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勇者の目覚め 次

ここは妖精たちの住む楽園。

世界から隔絶されたその陸地の中にある、小さな国で、その少女は今日も剣の稽古をしていた。

「今日の稽古はこのぐらいにしましょうか。それにしても、あなたも大分、大きくなりましたね。赤ん坊だった頃が、まるでつい昨日のようだというのに…」

「はぁ、はぁ。 ん、赤ん坊? 私だってもうすぐ14になるんだよ? …流石に赤ん坊は言い過ぎじゃない?」

息を整えながら少女は少し口を尖らせながら言う。

その仕草がまた幼さを感じさせた。

「ふふふ、それだけ、あなたが可愛いと言うことでもあるんですよ。 …私たち、この国の妖精にとって。あなたは、それはそれは大切な子なんですから」

「…そう真面目に言われると恥ずかしいんだけど…でも、ありがと」

「いいえ、私たち妖精はあなたの両親には返しきれないほどの恩がありますし。まあ、それでなくてもあなたは可愛らしいですけどね」

「もう、揶揄わないでよ」

「ふふ、ごめんなさい。さあ、今日の稽古はもう終わりです。ゆっくりと、体を休めて。それから、また明日。そうそう、明日は北の草原へ…花冠を作りに行きましょうか? 懐かしいですね。 …もうすぐ、14。そうなったら、あなたも立派な…大人の仲間入り、ですからね」

「は〜い!」

あどけない返事…私たち妖精にとって、あなたはまだまだ、本当に、ただの可愛い子ども。

それなのに…もう、その時が来てしまうのですね。

ああ…でも、それが、運命というもの。

あなたに課せられた、定め…

私には、それをどうこうする力も、権利もないですが…せめて今だけは…

ええ、あなたと共にありますから。 …私たち妖精は…


再び時は流れていく。


「そろそろ…ですか。あなたが、この地を離れていく…私たち妖精の国は…子供しか訪れることはできません。それももう、まもなくのことです。 …あなたはこの地へはいられなくなります。出ていったら、もうここへは…戻れなくなることでしょう」

「そっか、私も、もう大人の仲間入りってことなんだ…嬉しいような、やっぱり少し、寂しいような…」

少女はたまらず妖精に抱きついた。

「…ええ。 …本当は、ずっとここにいてほしい。私たち妖精と、ずっと一緒に暮らしてほしい。 でも、それはできないのです。 …何より、今、現世は混乱の渦中にあります」

妖精は愛おしそうにその頭を撫でながら諭すように言う。

「…悪い魔術師、だっけ?」

「ええ、悪しき心に呑まれた魔術師と、一つの国の王によって、世界は争いと混乱の最中となっていることでしょう」

「…でも。ようやく、私はそれに立ち向かえるのね。 …そのために、ここでずっと、鍛えていたんだもんね?」

「そうです。 …予言によると、魔王が再び蘇り、そしてそれに呼応するように、勇者もまた新たに目覚める、と。かつての勇者の子孫は、何もあなただけではありません。その代を重ね、今となってはそれなりの数になってもいることでしょう。 …あなたは生まれた時からずっと、この地へいたことで…かの魔術師の予言は欺けたかも知れませんが。その魔術師の不完全な予言の影響で無関係の、数多くの子どもたちも犠牲になりました」

「…それって私のせいでもあるのかな?」

「…あなたの責任ではありません。決して。それでしたら、この地へ匿った罪は私たち妖精にもあります。私たちが償うことでしょう」

「それならあなたたちだって償う必要なんてないよ…だって、そもそも、本当に悪いのはその魔術師と王様なんだから。 …だから、あなたたちの所為にはさせない。私は、絶対に」

「…その眼。本当に、あなたはご両親、どちらにもそっくりですね。かつての勇者の子孫であった両親に…ええ。それでは、私たち妖精は…他でもないあなたに、この世界の平和を委ねます。妖精の王として、あなたの勇者としてのこれからの旅に祝福を。そして何よりも、その身の安全を。 …私たちはここで、いつまでも祈っています」

「うん。絶対に…悪い奴を全部倒して、そして、この世界を平和にしてみせるからね!」

女勇者は妖精の国を後にする。

争いと混乱の渦巻く世界へと、一人、その身を投じていった。


争いの渦中にあるとはいえ、未だその手の伸びていない大陸もあった。

そこではまだ平和は守られ、秩序もある程度は維持されていた。

その国の王は悪しき魔術師に対抗するべく、強者を募っていた。

「強いモノは拒まない。それがたとえ人間でなかろうと、我が国のために力になるというのならば、喜んで受け入れよう。そしてその暁には惜しみない支援を約束しよう!」

その地では、そういったおふれが大々的に出されていた。

「国の為…か。一度は捨てた身だが…私にできることは戦うことだ。それしかないのだから」

女兵士はその門を叩いた。


「結構大きな町だね。無事に着いてよかった」

「魔物もまだ、それほど強くなくてよかったね。でも、やっぱり私一人だと、無理だったなぁ…」

「あの村からここまでだと、距離は結構あるからね」

「うん。でも、あの村の周りだと、次にはここに来るしかないから…私みたいに弱いとね。あの村から、ずっと出られなかったんだ」

「君はあの村で生まれたの?」

「ううん、違うよ。私、捨て子だったんだ…それで最初、商人に買われて…でも…それで、そこはうまく逃げ出したんだけど…それから、別の行商人に匿ってもらって、あの村まで来たんだ。 …それからは、一人でなんとか、ね」

「…大変だったんだね」

濁す言葉の端端からその苦労が垣間見える気がした。

「うん、そこそこ大変だったよ」

その力の無い笑顔はその大変さを物語っていた。

「そういえば、あなたは? 村に来る前はどこにいたの?」

「あ〜、うん。多分別の大陸かな? この辺りは見覚えないし…まあ、あっても覚えてないだけなのかも知れないんだけど」

「覚えてないの?」

「…まあ、ちょっと遠くから、僕も。この大陸に連れてきてくれたのは、行商人じゃ無いけどね。あれかな、すごい魔導師たちに飛ばされてきた、って言えばいいかな」

「へぇ〜、なんかすごいね! そんなことできる魔導師って」

「うん、すごい人たちだと思うよ。僕にとっては師匠で、育ての親で…それから、大切な家族なんだ」

「…そっか。いいな。私、家族って、お姉ちゃんがいたことぐらいしか覚えてないんだ。それも、すごく小さかったから。顔もよく覚えてないの。お姉ちゃんは大きかったけどね」

「でも、それだと探すのは大変そうだね」

「うん。でも、私と同じ悪魔だから、きっと、会えばわかると思う…多分だけど」

「ずっとそうやって角は隠すの?」

「…うん。あなたは気にしないみたいだけど。でも、やっぱり今もまだ、差別はあるしね。悪魔だってだけで…色々、ね」

「…あんまり一人では出かけないように。特に夜とか、危険だろうし。どこかに行く時は、僕が着いていくから遠慮しないで言ってよね」

「…うん。ありがとう」

掲示板の板にも例のおふれが出ていた。

「…国の兵、か」

「わぁ…お給料いいのかな? 支援って、何でもしてくれるのかな?」

「どうだろう…流石に悪くはないと思うけど、でも、何でもってことはないと思うよ。人数制限書いてないし、誰でもいいみたいだし。僕たちも一度、行ってみる?」

「…私みたいな悪魔でも大丈夫かな?」

「種族問わずってなっているし、大丈夫だと思うよ。まあ、ダメだったら辞めて別のところへ行けばいいだけだから」

「でも、私はともかく、あなたは何も問題なくなれるんじゃないかな?」

「いや、いいよ。君と一緒に冒険したいから」

「…うん」

占い師はフードを目深に被り直す。

赤くなった顔を少しでも隠したかった。


「…そういえば、少し気になってたことがあるんだけど、聞いていい?」

「何?」

「あなたは、その…人間だよね?」

「そうだけど」

「そうだよね、やっぱりそうだよね。じゃあ気のせいかなぁ…」

「何かあるの?」

「うん、なんだか私に近い匂いがするというか…うん、微かだから、うまく言えないんだけど。そういう気配がするというか…やっぱりただの気のせいかも」

「君と同じってことは、悪魔の匂い?」

「…うん、そう。ちょっといいかな」

少女はさらに近づいて匂いを嗅ぐ仕草をする。

「…うん。やっぱり少しだけ、少しだけするよ」

「へぇ…どうしてだろ…。まあ、僕は両親の顔も姿も知らないし、もしかしたらそのどっちかが悪魔だったのかもね」

「えぇ…まあ、でも、ありえないことでも、無いのかな。人間と悪魔が夫婦になってたとしても…」

それか…加護のようなものを受けたのかな?

「城が見えてきた。行こう?」

「あ、待って、うん」


城の門をくぐる。

一人の女兵士がいた。

「…ふむ。そこの二人組、少しいいか?」

「?」

「…お前たち、このおふれを見てきたのか?」

「は、はい、そうです」

「…人間の戦士と、悪魔族の占い師。か」

「それで、あなたは?」

「ああ、失礼。私はここの受付を任されている一人だ。前は別の国の兵士だったんだが、辞めてこの国へ仕えることにしてね」

「どこの国だったの?」

「…悪しき国、と言えばわかるかな」

「…どうして辞めたの?」

「…悪しき国だったから、と言えばわかってくれるかい?」

「…それで、僕たちに何か?」

「ああ、いや。少し気になっただけだ。それに受付だと言っただろう? さあ、ここへ必要事項を記入してくれ。 …よし、これで受付は終わりだ。あとは条件をこなせば、この国の兵としての資格を得られるよ」

「そんな簡単に?」

「それはその条件をこなしてから言うものだね。今まで何人も来たが、今のところその資格を得た者は数えるほどしかいない」

「資格を得ると、この国に仕えることになるのかな? ここから出ていけなくなったりする?」

「いや、縛られるわけではない。都合があるなら旅に出てもいいぞ? 要は、この国の一員になると言うだけだ。まして、そちらの少女のように悪魔ならば…それはなり得だと思うぞ。少なくとも、この地で差別されることは無くなる」

「…」

「ああ、気を悪くしたのなら謝罪する。すまない。何しろこういう性格でね? 許してほしい」

「いえ、事実だから…謝ることはないです」

「…ふむ、そうか。では、少し中で待つか? …もう少しだけ人員を募りたいのでね。ああ、出かけたいのなら自由に、合図に城の鐘が鳴るから、それから来てもいいぞ」

「どうしよっか?」

「そうだね。少し城下町を見てみようか。もう少し装備も揃えたいし」

「うん、それじゃあ行こう」

若い二人の背中を見る女兵士。

「…若いな」

こんな若い者たちが兵になる時代になったのか、と。

複雑な思いを胸にボソリと呟いた。

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