ほどきた時よりも更に人数が増えていた。
戦士、僧侶、魔法使い、その中には人間ではない姿も見えた…見た目は二足歩行の狼…魔物だろうか。
「よく集まってくれた。それで今回集まってもらった者たちへの試練だが、まず初めに、東の洞窟にいる大蛇の鱗をとってきてもらいたい。そしてその大蛇の討伐を…それをもって第一の試練は合格とする。その大蛇は毒を持っている、くれぐれも準備を怠らないようにな。それでは、解散」
「大蛇か…初めての大型の魔物だね」
「私も…魔物との戦闘はできる限り避けていたし…でも、今回は討伐もしないといけないんだもんね。できるかなぁ…」
「それと、毒にも気をつけないとね」
「軽度の毒だったら、私、治療できるよ」
「それでも念の為、毒消しの薬も買ってから行こう」
「うん、そうだね。何があるかわからないもんね」
松明などの準備も整え、東の洞窟へと向かう。
洞窟はジメジメとしてカビ臭かった。
そして進むにつれて暗くなっていく。
先行した組の足跡だろうか、ぬかるんだ地に転々と、まだ確認することができた。
…戻ってこないところをみると、結構広いのかも知れない。
「…今のところは小型の魔物しかいない。 …もっと奥かな」
「うぅ、カビ臭いね…それに、変な匂い…」
「何かが腐ったような匂いもするね。大蛇に襲われた小型の魔物が動けなくなって腐っているのかも知れない、薄暗くてよく見えないけど」
「見えなくてよかったかも…」
まだ慣れない道を歩き進めていく。
「そう言えば、さっき集まってた人たちの中に…魔物がいたよね?」
「あ、うん。私も気づいてた」
「種族問わずだから、確かに魔物でもいいってことだし、でも珍しいよね」
「うん。どうして申し込んだんだろう…私みたいに、少しでも身の安全を確保したかったのかな…」
「話しかけてみればよかったな…まあ、また機会があるかもしれないし、その時にでも」
さらに奥深くへと進む。
少し先から話し声が聞こえてきた。
先行した組の誰かだろうか。
「お前みたいな魔物が…国の兵になる気なのか?」
「…悪い?」
「…人間のためにその身を犠牲になんてできないだろ? 魔物に、その気概があるとはとても思えない」
「…」
「それとも、何か別の狙いでもあるのか? …まさか人間を騙そうってんじゃないだろうな?」
「…そんなつもりはない。 …ただ、人間になりたいから、その方法を探したい」
「魔物が人間にだと? なれるわけないだろう! せいぜい、人間のふりをして騙すことぐらいだ。魔物が人間になんてなれるわけない!」
「…騙す気なんて、ない」
「…ふん、魔物の言うことなんて、信じられるか」
立ち止まっていたのはやはり先行した人たちだった。
顔全体を覆う深い兜に、鎧を着込んだ若い戦士と、魔法使い、僧侶だろうか。
それからあの時の狼の魔物。人間の言葉は達者ではないようだが、意思疎通は問題なくできるようだった。
「…無駄話をしていたら後ろの奴らに追いつかれたな…お前たち、ん? そっちのフードのやつも…人間じゃないな?」
戦士は占い師を見て言う。兜の中からその鋭い視線が突き刺さる。
「…悪魔か? 魔物に悪魔に、嫌になる」
「この試練に種族は関係ないよ。そう言っていた」
「お前は…人間か? 何だか妙な匂いがするな…お前も、普通の人間じゃないな?」
「そう言う君は?」
「俺は勇者の末裔だ」
全身鎧の戦士はそう言った。
「勇者の末裔…君が?」
「ああ、そうだ。 …お前も話を聞いたことぐらいはあるだろ? 魔術師の予言によって、勇者になりかねない子供を各地で殺してまわった凄惨な件。 …俺のいた村も魔物たちによって滅ぼされた。 …村の人たちのおかげで、なんとか生き延びられたんだ。 だから、俺は魔物らが許せないし、許す気もない。 魔物もその類の奴らも、全部根絶やしにしてやる。 …さっさとこの国の支援を受けて次へ行く。 …魔術師も始末してやる」
勇者の末裔を名乗る戦士はそう言うと魔法使いと僧侶を連れて奥へ進んで行った。
「…勇者なんだ。あの人…本当かなぁ? すごい怖そうな人だったね。 …確かに、すごく強そうだったけど」
「嘘を言っているようでもなかったけどね。それに、魔の気配がわかるみたいだったし…本当なのかもね」
強さももちろんだけど、魔物に対する憎しみや怒りの感情の方が特に凄まじい迫力があった。
「…君たちは、二人で?」
ワーウルフが声をかけてきた。
「うん。そうだよ。君は…魔物だよね。獣人、でいいのかな?」
「…それでも構わない。でも…種族は、ワーウルフ」
確かに見た目は二足歩行をする狼、と言ってもいい。獣人、には当たらないのかもしれない。
「人間の言葉を話せるんだね」
「…育ててくれたおばあちゃんたちから、教わった」
「そうだったんだ。でも、どうしてこのおふれに?」
「…人間になりたいんだ。人間になって、何の心配もしないで、おばあちゃんたちと暮らしたい…魔物のままだと、おばあちゃんたちが、大変だから…だから、旅をして、人間になる方法を知りたいんだ」
「…そっか。 …それなら僕たちと一緒に来ない? 一人より二人、二人より三人の方が力強いし」
「…いいの?」
「もちろん、いいよね?」
「うん、私も賛成だよ」
「…ありがとう」
ワーウルフが仲間に加わった。
「…この扉の奥から、血の匂いがする…何か…いるよ」
ワーウルフが一つの扉の前で立ち止まる。
「…あの勇者たちかな?」
「…違うと思う。さっきの人たちの匂いはこの辺りには、ないから。別の扉を、抜けていったんだと思う」
「そう言えば、大蛇って一匹? それとも複数?」
「…複数いたら厄介だけど、一匹しかいない、とは言ってなかったね。どちらにしても、覚悟を決めて、行こう」
怪しい扉の先には、とぐろを巻いた大蛇がいた。
「当たりだったね。 …もしかして…寝てる? それなら…」
小声で作戦を話す。
占い師とワーウルフを手で制して少しづつ近づく。
大蛇は動かない。
鱗を取るだけならば難なくできそうだったが、討伐もしないといけない。
身を隠し、剣を構える。
指先でワーウルフたちに合図を送る。
(声を出して)と。
「わお〜ん」
大蛇はワーウルフを見つけ、喰らわんとその身を伸ばす。
「!!」
今っ!
その瞬間を狙い、その首を刎ねた。
首の無い胴体がその場でうねり悶えていた。
「うまくいったね」
「…見事な剣技。 あっという間だった」
「後は鱗を剥げばいいんだよね。怖いけど、頑張らないと」
大蛇の骸から鱗を剥ぎ取っていく。
それを手に外へ向かおうとした時、
すでに事切れたと思っていたその離れた頭が動き、占い師へと向かった。
「危ないっ!!」
「あぅ!!」
咄嗟に占い師を庇ったことにより大蛇の牙が左腕に食い込んでいた。
「す、すぐに毒消しをしないと」
「毒が、まわる」
急いで治療をしようと占い師とワーウルフはにわかに慌ただしくなったが、
「あれ? 意外と平気だ…」
「え? 傷口を見せて…ほんとだね、そんなに酷くなってない」
大蛇の毒は弱い毒だったのか、持ち合わせの毒消しと占い師の治療もあって何も問題もなく回復した。
「はぁ…どうなることかと思った。 …ごめんね、私を庇ったから…」
「いや、僕も油断していたよ。もうすっかり倒したと思ったから」
「魔物はしぶといから。たとえ頭が離れたとしても…すぐに死ぬとは限らない」
今度こそ洞窟を抜け、城へと試練の達成を報告しに戻った。
「ほう、お前たちで二組目だ。今回は随分と優秀だな。よし、お前たちに次の試練を言い渡す。ここより西へと向かい、暗闇の洞窟に向かえ。その奥にある玉鋼を持って来れたら第二の試練を合格とする。玉鋼は剣などの武器を強化するための有効な素材にもなる。それはそのまま達成時の褒美ともなるので、心してかかるといい。 …ああ、あまり奥に行く必要はないからな。どのみち奥へと至る扉は固く閉ざされていて今は開くことはないが。 …念の為な」
第二の試練、西の暗闇の洞窟へ。
「カビ臭くはないね。薄暗いけど、あかりもかすかにある。第一よりもだいぶ簡単そうに思えるけど…」
「…嫌な気配がする。何だろう? わからないけど、何か、嫌な気配…」
「…魔力が濃くなってきているんだと思う。私も、何故か少し落ち着かなくなってくるし…」
「これは…魔力の霧? 少しずつ濃くなってきているね」
「…うん。何だろう…変な感じがする…私だけかな?」
「いや…確かに、少し、胸の奥が、ざわざわするかも」
「…うぅ、なんか、落ちつかない…」
奥に進むにつれて、占い師とワーウルフの様子が…。
「…」
「…」
さらに霧は深くなっていった。
「…そろそろ着く頃かな? あまり奥に行く必要はないって言っていたから、もう着いてもいい頃合いだと思うけど」
「…ウゥ」
ワーウルフの様子が特におかしい。
目に見えて、その視線が彷徨い始めていた。
「ウゥ…ガァア…」
気のせいか、その目が血走っているようにも見えた。
「どけっ!」
「!」
物陰から突然現れた人影の剣を防ぐ。
「なんで庇う!」
剣を防がれた先ほどの勇者は憮然として言い放った。
魔法使いと僧侶も姿をあらわす。
「庇うも何も、突然斬りかかってきたのはそっちだ」
「バカが、ソイツをよく見てみろ」
ワーウルフはその身を震わせていた。
「…ガァアアアッ」
ワーウルフの目はさらに獰猛になっていった。
「…魔物が。やはり本性をあらわしたな!」
勇者はその剣をワーウルフに向けて殺気を放っていた。
「ガルルルッ」
ワーウルフもまたそれを見て全身を総毛立てて威嚇する。
「ダメだ! 剣を下ろして」
「何を言っている! こいつを見ろ! どう見ても狂化しているだろうが!」
「それでも、剣を向けることは許さない」
間に立って勇者に剣を向ける。
「お前…クソっ。魔物を庇いやがって。それでもだと? この霧はかなり濃い闇の魔力を孕んでいる。それが魔物の本性を増幅させてるんだよ。曝け出してるってことだ。これがこいつの本性なんだよ! そこをどけっ」
「どかない」
「ガァアアア!!」
苦しそうな呻き声と共に、ワーウルフの牙が制した反対の腕に食い込んだ。
「お前! それでも庇うのか!!」
「大丈夫、ただ落ち着きが無くなっただけで、霧に慣れれば、きっと落ち着く」
噛まれた腕からは血が滴り落ちていく。
「何を悠長なことを言ってんだ!! 狂った魔物なんて、討伐してそれでお終いだろうが!」
「魔物でも何でも、今は僕の仲間なんだから」
その様子に動きを止めていた占い師は意識を取り戻した。
「ああ…どうして、私…」
「起きた? よかった。ワーウルフの心を落ち着かせられる?」
「う、うん。やってみる」
占い師は状態異常の回復を試みる。
「ぐ、ぐガァ…」
ワーウルフは次第に落ち着きを取り戻していった。
「…ぐ……ああ…なんてことを…」
「大丈夫、何も問題ないから。気を確かに。集中して」
「う…うう。 …ごめん。傷つけて」
「見た目ほど、そんなには深くはないよ。回復すれば、それで元通りになるから。気にしなくていい」
「…ごめん」
「…私も、ごめんなさい。急に真っ暗になって、何も見えなくなって…」
占い師は腕の治療をしながらそう言った。
「この霧のせいみたいだ。ここにはあんまり長居しないほうがいいね」
「…そのすぐ先に玉鋼がある。 …さっさととってきて、すぐに戻ることだな」
そう言って勇者は指をさした。
「うん、そうするよ」
「…人間と魔物が仲良くなんてできるものか。いずれまた、同じような目にあうかもしれないんだぞ」
「その時はその時で、また何とかするよ」
「…お前、俺たちと来ないか? …お前だけなら、俺の仲間に入れてやってもいい」
「ごめん、遠慮しておく。僕は二人と冒険を続けたいから」
「…そうか。後悔するなよ。 …誘いを断ったことじゃない。悪魔と魔物を仲間に選んだことを、だ」
「…」
勇者たちは先に戻っていった。
「…勇者からの誘いを断っちゃっていいの?」
「いいよ。それに、僕は僕で、勇者を目指しているからね」
「勇者になりたいのか?」
「うん。 …そのためにも、まずは三人でこの試練を突破しないとね。行こう」
奥にあった玉鋼を見つけると、それを手に再び城へと戻ることにした。
「これで今回の試練は終わりだ。合格者した者は計6名。この証を受け取るがいい。その後はこの国に残って仕えても良いし、それぞれに目的があるのならそれに向かっても良い。どちらにしても、この国からの支援は惜しまない」
「…少し時間はあるか?」
「何? 構わないけど」
「着いてこい」
勇者の後をついていく。
町のはずれ、人気のないところまで案内される。
「ここでいいか…お前、俺と戦え」
「…今、ここで?」
「ああ、そうだ」
勇者は剣を構えた。
「…理由を聞いても?」
「…お前、かなり強いだろ? 洞窟で俺の剣を片手で止めた。今の俺、勇者である俺と、どっちが強いか興味が湧いた。理由はまあ、それだけだ」
「…そう。わかった。いいよ」
勇者に向けて、剣を構える。
「一本取った方が勝ち、でいいな?」
「それで構わない」
勇者が先に動いた。
一足飛びに間合いを詰め、無駄のない動きで肩を狙う。
剣と剣が交差する。
互いに譲らぬ攻防が火花を散らした。
動き自体は、ほぼ互角。
速さも…それほどの違いは無い。
「…驚いたな。 俺がどれほどの研鑽を積んだと思っている…」
「僕だって修行はしている」
目線、間合い、相手の動きを観察する。
踏み込む瞬間を狙う。
勇者の右足が大地を踏み締め、上段の剣戟が振り下ろされる刹那、
それを剣の柄でいなしながら上体を半転させる。
「!!」
回転させたままその背中へ一撃、
「…」
叩きつける前に止めた。
それは背にあった胸当ての留金を外し、隠されていた勇者の膨よかな胸元が顕になった。
「…今回は、俺の負けだ。 でも…次は負けない。 …覚えていろよ」
勇者は手で肌けた胸元を隠しながら言う。
「…その機会があったらね」
「ふん…本当に、俺たちと…いや、俺と一緒に来る気はないか?」
「二人と一緒でもいいなら」
「…それはできない。 俺は、俺は魔物たちは許せない…絶対に…絶対に許すことはできない」
勇者の眼は怒りと憎しみで燃えていた。
「…」
「…じゃあな。 次に会う時…まあ、お前が一人だったらその時はまた誘ってやるよ。その時は断んなよな」
そう言うと勇者は去っていった。
その背は…漠然と少しの物悲しさのようなものを感じさせた。




