装備調達
魔女の家にて。
その居心地の良さに三人はすっかり馴染んでいた。
幾たびの日数が過ぎた事だろう。
「ご飯できたよ〜」
慣れた手つきで料理をし、配膳する黒姫。
「待ち兼ねましたわ」
さも当然かのように椅子に座って待っている白姫。
「おぉ、それにしてもやるねぇ、大した食材もないというのに、これだけの料理を作るとは」
塩など最低限のものの他は木ノ実など、あるいは森にいる獣の肉などだった。
「慣れているからな。それに、食べて欲しい相手もいるし」
そう言う黒姫はちらちら視線をおくっていた。
「いつも助かっているよ。城にいた頃から。黒姫の料理は美味しいしね」
「ふふん、当然だよ」
この受け答えも何回めになるだろうか。
「さあさあ、冷める前に食べましょう、ん〜、このスープ、コクがあって美味しいですわ」
一切気にする素振りも見せずにスープを舌に運ぶ。
「お前はホントに…食べるだけ食べて何もしないから、ある意味すごいな、料理はしないのか?」
「? わたくしに料理を作るのは当然のことでは? むしろ名誉なことではありませんの?」
キョトンとした表情で言う。
「お前はホント…良いのは顔だけなのか? なぁ?」
黒姫は呆れて言う。
「? それは当然のことではありませんの?」
キョトンとした表情で言う。さも当然であるかのように。
「…まあまあ、こうしてご相伴に預かれるだけでも感謝なんだよ、私たちも頂こうか」
騒がしくも和気藹々と、和やかに食事の時間が流れる。
そして、静かな時が訪れる。
白姫と黒姫はうとうととしながらまったりと休憩している。
今はエルフと自分しかいない。
「武器?」
エルフに尋ねてみた。
「ああ、何かないかなって。自分にはこの剣があるから良いけど、ふたりは何も持っていないからね。まあ自分の責任でもあるから」
「うぅん、まあ、確かにね。森を抜けてからの最初の町までは結構距離があるからなぁ、道中何があるかわからないしね。と言っても、ここには私の杖ぐらいしかないし、それも言ってみれば私専用みたいなものだし。 …そうだねぇ」
「あのドラゴンなら何か持っていないかな? ドラゴンって結構宝物を持っているイメージがあるんだけど」
「…ああ、うん。確かに、何かしら持っているだろうねぇ。 …ただ、タダでくれるとは思えないなぁ」
「持っていそうならそれでいい。確かめてくるよ」
「案内しようか?」
「大丈夫だと思う。前の記憶を頼りながら行くよ」
「それで行けそうかい?」
「まあ漠然とだけどね。仮に迷っても洞窟を冒険するのはいい運動になりそうだし、いいよ」
「そう言うなら、でもあまり遅くなったら迎えに行くよ? 二人も心配するだろうし」
「ありがとう、それじゃあ、行ってくる。二人には適当に、森に狩りに行ったとでも言っておいて。あと、お土産、戦利品を持ってくるってね」
「わかったよ」
深い森を歩く。
ああ、やはりどこか懐かしい、緑の香り、草木の香り、命の香り。
深く深く、それが濃くなっていく。
確かそう、この辺りに。
洞窟までは特に何の問題もなく辿り着く。
「さて、行こうかな」
薄暗い洞窟、ぼんやりとした灯。
まあ大体の道は覚えている。
そういえば不思議と魔物もいないな。
ここにはいないのだろうか?
森には魔獣がそれなりにはいた。
狩って肉を食べたりもしたし、この洞窟は少し違うと言うことか。
まあドラゴンがいるし。縄張りみたいなものなのかもしれないな。
『…』
「…こんにちは、もしかして寝ている?」
休んでいる時だったら悪い事したかな…
『…起きている。あの時の人間か …ここに何の用だ?』
「何かいい武器を持っていないかなと思って。できればハンマーと杖、あたりで」
『…それらを欲するか?』
「うん、あればまあ。できたら」
『…ないことはない。私の宝物庫には数多くの武器も置いてある。探せばハンマーぐらいはあるだろう』
「杖は?」
『…記憶にはないな』
「そうか…なら、そのハンマーを譲ってくれないかな?」
『…いいだろう、ただし、条件がある』
「力を示せ、とか?」
『察しが良い。だが、この前とは違う、あの炎は言ってみれば試練用の炎だった。 …通常であればそれで構わない、が、今度は違う。純粋に、お前と力くらべをしたい。 …してみたいと思ったのだ』
「さらに本気でってことかな?」
『察しが良いな。その通りだ。どうする? 試練を受けるか?』
「それで良いよ」
『勇気ある人間よ。ならば私も本気で応えよう。渾身の炎、受けるが良い』
ドラゴンの目が輝きを増す。
その強大な体躯から、震えるほどのエネルギーが生じる。
それは洞窟を、大地そのものを振動させる。
大地の鼓動、そう呼ぶべき巨大な力の奔流がそこにあった。
古の竜が放つ渾身の炎、それは大地を沸騰させるほどの暴力的な灼熱。
その口から、今まさに放たれようとしていた。
「…」
冷静に、手に魔力を込めていく。
この前よりも高く、大きく…
いつしかその魔力の振動はお互いを共鳴させていた。
魔女の家
大地が大きく揺れた。
にわかに森が騒がしくなる。
「今、すごい高エネルギー反応があったね。それも二つ。一つはあのドラゴンのもの、そしてもう一つは… どっちも桁外れの魔力だ。 …洞窟の方からだったね」
「…何か、あったのかな、見に行く」
立ち上がる黒姫に向けて、
「お待ちなさいな、狩りの邪魔をするものではなくてよ?」
白姫は言う。
「…邪魔にはならない、ボクだって戦えるし」
「そうは言っても、武器がないでしょう?」
「…」
黒姫は苦虫を噛み潰したような表情をする。
「まあ、とんでもないエネルギーだったのは確かだけどね。今は帰りを待とうよ。何か考えがあってのことだろうから、出かけてからの時間もまだ間も無い、あまり遅くなったら、みんなで行こう」
「…わかった」
洞窟内
少し煤焦げた服を気にしながらも、宝の山を漁る。
「じゃあ、このハンマーもらうね」
『…好きにするがいい』
「やっぱり杖は見当たらなかったなぁ、どうしようかな…」
白姫の騒ぐ姿が目に浮かぶようだ。
(どうしてわたくしには無いんですの? わたくしには? あってしかるべきでしょう? わたくしだって姫なんですのよ? 姫差別ですか? そうなんですの? 誰が許してもわたくしが許さないですわ…)
「…めんどくさいことになりそうだなぁ…」
『…心当たりでいいのであれば、ある』
その様子を心配してくれたのか、心なしか声が優しい気がした。
「聞かせてくれる?」
『…お前たちがいる森、この地は迷いの森と呼ばれ、古より深く在ったものだ』
「うん」
『この地には創世樹と呼ばれる大樹が在る』
「へぇ、創世樹、凄そうだね」
『それに会いに行ってみるがいい、強く願えば、お前ならば可能かもしれない』
「…わかった、試してみるよ。ありがとう」
『…良い、今は私も良い気分だ。何の躊躇いもなく炎を吐いたのは… 純粋な力くらべが出来たこと、それ自体がとても楽しいものだった』
「…それじゃあ」
森に出る。
…創世樹か。
強く願えとは、具体的にはどう言うことだろう。
ただ、会いたい、会ってみたいと思えば良いのだろうか?
「物は試し、か」
創世樹に会いたい。会わせて欲しい。
「会いたい」
願いながら自然とそう呟いていた。
森の緑が僅かに変化する。
魔力の光。微かな光だ。
それらが塊となったかと思うと一筋の細長い道を示した。
細い細い光の道だ。
…案内されている。
この道を辿っていけばきっと。
まだ昼間のはずなのに、暗い。
まるで夜だ。
光の筋がなければどう進んで良いのかもきっとわからなかっただろう。
自分の背丈すら越える草、道無き道を進む。
急に視界が開ける。
今までの暗さが嘘のようだった。
明るい、かと言って、太陽が差し込んでいるわけではない、相変わらず森の中だ。
…光っているのは、樹だ。
この、巨大な樹、そのものが光を放っている。
ー…ようこそ、果てに至りしヒト…ー
「…こんにちは、君が、創世樹?」
ー…ええ、そう呼ばれています…ー
「…すごく、綺麗な光だね。それに、何だろう、すごく、優しい、柔らかい感じがする。初めてなのに、初めてじゃないかのような、不思議な感覚がする」
ーふふ、そうでしょうか? 人が訪れるのは久しぶりですー
「実は洞窟のドラゴンから聞いて。何か良い杖がないものかなって。知っていたら、教えて欲しい」
ー…杖、ですか。 …それであれば、叶えられるでしょうー
「それは良かった。それで、どこにあるのか教えて欲しい」
ー…今、目の前にー
そう言うと大樹が僅かに震えた。
光とともに一本の枝が落ちてきた。
ー私から生まれた杖。創世樹の枝、ですー
「…見た目はホントにただの枝だね」
拾ってみて正直に感想を言った。
ーふふ、そうですね。どうぞー
無礼で怒られるようなことはなく、優しい微笑みと柔らかな光がかえってくる。
何だか、どこまでもどこまでも優しい、そんな雰囲気があたりを包んでいた。
「ありがとう。自分にできることは何かない? もらってばかりなのも気がひけるから」
ー優しい子、私に会いにきてくれたこと、それがもう素晴らしい贈り物なのです…ー
「…それなら、また。今度は二人も連れて会いに来ると約束するよ。ああ、エルフも連れてきた方がいいかな」
ー…ありがとう、その時を楽しみにしています。それでは、また、いつかー
帰り道はあっという間だった。
長さの感覚が違う?
いや、空間自体が時間とずれているような、何とも不思議な現象だ。
また来れるのか心配にすらなる。
でも、願えば行ける。
会いたいと思えばきっとまた行ける。
不思議とそんな確信もあった。
魔女の家
「ただいま〜」
「無事だった、良かった!!」
着くが先か黒姫が抱きついてきた。
「ほらみたことですわ …まあ、安心はしましたけれど」
白姫はそれを一瞥しながらボソボソと何か言っていた。
「おかえり〜、戦利品は? おぉ、その様子だとバッチリだったみたいだね」
「まあ、どちらもうまくいって良かった。はい、黒姫、これを」
「なになに? あぁ、ハンマー。くれるの? ボクに? じゃあ、ボクのために…ありがとう大好きっ!」
ハグが止まらない。
「ああうん、っと、それとはい、白姫にも。 ええッと、由緒ある …枝」
「何なんですの一体、って、これ、えぇ、なんかすごい枝ですわ。確かに枝なんですけれど、えぇ、手にするとなんでしょう、魔力の高まりと、なんでしょうか、安らぎ? みたいなものが…」
白姫は戸惑っている。その枝を一瞥したエルフは顔色を変えていた。
「…おいおい、その枝、と言うか、それ、もしかして創世樹の枝じゃないのか?」
「何だ、知ってたのか。それなら聞いてからいけば良かったかな」
「いやいやいや、伝説の樹だぞ、教えたからってどうなるものでもないんだよ。でも、なるほど、まあ、君なら確かに認められるのか、でも、それにはいくつかの条件があったはず、ドラゴンの試練、は、確かに突破していたな…いや、でも確かあれじゃないはず、となると先ほどの魔力がそれだった? …でも他にも色々あった記憶が…だいたいまず勇者でなければダメじゃなかったか? …この世界に勇者は今はもういなかったはずで…」
エルフは自問自答モードに入っていた。長くなりそうだ。
「これで少なくとも装備品は整ったね。これならいつでも出発できるかな」
「ああ、ボクはいつでもいいよ! 今からでもいいくらい!」
「わたくしはここでの生活に不満は何もないですけれど、まあ、見聞を広めるのも一興ですわね」
二人ともそれぞれの装備を気に入ってくれたようだ。
「最初の町まで結構あるんだよね?」
「え? ああ、うん。そうだね。それなりに歩くことになるだろう。準備は万全にした方がいい。まあ名残惜しいと言うのも本音だ。黒姫の料理は美味しかったからね、君も、いろいろと働いてくれたし。 白姫は、まあ、うん、愛嬌があったしね」
「それは当然ですわ」
「何でお前が一番得意気なんだよ」
「…まあ、別れはいずれ訪れるもの。折角の冒険に水を差すものじゃないのはよくわかっているつもりだよ。何しろ人間の一生は長くはないからね。 …ここにいた方が安全な気もするんだけどね。準備ができたら、森の外までは案内しよう。ここって実は迷いの森と言ってね、普通ならそう簡単には入って来れないし、出てもいけないんだよ。まあ、私がいれば何も問題ないから。まあ、やらないとわかっているけど、君にこの森自体を焼き払われでもしたらかなわないし」
どこか寂しそうに笑いながらそう言った。
それぞれが旅の支度を終えて、別れの時がくる。
「ありがとう、世話になったね」
「じゃあな、またいつか来るからね」
「名残惜しいですが、仕方ありません。お元気で」
三人は再び冒険の道へと進む。今は案内としてエルフを添えて。